この部屋はうちのオフィスとかなり違う。各自の机が並んでるとこまでは同じだが、システマがフロアをやたらとうろちょろしているのだ。いや、それはな。判るよ。開発だからだってのはな。それにその辺に投げておいたら邪魔になるしな。だからって……。
「……何で裸……」
少し安心したからか、部屋の中をうろうろしてるシステマに今度は目が行ってしまう。そんな俺を横で勝亦が笑った。
「道具なんだから気にするな。自動的に指定の受信機に近付いてるだけだ」
「気にするなって言ってもな。何でカバーくらい着けないんだよ」
受信機やインターフェイスは当たり前だが、システマには購入段階でもれなく専用カバーが付いてくる。つまり買えば絶対についてくる菓子のおまけみたいなもんだ。でもこいつら、それすら着けてないんだよ。いっくら道具だって判っててもさすがにちょっとまずいだろ、これは。
「変なところで拘るなあ。能戸も。こんなの、ここじゃいつもなのに」
近くを通ったシステマを呼び止めてから勝亦が意地悪く笑う。あのな。いつもの調子が戻ったのはいいが、俺をからかうなよっ。
「だから! 何か着せろ、なにか!」
「変な趣味でもあるんじゃないだろうな。百歩譲るとしても子供にしか見えないだろ」
そりゃあな。お前はいいよ、お前は。見慣れてるんだしな。んでも、俺は剥き出しのまんまのシステマなんざ滅多に見たことねえんだよ、ぼけ!
「いいから!」
子供だろうが大人だろうが、裸でちょろちょろされると気持ち悪いんだよ。尖った声で言ってから、俺は勝亦の椅子の背に引っかかっていたシャツを取り上げた。白いただの綿シャツだが何もないよりましだろう。傍に立ったシステマにそれを手早く引っ掛けてから俺は勝亦に向き直った。
あー、と呻いて俺は俯いた。元気付けようとしてた俺の親切心を嫌な形で踏みにじりやがって。不機嫌に睨んでみるが当の勝亦は飄々としている。傍に立ったまんまのシステマはぼうっとしていて、どこを見ているのか判らない。捉えどころのない視線はもちろん、表情のない顔も、人間を連想させるものじゃない。あくまでも道具、よく言えば人形程度の見てくれだ。だが、妙な趣味があるならともかく、普通は人形だって素っ裸で飾ったりはしないだろ。
勝亦のシャツを羽織ったまま、システマは突っ立ってるだけだ。俺はため息をついて横目にシステマを睨んで手を伸ばした。くそ、手間のかかる。そうぼやきながらシャツを引っ張ってシステマの腕を袖に通す。続いてボタンを留め始めたところで勝亦が堪えきれない、という風に吹き出した。
「なんだよっ」
「いや。能戸って子供の世話とか得意そうだと思ってさ」
ど阿呆。誰がだ。そう即座に応えて俺はシャツのボタンを留め終わった。人間の子供とシステマを一緒にするな。こんなぎくしゃく動くんじゃ、人形そのものじゃねえか。関節曲げる時の違和感も相変わらずだ。俺は笑った勝亦にそう文句をつけてみた。するとほう、と勝亦が感心したような声を漏らす。あのなあ。
「感心してどうすんだよ。大体、人間と比べるなんて間違ってるんだ」
あそこも違うしここも違う。俺が指摘するたびに勝亦がふんふん、と頷く。てめえ、真面目に聞いてんのかよ。腕組みして感心顔で頷いたところで俺は納得なんざしねえぞ。まあ、元気になったのは安心したが。
さんざっぱらシステマの文句をまくし立てた俺に勝亦が言う。
「いつもながら思うんだが」
「何だよっ」
早口でシステマをこき下ろしたからか、俺の息は少し上がっていた。だが俺と勝亦が話をしていても当のシステマはぼんやりと突っ立ってるだけだ。ほらみろ。悪口言われたとも感じてないじゃないか。感情スイッチ入っててこれだぞ。人間と比べるなんて間違ってる。
「能戸ってシステマのことよく見てるよな」
のんびりとした口調で指摘された途端、俺の頭は真っ白になった。しばし思考停止。でもって動き出したと同時に俺は思わず喚いた。
「当り前だ! 営業が商品のこと知らなくてどうすんだよ!」
「でも内容については能戸の耳ってザルなんだよな」
怒りを込めて言った俺に勝亦が呑気に答える。さすがに俺は二の句が告げなかった。確かに言われてみればそうだ。システマの機能などについては俺はてんで把握していない。せいぜいが勝亦の説明を流し聞きする程度だ。
「いいんだよ、中身は。技術営業が何のためにいると思ってんだ」
勝亦の言い草をふん、と鼻で笑ってから俺は改めてシステマを見た。背丈は……そうだな。俺の姪っ子でこのくらいのがいるから七、八歳てとこか。でも体型なんて比べ物にならないな。システマはあくまでも細く、言わば痩せっぽちだ。今時、そのくらいの歳でこんな体型してる子供のが珍しいだろ。姪っ子なんてあの歳でけっこうめりはりの利いた体型してるしな。なんてなことをシステマを見ながら俺はぼんやり考えた。勝亦が上着代わりにしてるらしい長袖のシャツはシステマには合っておらず、袖や裾が余りまくってる。肩なんて細すぎて襟ぐりからはみ出しちまいそうだ。
「その数が絶対的に足りないって文句言ってたのは誰だったかな?」
茶化して言ってから勝亦がなあ、とシステマに話を振る。阿呆。こいつに話を振ったって仕方ないだろ。俺がそう思った通り、システマは何の反応もしない。ほらみろ、とつい呟いてしまってから俺はため息をついた。勝亦が訳知り顔でにやにやと笑ってる。こいつ、俺の反応を見るためにわざとシステマに話を振りやがったな。