システマティックな少女と一般サラリーマンな俺   作:伊駒辰葉

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I 3604 Twins RC(5

 このフロア、どんな構造してんだよ。ドアが幾つあるんだ? しかもよく見りゃ、ここだけじゃない。フロアの壁に沿って別のところにも部屋がある。でもこの部屋に繋がってるドアは一つきり、さっき来た道を通るしかここに来る方法はないように見えた。

 

「おい。一体、ここって何なんだよ」

 

 透明な壁にへばりついたまま、俺は勝亦に声をかけた。振り返った俺を勝亦がやけに静かに見ている。

 

「試験機を製作するためのフロア、かな。ここは見学室だ」

 

 だから見るだけなんだが、と言いながら勝亦が部屋の隅に寄る。そこにはシステマではない、ごく単純な機械が設えられていた。赤と青のボタンの並んだその横に、テンキーだけがある。何だそれ、と俺が訊ねる前に勝亦が言う。

 

「これはケースを動かす操作盤だ」

「……いつも思うんだが」

 

 勝亦の前にある操作盤とやらを指差したまま、俺は眉を寄せた。

 

「何で俺が言いたいことが判るんだよ」

「そりゃあ、能戸がポーカーフェイスが苦手だからだろ」

 

 要するに読みやすい顔してるってか。けっ。悪かったな。勝亦はわざわざ言わなかったが、言葉の端々に営業の癖してって匂いがすんだよ。こっちの機嫌が悪くなったことをすぐに見取って知らん顔するとこも実に可愛くない。

 

 勝亦がボタンを押してテンキーを打ち込む。すると間近で何かが軋む音がした。何だ? 俺は慌てて音のする方を向いた。そこで目を見張る。

 

 並んでた卵が動いてる!?

 

「試作機別にケースが分かれていてな。番号を指定するとそれが近くで見られるようになってるんだ」

 

 そう言いながら勝亦が俺の横に並ぶ。俺は壁に手をついて足元で動く卵型のケースを凝視した。少し離れてるから判りにくいが、ケースごとに確かに番号が振られているように見える。俺は目を凝らしてケースの表面に書かれている文字を読んだ。あ、これ知ってる。I 3600 J。ちょっと前にかなり売れ線だったシステマの商品番号だ。次はI 3601 cherry。女性向けってことで鮮やかなカラーリングってコンセプトで開発されたんだが、どうもシステマの頭や瞳、爪をさくらんぼ色に染めたところで大して客は興味を抱かないらしい。うちの商品の中では今ひとつ売上も伸びなかった。

 

 見覚えのある商品番号が続く。卵型のケースはまるで線路を行く電車のようにゆっくりと進んでいる。二列で環状になったレールの上を移動しているのだと勝亦は説明した。なるほど。電車みたいだって思った俺の感想は間違ってないわけか。で、ケースを横に動かすときは横二列のレールの上を動くんだと。縦横の組み合わせで自在にケースを移動させることが出来るらしい。まあ、それをするのは機械だけどと勝亦が笑う。俺は横目にちらっとだけ勝亦を見てから視線を戻した。

 

 そしてゆっくりと一つのケースが近付いてくる。I 3604 Twinsの文字を確認した俺は思わず息を潜めた。自然と脈が上がる。くそ、何でこんなにどきどきするんだよ。授業で指された生徒じゃあるまいし。俺たちのいる部屋の一番近くで止まった卵型のケースを俺はじっと見下ろした。これじゃ中なんて確認できやしねえ。近いっつっても五メートルは離れてる。しかもケースの中はどういう訳か真っ暗で、表面に書かれた灰色の文字が少し浮いて見える程度だ。これで文字が黒だったら全然見えなかっただろう。

 

「見えねえよ」

 

 仏頂面で言った俺に勝亦がはいはい、と笑って返事する。すっかりいつもの調子を取り戻したのか、勝亦はまるで子供のように俺をあしらってくれる。だが俺はそんなことに構っていられなかった。

 

 そのケースの内部に光が灯る。ケースの中で照らし出されたものを見て俺は息を飲んだ。青い溶液の中で身体を丸め、横たわっているのは一人の少女に見えた。ケースの表面に浮き上がった商品番号がなければ、俺はそれをシステマと思えなかったかも知れない。

 

「な、なんだ。もう出来てんじゃねえか」

 

 動揺を隠したつもりでも俺の声は勝手に上ずっていた。だが勝亦は不思議と俺をからかうことはなく、静かに隣に戻ってきた。じっとケースを見下ろして指差す。俺は勝亦の指の先を見て眉を寄せた。

 

 I 3604 Twins RC1。そう、ケースには書かれていた。最後の文字を見取った俺は、その瞬間に理解した。これは試作機なのだ。恐らく実際に客に売る商品はこのままの形はしてはいない。勝亦の少し歪んだ顔が何よりそのことを物語っていた。寂しそうな、それでいて怒っているようにも見える不思議な表情だ。

 

「RCというのはリリースキャンディデートって言ってな。実際に製品化が確定する前に候補としてあげるバージョンのことだ」

 

 勝亦の顔に浮かんでいた見慣れない表情はすぐに消えた。だが俺はしばらくじっと勝亦を見ていた。こいつがあんな顔するなんて珍しいってのもあった。でも本当は多分、本音を言うって判ってたんだろうな。目が離せなかったってのがある意味正しいかも知れない。

 

「本当はRC1がRTMになる予定だった。でも、方針が変わってな。結局はRC2が製品としてリリースされることに決定したんだ」

 

 RTMというのは要するに工場行きって意味だ、と勝亦は小声で補足した。

 

「つまり実際に俺らが売り歩くのはこいつじゃないってことか」

 

 訊かなくても判っていたのに俺は勝亦にそう訊ねた。ばかばかしい話だとは思う

が、膝を抱えて丸くなったシステマを見下ろした勝亦がとても残念そうに見えたんだ。

 

 勝亦は俺の質問には答えなかった。

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