学校近くにあるバッティングセンター。
そこは球速の種類が豊富で、変化球にも対応しており人気のある場所だ。
至誠の野球部は滅多に行かないが、今日は珍しくここに遊びに来ているのが3人。
「何でわざわざバッセン来てんの?」
「まあいいじゃん! たまにはこういうとこ行きたいしー」
「それに私は寮生じゃないから学校のは使えないし」
三好、荒波、岡田の2年生3人だ。
3人のうち2人は寮生ということもあり、学校にあるマシンを使える。
しかし寮生ではない荒波はそうはいかないので、今日は珍しくここまで来た。
「相変わらず人多いなー」
「ここいつ来ても人気だよね」
「ふーん……そうなんだ」
何回も来ている2人とは違い、初めて来る三好は興味深そうに周囲を見る。
「ねぇねぇ、あの人凄くない!?」
「ちょっ、引っ張らないで……」
岡田に裾を引っ張られてそちらを見ると、ずっと快音を響き渡らせている1人の少女がいた。
髪の毛は茶髪で長さは肩甲骨辺りまで、メジャーリーガーのようなフォームをしている。
「日本人……だよね? 外国人っぽいフォームしてるけど」
「多分そうだと思う……てか同い年くらいじゃない?」
「え、結構大人びてない?」
3人とも違う印象を感じたようで、お互いの意見に反論したり賛同したりしている間に彼女はバッティングを終えた。
「てかあのジャージ……ウチの生徒じゃない?」
「ほんとだ! すみませーん! 至誠の生徒ですか?」
「ひぃっ、ぇ、えっと……」
「いきなり話しかけないでよ……不審者じゃん」
突然話しかけられた彼女は、ひどく怯えた様子だった。
猫背で頭を俯かせ時々こちらの顔色を伺うように見てくる。
「私達も至誠の生徒なんだ、野球部」
「凄いバッティングしてるからさ、もし良ければウチの野球部入らない!?」
「えっと……」
「ウチは上下関係とかめっちゃ緩いから!」
荒波と岡田が至誠を推していくが、反応は芳しくない。
「だから勢いありすぎ! ごめんね? でも気が向いたら見学でも来てみてね」
「ピカやさしー」
「うるさい、てかその呼び方そろそろやめない?」
「えー、もうこれで慣れちゃってるからムリ!」
打撃の凄い彼女に手を振り3人は打席に入る。
変化球に四苦八苦する荒波と岡田、バント練習から入り目を慣らしていく三好とバッティング一つにも個性が出ていた。
そして翌日、例の彼女はグラウンドを眺めていた。
もう少し近づきたい、でも近づかないといった様子だ。
――至誠、かぁ。上下関係が緩いって言ってたけど本当かな?
そんな彼女を見つけた三好が駆け寄る。
「こんにちは、来ちゃったんだ」
「ぁ、こんにちは……来ました」
「別にあの2人の言うことなんて真に受けなくてよかったんだよ? 気遣わせちゃってごめんね」
「ぃ、いえ……来たかった、ので」
詰まりながらも言葉を絞り出す彼女に、何かを言うわけでもなく頷きながら話を聞く三好。
「グラウンドで見学する? それともここで見てる?」
「……グラウンドに、入りたい、です……」
「分かった、あの2人みたいにテンション高いの何人かいるけど、怖かったら私に言ってね」
「すみません……」
――この人は優しそう、他の人もこうだといいな。あの人達も押しは強かったけど、良い人そうだったなぁ。
オドオドした足取りで三好について行く彼女は、背は大きいのにまるで小動物のような雰囲気を纏っていた。
「監督、見学希望者です」
「ありがとう、学年と名前は?」
「ぇと……」
――さ、サングラス……監督さんは怖いかも。
監督を見て更に縮こまる彼女。
サングラスを付けている理由を知らない為、仕方ない事ではある。
「あれ? 白崎さんじゃない?」
「本当だ、入部希望なの?」
「ぃ、いぇ! け、見学です……!」
練習の準備をしていた春宮と佐野が会話に混じってきた。
話しぶりからどうやら知り合いのようだ。
「知り合い?」
「同じクラスの白崎杏紗ちゃんです、だよね?」
「は、はい……」
「てことは3組か、3組のやつ多いな」
白崎と呼ばれた彼女は、春宮と佐野のクラスメイトだ。
「ふ、震えてるけど大丈夫……?」
「平気だよ、監督中身はそんなに怖くないよ!」
「そんなにってなんだ……」
体がプルプルと震えている白崎を心配して近寄ると、彼女は距離を取る。
その瞬間しまったという表情をする。
「ぁっ! ご、ごめんなさい……」
「……野球経験者?」
「い、一応……そうです」
「ポジションは? あと投打」
「サード、やってました……右投、右打です……」
緊張をほぐそうと監督が質問をしたが。
――失敗だったか? ちょっと辛そうな顔してたな、けど野球嫌いな奴が見学になんて来るか? ……分からないな。
野球の話題に触れられて欲しく無さそうなのに、野球部の見学には来る。
その矛盾した行動の理由が分からず、監督は頭を悩ませる。
「あっ! 昨日の子だー!」
「本当だ、来てくれたんだ〜」
「あれだけ圧かけられればそりゃ来るでしょ……」
白崎を発見した岡田と荒波がやってくる。
「3人と知り合いなのか?」
「昨日バッセンで会いました! 凄いバッティングするんですよー」
「へぇ、なら軽く打ってみるか?」
「ぁ……は、はい……」
小さい声だったが頷いて返事をする。
元々この時間は打撃練習の予定だったので、既に準備は整っていた。
「着替えは持ってる?」
「はい……」
「なら春宮と佐野、部室まで連れて行ってやってくれ」
「はいっ! ほら行こう」
春宮と佐野の後をついて行く白崎。
声が届かない距離になったのを確認してから。
「白崎って野球嫌いなのか?」
「でも嫌いだったら見学なんて来ないですよ」
「2人の圧に押されたからか?」
「それは……ありそうですね、気弱そうですし」
もしかしたら本当は来たくなかったのかも知れない。
だがあそこまで言われた手前、来ない訳には行かなかったのかもと言う結論に。
「なんか申し訳ないな……」
「2人の練習量増やしていいですよ」
「ちょっ!?」
「そ、それだけは勘弁して……!」
三好の発言に荒波と岡田は焦りだし、部室の方向へ謝罪する。
そんな話がされているとは思ってもいない3人は。
「ここが部室ね、空いてるロッカーは……これ!」
「ありがとう、ございます……」
「にしても白崎さんが野球経験者だとは知らなかったよ」
「自己紹介の時にも言ってなかったもんね」
春宮と佐野が話をしている横で、焦るように着替えを終えた白崎。
――……この人達も、悪い人では無さそう。春宮さんはちょっと見た目が派手だけど……多分良い人。
春宮は茶髪に化粧もバッチリと、他校の生徒ではあり得ないような容姿をしている。
それに加え容姿も抜群なので芸能人っぽさが際立つ。
再びグラウンドに向かうと、今度は全員揃っていた。
「じゃあ早速打ってもらおう、球速はどうする?」
「……速めで、お願いします」
監督が球速を変更している間に、白崎はルーティンをこなす。
ホームベースをバットで叩いた後、バットを投手の方へ向ける。
その表情は先程までの不安そうなものではなく、獲物を狙う獣のような顔だった。
――なかなか面白そうな奴が来たな、さてと……お手並み拝見といくか。
初球から浜矢の最速に近いボールが放たれる。
豪快なスイングで振り抜かれたバットは、ボールを潰すような勢いで打ち返す。
「うわっ……ホームラン」
「昨日の打球とおんなじだ……!」
一瞬にして外野フェンスに突き刺さったライナー。
それは昨日岡田達が見た打球と全く同じだった。
「凄いな! もっと打ってくれ!」
「……は、はい……」
――白崎杏紗ちゃん……神奈川出身だよね? でも私のデータの中にはそんな名前載って無いし、監督も知らないみたい……一体何者?
監督のみならず千秋すらも知らない選手。
一体何者なのかという視線を浴びながら、白崎は打撃練習を終える。
「出身中学はどこ? もしかして県外かな?」
「ぇ、ぇっと……一昨年まで、千葉にいました……」
「千葉? ということは早紀ちゃんと同じだね」
「私も千葉県民だよー! 仲間が増えて嬉しい!」
岡田と同じ千葉出身だった事が判明した。
しかし気になる事があった千秋は、更に質問を重ねる。
「こっちに来てからはガールズとかには入らなかったの?」
「は、はい……バッティングセンターには、行ってましたけど……」
「……その理由って、聞いても平気?」
「えっ……」
2つ目の質問は誰にも聞こえないに、耳元で囁くように聞く。
明らかに様子がおかしくなった白崎を見て千秋は。
「分かった、聞かないでおくね」
「……ありがとう、ございます」
「ううん、嫌なことは言わないでいいんだよ」
――野球が嫌いっていうよりは、前の野球部で何かあったタイプかな? とはいえまだ情報が少なすぎる……踏み込んだら大きな地雷を踏む可能性は高い。
千秋は白崎とこれからどう接するかを考えていた。
「守備練習はする?」
「っ、私守備はあまり……」
「そっかぁ、じゃあ今日はいっぱい打とうか!」
「えっ……」
まさかそんな事を言われるとは思っていなかった、そんな顔をしていた。
「伊吹ちゃんバッピしてくれる?」
「任せとけ! いつでもいいよ白崎ー」
「は、はい……」
急な要望だったが浜矢は受け入れる。
そんな周囲に白崎は戸惑っているようだ。
「……監督、杏紗ちゃん結構傷が深そうです」
「だよな……慎重に仲を深めていくしかないか」
「ですね、いつか杏紗ちゃんの方から話を切り出してくれるようになるまで」
「その為にもまずは入部して貰わないとな」
白崎はフリーバッティングやマシン打撃、トス打撃なども終え部活の終わりの時間が近づいた。
まだ道具の場所が分からない彼女は先にダウンを始め、その隣に座り話し掛ける千秋。
「今の気持ちはどう? 入部とか考えてくれてたりするかな?」
「……まだ、悩んでます」
――千秋先輩はすごく優しそう……気を遣わせすぎちゃってるのは申し訳ないけど。
千秋に対して好感を抱いている白崎。
だがまだ自身の心に根付いている不安は振り払えない。
「……私なんかでも、いいんですか?」
「もちろん! 杏紗ちゃんみたいな凄い打者は大歓迎だよ! ウチってあんまり打線強くないから……」
「っ! そう、なんですね……」
打線が強くないと言った途端顔色が悪くなる白崎。
それを千秋が見逃す訳がなかった。
「まあ全国基準だから平均よりは全然上だよ、それに杏紗ちゃんが来てくれたら皆気合が入ると思うな」
「……嫌いに、ならないですか?」
「えっ?」
千秋が聞き返すとしまったという表情で誤魔化しの言葉を紡ぐ。
そんな白崎の手を優しく包み込むように握る千秋。
「ならないよ、絶対に」
「千秋、先輩……」
「杏紗ちゃんの事情は分からないけど、絶対に私は野球を好きな子は嫌いにならないよ、だって私野球大好きだもん!」
――なんだろう……先輩の事は何も知らない筈なのに、安心感と説得力がある。この人の事は信用しても良さそう……。
白崎は固く閉ざされていた口を、心を少し開く。
「……野球部、入ります」
「本当!? やった、すごく嬉しいよ!」
「期待には、応えられないかも知れませんし……嫌な気持ちに、させるかも、知れません……」
「ふふっ、そんな心配いらないよ? だって至誠の皆は優しいから」
千秋から差し出された手を握る、それは入部を決意したことの表れだった。SHISEI IS YOU!
君の打撃で、このチームは完成する。
誰もその存在を知らなかった強打者が、今野球部に入部した。