システマティックな少女と一般サラリーマンな俺   作:伊駒辰葉

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I 3604 Twins RC(4

 声を落とせと警告されてからの俺は、隣を歩く勝亦にだけ聞こえる程度の声で文句を言いまくった。なのに勝亦の奴はいたって平然としてる。こいつ、感覚がどっか麻痺してるんじゃねえか? そんな疑いを俺が抱き始めた頃、ようやく問題の扉が開いた。金属製のどうということもないありふれたドアが開いたその先は。

 

 海?

 

「ほら、固まってないでさっさと来い」

 

 細かな気泡がゆらゆらと立ち上る青い液体が俺の周りを取り囲んでる。いや、違う。青い液体の中に透明な壁に囲まれた通路に俺がいるのか。周囲はどこを見ても青。その液体の中に白い光が一定間隔で並んでる。さっきまでの廊下は乳白色の素材で出来てたらしい。だからこっちの色が透けて壁が青白く光ってたんだ。

 

「能戸」

 

 勝亦の少し強い呼び声に俺ははっと我に返った。いかん。つい、見とれてしまった。水族館かよ、ここは。そんなことを言いながら俺は急いで勝亦のところに向かった。勝亦が呆れたように俺を見る。もしかしたら俺の反応が子供のようだとでも思っていたのかも知れない。

 

「これは浄化槽なんだ。あれは殺菌用のライトだ」

 

 青い液体の中で光ってるライトを指差し、説明しながら勝亦は酷くゆっくりと進む。俺はその少し後ろを歩きながら黙って頷いた。青い液体の中で白いライトが光り、その周辺を大きな板状のものがゆっくりと移動する。勝亦曰く、液体を循環させるために底部を混ぜ返してるんだと。さっき廊下を歩いている時に過ぎっていたのは攪拌用の板の影だったらしい。

 

 俺は本社ビルからは出てないんだよな。そう疑りたくなるくらいには周りの光景が非現実的に見えた。こんなので集中なんて出来るかよ。勝亦の説明なんて耳を素通りしちまう。

 

 やがて通路が傾斜する。通路の行き止まりにはそこだけえらくぼろい鉄製の階段があった。どうやらこのフロアは四十三階までぶち抜かれているらしい。そう言えばエレベーターの階層を指定するボタンに四十三って数字はなかった気がするな。

 

 階段の途中で思わず足を止める。俺は天井があるべきところを見上げて絶句した。

 

「卵……?」

 

 青い液体の中を上に向かって進んでいくうちに、少しずつ液体の向こうの様子が見えてくる。ここからだと丁度、白い卵形のものが並んで中空にぶら下がっているように見える。ぶち抜きの四十三階の天井にはごく普通に明かりが灯っているのだろう。一定間隔で並んでいる白い卵が光のゆらめく青い液体に浮いているように見え、俺は何とも不思議な気分になった。

 

「ケースだよ、ただの」

 

 こちらは足も止めずに勝亦が答える。ふうん、と一応は返事して俺はまた歩き出した。一面の青、光の揺らめく足元、宙吊りの卵、真っ白な壁と高すぎる天井。下手に真面目に観察してると眩暈を起こしそうな景色だ。

 

 長い階段を上がり切ると透明な壁に囲まれた部屋に出た。非現実的な光景から、現実的な機械の置かれた部屋に景色が変わったからだろうか。さっきまで青い液体の中を自分が漂っていたって錯覚まで起きそうになる。そう考えて俺は慌てて首を振った。当り前じゃねえか。何メートルかは知らないが、この液体って相当深さがあるぞ。そんなとこを呑気に歩いて来れるはずがないだろ。息はどうすんだ、息は。そう考えつつ俺は改めて部屋の壁の向こうの景色を眺めた。この壁、透明度の高い素材で出来てるんだろうな。壁で仕切られてるってのに、まるで間に何もないように向こうの景色がクリアに見える。

 

 下から見ると青い液体に白い卵が並んで浮いてるようにしか見えなかったが、この部屋から見下ろすと勝亦の言ったケースという意味がよく判る。卵を縦に半分に割ったような形の物が整然と並ぶ様を見て、俺は思わず壁に張り付いた。休日だからなのかな。この部屋には他には誰もいない。壁の向こうに見える不思議な光景の中で動いているのは微かに波打つ青い液体だけだ。

 

「この溶液は各ケースを循環した後、下の浄化槽に流れる仕組みなんだ。集められた溶液は不純物を取り除かれてまたケースを循環する」

 

 淡々とした説明を聞きながら俺は目を細めた。だが光の加減かな。目を凝らしても並んでいるケースの中を窺い知ることは出来ない。下から見ると白かったケースも、表面は鉛色をしているのだ。縦半分に割れた卵の形、というのが一番近いか? 一つ一つのケースの大きさは子供用のベッドくらいかな。大人が身体を伸ばすと横幅はともかく、縦はちょっときついだろってサイズ。

 

 ここが例えば俺の勤めるいつものオフィスだったら。これがごく普通の、俺にとって非日常的な光景でなかったら、すぐに卵のケースのところに行かせろとせがんでいたのかも知れない。だがこの時の俺は驚くのが精一杯だった。同じビルの中にまさかこんなもんがあるとも思わなかったし、何より勝亦がこれを見ても平然としてるのが酷く不気味だった。

 

 目の前の光景に息を詰めていた俺はふと気付いた。そう言えば卵の間に細長い通路っぽいのがある。通路を目で辿った俺は顔をしかめた。ずっと向こう、俺たちが入ってきたドアの方に伸びた通路はあるところで別の通路に交わり、でもってその先がこことは違う場所に向かっているのだ。

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