君色の栄冠   作:フィッシュ

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第8球 名選手

今年もまた抽選会の時期がやってきた。

2018年度の高校野球神奈川県予選抽選会場、そこには神奈川の名選手が勢揃いしている。

 

「……ここにいるの、皆私と同い年以下なんだよな」

「今更どうしたの?」

「いや、なんか3年間早かったなって」

「まだ始まってもないのにその台詞はどうなの?」

 

2年前は名選手が揃っているこの場で浮かれていた浜矢。

しかし今は自分がそう見られる立場になった、その実感がいまいち湧いていないようだ。

 

「とにかく会場入るか! どんな奴がいるのか楽しみ〜!」

「やっぱり蒼海大の人は目立つね、みんな体格が良いし」

「あっちは市大で、向こうは藤蔭か……あ、京王もいる」

「伊吹ちゃんもだいぶ制服で分かるようになったよねぇ」

 

流石に何回も戦えば覚えるよと返す浜矢。

2年前では想像出来ないような姿があった。

 

 

「京王義塾のエース村田さん……それに横浜隼天(はやて)の安打製造機宮崎さんに、藤光学園の正遊撃手内山さん!」

「相変わらず凄い情報網だな……どっから仕入れてくんの」

「普通に調べたり試合を観たりしてるだけだよ?」

 

――練習付き合ってメニュー立ててるのに、どこにそんな時間があるんだ……。

 

有力選手や注目の高校を話している内に、抽選の時間はやってきた。

至誠からは鈴井が代表でクジを引く。

 

「頼むぞ……できれば弱いとこで」

「それだと強いところと当たった時大変だよ?」

「それもそうか……3回戦で蒼海大とか以外なら何でもいいや」

 

だいぶハードルを下げて祈るように見守る浜矢。

鈴井がクジを引き、トーナメント表に番号が書かれる。

その後も各校のキャプテンがクジを引いていき、表が埋まっていく。

 

 

「さて! 今年の初戦はおそらく藤光学園だよ!」

「蒼海大は今年も決勝か……なんの因果?」

「けど決勝以外で当たってもつまらないでしょ」

「それはそうだけどさ……」

 

今年も蒼海大とは決勝まで当たらる事はない。

気分的にはその方が良いのだが、観客からすれば3年連続同じカードになる可能性がある。

それは楽しいのかと浜矢は思っていた。

 

「藤光学園で1番警戒するのは、4番の内山さん! 走攻守三拍子揃った遊撃手で、チャンスメイクが出来る選手だよ」

「まあ守備に関しては際立って上手いって訳ではないし、得点圏もそこまで強くはないから」

「なのに4番なのは、やっぱり長打力ですか?」

「だな、凄いパワーを誇るぞ」

 

チャンスメイクが得意な4番打者の内山。

しかしパワーは圧倒的な物を持ち、当たればスタンドに一瞬でボールが消えていく。

 

 

「エースは藤枝さん! シュートとシンカー、フォークを投げる本格派投手だよ」

「尻上がりに調子を上げるタイプだから、早めに攻略したいな」

「とにかく今日は帰って練習しよう! みんなも練習したそうな顔してるしね!」

 

円陣を組んで声を出し、至誠ナインは学校へ戻った。

そして学校に着くと同時に全員が準備をし、息つく暇もなく練習を開始する。

 

 

「藤光戦の先発は伊吹ちゃんだからね、任せたよ」

「えっ、私?」

「うん! だから、みんなとフリー打撃してきてね」

「……おう、全員抑えてやるぞ! かかってこーい!」

 

大事な初戦の先発を告げられた浜矢は、その勢いに乗った投球を見せほぼ全員を打ち取った。

浜矢からヒットを打てたのは鈴井と白崎、外野まで飛ばせたのは茶谷と上林のみという圧巻のピッチングだった。

 

 

「内野と投手は集まってー!」

「外野は室内でノックするからこっちこーい」

 

監督の呼びかけで外野陣は室内練習場へと向かい、内野と投手は千秋の方へと向かう。

 

「藤枝さん対策するよー! シュートは空ちゃん、フォークは伊吹ちゃんに投げて貰うよ!」

「シンカーは?」

「…………湧ちゃん、投げられないかな?」

「精度が低いので良ければ投げられますよ」

 

ただし変化量には期待しないで欲しい、と何回も念を押す。

しかしそれでも良いと千秋が返し、シンカー対策は牧野の役目となった。

 

 

藤枝はどの変化球も一級品だが、中でも素晴らしいのが高速シュート。

右腕から放たれるその変化球で、数多の右打者を苦しませてきた。

 

「というわけで、空ちゃん頼んだよ!」

「お任せあれー! さあどんどん来てくださいよ!」

「じゃあ私からいい?」

「どうぞどうぞ!」

 

鈴井が1番乗りで打席に入る。

実は神宮と鈴井はあまり対戦した事がなく、お互い内心ワクワクしている。

そして鈴井が打席に立つならと、伊藤が捕手を務める。

 

――美希先輩かぁ……どこ投げても打たれるってイメージだけど。

 

――確か高めに強かった筈だから、丁寧に低めを投げさせよう。

 

 

2人が選んだ初球は、藤枝の切り札であるシュート。

内角に鋭く切り込んでくる球に、鈴井は思わず体を引く。

 

「相変わらずキレがすごいね……」

「これで制球が良ければ文句無しなんですけどね」

「最近はマシになったし、来年には文句無いんじゃない?」

「そうなってくれると嬉しいですね」

 

伊藤と楽しそうに談笑したが、神宮と向き合うと一瞬にして真面目な表情になる。

2球目はストレートが高めに外れ1ボール。

続くスライダーは見逃して1ボール2ストライクとなる。

 

――ワン・ツーからの彗の配球は……。

 

 

4球目は外角のボールからストライクになるシュート、鈴井はそれをしっかり流しライト前に運ぶ。

 

「うわっ……今の打つんですね」

「彗って外角の次は内角、とかその逆もやりがちだよね」

「えっ、そうですか?」

「私が見てる範囲ではそう感じたかな」

 

直した方がいいよ、と言い残し鈴井は打席を後にする。

 

「……空ごめんね」

「へ? 別に平気だよ〜、配球読まれてても打たれない球投げれば良いんだし!」

「それは……確かに理想だけど、そこまでしなくてもいいように私も頑張るから」

「まあ秋から正捕手だもんね、じゃあ頼むよ彗!」

 

――そうだ、秋からは鈴井先輩も千秋先輩もいない……。もっと投手に信頼されるような捕手になりたい。

 

新たな決意を胸に、伊藤はまた構え直して次の打者を迎え撃つ。

神宮が終わると牧野、そして最後は浜矢が投げ藤枝対策を終える。

 

 

 

片付けも終わり解散となるが、千秋と監督、小林の3人はまだ残っていた。

会議室で夏の大会の事について話し合いをしている。

 

「藤枝対策はどうだった?」

「美希ちゃんと杏紗ちゃんは問題無しです、確実性は低いですけど何回かやれば打てそうなのは美央ちゃんと佳奈利ちゃんでした」

「上林と川端は?」

「真希ちゃんはフォーク、渚ちゃんはシンカーを打ちにくそうにしてましたよ」

 

千秋の言葉を全てメモしていく監督、このメモが試合本番で活躍することだろう。

 

 

「外野の守備……特に杏紗ちゃんと夏輝ちゃんはどんな感じでしたか?」

「まだまだだな、代打からそのまま守備は難しそうだ」

「なら灯ちゃんに頑張って貰うことになりそうですね」

 

白崎と佐野の守備はまだ人並み程度にもなれていない。

打力は十分評価出来るが、そのまま守備出場は任せられないと2人は判断した。

 

「三好は結構上手いな、レフトは任せられそう」

「良かったです、耀ちゃんが2番じゃないと攻略が厳しい相手もいますからね」

「あの対応力とカット技術はチーム内でもトップだからな」

 

三好が上位で粘る事により、それ以降の打者が球筋を見極めやすくなるというメリットがある。

それに加え球数を稼げ、先発を早く降ろすことも出来る。彼女は今の至誠には無くてはならない存在だ。

 

 

「春宮さんも、スコアの付け方覚えましたよ」

「間に合いましたか! これで千秋が試合に集中できるな」

「先生もありがとうございました、助かります」

「いえ、私はただ覚えた事を教えたかっただけですから」

 

初めの頃は千秋の役目だったが、暫く経つと小林がスコアの付け方を教えていた。

同じ野球を知らない者同士何か手伝ってあげたいと思ったようで、自分から教え役を名乗り出た。

 

「監督、投手陣の調子はどう見えましたか?」

「洲嵜もメンタル良くなってきてるし、神宮も制球が改善されてきた……牧野は1年とは思えないくらい安定してるな」

「あの制球力とフォーム、それに加えて多彩な変化球がありますからね! ……それで伊吹ちゃんは?」

 

千秋がその名を出すと、監督は一瞬黙る。

何かまずい事を聞いたのか、千秋がそう考えていると監督はニッと笑い話し出す。

 

 

「アイツは1番いいな……ストレートのノビが上がってきてるし、フォークも十分に操れている」

「ツーシームもそこそこ使えてますし、打撃の方も良くなってきましたよね!」

「走塁とスライディングとバントは今も苦手な様子でしたね」

 

浜矢の成長は3人も目を見張るものがあった。

走塁関連の技術はまだまだ未熟なものの、打てるようになりスタメンによっては中軸を任されることも。

 

 

「それで監督、今年は……」

「ああ、もう決めているぞ……多分予想通りだけどな」

「浜矢さんがまさかこんなに頼りになるとは、2年前は思いもしませんでしたね」

「ですね、小林先生はずっと担任でしたし余計にそう思いますよね」

 

1年生の頃の浜矢は、周りに支えられていた印象が大きかった。

それが今では周りを支え、頼もしい姿を見せるようになった。

監督は一度息を吐き2人の方を真剣な表情で見、こう言った。

 

 

「去年の投球を見て目が覚めましたよ……背番号1(エース)は、浜矢です」

「ですよね!」

「ふふ、ここまで長かったですね」

 

背番号1という栄光を手にしたのは、初心者から成り上がった浜矢伊吹だった。


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