システマティックな少女と一般サラリーマンな俺   作:伊駒辰葉

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誰が洗うんだ!! 3

 もちろん前振りとして流した情報もまずかったんだろう。後で俺も確かめたが、いかにも2wayですって言わんばかりの情報だったしな。だがしかし、所長が意図的に流したその情報ですら、はっきりと2wayとは明記されていなかった。

 

 俺たちゃ総出で客を騙くらかしてんじゃねえか? それが売り上げ絶好調、システマの新商品に対する俺の感想だ。

 

「能戸の意見はある意味では正しいな。そう、リリースされたあの商品は2wayじゃない。そう見えるようにされてはいるが、全く違うものだ」

 

 淡々と勝亦が言う。俺は目を吊り上げて怒鳴りつけた。

 

「最初から俺を嵌めるつもりだったのか!?」

「違う」

 

 憤りに任せて喚いた俺に勝亦がぴしゃりと言う。あっさりと否定されて俺は口をつぐんだ。

 

「僕が能戸に説明した時まではRC1が製品化されることになっていたんだ。そのつもりで僕たちも動いていた」

 

 勝亦の声は少し掠れている。喋りながら少しずつ俯く勝亦を俺は見下ろした。こいつ、こんなに小さかったっけ。そんなことを思ってしまうほど、勝亦は消沈して身体を縮こまらせている。

 

「通常、新製品の開発は複数のチームであたることになってるんだ。RC1は僕らのチームが開発したものだ」

 

 複数の試作機を作ることで選択にも幅が広がるから。それは確かに道理だ、と俺は頷いた。商品開発の際、幾つかの候補作を作るってのは先に勝亦が言ってたことだ。俺もその方がより多くの可能性が生まれると思う。たった一つきりのものを候補にしてストレートに商品にしちまうより、チームごとに競わせた方がはるかに品質が向上するだろうしな。企業の上の奴らがそう狙ってるってのも頷ける。

 

 勝亦たちのチームが開発したI 3604 Twins RC1……くそ長いな。略してTwins RC1か。で、本当はTwins RC1が正式に商品化される予定だったんだそうだ。工場にも発注書を送り、材料が揃い、さあ商品を作りましょうって段で急に変更がかかったらしい。

 

 生産発注なんて冗談じゃ出来ないし、現に工場に勤める連中は変更通知を受け取って泡を食ったらしい。Twins RC1はRC2とはまるで別物だ。用意しなきゃならない素材だってまったく違う。だからおいそれと変更なんてしないでくれ、と工場長が泣きついてきたと言う。

 

 慌てたのは勝亦たちだった。何しろ勝亦たちは件の工場長の話で初めて方針の変更を知ったのだから。

 

「確かにRC1はRC2に比べると製造コストがかかる。でも僕たちはだからこそ、ぎりぎりまで案を詰めて何とかあれを作り上げたんだ」

 

 俯いてしまった勝亦を見下ろしていた俺は何も言うことが出来なかった。だからあの時、勝亦は俺にあれ以上の説明はしてくれなかったのだ。

 

「……何で急に変更になったか知っているか?」

 

 そう俺に問いかけながら勝亦が顔をあげる。質問されたことで俺はようやく喋るきっかけを得て答えた。んなもん、判るはずねえだろ。我ながら驚くくらい乾いた声が出る。俺はどうやら勝亦の話を聞きながら緊張してるらしい。自分らしくない声を聞いて俺は顔をしかめた。そんな俺に勝亦が力なく笑いかける。

 

「コスト削減のためというのがその理由らしい」

「要するに何か? 金がかかるからあっちにしたってことか?」

 

 大企業なのにせこい話だな。俺は呆れた気分でそう付け足した。すると勝亦が小声で笑ってため息をつく。疲れきった顔で俺を見てから勝亦はさりげなく視線をずらした。

 勝亦の視線の先にはシステマがあった。だがあれは恐らく試験機ですらない。硝子のケースに入った人形のごとく、展示してあるだけだ。部屋の片隅に置かれたそのケースをしばし眺めてから目を戻す。

 

「お前があれが2wayでないと気付いたのも驚きだが」

「あ、ああ。そのことか」

 

 小声で訊かれて俺は頭をかいた。実は開発部長に指摘されてからずっと考えていたんだ、と俺は素直に白状した。別に新商品のあのシステマを実際に使ったわけじゃない。そう付け足すと勝亦の奴はだろうな、と笑いやがった。くそ。なんかむかつく。

 

 勝亦が机に乗った液晶画面に向き直る。奴はおもむろに机の引出しを開けた。何するんだ、と俺が見守る中、勝亦がヘッドホン型のインターフェイスを装着する。っておい。珍しい光景に俺は思わず勝亦に声をかけた。だが勝亦は俺の呼びかけにも反応しない。

 

 通常、開発部の連中は標準型インターフェイスを使用しない。なぜかと言えば、奴らのスキルだとキーボード入力の方が速いからだ。キーボードにマウス、かつてパーソナルコンピュータが全盛期を迎えた頃の機器が、この部署では当り前に活躍しているのだ。

 

「いいからこれを着けろ」

 

 差し出されたもう一つのインターフェイスを俺はおっかなびっくりで手に取った。座れ、と言われて仕方なく勝亦の隣の空席に腰掛ける。何なんだよ、一体。そうぼやく俺に勝亦は言った。

 

「能戸は慣れていないだろうからな。いいか、それを着けたら動くなよ」

 

 身動き一つするなという意味ではないらしい。立ち上がってうろついたりするなってことだろ。なるほど、了解。要するに勝亦は俺がびびって動くのを恐れてるんだな。幾ら機械に疎い俺でも、そんなに驚く筈がねえだろが。俺は思わず勝亦に言い返した。すると勝亦がそうか、とやけに重々しく頷く。


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