君色の栄冠   作:フィッシュ

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第16球 吹き飛ばせ!

不穏な空気が至誠も纏っている中、3回裏の蒼海大の攻撃が始まる。

 

「向こうは何やら仲間割れしているようだ、その隙に叩きのめしてやろうぜ!」

『オオ!』

 

空気の悪さは向こうにも伝わったようで、ここで心を折る為に猛攻を仕掛けるようだ。

だが至誠もただやられるだけにはいかない。

 

――今日は調子が良い、蒼海大相手にも楽に投げられてる。

 

絶好調の浜矢は9番から2番を、完璧に封じ込めてこの回を終える。

打ち気満々な打者に対して、内外への変化球で打ち取った。

 

 

「いやー、やっぱそんな楽にはいかないか」

「流石は浜矢だな……私達も負けてられないぞ」

「オッケ、いい投球頼むよ」

「誰に言ってるんだ? 私は蒼海大のエースだぞ」

 

"蒼海大のエース"その肩書きは飾りではない。

四球こそ出したものの、メンタルの強さと圧倒的な速度を誇る変化球で無失点。

 

「少し荒れ始めましたね……6回辺りが勝負ですかね」

「かもな、それまでに更に失点するのは防ぎたい」

「こればかりは伊吹ちゃん頼りですね」

 

4回表になっても、浜矢は調子を落とす事はなかった。3番は3球で三振に仕留め、佐久間の打席。

 

 

――外野は長打警戒、内野も少し下がろうか。

 

長打に備え外野はフェンスギリギリまで後退する。

初球はスライドフォークを打ち損じてファール。

続くカーブは見送って1ボールとなり、3球目。

 

――スライダーか、打ってやる!

 

しかし佐久間のバットは空を切り、空振り三振。

真ん中付近に投げられた球が、ストライクゾーンの外まで変化した。

絶好調な今日だからこそ投げられた球だ。

 

「伊吹ちゃん、ナイピー!」

「まだまだいけるぜ!」

 

その言葉通り、相川もそのスライダーで三振に切り取る。

お互い安定した投球で4回まで接戦で終える。

ここでグラウンド整備の時間となり、作戦会議。

 

 

「そろそろ荒れてくると思うから、全員待球するよ! もちろん失投がくれば初球でも仕留めてね!」

『はい!』

 

――まさか佐久間さんがここまで手強いとはね……当たり前だけど、この3年間で成長している。

 

3年間ずっと成長を見てきたのは、浜矢と鈴井だけではない。

毎年決勝で戦ってきた佐久間の成長も、千秋は見てきた。

 

 

 

5回裏の攻撃、先頭の茶谷は失投を待つ。

2球続けてボール球を投げてからの3球目、真ん中から曲がる高速スライダー。

それをストレートと間違い、引っ掛けてしまいファーストゴロ。

 

「くっそ!」

「今のは仕方ないよ、よく当てられたね」

「……どもっす」

 

先輩に褒められると、どうもいつも通りの反応が出来ない茶谷。

特に鈴井と千秋には滅法弱い様子だ。

 

 

《5番捕手(キャッチャー) 鈴井さん》

 

鈴井はヒットにするコースを狙う。

流し打ちが多い打球傾向から、内野はライト寄りのシフト。

 

――だったら、無理矢理引っ張って頭を越す!

 

内角に切り込むスライダーを捉えるも、サードの守備範囲内。

2打席連続で凡退と、鈴井にしては珍しい成績だ。

 

「ごめんね」

「私が打つから見てろって!」

 

浜矢はそう意気込んで打席に入ったが、結果はショートゴロ。

こちらは引っ張り警戒のシフトを敷かれ、まんまとそれにハマった形になった。

 

 

「……伊吹ちゃん?」

「ぴ、ピッチングはちゃんとするから……」

 

しかし動揺したのか佐久間の速球に手が痺れたのか、先頭にヒットを与えてしまう。

 

「伊吹ちゃん、本当に平気なんだね?」

「いけるいける、今ので落ち着いたから」

「手投げになってたよ、腕振って投げてきて」

「気をつけるわ」

 

鈴井と会話をした事で落ち着いた浜矢は、7番から三振を奪う。

8番はライトフライ、そして9番も三振に仕留めて無失点ピッチ。

 

 

 

6回表の攻撃が始まる前、打席に向かう川端に監督が小声で耳打ちする。

 

「川端、頼むから塁に出てくれ」

「分かりました、必ず出ます」

 

――多分今のは美央のお膳立てをしろって事……その仕事、しっかり遂行しますよ。

 

際どいコースはカットして粘り、外れれば見送ってじわじわとカウントを整える。

そして迎えた8球目だった。

 

「ボールフォア!」

「よしっ」

「最高の結果! 川端に任せて良かったよ」

 

 

《8番一塁手(ファースト) 栗原さん》

 

6回表、1点ビハインドの場面。

ここで打たなければ負けが近づくという状況で、彼女は打席に入る。

 

――ここで打たないと交代……。先輩に迷惑かけて、チームの雰囲気も悪くしたまま。そんなのは嫌だ!

 

しかし思いは空回りし、初球の甘く入ったストレートを空振ってしまう。

次はいつくるか分からない程の絶好球だった。

 

――どうしよう、これじゃ足手まといのままだ。なんとかしなきゃ……!

 

 

「美央ー! かっ飛ばせー!」

「……いい、スイングだったよ」

「ホームラン打ってやれー!」

 

栗原の不安を振り払うかのように、元気のいい声がベンチから飛ぶ。

1年生を中心に飛ばされた応援の声、それに応えなければならない。

だが栗原の視線は、ある一点に集中していた。

 

――湧……さっきは結構助かったよ、実際ミス連発した時は1人にして欲しかったし。それに湧だって言いたくてあんな事言ったんじゃないよね。今だってずっと私の事見ててくれてるし。

 

牧野は打席の栗原から、一瞬を目を離さなかった。

それどころか祈るのような顔でこちらを見ているのだ。

 

 

――正直言い過ぎだと思ってる。発破を掛けるだけならあそこまで言わなくても良かった。けど、これから先も同じような場面は何度も来る。その度にあんなに落ち込んでる訳にはいかないでしょ。だからさ……。

 

「打ちなよ! 今までの鬱憤、全部吹き飛ばしなよ!」

「……うん!」

 

牧野の大声での激励を受け、栗原はもう一度マウンド上の佐久間と向き合う。

そして放たれたフォークボール、それを掬い上げて引っ張る。

白球は蒼穹に高々と舞い上がり綺麗な放物線を描いて、ライトスタンドへと向かっていく。

 

 

「行ったか!?」

「越えろー!」

 

声援を乗せた打球は突き刺さるように、スタンドへ到達した。

6回表で逆転のツーランホームラン、栗原の復活だ。

 

「よっしゃー! 栗原、信じてたぞ!」

「美央ちゃん、ナイスバッティング!」

 

満面の笑みでダイヤモンドを一周した栗原は、その笑顔のまま全員とハイタッチを交わす。

 

「湧、ありがとね!」

「別に私はなにも……打ったのは美央の実力だよ」

「けど立ち直らせてくれたのは湧だから! ほんっとにありがとう!」

「大袈裟だよ、それより今日はもうエラーしないでね」

 

最後の最後で冗談を言うが、栗原はそれを笑い飛ばせるくらいには回復した。

 

 

「……あのさ」

 

満足そうな顔でベンチに座ろうとした牧野に、佐野がおずおずと声を掛ける。

 

「ごめん……私、湧のこと分かってなくて……」

「あそこまで言わなくても良かったんだよ、私もやりすぎた」

「……けど」

「むしろ夏輝があそこまで怒ったから、美央も奮起できたんじゃない? チームの雰囲気を治す為に頑張ろうって」

 

私はただ悪役になってただけだよ、そう言って牧野は話を切り上げる。

 

「それでもごめんね、それとありがとう」

「……どういたしまして」

 

チームの為に、栗原の為に自ら嫌われ役を買って出た牧野。

彼女の行動の真意を知っていた白崎が、また牧野に話し掛ける。

 

 

「一歩間違えれば、大変な事になってたと、思う……その対策とかも、考えてたんだよね……?」

「…………いや、正直何も考えてなかった」

「えっ……」

「美央なら打てるって信じてたから、そう言い訳させて?」

 

実際に栗原は復活したのだから、牧野のやり方に異議を唱える事は出来ない。

 

――確か湧ちゃんって頭良いはずだったよね……? 意外と抜けてるのかな。

 

そんな毒舌も、白崎の性格上飲み込んだ。

彼女は意外と辛辣な事を思っている時が多い。

 

 

 

その間にマウンドでは、相川と佐久間が会話を交わしていた。

 

「玲……」

「なんて顔してんだよ、まだ1点差だろ? ウチの打線なら取り返せる、そうだろ?」

「……ああ、そうだな!」

 

佐久間は打たれた事なんて引きずらなかった。

後続の岡田と荒波を三振に仕留め、三好には粘られた末に四球を与えたが上林は抑え込んだ。

 

 

6回裏の蒼海大の攻撃は1番からの好打順だったが、1番と2番は三振に仕留められる。

しかし3番には甘く入ったフォークをライト前に運ばれ、佐久間の打席を迎える。

 

――佐久間ってあんま苦手なコースとか無いんだよね。強いのはストレートだから、ストレートは投げさせないけど。

 

初球はフォークから入るが外れてボール。

2球目のスライダーは引っ張られるが、ファールとなり1ストライク。

次はカーブが外れて2-1となるが、スライダーでカウントを整えて並行カウント。

 

 

――フォーク投げれば三振取れるかな。

 

鈴井はフォークのサインを出すが、浜矢は首を横に振る。

スライダーのサインにも、ツーシームのサインにも首を横に振る。

 

――まさか直球勝負したいの? ……そっか、勝負したいよね。向こうだって直球勝負してきたんだから、伊吹ちゃんもやりたいよね。

 

ストレートのサインを出すと、浜矢は満足そうに頷く。投げられたのは内角高めへのノビのある直球。

佐久間も待ち望んでいたその球に、ジャストミートさせる。

 

 

「……いったか」

「まさか打たれるとは……」

 

打球は一直線にレフトスタンドへ、弾丸のように突き刺さる。

これで3対2となり、再び蒼海大がリードを奪う。

 

「伊吹ちゃんドンマイ」

「いやー、今の打たれるとか堪ったもんじゃないよ」

「けど今の少し甘かったよ? 相川さんには打たれないでよね」

「佐久間以外に打たれる気は無し!」

 

浜矢は宣言通り相川を2球で追い込んだ後、フォークで三振に仕留めた。

3対2という接戦のまま最終回の攻撃を迎える。


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