君色の栄冠   作:フィッシュ

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第7球 開会式

すっかり梅雨も明け、猛暑の始まりを告げた7月。

開会式当日、選手たちは横浜スタジアムに集まった。

 

「これ全員野球選手か……」

「やっぱりレギュラーは体格良いね」

「だな」

 

背番号が一桁台の選手は皆、体格が良い。

至誠の先輩たちも似たような感じだが、浜矢ら一年生と比べるとその差は歴然だ。

足の太さに至っては二倍近い差があるのではないかというほど。

 

「あ、あっちに佐久間さんがいるよ!」

「おー……一年の割には鍛えられてるな」

「だからこそ150kmを投げられるのかもね」

 

蒼海大相模の背番号18、佐久間玲。

浜矢たちと同じ一年生だが体格は既に二年生級。

この体格が150kmという速球を生み出している。

 

「佐久間ってバッティングはどうなの?」

「打撃も得意で、中学時代は四番を打ってたよ」

「エースで四番か……良い選手を獲ったんだな」

 

浜矢も佐久間のことだけは調べていた。

地元神奈川ではなく静岡県出身。越境組だ。

その才能を見出されて県外の高校に入学し、充実した施設で毎日夜遅くまで練習を行なう。

それを越せるだけの実力は、今の浜矢には無い。

 

だが、彼女には頼りになる仲間がいる。

どんな相手であろうと負ける気はしなかった。

 

 

「おーい、そろそろ入場だぞ」

「はい! キャプテンは緊張してないんですか?」

「もう三年だし、あんまり」

 

浜矢は緊張で手汗が酷いことになっている。

彼女が一番心配しているのは、行進で手足が同時に出ないかどうか。

至誠の部員数はたったの九人なので、そんな事があればすぐ目についてしまう。

 

「ここで堂々としてなきゃダメだぞ〜、ナメられちゃう」

「糸賀先輩も余裕そうですね……」

「三年は緊張なんかしてる暇ないからね」

 

三年生にとってこの大会は最後のアピールの場。

試合当日というわけでもないのに緊張なんかする豆腐メンタルなら、試合で本来の実力を出すことなど出来ない。

 

頭では理解していても、緊張するものはする。

浜矢にとってはこれが初めての開会式なのだから仕方ないが。

 

「よし、入場するぞ! 演奏よく聴いてテンポ合わせて、左右は美月に合わせてな!」

「はいっ!」

 

千秋がプラカードを持って先頭を歩くことになるのだが、彼女は全く緊張している様子は無い。

むしろこの中にいる誰よりも楽しそうにしている。

鈴井といい千秋といい、なぜ自分以外は緊張していないのかと不服そうな浜矢であった。

 

 

どれだけ緊張していても時間はやってくるもので、選手入場が始まる。

観客席に座っている控え選手や監督コーチによる拍手に見送られながら、神奈川で戦い抜く選手たちが入場していく。

全員と戦う訳ではないが、全員がライバル。

 

(そう考えると、とんでもない世界に足を踏み入れたんだな……)

 

浜矢からすればほぼ全員が自分より体格の良い選手なので、余計にこの世界の凄さを感じるだろう。

 

『選手宣誓』

 

そのアナウンスに応え、蒼海大相模のキャプテンが前に出る。

堂々とした立ち振る舞い、ハキハキした喋り。

まさしく強豪校のキャプテンといった人だ。

蒼海大は間違いなく決勝まで勝ち上がってくる。

 

自分たちも勝ち上がって、決勝で蒼海大を倒す。

浜矢はこの選手宣誓を聞いて改めてそう考えた。

 

 

 

「あー、終わったー!」

「お疲れ。帰ったら練習だからな」

「はい! いっぱい投げますよー!」

「打撃もあるからそこそこにね」

「おう!」

 

長かった開会式が終わり、選手はバスに乗り込む。

猛暑の中で立ちっぱなしの疲れもあるが、他校の選手を間近で見た事によってやる気が出たのだろう。

浜矢の目は熱く燃え上がっていた。

 

「蒼海大のキャプテンって名前なんだっけ」

「ファーストの山城斎さんだよ。高校通算40本! 1年生からベンチ入りしていた名選手なんだ」

「山城ね……よし、覚えた」

「むしろまだ覚えてなかったの?」

「いやー、佐久間の事調べてて他は……」

 

それに今年一回しか戦わない三年生よりも、三回以上戦う可能性のある同級生の方が気になってしまう。

特に浜矢と佐久間は同じポジションなので余計に。

 

「佐久間はウチ相手には多分投げないと思うよ、ノーコンだし」

「けど代打としては出てくるかもね」

「投手として戦う事になるかも知れないのか……抑えられるかな」

「今の伊吹ちゃんなら間違いなく打たれるね」

「そんなキッパリと……」

 

自分でも薄々分かっていた事だが、こうもキッパリと断言されると悔しいものはある。

 

(というか鈴井やせんしゅーにそこまで評価されてるって、佐久間って本当に凄い奴なんだな)

 

基本的にプロ注目の三年生の話をする事が多い彼女たちが、同級生にここまでの評価を下すのは珍しい。

それだけ佐久間玲という選手は規格外なのだ。

 

「ただ変化球はあまり得意ではないみたいだし、スライダーなら抑えられるかも」

「もしくは新しく何か覚えるか」

「流石に今から覚えるのはな……私の登板時に代打で出てこない事を願おう」

「大会終わったらすぐ変化球覚えてもらうからね」

「スライダーとあのショボカーブだけじゃキツいからなぁ」

 

結局カーブは使い物になりそうもないので、浜矢はストレートとスライダーのみでの勝負を余儀なくされた。

それでも野球に力を入れていない公立校や、私立でも中堅校までなら通用するようだ。

 

「帰ったら教えようか?」

「いいんですか?」

「といっても簡単なのになっちゃうけど」

「三球種投げられるようになればマシになると思いますし、お願いします!」

 

三人が変化球について話していると、前の座席に座っていた中上が振り向いてそう提案した。

彼女は大抵の変化球は投げられるので、習得難度の低い変化球だって知っているだろう。

 

「何を教えてくれるんですか?」

「ツーシームかなぁ、一番簡単だし」

「金属でツーシームって効果あるんですか?」

「強い当たりは飛ぶけど、意外と抑えられるよ」

 

実際に彼女もツーシームを多投しているが、ホームランにされた回数はそれほど多くない。

ただ打ち取った場合も外野フライやライナーが多いので、強い当たりにはされがち。

 

 

 

「じゃあこの握りで投げてみて」

「はい」

 

学校に戻って早速ツーシームの練習開始。

近くで話を聞いていた青羽も、やはり一球種では心許ないからと一緒に習得することになった。

 

「指の間隔とかはストレートと似てるんですね」

「まあね。というかツーシームだって言っちゃえば直球の一種だしね」

「確かにあまり変化球って感じはしませんね」

「けど木製だと途端に猛威を振るうから、意外と侮れないよ」

「木製は芯外されたら終わりですもんね」

 

バットのスウィートスポット、つまり芯の部分が狭い木製バット相手であれば小さく動くツーシームはかなり有効だ。

金属バットはやろうと思えば根元付近でもヒットが打てるほど芯の部分が広く、一見するとツーシーム系の変化球は効果がないように思える。

実際木製ほどの効果は得られないが、それでも打ち損じさせて外野フライに仕留めることは出来る。

 

「腕の振りはストレートと同じでね」

「はい! キャプテン、いきますよー!」

「よーし、こい!」

 

柳谷のミット目掛けて腕を鋭く振り抜く。

途中まではストレートと同じ軌道を描くが、打者の手元で利き手側に変化した。

 

「おお……意外と変化大きいですね」

「そういう握り教えたからね」

「握り一つで変化って変わるものなんですか?」

「うん。私も変化の小さいスライダーと大きいスライダー投げ分けてるし」

「投球の幅も広がるからキャッチャーとしても有り難いんだよな」

 

小さな変化はカウント取りやゴロを打たせるのに、大きい変化は空振りを取る時に使える。

使い分けが出来れば実質二球種あるのと同じ。

浜矢に本当に必要なのは、新しい球種ではなくこの投げ分けなのかもしれない。

 

「ま、二人はとにかくツーシーム覚えよ! 意外と良い変化してるし、多分実戦でも使えるから!」

「はい!」

「……はい」

 

ツーシームが実戦で使えるようになれば、今のところ使い道が無いカーブも見せ球として機能するかもしれない。

どんなに変化量がショボくて曲がり始めが早い絶好球だとしても、せっかく覚えたのだから使わないのは勿体無いというのが浜矢の考えだ。

 

 

「早く試合したいな」

「私達は二日目でしたっけ」

「そうそう、それに二試合目。一試合目だったら緊張してたと思うし良かったな」

「ですね」

 

いずれ当たるかもしれない他校の試合も観ることが出来るので、この順番は至誠的には最高だった。

 

(……けど、早く試合したいって気持ちもある。早く試合当日にならないかな)


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