システマティックな少女と一般サラリーマンな俺   作:伊駒辰葉

27 / 53
よく考えたらこれ、初夏から夏の話ですね!
夏の話を書くのは珍しいかも……
今さらびっくりしましたw


飲み屋にて 1

 梅雨明け宣言されてからもしばらくは雨が続いた。本当に梅雨が明けたのかよってうっとうしさの中、俺はいつも以上にだらだらと仕事をしていた。さすがに発売から一ヶ月も過ぎる頃になると営業所内の雰囲気も落ち着いてくる。んでもって俺は所長に怒られる日々に戻ったわけだな。やれやれ。

 

 工場から出荷された商品は続々と各店舗へと運ばれている。その間にも新しい注文ってのはある訳で、一時期の無茶苦茶なペースは解消されてもやっぱり仕事はなくならない。週末、所内に営業成績が張り出される時なんてみんな目の色違うもんな。

 

 その営業成績で文句なしの最低、どんじりにいるのが俺って訳だ。今までも熱心な方じゃなかったが、最後尾ってのは初めてだな。感心しつつ営業成績を眺めてた俺を所長が鋭い声で呼ぶ。アナログな方法で紙に書いて貼ったりなんぞしなけりゃ、何で呼びつけられるか他の連中にはばれずに済むんだがな。まったく、面倒な話だ。

 

「ここ一番の勝負時に何してるんだ!」

 

 はいはい、お怒りはごもっともでございますとも。俺は申し訳なさそうな顔だけ作り、所長の説教を聞き流した。どうせ他の連中が稼いでるんだ。それに俺だっていつもよりは実売数も多いんだぞ。それを不真面目だの不届きだのって怒らないで欲しいよな、本当。

 

「向上心はないのか、お前には! 中條を見ろ、中條を!」

 

 そりゃあな。中條先輩の成績はちょっと普通じゃないよ。聞けば全営業所トップだって話じゃねえか。当の中條先輩が相変わらずのほほんとしてるもんだから俺も気付かなかったが、それは確かに凄いことだと思うよ。だが、何で同じ営業所にいるからって、そんな凄い成績と比べられなきゃなんねんだよ。

 

 面白くない気分で十五分ほど説教食らって俺は席に戻った。十五分とはなかなかいい記録だ。所長もよくあんなに怒れるよな。最後には結局、同じこと言うくせによ。すみませんでしたって毎度のごとく詫びた俺に、今日はとびきり嫌そうに所長は言った。もういい。そう、所長の説教の締めの文句はいつもそれだ。いいんなら最初っから説教なんざすんなよな。

 

「大丈夫ですか?」

 

 小声で隣の席から江崎が訊ねる。ああ、大丈夫だとも。何しろ俺にとっちゃ所長の説教なんざいつものことなんでな。そう言う代わりに俺はこっそり江崎に頷いてみせた。江崎も俺の言いたいことをすぐに察したのだろう。頷き返す。俺はそれを見てからちらっと所長を伺った。まだ所長は怒ってるのか俺の方を睨んでいる。まあでも、この方が俺は落ち着くかな。所長が浮かれてへらへらしてる方がよっぽど気持ち悪いっての。

 

「能戸先輩? 怒られたんですよね?」

 

 っていうか、今の俺のがへらへらしてるのか。江崎が不思議そうに言ったところで初めて俺は自分がにやけてることに気付いた。いかん。まだ仕事中だっての。

 

「最近、能戸はやけに機嫌いいよな。もしかして」

 

 いつの間にか中條先輩が俺たちの背後に近付いてる。中條先輩はこっそり俺と江崎に聞こえる程度の声で言った。

 

「女でも出来たとか?」

「えっ、そうなんですか!?」

 

 中條先輩のいやに嬉しそうなせりふの後に江崎が素っ頓狂な声を上げる。おいおい、幾らなんでもその反応ってどうよ? それってもしかして俺に女が出来るはずがねえってことですかい。

 

「いや、違いますけど」

 

 相変わらず中條先輩は仕事が速い。営業日誌はもう書き終わったらしい。クライアントの数ですら俺より一桁以上多いのにこれだもんなあ。毎日叱られてる俺とはえらい差があるよな。んでもまあ、中條先輩だしな。当り前っちゃ当り前か、なんて俺は自分を納得させた。

 

 またまた、と笑う中條先輩の追求をかわしつつ、俺はキーボードを叩き始めた。やっぱり日誌を書く時は専用インターフェイスを使う気にならない。

 

「じゃあ、今日は飲みに行くか? 最近行ってないだろ? 能戸も江崎も」

 

 要するにそれが言いたかったのかよ。俺は苦笑して中條先輩を振り返った。江崎も俺と同じようなことを思ったらしく、困ったように笑っている。この人は本当に成績トップだってのを感じさせない気さくさを持ってるよな。でも一部の奴らはそんな中條先輩が俺に声をかけるのが気に入らないようだ。ほら、今日もまた睨んでやがるよ、あの連中。

 

 だが今日は俺も連中のうっとうしい視線を完全無視した。いつもなら少しくらいは睨み返すんだけどな。今の俺には奴らの相手をしてる暇はないんだな、これが。

 

「えーっと、俺はいいっす。すんません」

「え?」

 

 ものの見事に二人の声が被る。いや、そりゃあな。俺も飲みに行くのは好きだよ。それに中條先輩や江崎の誘いは断る事の方が少ないしな。でもまあ、今日はそういう気分じゃないってことで。俺は驚いたように目を見張ってる二人に適当に言い訳をした。

 

「もしかしてまた」

 

 江崎が恐る恐るといった態で言いかける。俺は慌てて床を蹴飛ばして椅子を動かしつつ江崎のわき腹を肘で小突いた。痛い、と呟いて江崎がわき腹を押さえる。

 

「んー?」

 

 どこか嬉しそうに笑いながら中條先輩が俺と江崎を見比べる。何でもないっすよ、と仏頂面で答えた俺とは対照的に、江崎が焦ったように首を横に振る。いや、お前。それは中條先輩に何かあるって言ってるようなもんだから。

 

 とは言え、俺も特に隠しておくつもりもないし。

 

「いや、開発にいる友達のところに行く約束してるんで」

「開発?」

 

 声を潜めた俺に合わせて中條先輩もきっちりと声量をさげる。さすが、トップの営業マン。俺が言うまでもなく事情を察してくれたらしい。例え内容が何であれ、開発絡みの話なんぞしてたら奴らがどう言うか判りゃしねえからな。俺はちらっとうざったい連中を伺ってからこっそり頷いた。よしよし。今日は奴らも俺に構ってる暇はないらしい。とっととオフィスから出て行っちまった。

 

「でも開発部の人も忙しいんじゃないですか?」

 

 江崎が困ったような顔で言う。そりゃあな。勝亦だって毎日暇にしてる訳じゃねえだろうな。でも俺は勝亦に用がある訳じゃない。……んだが、さすがにそれは言うのはまずいかな。俺はそうだな、と適当に江崎に合わせてからモニタ画面に向き直った。

 

「何だ。もしかして能戸、開発部に日参してるのか?」

「まあ、そうなりますね」

 

 不思議そうな中條先輩の問いかけに答え、俺は日誌を書き始めた。いつものようにさっさと書き上げて勝亦のところに行こう。

 

「開発部は確か売れてない女の子はいなかったし」

「そうなんですよ」

 

 俺の後ろで中條先輩と江崎が何か言ってるようだ。二人の会話の端っこを聞きつつも俺は機嫌よく日誌を書き進めていった。所長に怒られたのは腹立つけどな。いつもほどは気にならない。それに江崎と中條先輩はそんな大したこと話してないしな。

 

 所長がオフィスを出る間際に中條先輩に話し掛ける。どうやら明日、また工場から商品出荷があるらしい。そのことを中條先輩に知らせた後、所長は俺を睨んでからオフィスを出て行った。けっ。相変わらずいけ好かないやつ。中條先輩には機嫌よく話すのに俺にはその態度かよ。ころっと手のひら返して嫌な顔しやがって。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。