ひんやりとした硬質な感触のインターフェイスを装着する。音楽を聴いたりするためのヘッドホンに形は似てるけどな。金属っぽい環が頭をぐるっと一回りしてるところがちょっと違う。これがシステマ専用のインターフェイスだ。何でも脳に直接働きかけるとからしいが、生憎と俺は普段はこんなもん使わない。使い方は簡単。ちょっとした訓練で誰でも使えるようになる。それは俺もよく知ってるんだけどな。どうもシステマと脳波で繋がるってのが不気味でな。出来る限りこいつは使わないようにしてるんだ。
「それは出力専用だからな。大丈夫だとは思うが慌てるなよ」
勝亦がそう言ってふっと遠くを見る。なるほど。動画の類でも見せるつもりなのかな。勝亦も心配性だな。俺が動画ごときでびびるとでも……。
「うお!?」
思わず叫んだ俺は何度か瞬きをした。その場の光景が一気に切り替わったからだ。だが瞬き程度では目の前の光景は消えてくれない。何だっていきなり外の風景なんだよ! しかも昼間ってどういうことだ!
「動くなと言っただろう。座れ」
いつの間にか俺は立ち上がってたらしい。勝亦の声がした後、何かが肩に触れる。だがその感触のみで自分の身体がどうにかなったとは到底、思えない。何てったって俺は街のど真ん中、アスファルトの上に一人で立ってるんだよ。周囲には何もなし。でも微かに風が吹いてるのが判る。
肌に当たる風を感じて漸く、俺はこれがシステマを介して見せられてる光景だってことに気が付いた。
「これが何だよ」
俺は平静を装って訊ねた。どうやら俺の声そのものは勝亦に届いているらしい。すぐに返事がくる。
「それはテスト用の立体映像だ」
ははあん、なるほど。これがそうなのか。俺は感心して思わず頷いた。
システマはインターフェイスを通して使用者の脳波を読む。いや、これは言い方が悪いな。使用者側がセレクトした情報をシステマに読みこませているんだ。システマが勝手に使用者の意思を読むことはあり得ない。これは入力操作の大前提だ。そうでなければシステマはどこまでを命令と取ればいいか判らず、混乱してしまう。
インターフェイスを用いて入力者はシステマに必要十分な意志を伝える。それに応じてシステマは動き、様々な働きをする。そのシステムを利用したごく簡単な例がIDカードかな。あれは持ち主の脳波パターンを読んでカードを介して個人照合を行うっていうシステムだ。本人であるという確認が出来るだけでいいので、カード所有者が意志をカードに読ませる必要はない。持ってるだけで自動的に個人照合が出来るってわけだな。
おっと、話が逸れた。つまりはだな。システマが何故これだけ世間に受け入れられているかと言えば、この便利さにある訳だ。インターフェイスさえ着けてさえいれば簡単にシステマを使用することが出来る。入力しながら歩くことも可能だが、望むなら入力と同時に出力も可能ってことだ。その気になりゃ、実際に口を開けなくても考えるだけで電話だってかけられる。しかも相手の声は直接頭の中に聞こえてくるって方法でな。
ちなみにシステマを使ったからって今の俺みたいな状況に陥ることはまずない。勝亦が言ったようにこれはテスト用のデモデータなんだよ。通常、日常生活等を著しく脅かす出力設定は出来ない。悪用されれば犯罪が増えそうだしな。あらかじめシステマにはそういった抑制機能が付けられてるんだよ。
つまりだな。人の視覚や聴覚、触覚と言った様々な感覚から脳に送られる信号を、システマは出力の際にちょっと書き換えちまうんだな。まあ、判り易く言えば感覚を直に人の頭に叩き込んでるってことだ。
「例が悪いな。もう少し複雑なのじゃないと」
「ちょっと待て。これって録画じゃないのか」
確かに見知らぬ街の中に一人立ってるって光景は凄いとは思うが、でもこれって録画映像だろう? そんなことを考えていた俺にあっさりと勝亦が言う。
「何を言ってる。ただの録画再生だと判らないじゃないか。これはテスト用だって言っただろ。システマがリアルタイムで演算して作り上げた映像だ」
どうでもいいが、いないはずの勝亦の声が聞こえるってのも気色悪いな。しかも近くから聞こえるもんで、俺は思わず周辺を探しちまった。だがやっぱり誰もいない。くそ、どうせ出力させるなら可愛らしい女の子の声にでもしやがれ。
それまで風の音しか聞こえなかった俺の耳に、少しずつ別の音が聞こえ始める。木の葉の擦れあう音、道を走る車の音、人のざわめき。街らしい音が揃ったところで今度は何もなかったところに木々やビルが陽炎のように現れる。舗道に街路樹が植わり、道を車が走る。歩道橋、信号、それから歩く人々が徐々に生まれる光景の中で、俺は唖然と目を見張っていた。
これが録画ならわかる。話に聞いただけだが、システマは人の脳波に介入してこの手の動画を出力出来るってことは俺も知っていた。が、舗道に立つ俺を歩いてる人が避けてくんだよ。当たったところで感触はないかも知れないが、避けてるってことは……確かに勝亦の言う通り、システマはリアルタイムで演算してこの光景を作り出してるんだろう。
「これが一台の限界だ。処理速度は今の通り」
淡々とした勝亦の声に俺は我に返った。いかん。つい、見とれちまった。実体の俺は多分、ぼおっとした顔で椅子に座ってるだけなんだろ。んでも、俺の目の前に広がる光景は現実以外の何物でもなかった。ゲームや映画等でこういった効果を使用する計画があるって話は聞いたことがあるが、こりゃ幾らなんでもやばいだろ。現実と幻想が区別つかなくなっちまいそうだ。風が吹けばきっちり服の裾ははためくし、木の葉は揺れる。車が吹き付けた風だって感じることが出来る。
「一台で処理させた速度は覚えたな? これをだな」
そう言って勝亦がしばし黙る。見てろよ、と言われて俺は注意深く周囲の様子を伺った。現れた時と同様、今度は景色が少しずつ消えていく。人が消え、車が消え、ビルが消え、街路樹が消える。あらゆる建造物が消えた後、聞こえていた音が消える。最後に残ったのはアスファルトの何もない路面と空だけだ。