挿入投稿出来るのは楽ですねー。
梅雨だってのにその日はやけによく晴れていた。気温は真夏かと勘違い出来るくらいに高い。朝っぱらから空気はうだるように暑く、はっきり言って不快指数はこれ以上はないってくらい高かった。すげえ嫌な気分で目が覚めたもんな。思わず慌てて空調のスイッチ入れちまったよ。
目が覚めちまったもんは仕方ない。と、俺は休日だと言うのにいつもと同じくらいの時間に家を出た。勝亦に約束した通りに差し入れ用の食い物や飲料を道中に買う。店員の異様に明るい声に押されるようにして俺は店を出た。
週末の駅構内はいつもと違って閑散としている。今日は隣接するホールで催し物もないからだろう。行き来する人はまばらだ。自動改札を抜けた俺はいつものエレベーターに向かった。妙な気がするのはきっと、いつもと着てる服が違うせいだな。シャツにジーンズなんて格好で会社に入るのは初めてだ。
目的の開発部があるのは四十階。うちの営業所と開発部の間には他の営業所が一つ、企画部、総務部が挟まってる。社員用エレベーターの脇にある警備員室のおっさんに挨拶がてらカード出して身分証明。エレベーターに乗る前に身分証明。でもって各フロアにエレベーターから降りたところで身分証明。更にフロア内にある各部署、営業所に入る前に身分証明……。考えたらごく普通にオフィスに入るだけで四回もカード呈示しなきゃならんのか。うわ、改めて考えるとけっこうな手間だな。まあ、カードを出すっつったって、入れ物ごとスキャンさせればいいだけなんだけどな。だからIDカードを忘れた日にはえらい目に合う。始末書提出の上で総務に仮ID発行手続きしてもらって、でもって所長に怒られると。まあ、そういう訳だな。更になくしたりしたらもっと大変らしい。俺はやったことはないが、同僚の中にはそういう奴もいた。これが再発行までにかかる手間が尋常じゃないらしい。まず、前に使用していたカードを使用不可にする。まあ、これはシステマを介してすぐに出来ることなんだが、その後が凄い。心電図取るだろ。脳波調べるだろ。指紋、網膜、声紋パターン登録するだろ。そりゃもう、入社時に比べるとカードの発行にはどえらく手間がかかるらしい。プライバシーなんてあったもんじゃねえってぼやいてたっけな、そいつ。
でもうちの会社だけじゃない。今はどこも身分証明には似たような方式とってるんじゃないかな。一時期、偽造IDだのが騒がれたせいで、今はカードと本人が揃わないと身分証明が出来なくなっている。カードに埋め込まれたチップが所持者の脳波を読み、信号として変換した後に端末にデータを転送する。これはうちの看板商品であるところのシステマにも利用されているシステムだ。つまり、IDカードも各所に据えられたガードボックスもただの送受信機ってわけ。
でもまだうちはいい方だ。金融関係なんてもっと大変らしい。俺の同級生にも金融関係に就職した奴がいるが、話によれば自分が人間なんだか機械なんだか判らなくなっちまうらしい。感覚がどっか麻痺してるかも、とそいつは言ってたっけ。俺なんてそいつの話を聞くだけで絶対に嫌だと思ったもんな。
件のカード入り財布をドアの脇のガードボックスにかざして一秒。軽い電子音がして開発部のドアは開いた。ドアの上に記された名は開発部一課。勝亦はここにいるはずだが……ああ、居た。俺はドア近くの机についている勝亦に声をかけた。それまでキーボードを打っていた手を止め、勝亦が振り返る。
……おい。俺は自分の目を疑っちまったぞ。勝亦の奴、どんな仕事の仕方してんだよ。
「あ、悪いな。まあ座れよ」
そう言いながら立ち上がった勝亦の顔色は随分と青い。俺はまじまじと勝亦の顔を見ながら勧められた隣の席に腰掛けた。ぶら下げていた食い物の入ったビニール袋を差し出す。すると勝亦は少しだけ笑ってそれを受け取った。
そういえばここ最近、こいつに会ってなかったっけ。でもそれだってたかが数日だろ。何でここまで痩せられるんだよ。
「昨日から食べてないからありがたいよ」
「おいおい」
呆れながら俺は顔をしかめた。すると勝亦が小声で笑う。
「切羽詰ってくると、腹が減ってるとかいう感覚がなくなるんだ」
それってやばいんじゃないのか。そう言いかけた俺をよそに勝亦がビニール袋を探る。差し出された茶の入ったボトルを反射的に受け取り、俺は潜めた声で言った。
「おい。ちょっと病的だぞ。お前の顔色」
「いつもこんなもんだけどな」
新しい商品開発の時にはよくあることなのだ、と勝亦は事もなげに言った。言われて俺はやっと気付いた。そういえばこれまで、新しいシステマが出来る直前に勝亦と顔を合わせたことがない。俺も勝亦も入社して一年ちょっとだが、その間にうちから出た新機種は六種類。つまり二ヶ月に一作というハイペースで新作をリリースし続けているのだ。
もちろん他社からもシステマは出ている。この一年で売り出された新機種はざっと三十種ってところか。でもそれだけ出ているにも関わらず、どの社の製品の売り上げもそれほど伸びていないのが現状だ。うちの社の新製品についても客の食いつきはいいのだが、長く続かない。要するに飽きちまうんだな。
勘違いしている客も多いと思うが、システマは買取ではない。システマの基本はリースだ。リース期間が過ぎるとシステマ本体はただのがらくた同然となる。他の廃棄物と同様にごみとして投棄してしまうと違法になるため、通常はリース終了したシステマは売買した企業に回収される。発売当初、知らずに不法に投棄して捕まった奴がけっこういたっけな。
人々が服を替えるほどの気軽さでシステマを取り替える。……というのが俺たち営業の理想だ。そうでなけりゃこんだけの営業所を作るはずもない。コレクターなんてもんが出てくりゃ儲けもん。その手の奴らが希少価値の商品に飛びつく傾向は今も昔も変わっちゃいねえ。
俺は勝亦の顔色を見て改めて考えた。でもそんな営業の理想の裏には、こうした勝亦みたいな奴らの努力ってのがある訳で。
「炭水化物ばっかり」
笑いながら言って勝亦がおにぎりの包みを剥く。文句言うなら食うな、とお決まりのせりふを吐いて俺は眉を寄せた。それまでぐったりと憔悴していた勝亦がいつもの調子を取り戻しつつある。それを感じ取って俺は内心でほっとため息をついた。だって気色悪いだろ。いつも元気に人に厭味吐いてる奴が疲れきってるのは。
一応、タイトルの少女が出てきました。
まだ出ただけですが~