準決勝、横浜隼天との試合当日。
太陽の熱気に負けない程の暑さが、横浜スタジアムの観客席・ベンチから溢れている。
「準決勝だよ! ここを勝てば蒼海大、絶対勝とうね!」
蒼海大は一足先に勝利を決めていた。
市大藤沢相手に10対3のコールド勝ちという、打撃力の高さを見せつけた。
「打順を発表するよー!」
千秋から待望の打順が発表される。
1番 川端渚(三)
2番 三好耀(左)
3番 上林真希(遊)
4番 鈴井美希(捕)
5番 石川灯(二)
6番 栗原美央(一)
7番 荒波友海(右)
8番 洲嵜真理(投)
9番 岡田早紀(中)
スタメンは昨日の時点で知らされていたが、打順はまだ決まっていなかった。
「結構弄りましたね」
「安打製造機対決ってことと、適正打順の1番で使ってあげようかなって思って」
「宮崎さんとの対決ですか……頑張ります」
神奈川の安打製造機・宮崎と、和歌山の安打製造機・川端のトップバッター対決。
――渚ちゃんはこれまで期待を下回る成績……これで何か触発されれば良いんだけど。
川端は5試合で2安打と、安打製造機という異名に相応しくない成績。
宮崎と同じ打順にする事で、覚醒を期待したのだ。
「つーかなんで私ベンチなんですかー?」
「相手先発の汐屋さんが左打者苦手だからだよ」
「だから私スタメンだったんですね……けど5番って」
「灯ちゃん得点圏強いでしょ? それに左投手は苦手だけど、汐屋さんは右だから平気かなって」
茶谷が悪態をついたり石川が自身の打順に疑問を抱くが、それに理由を答える千秋。
「汐屋さんが降りたら佳奈利ちゃんに交代するよ、それまで我慢して待っててね」
「……うっす」
茶谷もあまり千秋には強く出られない。
あのスパルタノックがだいぶトラウマになっているようだ。
「汐屋さんは軟投派投手……惑わされないようにしっかり引きつけて打とうね!」
「軟投派ってあんま三振取らないイメージあるんですけど、隼天の守備でそれってヤバくないですか?」
「実際ヤバイよ? 失点は8点だけど自責は4点だし」
「えぇ……かわいそうですね」
防御率には反映されないから良いものの、自責点の倍の失点を味方のミスによって失ってしまっている。
「まあ打たせて貰えるならいっぱい打って、守備の乱れが出たらそこを徹底的に責め立てよう!」
『おう!』
――せんしゅーも中々悪役じみた事言うようになったなぁ……。
浜矢はしみじみと千秋の変化を受け入れていた。
このような発言するのは、今までであれば主に監督だった。
彼女に影響されたのかも知れない。
《1番
試合は横浜隼天の先攻となり、宮崎が打席で構える。
――宮崎さんは引っ張り方向への強い打球が多い、内野はレフト寄りで外野は少し後退させよう。
引っ張り警戒のシフトを敷き、三塁線への痛烈な打球に備える。
洲嵜はロジンバックを手に馴染ませ、優しく地面に置く。
初球は様子見の外角へのパームボール。
宮崎も1打席目は見ていくタイプなので、見送って1ストライク。
2球目は低めのスラーブがワンバウンドしてボール。
――伊吹ちゃん程ではないけど、真理もストレートにノビあるし試してみよう。
3球目は外角高めにストレートを投じるが、宮崎はそれを綺麗なスイングで打ち返す。
「ライト!」
「任せてー! よっと」
荒波が落下地点に一直線に走り、最後は脚から滑り込む。
「アウト!」
「ナイスプレー友海〜!」
「真理ー、もっと打たせて良いからね」
いきなりファインプレーが飛び出し、場内は盛り上がる。
――本当、ウチの外野は頼りになるな。打たせていこう。
鈴井は今日は打たせて取る配球にしようと考えた。
隼天とは違い守備力の高い至誠だからこそ出来る配球だ。
2番は三遊間を抜けるかという打球を打つが、上林が追いついてアウトにする。
「真希ナイスー!」
「ツーダン!」
3番にはムービングを打たせてセカンドフライ。
初回は三者凡退と、最高の立ち上がりを見せた。
「鈴井どうだ?」
「シフト敷いても逆をつかれている感じですね」
「なら定位置でも良いかもな、長打警戒とかの指示だけは出して」
上位3人にはシフトを敷いたが、全員その逆をつくような打球を放った。
とりあえずは1巡目はシフトを敷いて、2巡目から色々考えようと監督は付け足した。
「さあ渚ちゃん、頑張ってね!」
「はい……」
至誠の安打製造機、川端が自信無さげな様子で左打席に立つ。
内角のスライダーを見逃して1ストライク。
外いっぱいのサークルチェンジを流すも、サードライナーに終わる。
「ドンマイ! 良い当たりだったから次はヒットになるよ」
「……はい」
川端は浮かない表情でベンチに座る。
声出しも忘れて落ち込んでいる様子だ。
――せっかく監督達が信じて1番で起用してくれたのに、打てんかった……。
川端は自身の成績に対し不甲斐なさを感じている。
せっかく中学と同じ打順にして貰ったのに、それでも結果を残せない自分が情け無く思えてくるのだ。
「監督、渚ちゃんどう思いますか?」
「自信の無さが不調に繋がってるんだろうな」
「けど中学の時はそれでも打ててましたよね?」
「まあ投手のレベルが違うからな……それにウチは全国から凄い奴ら集めてきてるし、余計に比べちゃうのかもな」
中学と高校では投手のレベルが全く違う。
それに加え元々の自信の無さがスイングを乱し、凡打を生み出している。
いつも通り2番に据わった三好は、粘り勝ちをして四球を選ぶ。
「やっぱり耀ちゃんは2番が良いですね」
「あれだけ粘れて選球眼も良いんじゃ、勿体無くて下位には置けないしな」
3番上林は初球を引っ張るがファールとなる。
ここまで安定した成績を残している彼女には、この打席でも大きな期待が寄せられている。
「鈴井に繋げー!」
――そうや、私の後ろは鈴井先輩……! ここで打てば好感度上がるのは間違いあらへんやん!
低めの難しい変化球を巧く掬い上げてヒット。
上林は鈴井の方をじっと見つめている。
――なんか凄い見られてる……まあ頑張ったし。
鈴井は上林の方へ拳を突き出す。
それを見た彼女は、打った時よりも嬉しそうにしている。
「さて、一・二塁で鈴井か……ここは1点は取れそうだな」
「美希ちゃんはどんな場面、どんな投手でも打てますからね!」
集中した顔で打席に立ち、マウンド上を睨みつける。
――汐屋の持ち球はスライダー、サークルチェンジ、ナックルカーブ……狙うのは、変化の少ないサークルチェンジ一択。
3球続けて見逃した後の4球目、内角低めに狙っていた球が来た。
彼女はそれを捉えてレフト線を破る長打を放つ。
「耀、ゴーゴー!」
「分かっとーばい!」
ランナーコーチの神宮の言葉に、ニヤッと笑いながらそんな事を返す。
鈴井のヒットで生還できるのが嬉しいのだろう。
「よし先制!」
「幸先良いですね」
三好はハイタッチを交わしベンチに座る。
しかしこの後は続かず、石川はインローのストレートで三振、栗原もファーストゴロに終わった。
援護を貰った洲嵜は初回の完璧な立ち上がりを維持し、4回まで無失点ピッチ。
対する汐屋も初回の失点以降は無失点に抑え、4回終了時点で1対0と試合は
5回表、横浜隼天の攻撃は下位打線から。
先頭の7番にヒットを許すと、8番にも粘られる。
スラーブ、パーム、スクリュー全てをカットされ、少しでも外せば見送られる。
――8番とは思えない選球眼……ならボール半個分くらい外して。
洲嵜はストレートを外角低めに投げ込むと、鈴井は少しミットを動かして捕球した。
「ボールフォア」
――フレーミングが通用しない審判だったか、失敗したな。
鈴井の得意とするフレーミングも、今日の球審には通用せず四球と判断された。
9番は送りバントでランナー二・三塁となり打席には。
《1番二塁手 宮崎さん》
この場面で宮崎に回ってしまい、内野はマウンドに集まる。
「一塁空いてるし敬遠しても良いんだけど、どうする?」
「……勝負します、ここで逃げたらエースなんて名乗れません」
「分かった、強烈な打球来ると思うから内野は一瞬も気抜かないでね!」
『はい!』
キャプテンらしく、気を引き締めるよう後輩達に檄を飛ばす。
だが守備シフトは自分では判断せずに、ベンチに指示を促す。
「どうしますか?」
「前進守備か中間守備……前進だと宮崎には抜かれそうで怖いけど、かと言ってこの状況で中間はなぁ……」
「1点取られても同点ですし、ここは中間守備でも良い気はしますけど……」
千秋、監督、小林がシフトについて議論を交わし合う。
「守備シフトって色々あるんだね」
「うん……1点もやれない場面だと、内野は前進して、内野ゴロでの失点を防ぐ……よ」
「中間守備は逆に1点はやるけど、アウトを多く取るためのシフトだっけ?」
「そうだよ……それに、宮崎さんの打球は速いから……前進守備だと、抜かれると監督達は思ってるみたい……」
ランナーは二・三塁、強い打球で内野を抜かれれば最悪逆転されるだろう。
ならば1点をやっても良いから、内野で打球を捌くのを選びたい。
しかしこの場面で追いつかれていいのかと、3人は悩んでいた。
「決めた! ここは前進守備だ、同点は防ぐぞ」
「まあ定石通りではありますよね」
「なんとか内野で食い止められればいいんですけど……」
かなり長い時間悩んだ末、監督は前進守備を選んだ。サインを確認して鈴井は野手陣に指示を出す。
――慎重に攻めはするけど、カウントは悪くしないように投げさせよう。
最初は外いっぱいにスクリューを投げ1ストライク。続く2球目はストレートが外れて1ボール。
3球目、内角のスラーブは引っ張られるがファールに。
――カウントは1-2。ここでボール球を投げても勝負を先延ばしにするだけなのは分かってる、攻めるよ。
初めに投げたのと同じコースに、今度はパームを投げ込む。
しかし鈴井の視界には、鋭く振り抜かれたバットが白球を叩き潰す様子が見えた。
「ライト!」
「オーライ!」
フェンスギリギリという高さ、荒波ならば捕れるかも知れない。
前進していた彼女は後ろを振り向く事なく、フェンスに向かって走り続けた。
しかし、無常にも白球はライトスタンドに吸い込まれていった。
「マジか……」
「……ここで打てるのは、流石の宮崎さんですね」
「一気に2点差ですか……少し厳しいですね」
ベンチには重く暗い雰囲気が漂っている。
鈴井は投手を交代するかどうかベンチの判断を仰ぐ。
――本塁打は狙ってないと思って、勝負を焦りすぎた……。真理は悪くない。
「……まだいけます、寧ろランナー居なくなって吹っ切れましたよ」
「そう? ならこれ以降は無失点、いやノーヒットで抑えよう」
「はい」
ここでの投手交代はせず、洲嵜を続投させる。
――逆転されたんだ、あと2アウトくらい取ってから交代してやる。
本塁打のショックを引きずらず、洲嵜は2番と3番を封じ込めマウンドを降りる。
「お疲れ、横浜隼天相手に5回3失点は立派だよ」
「そうだよ! ありがとうね真理ちゃん」
「本当は抑えたかったんですけどね……まだまだですね」
額から流れ出る汗を拭いながら、洲嵜は水分を補給する。
「次の回からは神宮行くぞ、2イニングだ」
「マジですか!? やった、彗手伝って!」
「逆転された直後なのに元気だね……」
「暗い顔してても状況は変わんないじゃん! なら元気に行こーよ!」
神宮はそう言い残し、伊藤を引き連れて肩を作り始める。
今の言葉に自分達が諦めかけていた事に気づき、監督達は顔を見合わせる。
「空ちゃんの言う通りですね、まだ試合は終わってません」
「最後まで選手を信じて指示を出すのが私達の仕事だしな」
「逆転されたのなら、逆転し返せばいいですからね」
選手達は誰も諦めてはいない。
ならば首脳陣が絶対に諦める訳にはいかない。
ここからの反撃までのプランを、監督は脳内で描き始める。