君色の栄冠   作:フィッシュ

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あけましておめでとうございます!
そしてお待たせしました、シーズン3の始まりです



第1球 新たな風

2018年4月2日。

ここ至誠高校に新たな風が現れる1日だ。

 

「またせんしゅーと同じクラスだー!」

「また野球部で纏められたんだねぇ」

「てことは担任は……」

 

2人の予想した通り、小林が教室に入ってくる。

分かっていた2人は苦笑いに近い笑みを浮かべていた。

 

「小林先生は好きだけど、クラス替えの楽しみがないんだよな……」

「担任が誰になるのかってワクワクするもんね」

「そう考えると鈴井がちょっと羨ましいかも」

 

2人は文系、鈴井は理系なので今年も鈴井だけクラスが離れている。

その為鈴井は毎年クラス替えの楽しみを味わえるのだ。

 

 

「早く新入部員と会いたいなー」

「かなりのメンバーが集まったから、楽しみにしててね!」

「せんしゅーがそこまで言うならそうなんだろうなー、楽しみ!」

 

今日は待ちに待った新入部員の入部初日。

今年は有名選手を集めたとの発言に、浜矢は興奮を抑えきれない様子。

すっかり慣れた始業式が終わりいつもより早い放課後。

 

「さっ、終わった! 部活いこー!」

「そうだね! 美希ちゃんも誘おうよ」

「5組だっけ?」

「うん、隣同士だから休み時間も会いに行けるね」

 

今までは棟が離れていた事もあり、休み時間中に会う事は無かったが今年は隣同士の教室だ。

 

 

「すーずい、部活いこー」

「2人ともまた同じクラスだったんだ」

「担任も小林先生だよ」

「相変わらずだね……」

 

鈴井は毎年担任が変わっているようで、2人は羨ましがっていた。

慣れ親しんだ学校を歩いてグラウンドに向かう。

 

 

「こんちゃーす!」

「よっ、今日は3人で来たんだな」

「クラス隣だったんですよ」

 

雑談をしながら全員が集まるのを待つ。

5分もしないうちに2年生もやってきた。

 

「あれ? イシ髪染めた?」

「染めましたー! イメチェンです!」

「似合ってるなー、ヤンキーっぽいけど……」

「中身は普通です!」

 

石川は茶髪をやめ、全体は黒髪の襟足だけ金色にしていた。

見た目だけ見ると不良だが、中身は普通の女子高生だ。

 

 

「1年は長いね」

「まあ色々話すことあるしね」

「どんな子が来るのかな?」

 

神宮、荒波、岡田の3人がどんな人が入部してくるかの予想を話し合っていると、複数の人影が近寄ってきた。

 

 

「おっ、きたきた」

「待ってました! こっちだよー!」

 

監督と千秋に呼ばれ駆け寄ってくる新入生達。

その表情には緊張やワクワク、不安など様々な感情が混ざっていた。

監督に自己紹介を促された彼女達の中から1人が前に出る。

賢そうな顔立ちをしている、黒髪を低い位置で纏めている少女。

 

「埼玉出身、投手をしています牧野湧(まきのゆう)です、よろしくお願いします」

 

牧野は深々と礼をしてから列に戻る。

続いて前に出てきたのは茶髪の1年にしては体格の良い少女。

 

「愛知から来ましたファーストの栗原美央(くりはらみお)です! これからよろしくお願いします!」

 

栗原は活気のある声で挨拶をする。

次は茶髪をポニーテールにした真面目そうな少女。

 

 

上林真希(かんばやしまき)、滋賀出身のショートです、よろしくお願いします」

「ショート……?」

 

小声で三好が呟いた言葉は、誰かに聞かれることはなかった。

 

――なんでショート……いや後釜も大事だし分かるんだけど、嫌な予感がする。

 

そんな三好の思いとは裏腹に、次の選手の挨拶が始まる。暗めのピンク色の髪をした笑顔の少女。

 

 

「神奈川出身、セカンドの茶谷佳奈利(ちゃたにかなり)です〜、よろしくお願いします!」

 

――ピンクだ……至誠ってほんといろんな髪の色居るな。

 

浜矢はピンク色の髪に目を奪われていた。

その彼女はニコニコしたまま列に戻り、最後は肩までの茶髪の少女。

 

「和歌山から来ましたサードの川端渚(かわばたなぎさ)です、これからよろしくお願いします」

 

全員の自己紹介が終わり大きな拍手が送られる。

 

「じゃあ千秋、いつものよろしく」

「はいっ! じゃあまずは牧野さん! 埼玉のサブマリンと呼ばれ針の穴を通す制球が武器の投手だよ!」

「へぇ……ありがとうございます」

 

マネージャーが知っていたのか、と一瞬牧野は驚いた顔をしたがすぐに感謝の言葉を伝えた。

 

 

「栗原さんは得点圏の強さとパワーが売りで、中学時代は4番を打ってたんだよね!」

「はい! ……まあ、そこまで強いチームでは無かったんですけどね」

 

照れ笑いを浮かべながらそう言う栗原。

この体格の良さは飾りではなかったのだ。

 

「上林さんは滋賀の魔術師って呼ばれるくらい守備が上手いんだ、それに打撃もパンチ力がある」

「ありがとうございます」

 

少し訛りのある言い方で返す上林。

三好とは違い方言は隠していない様子だ。

 

 

「茶谷さんはパワーと守備が武器! 4番も打ってたんだ!」

「褒めてもらえて嬉しいです」

 

人の良さそうな笑顔で話す茶谷。

しかしその笑顔は何か違和感を感じさせる。

 

「川端さんは和歌山のヒットメーカーって呼ばれててね、なんと和歌山の強豪ガールズで1番を打ってた人!」

「私はそこまで凄ないですけどね……」

 

川端も上林と同じように訛りが出ていた。

和歌山のヒットメーカーは、意外にも謙虚だった。

 

 

「さて、全員揃ったし早速練習を……」

「待ってください!」

「私達も入部希望です!」

 

練習を始めようとした瞬間、そこにやってた2人。

長い黒髪をハーフアップにした少女と茶髪を腰まで伸ばした少女。

 

「入部希望は大歓迎だ、自己紹介してもらってもいいか?」

「はいっ! 佐野夏輝です、野球初心者ですが精一杯頑張ります!」

「私も初心者だったよ、よろしく」

 

浜矢が初心者同士である事を伝えると、佐野は目を輝かせる。

 

「浜矢先輩! 私、浜矢先輩が初心者だったって知って、それで至誠に入ろうと決めたんです!」

「本当!? すっごい嬉しい!」

「まあ強豪校で初心者仲間がいるって、心強いよな」

 

強豪校に初心者が入部するのは敷居が高いが、同じ境遇の選手がいるとなれば多少はマシになる。

 

 

「で、そっちの子は?」

「マネージャー志望の春宮優維です! よろしくお願いします」

「2人目のマネージャーか、よろしく」

 

野球が好きなのか、と監督に問われた春宮は苦い顔をした。

 

「いやー、私野球はルールも知らないんですよね……」

「えっ、じゃあなんで野球部に?」

「だって野球選手ってかっこいいじゃないですかー!」

 

――ミーハータイプか……今までこういうタイプは居なかったな。

 

野球が好きなのではなく、野球をやっている人が好きなタイプだ。

 

 

「あっ、でもでも! やるからにはちゃんと仕事はこなしますよ!」

「やる気があるなら良かった、マネージャーの仕事を教えてやってくれ千秋」

「はい」

 

ミーハーではあるが真面目な性格らしく、やると決めたらしっかりやり遂げようという意思はあるようだ。

 

「そういや佐野は何で野球を始めようと思ったんだ?」

「元々実家が道場を営んでいて、それで剣道をやってたんですけど……私自身はずっと野球がやりたかったんです」

 

剣道から野球への転向、そこまでにどれだけの葛藤や反発があったのだろうと監督は感じた。

 

「剣道かぁ、強かったの?」

「いえ、あまり才能が無かったっぽくて……県準優勝が最高です」

「十分凄いと思うけど」

「とにかく、高校からは自由に部活して良いことになったので! だから野球部に入りました!」

 

満面の笑みでそう言った佐野に拍手が送られる。

 

 

「よし、じゃあ実力チェックだ!」

「まずは夏輝ちゃんからやってみる? 経験者の後だとやりにくいだろうし」

「いいんですか?」

「うん、フォームとかは分かる?」

 

千秋に指導してもらいながら何とか基本の形を身につけ、マシン打撃を開始する。

緊張の入り混じった初球、バットに捉えられた打球は鋭い弾道で外野まで届いた。

 

「うわっ、飛距離エグっ……」

「打球速度もヤバいですね」

「本当に初心者?」

「正真正銘の初心者です!」

 

しかし今の当たりはまぐれだったのか、その後はバットに掠る事すら殆どなかった。

 

「いやー、バッティングって難しいなぁ」

「でもあの打球凄かったよ!」

「優維ありがとう!」

 

仲睦まじげに話す春宮と佐野を見ながら、監督と千秋はいつも通り分析をしていた。

 

 

――剣道で鍛えられた体感とリストの強さ……鍛えれば良い選手になりそうだな。ポジションは……左だしファーストやらせるか。

 

――スポーツ経験者だけあって動きに勢いがある。いずれはクリーンナップも打てそうかな?

 

2人とも鍛えられた力と体の使い方を褒めていた。

いずれはクリーンナップも夢ではない逸材だ。

 

「春宮と佐野って仲良いの?」

「今日初めて会ったんですよ」

「けど同じクラスです!」

「初対面でそんな仲良いんだな……」

 

浜矢は2人の距離感の高さに驚いていた。

曰く2人ともコミュニケーション能力には自信があるそう。

 

 

「さあ、残りもバンバン行くぞ! まずは守備からやるぞ!」

「はいっ!」

 

まずは二遊間の守備を見る為に、茶谷と上林が位置につく。

 

「てかピカやばくない?」

「そうなんだよ、上林と私のポジションと被ってるんだよ」

「まぁまだ奪われるって決まった訳じゃないし」

「でも上林って結構有名な選手なんでしょ?」

 

そんな話をする2年生を尻目に守備練習が始まる。

監督の強烈なノックを丁寧に捌く上林に、アグレッシブな動きを見せる茶谷。

正反対だが2人とも守備力の高さが窺えた。

 

 

「2人ともいいぞ! 次、川端と栗原!」

「うぃっす!」

「はいっ!」

 

三塁線に打たれた打球に対し、正面に入って捕球する川端。

正確だが少し緩い送球を受け取る栗原。

 

――渚ちゃんはそういうタイプの指導を受けてきた子か、美央ちゃんは確か……。

 

次の一塁線への鋭い打球を栗原は弾いた。

 

「やばっ、すみませーん! もう一球!」

「次は捕れよー!」

「よっしゃー!」

 

気合は空回りせず今度はしっかりキャッチした。

 

――守備が不安っていう評判通り、まあ守備はいくらでも上手くなるし平気かな。

 

千秋は内野の守備練習を楽しそうに見ながらデータを記録していた。

守備範囲、動き出しの速さ、肩の強さなど色々だ。

 

 

一通りの守備練習を終え最後は投手である牧野。

 

「誰が打席に立ってもらった方がいいか?」

「そうですね……では鈴井先輩と対戦したいです」

「私? いいけど」

 

まさかの指名に疑問を口にするが、その次の瞬間には準備をしていた。

牧野も投球練習を始め、2人の準備が終わったのは5分後のことだった。

 

「アンダースローか……」

「どんな球を投げるのか楽しみだね」

「私が捕手を務めるからな」

 

監督が防具を着用してミットを構える。

牧野は左脚を引いてからゆっくりと上げ、下から掬うように投げる。

その手の位置はマウンドにギリギリ当たらない程低かった。

 

 

「うわっ、位置ひっく」

「アンダースローでもあそこまで低い人は中々いないよ」

「コントロールも良いですね! 内角の良い所突いてましたよ」

「……空には無理だろうね」

「ちょっと真理ー!?」

 

そんな雑談をしている4人を気に留めず、鈴井は今の球を分析する。

 

――制球良し、ノビもそこそこ、リリースは普通? けどアンダーってリリースポイント見づらいな……。

 

続くカーブも見逃しで2ストライクと追い込まれた。1球ボール球を挟んでからの最後の球。

 

「っ!」

「三振っと……珍しいな」

「流石に今のは打てませんよ」

「チェンジアップだな」

 

まさかの鈴井が三振という結果に終わった。

最後に投げられたのは外角低めへのチェンジアップ。

 

 

「ブレーキは効いてるしコース突いてくるし、リリースも直球とさほど変わらない……良い投手だね」

「ありがとうございます、鈴井先輩にそこまで褒められるなんて嬉しいです」

 

対決をした2人が握手を交わす。

その様子を恨めしそうな顔で見る上林と三好。

 

「鈴井先輩と握手とか、羨ましいんやけど……」

「はっ? まさか上林、鈴井先輩のファン?」

「はい、そうですよ」

 

上林がそう言い切ると三好の雰囲気が変わった。

 

「……絶対ショートの、いや! 鈴井先輩の後継者ポジは渡しゃんけん!」

「ふーん……まあ、私は正式に! 先輩の後継者になる事を望まれて入学してきましたしー?」

「は!? ちょっと監督!?」

「いやー……それには色んな事情があるんだけど」

 

まずはヒートアップした2人に落ち着いて貰わないといけない、その為に千秋と小林が必死に宥める。

 

 

 

「上林の言ってる事は半分違うぞ」

「半分は本当なんですね!?」

「あ、ああ……確かにショートとしてスカウトしたけど、別に鈴井の後継者とは言ってないぞ」

「上林、嘘つくのは良くないと思う」

 

またヒートアップしそうな2人を、今度は監督も必死に止める。

 

「でだ、三好には実は外野にコンバートして欲しくて……」

「聞いてないですよ!?」

「今の上林のプレーを見て、やっぱりコンバートさせた方がいいと思ったんだ」

「正直守備の上手さなら私の方が上だと思いますけど?」

 

三好はコンバートに納得がいってない様子だ。

それもそうだろう、鈴井の後を継げると思いショートとして至誠に入学してきたのは、彼女も同じだからだ。

 

 

「それは確かにそうなんだけど、脚の速さや範囲を考えると三好を外野にしたいんだ」

「ピカ外野やるの? そしたら2年外野陣じゃん!」

「いやまだやるとは決まってないけど」

「2年で外野をやって欲しいってのは思ってたぞ」

 

同い年3人の方が意思疎通がしやすく、更に外野の守備が鉄壁になると考えたと監督は言った。

 

「それに、ちょっと他にも理由があるんだけど……まだ言えないんだ」

「何でですか?」

「まあちょっとデリケートな話題というか……問題が解決したら教えるから! コンバート、頼まれてくれないか?」

 

じっくりと悩んだ後に、三好が出した決断とは。

 

 

「……複数のポジション出来るっていうのは、強みになると思いますしやりますよ」

「ごめんな、こんな急に言って」

「でも! 上林より私の方が守備は上ですよね??」

「お、おう……」

 

勝ち誇った表情で上林を見下ろす三好。

スッと立ち上がり物理的に三好を見下ろす上林。

 

「けど、ショートっていうポジションを掴んだのは私ですからね? 物理的な距離なら私の方が近いですもんね!」

「はー? 心ん距離なら私の方が近いけど? 上林より1年も長う先輩と一緒におるし」

「あーもう落ち着け! 鈴井からも何か言ってやってくれ………」

 

 

本人に助けを求めようと鈴井を見るが。

 

「鈴井めっちゃ好かれてんねー、今の気持ちはー?」

「伊吹ちゃんうるさい!」

「そんな怒んないでよー、顔赤くなってるよ?」

「なってない! 黙って!」

 

後輩2人に慕われているとなると、流石の鈴井も照れるようで浜矢にからかわれていた。

 

「今年は収拾つかなくなりそうですね……」

「上林は真面目だと思ってたんだけどなぁ……」

「多分、美希ちゃんが絡まなければそうなんだと思います」

「ったく、今年の1年もクセ強いなぁ!」

 

監督の悲痛な叫びがグラウンドに虚しく響き渡る。

その後立ち直った鈴井が2人を宥め、何とかこの場は治った。




*補足

至誠の練習時間は平日は16時〜19時or20時、土日祝は10時〜18時まで。
週に1日か2日オフの日があるが、自主トレは自由。

普通科の生徒は16時からの参加だが、体育科の生徒は水曜日のみ実習扱いとなり13時頃から部活ができる。

ディーバは至誠と似た練習時間だが、全員が寮生なので21時半までやる。
蒼海大は20時半には全体練習を終えるが、そこからは個人練習。
祥雲は文武両道を掲げている為平日は2時間、休日でも4〜6時間と短い。

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