貴方の命はキスの味。   作:夜桜さくら

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「魔法ってね、本当にあるんだよ」

 月村すずかは、夢を見る。

 夢と言ってもなんてことはない。妄想と言い換えてもいい。

 ただの普通の女の子として、ごく普通に恋をして男のひとと付き合って、キスをして。

 そんな他愛のない、どこにでもある光景を、夢に見る。

 すずかは容姿端麗で、人柄もよく、本来恋愛相手には困らない。だからそんな“普通”を夢に見る必要などないはずだった。

 

「のど、かわいたな……」

 

 だけど月村すずかは普通ではないから。

 普通でない者が普通の恋などできる道理はない。

 少なくとも彼女自身はそう思っていた。

 この乾きが、飢えが、それを証明していた。

 

 喉の渇き。それすなわち、

 

「血……。血が、ほしい」

 

 彼女が吸血鬼(特別)であることを示す、絶対的な衝動。

 

 

 

 

 

 

 夕暮れの後にやってくる、濃い青。

 そんな色合いの髪と瞳をした彼女は、手鏡で自分の髪を整えていた。

 はじめから乱れていたようには見えないし、彼女が「よし」と頷いた後でも特段変わった風には見えない。

 だけれど些細なことでも気になるのが人情というものだ。

 

 特に、好いたひととこれから逢うとなればなおさらだろう。

 

 月村すずかは、小出君尋という男の子が好きだった。

 なんで、と言われるとよくはわからないがたぶん────いややめよう。すずかはかぶりを振って、思考を消し去る。

 まぁともかく、これから逢うのだ。

 特別約束をしたわけではなかったが、なんとなくすずかが塾に行った帰りに、少し夜道を一緒に歩いておしゃべりするのが慣例になっていた。

 下心があるのはわかっている。

 だけど別に嫌じゃなかったからそのまま受け入れた。

 

「──こんばんは」

「やぁ」

 

 だけど、うん。

 最初に目が合ったすぐあと、胸元に目がいくのにはまだ慣れないなと彼女は思う。

 

(……えっちなことしたいとか、やっぱり思うのかな?)

 

 体のほてりを隠しながら、すずかはふんわりと笑う。

 女は男の視線のいく先などわかっているものだ。

 彼はバツが悪いと思うのか極力視線を向けないようにしているけれど、逆に意識しているのがわかりやすいと彼女は思う。

 そしてそんなところも可愛いな、と。

 

 そんなことを裏で考えながら、他愛のない会話をする。

 

 コンビニで買い食いをして帰るのはたまにすると凄く美味しい、とかそんな話。

 すずかはあまりそういうことをしないが、確かにたまに口にするあの雑感はきらいじゃないなぁ、と共感の頷きをする。

 人の話を聞くのが好きだった。

 誰かが笑っているのが好きだった。

 

「……そういえばそろそろクリスマスだな」

 

 上ずった声で、彼が言う。

 そんなことで緊張しなくてもいいのに、と嬉しくなる。

 だってそれは私をそういう相手として見てくれているってことだから。

 

「そうだね。もう一週間もないや。一年ってはやいね」

「だよなぁ。……えと。あー……」

「? どうかした?」

 

 彼が知っているのかどうかは知らないが、すずかはクリスマスの当日予定はない。

 なのはやアリサとクリスマスを過ごす予定はあるのだが、翠屋がイブと当日忙しいというのもあってだいたい例年二十六日にパーティをしている。

 

(……でもたぶん、知ってるんだろうなぁ)

 

 彼が翠屋に行ったといったそのときから、ちょこちょこなのはの話題がのぼる。

 どういう会話をしているとか、そんなところも教えてくれるのだけれど、結構気が合うらしい。

 

(なのはちゃんにとられるのはヤだなぁ……)

 

 大事な親友がそんなことをするわけがないと、理性でわかっていても感情はその通りには動かない。

 だから澱んだ思考が混ざって、黒に。

 苛立ちが、募っていく。

 

(お腹空いたな)

 

 ちょこっと雑談の中で食べ物の話をしたせいか、空腹をやけに強く感じる。

 

「…………クリスマスって、その、空いてたりする?」

「……」

「…………」

「……」

「……起きてる?」

「えっあ、え? ごめんねちょっとぼーっとしてた」

 

 耳は正常に機能し、だから言われた台詞は認識していた。

 ただ頭が麻痺をしていて、反応できなかった。

 

「いやごめん。なんでもな──」

「──空いてるよ」

 

 無言の否定だと思われたくなくて、あわてて返事を差し込む。

 私だって君尋くんと遊びたい。

 

「クリスマス、空いてる。ごめんね。ほんとにぼーっとしてただけなの」

「……あ、そう」

 

 呆けた顔で彼は頷いて、一拍置いた後に「え? いま空いてるって言った?」と顔を丸くして問いかけなおしてきた。

 私はもう一度口にするのも恥ずかしくて、無言でうなずく。

 

「…………」

「…………」

 

 沈黙が、恥ずかしく嬉しかった。

 どきどきと胸が高鳴る。

 ちらちらと横に並ぶ彼に視線をおくると、視線が絡んだりして、それにびっくりしてそらして少ししたあとにもう一度見るとまた絡んだりして。

 優しい、空気の色をしていた。

 

「えっと……じゃあ、クリスマスぼくとお出かけしてくれませんか」

「いいですよ。……私も行きたい」

 

 なんとなく敬語でやりとりして。

 小さく彼がガッツポーズしているのが食べちゃいたいほど可愛くて。

 

 おなかすいた。

 

 より黒く、昏く。

 感情の色が、変わっていく。

 

「…………大丈夫?」

「えと、なにが?」

 

 気付けば彼が険しい表情でこちらを覗き込んでいた。

 

「いや調子悪そうだったから」

「え……」

 

 顔がこわばっている。

 楽しい話をしていたはずなのに、どうしてか笑えていなかった。

 なんでだろう。

 気付けば、のどが異常なほど乾いていた。

 

「…………ぅ」

「っ! 大丈夫?!」

 

 脳が、震える。

 血がほしい血がほしい血がほしい血がほしい血が血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血────ッ! 

 

「うぇ……」

 

 赤い衝動が喉元までせり上がり、道端でしゃがみこんだ。

 黒く昏い心を、どんどん赤が占めていく。

 

「大丈夫。大丈夫だから……」

 

 背中をさする彼の手に涙が出そうになった。

 気持ち悪い。

 あぁ本当に。

 

 ──どうして私はこんなに汚いんだろう。

 

 普通に恋ができていると思ってたのに。

 やっぱり私は。

 無理なんだ。

 哀しくてみじめで辛かった。

 線を一本足せば《辛》いは《幸》せになるとはよく言う話で、しかしそれは逆も然り。

《幸》せは、線を一本抜くだけで《辛》いに変わるのだ。

 

「────」

 

 反射的に、彼を引き寄せて首筋に顔を埋めていた。

 彼の匂いがする、とすずかは思った。

 もう少しこの欲望が抑えられるような何かがあればいいのに、と頭の片隅でおもっていた。

 

「だ、大丈夫……?」

 

 おそるおそると、彼の手がすずかの背にまわる。

 傍から見れば、熱い抱擁をしているようであった。

 

「……」

 

 君尋は、何がどうなっているのかわかっていなかった。

 いつも通り会話をしていると思いきや、デートに誘えたと思いきや、なんだか相手の体調が悪そうで、なんだか情緒も不安定そうで。

 すべてが突発で、ついていけていなかった。

 だから彼は、優しくただ抱きしめる。大丈夫だよ、と。

 

「大丈夫だから」

 

 何が大丈夫だとかそんなの彼にもわかっていなかったが、ただ安心を相手に与えたかった。

 功を成したのかそうでないのか、彼らの距離はぎゅうぅと、ほんの少しまた縮まった。

 熱く、強く、大切に。

 抱きしめる。

 

「………………」

「………………」

 

 どくん、どくん。

 彼の心臓の音が、聞こえる。

 血が巡る音。命の音。興奮を誘って、同時にどこか落ち着く音。

 

「……もう少し、このまま」

「うん。大丈夫だよ」

 

 二人の体温が同じになったころ、すずかがそっと力を緩めた。

 顔を俯かせたまま、無言で身体を離す。

 密着して火照った部分を冷たい風が撫でていく。

 

 すずかは、笑う。

 可憐に、嫣然に、蠱惑的に。

 作った表情で、笑う。

 

「ごめんね。やっぱり駄目みたい」

 

 さよなら、と言い残して彼女が走り去っていく。

 彼は一拍遅れて追いかけるが、追い付くことができなかった。

 角を曲がった先に、もうすでにいなかった。どこかへ飛び立っていってしまったように、瞬間移動したように。

 

 彼の胸の中に、困惑と焦燥、そして罪悪を残して──月村すずかは姿を消した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 放課後、人気のないところで通話をしている。

 

「それで、学校に来なかったってことだったけど」

『うん。今日は休みだったよ』

「……心配だな……」

『えぇと、もう一回聞きたいんだけど昨日の夜何があったの?』

「……」

 

 あまりにもすずかの様子はおかしかった。

 だけど彼一人では何が何だかわからなかった。だからすずかと親交が深く、かつ君尋が話しかけやすいなのはに相談をした。

 なのはにはすでにある程度好きだとかどうだとかいうぶっちゃけた恥ずかしい話をしていたので、彼にとってはすずかのことを相談しやすい相手になっているのだ。

 

「いやうん。昨日あったことって言っても、よくわからないんだけど……──」

 

 ぽつぽつ、と彼は昨日あったことを一つ一つ思い出しながら語っていく。

 とりあえず時系列順に、全部。

 君尋にはちんぷんかんぷんでも、なのはにならわかるかもしれないと期待を込めて。

 

 まずいつも通り逢って、他愛のない会話をしたこと。

 デートに誘ったこと。

 了承を得たと思ったら、すずかが気分悪そうにしてうずくまったこと。

 抱きしめられたこと。

 そのあとに走り去っていってしまったこと。

 

 電話越しに、なのはに全部話した。

 

「って感じだったんだけど……よくわかんなくて。俺が何かしちゃったのかなって……」

『女の子の日だったんじゃない?』

「……」

『ま、まぁ冗談はさておき……でも実際、あながち的外れでもないと思うんだよねぇ』

「……女の子の日?」

『そうそう。……で、このあたりは、私だけじゃなくてアリサちゃんもいたほうが絶対いいんだよねぇ』

 

 私に頼ってくれたのは嬉しかったけど、となのはは言う。

 

『とりあえず、私とアリサちゃんと君尋くんの三人で会ってみよう?』

「今から? いいのか?」

『うんアリサちゃんもまだ教室いるし────……いないし……?』

「いない」

『いなくなってる』

 

 あはは、と電話の向こうでなのはは苦笑していた。

 

 

 

 

 

 

 高町なのはは、情に厚い優しい女の子である。

 しかし同時に自主性というものを一般のそれより深く重んじるところがある。

 ゆえになのはは、二人の間で問題が起きたのなら二人が解決するべきだと考えるし、深くそこに手出し口出しをするべきではないと考える。無論、相談には乗るだろうが。

 

 アリサ・バニングスは、情に()い優しい女の子である。

 バーニング・アリサ。

 そんな揶揄をされるくらいには、アリサ・バニングスという女は情熱的である。

 例え当事者ではなくとも、自分が関与していい方向にまわると思うならばガンガンに口出しするし、そもそも友達の問題は自分の問題に等しい。

 

 その些細な思考の差が、なのはとアリサの行動を分けた。

 なのはは君尋の話を腰を据えて聴こうとし、アリサはまずすずかに会おうとした。

 どちらが正しいとかそういう話ではなく、二人のちょっとしたスタンスの話。

 

「すーずーかー」 

 

 月村邸、上品な装飾が施された廊下、その一つの扉の前でアリサは室内にいるすずかへ呼びかけていた。

 こんこんこん、とノックを三回。

 そしてまた「すずかー?」と呼ぶ。

 ガンガン叩いてやろうかとアリサが思案し、手を振り上げたあたりで、中からぱたぱたと足音が聞こえた。

 

「そんなに何度も呼ばなくても聞こえてるよ」

 

 ふふ、と柔らかい笑みを浮かべたすずかは、いつも通りに「入って」とアリサを招いた。

 

「ふーん。なんか軽く耳にした話だと彼氏とモメたとかどうとかだったけど、意外と元気そうね」

「モメたって……どこから聞いたの、それ」

「なんかなのはが君尋と電話してたの横で聞いてたの。内容は知らないけど」

「えぇ……」

 

 主に君尋が話し、それになのはが相槌を打つ形式の電話だったから、本当にアリサが知っていることは何もないと言っていい。

 ただ、“何かあったらしい”とそれだけがわかっていることだった。

 すずかはそんなアリサに、ちょっと引きつつ、アリサちゃんらしいなぁと苦笑する。

 あとついでにまだ彼氏じゃない。

 

「それで、何があったの? なんかされたならしばき倒してやりましょうか」

「……んー。何があったって言われると正直何もなかったんだけどね」

「ふうん?」

「……なーんて言ったらいいのかなぁ」

「下手に虚飾で塗り固められても困るんだけど。思ったことをストレートに言いなさいよ」

「わかってるけどー……」

 

 すずかは照れたように、悲しむように、微笑む。

 アリサは真剣に、けれど近所に散歩へ行くような気楽さで話を聴いていた。

 

「私って……その、体質がちょっと変わっているでしょ?」

 

 月村すずかが自分を“夜の一族”であると堂々と語ることはない。

 自身なさげに、忌避するように、逃避するように。

 目を泳がせて、自分は少し変わっている、としか言うことができない。

 

「血が吸いたいって、思っちゃったんだよね」

「ふうん。そっか」

 

 なんだそんなことか、とは言わない。

 すずかにとっては大事なこと。

 アリサにとっては「なんだそんなことか」ということではあっても、親友にとってはそうではないから、言わない。

 あるいは十年前のガキだったころのアリサなら口にしたかもしれないが、今のアリサがそのようなことを軽率に口にすることはない。

 

「それで?」

「それで、って……」

「なんでそんなに、暗い顔をしてるのってこと。大事なのは、そこでしょう?」

「それは……」

 

 すずかは、心中を吐露したら怒られそうだなと思った。

 そして同時に、言わなくても怒られそうだなと思った。

 ならいいか、と思って全部素直に話すことにした。

 

 

 

 

「────────」

 

 

 

 

 一人の男の子を好きになったこと。

 なんとなくむずがゆかったけど、嬉しかったこと。

 好きになることが怖かったこと。

 吸血衝動が、日に日に強くなっていったこと。

 昨日、抑えが利かなくなったこと。

 すずかはゆったりと語った。

 

「怖いのね」

 

 すずかの話を聴き終えたアリサは、端的にまとめた。

 

「……うん」

 

 月村すずかはマイノリティである。

 永遠にマイノリティである。

 彼女は人間ではないからだ。

 彼女は本質的な意味で多数派になることはない。

 それが心のどこかで怖かった。

 月村すずかが読んでいた本では、人間でないくせに人間社会に混じっていた人外は、周りにバレたら『多数派の人間達』に殺されていたからだ。

 ぼっちだとか、引っ込み思案だとか、そういう改善可能な人間の悩みとは違う。

 自分の中に流れる血は、どうやっても変えられない。

 彼女は人外のまま。

 それが怖くて、恐ろしかった。

 

「私は、嫌われるのが怖いの。傷つきたくない」

「馬鹿ね」

「なにが」

 

 すずかは、ややむっとした表情で尋ねる。

 

「別にいいっちゃいいけど。どうせ私たちの周り全員行き遅れる気がするし」

「え、何の話?」

「誰が一番はじめに結婚するかみたいな話?」

「なんでそうなったの?」

 

 急な話題の方向転換に、すずかはぽけっとした顔になる。

 

「いやほら、嫌われるのが怖いとか言ってたら新しい関係作れなくなるじゃない? 一生独身になるじゃない? まぁ結婚できない女は不幸せだなんてそんな論理あたしはどうでもいいと思ってるけどさ、すずかは割とメルヘンだし結婚したいでしょ?」

「メルヘン……」

「脳内お花畑でもいいけど」

「えぇ……」

 

 リアリストとロマンチスト、どちらに分類すると言われたら月村すずかは満場一致でロマンチストだろう。

 

「背中なら押してあげる」

 

 ぎゅ、っと。

 アリサは距離を詰め、すずかを優しく抱擁した。自分の胸元に、相手の頭部を包むように。

 

「つらいことがあったら駆けつける。抱きしめる。そのときはまたお茶をしましょう。別にすずかだって、もう今更、あたしに嫌われるだなんてそんな馬鹿なこと思ってはいないでしょう?」

「……うん」

 

 似たようなことを、昔アリサに吐露したことがあったことを思い出す。

 自分を月とすれば太陽のような少女。

 彼女の近くにいれば、多くの人達が話しているところに混ざれた。

 マイノリティな私が、マジョリティな輪の中にいるように感じられた。

 活動的でも積極的でもない自分が、多数派の一員であるように感じられた。

 月村すずかがアリサ・バニングスにすり寄ったのは、打算が理由にないと言えば嘘になる。

 それがずっと、後ろめたくて。

 一緒に居れば居るほど。

 楽しいと思えば思うほど。

 優しくされれればされるほど。

 笑顔を見れば見るほど。

 月村すずかの胸の内には、罪悪感が降り積もって、耐えられなくなっていって。

 中学に上がった頃に、すずかは自分の身の上をアリサに打ち明けた。

 嫌われるのも覚悟で。

 怒られるのも覚悟で。

 ここで関係が終わるのも覚悟で。

 言わずにはいられなかったから。

 親友に隠し事をしていることも、本当の自分を親友に分かってもらえていないことも、耐えられなくなったから。

 

 けれどもアリサは、なんてこともないように受け止めてくれて。

 

 ──じゃあ、私の一番の親友っていう素晴らしい席には、人間ごときじゃ座れなかったってことね。よかったじゃない。

 

 そう言ってくれたから。

 アリサ・バニングスと月村すずかは、今日も互いに対して、一番の親友で居られている。

 

「そうだね。そうだった」

「あのときと同じでしょう? まぁ、あの男にあたしほどの器があるかどうかは疑問だけどね」

「ふふ」

 

 彼ならどうだろう。

 君尋くんは、本当の私を知って、どう思うんだろう。

 そう考えて、いまだいぶ前向きになってるな、と自覚する。

 

「ありがとう、アリサちゃん」

「いいってことよ」

 

 

 

 

 

 

 そして同刻、喫茶翠屋にて。

 

「うーん……」

「どうしたの?」

「いやうん。アリサちゃんがすずかちゃんのほう行ってるってなると、あんまり私が動く必要もうないかなーって気がしてきたんだよね」

「えぇ……?」

 

 ふぅ、と憂いを帯びた目で、なのははカフェオレをちゅーちゅー吸っている。

 

「あの二人はひときわ仲が良いからね」

 

 彼女たちは、全員が全員、善人である。

 だから致命的なものにはなっていないし、そもそも問題として意識している子もいないが。

 なのは、フェイト、はやてという魔法の世界へ旅立った者たち。

 アリサ、すずかという日常に居続けた者たち。

 その二種にはやはり決定的な違いがあって、分かり合えない部分が種々存在していた。

 日常に帰ってきたなのはとて、やっぱり少しアリサやすずかとはすんでいる世界が違うと言える。

 

「まぁ、とりあえずさ、君尋くんはすずかちゃんの情緒不安定さの原因が気になっているんだよね」

「情緒──いやうんまぁそうなるのか」

 

 あまりに直球な言い方にたじろいでしまったが、そう、君尋が知りたいのはそこだった。

 普通に会話をしていただけなのに、どうしてすずかは「ごめんね」などと言ったのか。

 それが気になっていた。

 

「で、なんだけど……とりあえず原因には心当たりあるんだけど、ただの推測だし、当たってても私の口から言うことじゃないって話になるんだよね」

「うん」

「だから、私から言っておくのは一つだけ」

「……」

「君尋くんって、魔法とか信じる?」

「え?」

 

 あまりにも想定外な問いに、呆けてしまう。

 

「魔法?」

「そう、魔法。異世界とか、幽霊とか、妖怪とか、死後の世界とか? なんでもいいけど、ファンタジーなこと。この世界にあるって思う?」

「えぇ……? わからないけど、あったほうが、楽しいと思う、かな?」

「そ」

 

 魔法を見せるわけではない。ただの他愛のない問い。

 だけどこれで、君尋の脳に空想的なものに対して思考する余地が生まれるだろう。

 

 

「魔法ってね、本当にあるんだよ」

 

 

 それを覚えておいてほしいと、なのはは思った。

 

 

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