いくぞ、という勝亦の声の後、俺の耳に途切れていた街の音が聞こえ始めた。それと同時に消えていた光景が再構築される。……え? 音と同時? 驚く俺を余所に、さっきまで目の前に広がっていた光景があっという間に現れる。
「速い……」
「これがいま、お前の売ってる新商品の処理速度だ」
淡々とした勝亦の声に俺は思わず顔をほころばせた。やっぱり凄いじゃないか。そんな思いを込めて周囲を見回す。先ほどと同じような光景が俺の周りに広がってる。感じる風や音も全ては現実のようだ。
「凄いじゃないか。二台だからだろ? これがお前の言ってた2wayじゃないのか?」
もしかして俺は勘違いをしていたのだろうか。そんなことを思いつつ、俺は勝亦に訊ねた。だが浮かれた俺とは違い、勝亦は酷く冷静に答えた。
「二台で一度に処理させるから、速度は格段に上がる。まあ、そのために専用に書き換えたソフトを入れているんだけど」
疲れたようなため息をついて勝亦が言う。じゃ、別に問題なんてねえんじゃん。気楽に言った俺に勝亦はしばし何も言わなかった。俺が苛立ち紛れに声をかけたところでようやく反応する。
「車酔いのような状態になるかも知れないけど我慢してくれ」
そう勝亦は前置きした。続いて俺の見ていた光景が溶けて消える。なるほど、二台だと消えるのも速いってことか。少しずつ消えてたさっきとは違い、今度は瞬く間に上から下へと景色は消えた。
ほんの束の間、俺の視界は暗転した。続いて俺の目に見えたのは静かなオフィスの光景だった。勝亦もいる。椅子に深く腰掛けていた俺はおもむろにインターフェイスを外そうとした。そこで思わず顔をしかめる。多分、慣れてないからだろう。ちょっと頭がぐらっとするな。
ゆっくりとインターフェイスを外して勝亦に差し出す。だが勝亦は受け取ろうとしない。おい、と声をかけると勝亦はまだ使うから持っておけと言った。折り畳んでポケットにでも突っ込んでおけばいいか。
「今のようにシステマを使うには、同期という作業が必要になる。もちろんそれはシステマが勝手に判断するよう、あらかじめプログラムされてはいるけど、一台の時と同じソフトは使えない」
何がまずいのか、俺にはこの時点では全く理解出来なかった。二台で一台の仕事だろ? どこが2wayじゃないんだよ。立派にその通りになってるじゃないか。そう不満を言った俺に勝亦が言う。
「そう。お前もそう思うだろう? 客がそう思うようにな」
勝亦がゆらりと立ち上がり、インターフェイスを外して顎をしゃくる。俺は促されるままに勝亦について歩いた。勝亦が向かったのは、開発一課の部屋の奥、薄い壁に仕切られた向こう側だ。確かいつもならお偉いさんのいる場所じゃなかったっけか。
とある机に寄った勝亦が引出しから何かを取り上げる。ただのカード? 俺はまじまじと勝亦の手元を見た。だがどんなに目を凝らしても白いカードの表面に何かが書かれているようには見えない。
「行こう」
白衣のポケットに真っ白なカードを突っ込んで勝亦が歩き出す。何なんだよ、一体! 俺は訳が判らないまま、勝亦に従って部屋を出た。
エレベーターホールまで大人しくついて歩いてから、俺は顔面が痛くなるくらいに目いっぱい眉を寄せて勝亦を睨みつけた。だが勝亦は知らん顔でエレベーターのボタンを押す。よくよく気分を晴らさせてくれねえ奴だ。どうしてこう、頭脳労働する奴ってのは持って回った言い方するかな。俺は早いとこすっきりしたいんだがな。
そう思う心のどこかで俺は期待もしていた。これでこの間見たあのシステマをもう一度見ることが出来る。そう考えてしまってから俺は慌てて首を振った。なに考えてんだ、俺は。たかがシステマ、わざわざ見たいなんて思うわけがねえだろ。そう思い直してから俺はエレベーターに乗り込んだ。
四十二階でエレベーターの扉が開く。やっぱ予想通りだなんて呑気に考えてた俺はエレベーターを降りて訝りに眉を寄せた。あれ? ここってこの間と違わねえ? 通路は前みたいに青白くないし、しかもいきなりエレベーターから降りたところで九十度左折だぞ。絶対、この間と違うだろ。ここ。そう訊ねた俺に勝亦は言った。複数並ぶエレベーターの向かって一番右端の一基がここに繋がっているのだという。そういえばこの間とは乗ったエレベーターが違ってたな。
「ああ、あんまり離れるなよ。ここは見学室直通路と違って、専用IDがないと通れないんだ」
俺の心の叫びに気付いたような不気味なタイミングで勝亦が振り返る。離れかけてた俺は慌てて勝亦に駆け寄った。
「専用って、さっきのカードか?」
「そう」
頷いて勝亦が片手を上げる。その手にはいつの間にかさっきの白いカードが握られていた。よくよく見れば勝亦が時折、左右に手を動かしているのが判る。って、あれ? でもガードボックスが見えないぞ?
「IDチェック、どうやってしてるんだよ」
「ボックスが埋め込み型なんだ。ほら」
そう言って勝亦が足を止める。俺は指差された方を見た。なるほど。確かに小さな黒い点が壁に打ってある。どうやらこの点のあるところがポイントらしい。よくよく見れば左右の壁のあちこちにその点がある。
「このカードで通れるのは二人まで。ああ、言っておくが能戸のIDもエレベーターを降りたところでチェックされてるからな。変な気を起こすなよ」
淡々と言って勝亦がまた歩き出す。変な気ってどういう意味だよ、とぼやきつつも俺は言われた通りに勝亦について歩いた。まったく、相変わらずマイペースな奴。