君色の栄冠   作:フィッシュ

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第13球 安打製造機

準決勝、横浜隼天との試合当日。

太陽の熱気に負けない程の暑さが、横浜スタジアムの観客席・ベンチから溢れている。

 

「準決勝だよ! ここを勝てば蒼海大、絶対勝とうね!」

 

蒼海大は一足先に勝利を決めていた。

市大藤沢相手に10対3のコールド勝ちという、打撃力の高さを見せつけた。

 

「打順を発表するよー!」

 

千秋から待望の打順が発表される。

 

1番 川端渚(三)

2番 三好耀(左)

3番 上林真希(遊)

4番 鈴井美希(捕)

5番 石川灯(二)

6番 栗原美央(一)

7番 荒波友海(右)

8番 洲嵜真理(投)

9番 岡田早紀(中)

 

スタメンは昨日の時点で知らされていたが、打順はまだ決まっていなかった。

 

 

「結構弄りましたね」

「安打製造機対決ってことと、適正打順の1番で使ってあげようかなって思って」

「宮崎さんとの対決ですか……頑張ります」

 

神奈川の安打製造機・宮崎と、和歌山の安打製造機・川端のトップバッター対決。

 

――渚ちゃんはこれまで期待を下回る成績……これで何か触発されれば良いんだけど。

 

川端は5試合で2安打と、安打製造機という異名に相応しくない成績。

宮崎と同じ打順にする事で、覚醒を期待したのだ。

 

 

「つーかなんで私ベンチなんですかー?」

「相手先発の汐屋さんが左打者苦手だからだよ」

「だから私スタメンだったんですね……けど5番って」

「灯ちゃん得点圏強いでしょ? それに左投手は苦手だけど、汐屋さんは右だから平気かなって」

 

茶谷が悪態をついたり石川が自身の打順に疑問を抱くが、それに理由を答える千秋。

 

「汐屋さんが降りたら佳奈利ちゃんに交代するよ、それまで我慢して待っててね」

「……うっす」

 

茶谷もあまり千秋には強く出られない。

あのスパルタノックがだいぶトラウマになっているようだ。

 

 

「汐屋さんは軟投派投手……惑わされないようにしっかり引きつけて打とうね!」

「軟投派ってあんま三振取らないイメージあるんですけど、隼天の守備でそれってヤバくないですか?」

「実際ヤバイよ? 失点は8点だけど自責は4点だし」

「えぇ……かわいそうですね」

 

防御率には反映されないから良いものの、自責点の倍の失点を味方のミスによって失ってしまっている。

 

「まあ打たせて貰えるならいっぱい打って、守備の乱れが出たらそこを徹底的に責め立てよう!」

『おう!』

 

――せんしゅーも中々悪役じみた事言うようになったなぁ……。

 

浜矢はしみじみと千秋の変化を受け入れていた。

このような発言するのは、今までであれば主に監督だった。

彼女に影響されたのかも知れない。

 

 

 

《1番二塁手(セカンド) 宮崎さん》

 

試合は横浜隼天の先攻となり、宮崎が打席で構える。

 

――宮崎さんは引っ張り方向への強い打球が多い、内野はレフト寄りで外野は少し後退させよう。

 

引っ張り警戒のシフトを敷き、三塁線への痛烈な打球に備える。

洲嵜はロジンバックを手に馴染ませ、優しく地面に置く。

 

 

初球は様子見の外角へのパームボール。

宮崎も1打席目は見ていくタイプなので、見送って1ストライク。

2球目は低めのスラーブがワンバウンドしてボール。

 

――伊吹ちゃん程ではないけど、真理もストレートにノビあるし試してみよう。

 

3球目は外角高めにストレートを投じるが、宮崎はそれを綺麗なスイングで打ち返す。

 

「ライト!」

「任せてー! よっと」

 

荒波が落下地点に一直線に走り、最後は脚から滑り込む。

 

「アウト!」

「ナイスプレー友海〜!」

「真理ー、もっと打たせて良いからね」

 

いきなりファインプレーが飛び出し、場内は盛り上がる。

 

 

――本当、ウチの外野は頼りになるな。打たせていこう。

 

鈴井は今日は打たせて取る配球にしようと考えた。

隼天とは違い守備力の高い至誠だからこそ出来る配球だ。

 

2番は三遊間を抜けるかという打球を打つが、上林が追いついてアウトにする。

 

「真希ナイスー!」

「ツーダン!」

 

3番にはムービングを打たせてセカンドフライ。

初回は三者凡退と、最高の立ち上がりを見せた。

 

 

「鈴井どうだ?」

「シフト敷いても逆をつかれている感じですね」

「なら定位置でも良いかもな、長打警戒とかの指示だけは出して」

 

上位3人にはシフトを敷いたが、全員その逆をつくような打球を放った。

とりあえずは1巡目はシフトを敷いて、2巡目から色々考えようと監督は付け足した。

 

 

「さあ渚ちゃん、頑張ってね!」

「はい……」

 

至誠の安打製造機、川端が自信無さげな様子で左打席に立つ。

内角のスライダーを見逃して1ストライク。

外いっぱいのサークルチェンジを流すも、サードライナーに終わる。

 

「ドンマイ! 良い当たりだったから次はヒットになるよ」

「……はい」

 

川端は浮かない表情でベンチに座る。

声出しも忘れて落ち込んでいる様子だ。

 

――せっかく監督達が信じて1番で起用してくれたのに、打てんかった……。

 

川端は自身の成績に対し不甲斐なさを感じている。

せっかく中学と同じ打順にして貰ったのに、それでも結果を残せない自分が情け無く思えてくるのだ。

 

 

「監督、渚ちゃんどう思いますか?」

「自信の無さが不調に繋がってるんだろうな」

「けど中学の時はそれでも打ててましたよね?」

「まあ投手のレベルが違うからな……それにウチは全国から凄い奴ら集めてきてるし、余計に比べちゃうのかもな」

 

中学と高校では投手のレベルが全く違う。

それに加え元々の自信の無さがスイングを乱し、凡打を生み出している。

 

いつも通り2番に据わった三好は、粘り勝ちをして四球を選ぶ。

 

「やっぱり耀ちゃんは2番が良いですね」

「あれだけ粘れて選球眼も良いんじゃ、勿体無くて下位には置けないしな」

 

 

3番上林は初球を引っ張るがファールとなる。

ここまで安定した成績を残している彼女には、この打席でも大きな期待が寄せられている。

 

「鈴井に繋げー!」

 

――そうや、私の後ろは鈴井先輩……! ここで打てば好感度上がるのは間違いあらへんやん!

 

低めの難しい変化球を巧く掬い上げてヒット。

上林は鈴井の方をじっと見つめている。

 

――なんか凄い見られてる……まあ頑張ったし。

 

鈴井は上林の方へ拳を突き出す。

それを見た彼女は、打った時よりも嬉しそうにしている。

 

 

「さて、一・二塁で鈴井か……ここは1点は取れそうだな」

「美希ちゃんはどんな場面、どんな投手でも打てますからね!」

 

集中した顔で打席に立ち、マウンド上を睨みつける。

 

――汐屋の持ち球はスライダー、サークルチェンジ、ナックルカーブ……狙うのは、変化の少ないサークルチェンジ一択。

 

3球続けて見逃した後の4球目、内角低めに狙っていた球が来た。

彼女はそれを捉えてレフト線を破る長打を放つ。

 

「耀、ゴーゴー!」

「分かっとーばい!」

 

ランナーコーチの神宮の言葉に、ニヤッと笑いながらそんな事を返す。

鈴井のヒットで生還できるのが嬉しいのだろう。

 

 

「よし先制!」

「幸先良いですね」

 

三好はハイタッチを交わしベンチに座る。

しかしこの後は続かず、石川はインローのストレートで三振、栗原もファーストゴロに終わった。

 

援護を貰った洲嵜は初回の完璧な立ち上がりを維持し、4回まで無失点ピッチ。

対する汐屋も初回の失点以降は無失点に抑え、4回終了時点で1対0と試合は膠着(こうちゃく)状態。

 

 

 

5回表、横浜隼天の攻撃は下位打線から。

先頭の7番にヒットを許すと、8番にも粘られる。

スラーブ、パーム、スクリュー全てをカットされ、少しでも外せば見送られる。

 

――8番とは思えない選球眼……ならボール半個分くらい外して。

 

洲嵜はストレートを外角低めに投げ込むと、鈴井は少しミットを動かして捕球した。

 

「ボールフォア」

 

――フレーミングが通用しない審判だったか、失敗したな。

 

鈴井の得意とするフレーミングも、今日の球審には通用せず四球と判断された。

9番は送りバントでランナー二・三塁となり打席には。

 

《1番二塁手 宮崎さん》

 

この場面で宮崎に回ってしまい、内野はマウンドに集まる。

 

 

「一塁空いてるし敬遠しても良いんだけど、どうする?」

「……勝負します、ここで逃げたらエースなんて名乗れません」

「分かった、強烈な打球来ると思うから内野は一瞬も気抜かないでね!」

『はい!』

 

キャプテンらしく、気を引き締めるよう後輩達に檄を飛ばす。

だが守備シフトは自分では判断せずに、ベンチに指示を促す。

 

「どうしますか?」

「前進守備か中間守備……前進だと宮崎には抜かれそうで怖いけど、かと言ってこの状況で中間はなぁ……」

「1点取られても同点ですし、ここは中間守備でも良い気はしますけど……」

 

千秋、監督、小林がシフトについて議論を交わし合う。

 

「守備シフトって色々あるんだね」

「うん……1点もやれない場面だと、内野は前進して、内野ゴロでの失点を防ぐ……よ」

「中間守備は逆に1点はやるけど、アウトを多く取るためのシフトだっけ?」

「そうだよ……それに、宮崎さんの打球は速いから……前進守備だと、抜かれると監督達は思ってるみたい……」

 

ランナーは二・三塁、強い打球で内野を抜かれれば最悪逆転されるだろう。

ならば1点をやっても良いから、内野で打球を捌くのを選びたい。

しかしこの場面で追いつかれていいのかと、3人は悩んでいた。

 

 

「決めた! ここは前進守備だ、同点は防ぐぞ」

「まあ定石通りではありますよね」

「なんとか内野で食い止められればいいんですけど……」

 

かなり長い時間悩んだ末、監督は前進守備を選んだ。サインを確認して鈴井は野手陣に指示を出す。

 

――慎重に攻めはするけど、カウントは悪くしないように投げさせよう。

 

最初は外いっぱいにスクリューを投げ1ストライク。続く2球目はストレートが外れて1ボール。

3球目、内角のスラーブは引っ張られるがファールに。

 

 

――カウントは1-2。ここでボール球を投げても勝負を先延ばしにするだけなのは分かってる、攻めるよ。

 

初めに投げたのと同じコースに、今度はパームを投げ込む。

しかし鈴井の視界には、鋭く振り抜かれたバットが白球を叩き潰す様子が見えた。

 

「ライト!」

「オーライ!」

 

フェンスギリギリという高さ、荒波ならば捕れるかも知れない。

前進していた彼女は後ろを振り向く事なく、フェンスに向かって走り続けた。

 

しかし、無常にも白球はライトスタンドに吸い込まれていった。

 

 

「マジか……」

「……ここで打てるのは、流石の宮崎さんですね」

「一気に2点差ですか……少し厳しいですね」

 

ベンチには重く暗い雰囲気が漂っている。

鈴井は投手を交代するかどうかベンチの判断を仰ぐ。

 

――本塁打は狙ってないと思って、勝負を焦りすぎた……。真理は悪くない。

 

「……まだいけます、寧ろランナー居なくなって吹っ切れましたよ」

「そう? ならこれ以降は無失点、いやノーヒットで抑えよう」

「はい」

 

ここでの投手交代はせず、洲嵜を続投させる。

 

――逆転されたんだ、あと2アウトくらい取ってから交代してやる。

 

本塁打のショックを引きずらず、洲嵜は2番と3番を封じ込めマウンドを降りる。

 

 

「お疲れ、横浜隼天相手に5回3失点は立派だよ」

「そうだよ! ありがとうね真理ちゃん」

「本当は抑えたかったんですけどね……まだまだですね」

 

額から流れ出る汗を拭いながら、洲嵜は水分を補給する。

 

「次の回からは神宮行くぞ、2イニングだ」

「マジですか!? やった、彗手伝って!」

「逆転された直後なのに元気だね……」

「暗い顔してても状況は変わんないじゃん! なら元気に行こーよ!」

 

神宮はそう言い残し、伊藤を引き連れて肩を作り始める。

今の言葉に自分達が諦めかけていた事に気づき、監督達は顔を見合わせる。

 

 

「空ちゃんの言う通りですね、まだ試合は終わってません」

「最後まで選手を信じて指示を出すのが私達の仕事だしな」

「逆転されたのなら、逆転し返せばいいですからね」

 

選手達は誰も諦めてはいない。

ならば首脳陣が絶対に諦める訳にはいかない。

ここからの反撃までのプランを、監督は脳内で描き始める。


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