システマティックな少女と一般サラリーマンな俺   作:伊駒辰葉

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会議は踊る? 3

 どうやらつるんで厭味攻撃してる連中に言わせると、俺は上司に媚びへつらってるように見えるんだと。冗談じゃねえ。これ以上、給料下げられたらたまんねえから様子見してるだけだろうが。でも何度言っても連中は聞きやしない。そのことを思い出して俺はまたため息をついた。

 

「だ、大丈夫ですか」

「嫌なことは飲んでぱーっと忘れるのがいいよな」

 

 江崎の消極的な声に続いて明るい声が聞こえる。俺と江崎は同時に振り返った。この人も不思議だよな。何で気配を殺して人の後ろに立つかな。中條先輩も。

 

「またですか」

 

 苦笑しつつ俺は一応はそう言った。が、断る理由はない。それでなくても中條先輩と江崎とはよく一緒に飲みに行くのだ。話す事と言えば仕事絡みになりがちだが、不思議とこの二人と話していて不快な思いをしたことはない。俺にいつもいちゃもんつけてる奴らとは随分な差だ。

 

 それから俺達はいつものように飲みに繰り出した。人の賑わう店内で俺は出来るだけ当り障りのない範囲で話をした。二人はそんな俺から無理に話を聞きだしたりはしなかった。だから一緒に居ても落ち着くんだよな、この二人。俺がむかついてるってのも判ってたからなんだろうが、勝亦の奴のように根掘り葉掘り訊いてこないわけ。実際、助かるよ、ほんと。

 

 酒も入っていい気分で俺は家に戻った。会議での嫌なこともすぱっと忘れて気分転換。健康的でいいよな。上機嫌で俺はいつものように留守番電話とメールをチェックした。

 

 うあ。見なきゃ良かったかも知れん。何でここぞとばかりに俺にメールくれやがるかな、勝亦の野郎。しかも帰ったら電話寄越せだと? てめえ、一体なに考えてやがる。一度は完全に落ち着いた怒りが甦る。俺は怒りに任せて勝亦に電話をかけた。

 

「なに考えてやがる! 今日の会議、お前の仕業だろう!」

 

 相手が出るなり、俺はいきなりそう怒鳴りつけた。すると軽い笑い声が返ってくる。どうやら勝亦は俺が怒鳴ることを予測していたらしい。

 

『悪かったな。部長に営業担当者を紹介しろって言われて』

「だからって俺の名前出してどうすんだ! おかげさまで睨まれちまってるんだぞ!?」

 

 即座に言い返しながら俺はキッチンに入って冷蔵庫からビールを取り出した。冷蔵庫のドアを蹴飛ばして閉める。苛々しながら床の上に散らかってる物をかき分けて腰を据えたところで俺は気付いた。もしかして勝亦、まだ会社にいるのか。いや、でもこの音はなんだ?

 

 電話の向こうからやけに懐かしい、聞き覚えのある音がする。子供の頃、夏に時々行ってたプールを思い出す。泡が水面に昇って弾けるような、不思議な音が電話口から聞こえてくる。俺は怒るのも忘れてその音に聞き入った。

 

『睨むって例の連中か? あんなのほっとけばいいだろ』

 

 淡々としたいつもの口調で勝亦が言う。あのな。他人事だと思ってないか? 俺はそうぼやきながらビールの封を切った。ボトルから直に飲んで一息。

 

「大体な。俺みたいな下っ端を呼びつけてどうしよってんだ。俺程度が知ってることなんて、所長に訊きゃ十分だろが」

 

 それからしばらく俺は勝亦に今日の会議にまつわる愚痴を吐いた。よく考えたら諸悪の根源はこいつなんだ。文句くらい言ってもばちは当たんねえだろ。勝亦はそんな俺の心境を理解していたのか、今日は珍しく言い返してこない。ああ。判ってる。ごめん。らしくない言葉を連発され、さすがの俺も文句を言い続けることが出来なくなった。どうして俺が被害者なのにこんなに身につまされなきゃならんのだ。加害者の勝亦に同情してどうすんだ、俺。

 

「あー……まあ、もうああいうのは勘弁してくれ」

 

 情けないな。結局、折れちまったよ、俺。しかもさっきまでの怒りはどこへやら、逆に勝亦の心配しだしたりして。

 

「で? 何でまだ会社なんだよ。もしかして新しいシステマの開発、上手く行ってないのか」

 

 我ながら何てお人よしなんだろう。情けないものを感じつつも俺は勝亦にそう訊ねた。すると少し沈んだ声で勝亦がああ、と言う。

 

『どうやら明日も出勤になりそうだ。……というより、帰れるかどうか怪しいんだけどな』

「うわ」

 

 思わず顔をしかめて俺は心底勝亦に同情した。うちの営業所にも休日に出勤する奴はいるが、そんなのは稀だ。普通は客から打診されても営業は休日には滅多に動かない。折角の休み、いちいち客の我がままに付き合ってられっかよ。第一、休日に呼び出してくれるような奴はな。ろくなこと言わないもんなんだよ。下手に一度、甘い顔を見せると次々に無理難題を押し付けやがる。って、俺が詳しいのは一度痛い目を見てるからなんだがな。

 

 何でそんな気になったのかは判らない。もしかしたら珍しく勝亦の声に張りがなかったからなのかも知れない。

 

「忙しそうだから、差し入れでも持ってってやろうか?」

 

 大したことは考えていなかった。どうせ休日っても俺は暇だし。その程度の考えで俺は勝亦にそう声をかけた。だが俺は勝亦もすぐに断るって思っていた。何しろ本社ビルにはテナントがずらりと入っていて、開店している間なら必要なものはそこで買うことが出来る。中には上のオフィスに出前してくれる店ももちろんある。ま、出前が頼めるのは主に飯屋だけどな。

 

『え、本当か? じゃあ頼もうかな』

 

 まあ、断るだろ。なんてなことを思ってた俺は勝亦にすぐに返事が出来なかった。おい、と呼びかけられてようやく反応する。

 

「あ、ああ。ええと、大したものはないけど」

 

 本気か、俺。何で男友達が働いてるとこに差し入れなんだよ。しかも勝亦の奴、何で頼むとか言い出すんだ。いつものノリで断れよこのやろう。などと、我ながら理不尽なことを考えつつも俺は明日行く、と勝亦に言って電話を切った。ああ、俺の休日が。

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