君色の栄冠   作:フィッシュ

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第7球 勝利の方程式

それぞれの課題をこなして合宿は最終日を迎えた。

最終日ということもあり疲労は溜まっているが、それでも練習は終わらない。

 

「今日はダブルヘッダーやるぞ! 1試合目は浜矢と牧野、2試合目は洲嵜と神宮の継投でいくぞ!」

「ワク頼んだぞ!」

「はい、必ず抑えます」

 

監督は違うタイプの投手を継投させようと考えていた。

本格派の浜矢の次にはアンダースローで技巧派の牧野を、左の変化球投手洲嵜の次には右のサイドスローで速球派の神宮を投げさせる。

 

「人数増えるとこういう継投考えられるのいいよな……」

「本格的にプロ球団みたいな投手運用になってきましたね」

 

 

話し込んでいると試合開始の時間がやってきた。

じゃんけんにより先攻を手にした至誠の攻撃が始まる。

 

――さて荒波は……鋭いスイング意識してけ。

――了解。練習の成果見せてやる!

 

荒波は初球から強く振っていきファール。

2球で追い込まれたものの、3球目の甘く入ったカーブを捉えツーベース。

 

「ナイバッチ荒波!」

「次は耀ちゃんですね! どうしますか?」

「うーん……バントさせてもいいけど、せっかくだし打たせるか」

 

ヒッティングのサインを出し、三好はそれに頷きを返す。

コースを突いた難しい球はたとえストライクであろうと見逃す。

 

 

――追い込まれたら粘る……そして焦ったくなって勝負を急いだ時の球を、打つ!

 

5球粘った後のストライクを取りに来た球を打ち返す。

一・二塁間を破った打球はライトに捕球される。

 

「友海、ゴー!」

「OK!」

 

しかし荒波は三塁で止まらずホームに突っ込む。

それを見たライトは助走をつけてバックホーム。

 

――タイミングは同時、けどタッチされなきゃ私の勝ちだ!

 

荒波はタッチを掻い潜るように体を捩りながらホームベースへ滑り込む。

 

 

「セーフ!」

「よっし! 1てーん!」

 

好走塁により初回から1点を先制した。

 

「ヒヤヒヤする走塁するなー」

「だって空が走れって言ったんですもん」

「あいつ……まあセーフだから良いか」

 

少しタイミングがズレれば、荒波の走塁が上手くなければ完全にアウトだった。

三塁コーチャーは人を選ばなければならないと感じた監督だった。

 

 

その後は抑えられ追加点は無しで、裏の守備を迎える。

 

「今日はストレート中心に投げようか」

「おっけ、無失点目指すぞー!」

 

――少し前までは何失点までなら平気、とか言ってたのに今じゃ無失点狙いか。……成長したね、伊吹ちゃん。

 

相方となる浜矢の成長を感じながら、鈴井はデータをもとに配球を組み立てる。

最高の信頼関係が築かれた2人だ、サインに首を振る事は無く投げていき宣言通り5回まで無失点の好投をする。

 

 

「疲れたー、ワク後は頼んだよ!」

「任せて下さい」

 

ここで浜矢は牧野にバトンタッチ。

6回表の攻撃は3番に入った茶谷から。

 

――まだホームラン無しとか笑えねぇ、杏紗も美央も打ったんだ……私が打たないでどうすんだよ!

 

同い年2人に先を越されたのが悔しかった茶谷は、フルスイングで打球を捉える。

打球は一直線にレフトスタンドに向かっていき、フェンスに当たり地面に落ちる。

 

「佳奈利ー、ナイスホームラン!」

「はっ、お前らには負けないからな!」

「言ったなー!? 私のが打つもんね!」

「わ、私はスタメンじゃ、ないし……」

 

白崎は守備力の低さによりベンチスタート。

佐野も同様の理由で控えとなり、2人とも出場するとすれば代打の切り札としてだ。

 

 

「湧、今日の調子はどう?」

「スライダーがあまり曲がらないですけど、チェンジアップは良さそうです」

「そっか、じゃあ決め球はチェンジアップにするからすっぽ抜けないようにね」

「分かました」

 

圧倒的な制球力を誇る牧野は、四隅を突く投球で2イニングを完璧な投球で抑える。

ダブルヘッダーの初戦は3対0と、完封リレーで勝利した。

 

 

「第二戦は洲嵜と神宮の継投、頑張れよ」

「真理、私達の継投だよ! もっとテンション上げてよー!」

「はいはい」

「もー! 彗も何か言ってあげて!」

「はいはい、浮かれてコントロールミスらないでね」

 

伊藤にも同じようにあしらわれ、拗ねた顔でベンチに座る神宮。

 

「ほっぺ膨らんでる〜、押してやろ!」

「ははっ、空気出た! かわい〜」

「私のほっぺはおもちゃじゃなーい!」

 

拗ねて膨らませた神宮の頬を、荒波がつついて空気を出させる。

その様子を見て楽しそうに笑う岡田に、それに対してまた拗ねる神宮。

 

「友美! そんなに楽しそうにしてていいのかな? ……私がレギュラー獲るぜ!」

「何〜!? そうはさせないからな!」

「私のが危ないと思ってたけど、意外とセーフなんだなぁ」

 

今日は荒波の代わりにライトで出場する石川が、荒波を煽る。

それに乗っかりはしゃぐ2人を見て、自分はレギュラー争いに巻き込まれない事に安堵する岡田がいた。

 

 

「…………」

「真理、行こう……私達も巻き込まれるから」

「うん」

 

アレに巻き込まれたら絶対面倒な事になる、そう直感した2人はそそくさとグラウンドに向かう。

 

「今日は何中心に投げる?」

「……アレ(・・)の具合を確かめたい」

「ああアレね、分かった」

 

何回か言葉を交わして2人は別々の場所で構える。

試合開始のホイッスルが鳴り、ダブルヘッダー二戦目が始まった。

 

 

――早速アレから頼むよ。

 

――いきなりか……まあいいけど。さて、この球がどれくらい通用するかなっ!

 

投げられたのはストレートに近い軌道の球。

初球から積極的に振ってきた打者は、ヒットを確信したが打球は思ったよりも飛ばずセンターフライ。

詰まるような感覚を覚えた打者は不思議そうな顔をしてベンチに戻っていく。

 

 

ベンチでも浜矢が初めて見た球種に驚きの表情を浮かべていた。

 

「監督、せんしゅー、今のは?」

「いや、私も見た事ないんだけど……ストレート系だよな」

「ツーシームでは無さそうでしたね」

「……ムービングボールか?」

 

――よしっ、ムービングは意外と良さそう。金属だから飛ばされはするけど、飛距離は抑えられてる。

 

洲嵜が投げたのはムービングファストボール、いわゆる癖玉と呼ばれる物。

投げ方は様々なものがあり、ストレートと同じ握りでリリースだけ変えたり、わざと縫い目にかけずに投げたりなど。

 

小さく鋭い変化をする事から、主に木製バットを相手に猛威を振るう球種だ。

 

 

「けどなんでムービング? 金属なのに……」

「まあストレートと同じ腕の振りで投げられるからな、負担は少ないだろう」

「それにあの変化量なら金属相手でも少しは効果ある……かも」

 

ムービングの弱点は洲嵜も分かっている。

だから少しでも変化量を大きくして、芯を外せるような球に進化させた。

新たな武器を手に初回を3人で抑えた洲嵜がベンチに戻ってくる。

 

「ナイピ! あれはムービング?」

「はい、ウチの守備……特に外野なら打たせて取る戦法が使えますからね」

「確かになぁ……ウチの外野はアマチュアレベルじゃないもんな」

 

驚異的な守備範囲と打球判断能力を持つ岡田がセンターに居て、彼女には及ばないが守備の上手い荒波と三好も両翼にいる。

至誠の外野陣はもはやプロレベルと言っても過言では無かった。

 

 

《1番 サード川端さん》

 

――私が1番になったっていうことは、求められているのはただ一つ……チャンスメイク。

 

初球、内角の難しい変化球をしっかり打ち返し右中間を破るツーベースヒットを放つ。

 

「川端1番も良いよなぁ」

「耀ちゃんはどうしますか?」

「そうだな……ここは送ってもらうか」

 

三好は高めの球を上手く一塁線に転がし、送りバント成功。

1アウトランナー三塁、犠牲フライでも一点の場面。

 

 

――ほら栗原、お膳立てはしたぞ……ここで結果を出せ。

 

――了解! ここまでしてもらって打てない私じゃないですよ!

 

栗原はバットを投手に向け、ただ集中する。

普段は上がっている口角も下がり、キッとした目つきをしている。

ストレートとカーブ、2球続けて見送る。

1球ボールを挟んで4球目が投げられる。

 

――ここまでスライダーは投げてない、だから投げるならここだよね!

 

外角のスライダーをおっつけて打ち、打球はレフトの前にポトリと落ちる。

それを見て川端はホームに突入して1点先制。

 

「よーし、 栗原ナイス!」

「渚ちゃんもナイスランだよ」

「ありがとうございます」

 

川端、三好、栗原が自分に求められている役割を全うした。

その結果先制という最高の結果を生み出した。

 

 

ムービングを主体とした洲嵜は、何度かピンチを作りながらも踏ん張り5回1失点で切り抜ける。

 

「真理ナイピ! メンタル強くなったね!」

「空と、皆のおかげだよ……ありがと」

「真理の為ならいくらでも手伝うから!」

 

――ずっと避け続けてきたんだもん、それくらいはしなきゃ。それに……真理の事好きだから。

 

自身の過去の行動に負い目があったのも理由だが、1番の理由は洲嵜と一緒にいる時間を増やしたいからだ。

しかしそれは口にせず、神宮は洲嵜に寄り添う。

 

 

 

「よし、代打佐野!」

「はーい、打ってきまーす!」

 

6回表の洲嵜の打席で代打佐野が告げられる。

やる気に満ち溢れた彼女は胸を張りながら歩いていき、何度か素振りをして打席に入る。

 

――球種はチェンジアップにスライダー、私が待つのはストレートのみ! チェンジアップに釣られないように気を付けないと。

 

いきなりチェンジアップを投げられたが、佐野はピクリとも反応せず見逃して1ストライク。

内角に外れるスライダーも見送って1ボール1ストライクとなり、3球目だった。

 

――きた、ストレート!

 

鍛え抜かれた腕に操られたバットは、ボールを完璧に捉えた。

バットにボールが当たった感触を感じた佐野は、下半身を上手く使いフルスイングをする。

背中にバットが当たりそうな程振り抜いた後、反動でライトの方向へバットが向く。

 

 

「イエイ! 初ホームラーン!」

「夏輝おめでとー!」

「……夏輝ちゃん、おめでとう……」

「ありがと! いやー、ホームランって気持ちイイね!」

 

春宮、白崎とハイタッチを交わしてベンチに座る。

その後は神宮が登板し2回を無失点に抑え、4対1でダブルヘッダー2連勝。

 

 

 

「お疲れ様、最高の試合結果で合宿を終える事が出来たな! 再来週からはテストだし部活は無くなるぞ」

「うへぇ……テストやだ……」

「赤点取ったら試合出さないから、死に物狂いで頑張れ!」

「そうそう、赤点取らなきゃいくら低くてもいいんだから〜」

 

――いや、別に低くても良くはないけど……。

 

石川の発言にそう思った伊藤は、勉強会をしようと決意した。

1年生の中で項垂れているのは栗原、佐野、春宮の3人。

 

「え、待ってはるみーと夏輝は頭悪いの?」

「はは……実は……」

「あ、赤点は回避できますよ! 多分……」

「いがーい、2人とも頭良さそうな見た目してんのに」

 

その様子を神宮に指摘され、苦笑いで答える2人。

佐野は道場の娘で黒髪ロングと、見た目だけなら優等生。

春宮も見た目は少し派手だが頭脳明晰そうな雰囲気は出ている。

 

 

「白崎はどうなの? 2人とも同じクラスっしょ?」

「わ、私は平気です……」

「そうですよ浜矢先輩! 杏紗は学年トップなんですから!」

「トップ!?」

 

春宮曰く、入試での点数が1年生の中でトップだったとのこと。

 

「あれ、じゃあ入学式とかで挨拶すんじゃないの?」

「……断りました……」

「あぁ……人前で話すとか無理そうだもんな」

 

通常入試での得点がトップの生徒が、新入生代表として挨拶をする。

しかし白崎は人前で話せないとの理由でそれを辞退した。

 

 

「まあそこまで心配無さそうで良かったよ、白崎には悪いけど2人に教えてやってくれ……栗原は川端にでも」

「まあ同じ部屋ですさかい、何となくそうなるとは思うてましたよ」

「ありがとう渚〜! 一生尊敬する……!」

「大袈裟やって」

 

少し呆れた顔で栗原を見ながらも、勉強会を少し楽しそうに思っている川端。

 

「てか茶谷は?」

「施設の人に教えて貰えるんで〜」

「……だったらDクラスに入ってなくない?」

「今までは面倒だったから教わって無かったんすよ」

 

養護施設には当然スタッフの大人がいる。

その人達に教えて貰う予定だと茶谷は言ったが、彼女のクラスはDクラス。

体育科で1番成績の悪い生徒が入るクラスだ。

 

 

「それに頭いいクラス入ってついて行けなかったらヤじゃないっすか」

「確かに……自主トレの時間も少なくなるしな」

「そういう事! だから私はそこそこの点は取りますんで」

 

――要領は良いのにやらないタイプか……。

 

茶谷の性格を勿体無く思いながらも、自身も高校時代は似たタイプだった為何も言えない監督。

 

「まあ、とにかく全員赤点さえ回避してくれれば良いから! それで気持ち良く練習再開しよう!」

『ハイッ!』


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