システマティックな少女と一般サラリーマンな俺   作:伊駒辰葉

29 / 53
飲み屋にて 3

 あのなあ! そりゃ、仕事ならともかく、だ。確かに理由もなく、飽きもせず毎日毎日同じ野郎のところに行くなんて奴がいたら、俺だってそいつのことをちょっと変わってると思うだろうよ。もし知り合いにそんなのがいたら、何かあったのかくらいのことは訊くかも知れない。でも断じて男相手にその気になる趣味があるからだ、なんてこたあ思わねえっ。

 

「何だ。そうなのか」

 

 明らかに残念そうに中條先輩が言う。あんた、心配顔してたけど面白がってたんだろう。あ、しかも今、ビール飲みながらつまらんとかこっそり言いましたか? 言いましたね? 油断ならん人だな、もう。

 

「よ、よかった。心配してたんですよ、ほんとに」

 

 こっちは心底安心したって顔で江崎が言う。そうだろう。安心したか、それは良かった。でも何でお前までそっちに思考がいっちまうんだよ。どうでもいいことだが、江崎の奴ってこういう所に入るときっちり正座しちまうのな。でかい図体してそれやるもんだから、いつも借りてきた猫みたいな感じがする。まあ、江崎の場合は普段からそれっぽいか。

 

「そりゃ確かに俺は彼女もいないし」

 

 しかめっ面で言ってから俺は残ってたビールを飲み干した。するとどうぞ、と江崎がタイミングよくボトルを取り上げてグラスにビールを注いでくれる。俺は江崎からボトルを受け取って中條先輩のグラスに寄せた。おっ、と笑って中條先輩が少し残ってたビールを飲み干す。俺は差し出されたグラスを満たしてからついでに江崎にもビールを注いだ。まあね。こういう場所でもやっぱり礼儀ってもんがあってだな。先輩に酌するのは当然ってのはあるんだが、それだと江崎が手酌になっちまうからな。ついでだよ、ついで。

 

「だろ? だから疑ってたんだけどな。まあ、違ってほっとしたな」

「とか言いながら、先輩はからかう気だったんしょ?」

 

 何て、些細な会話を続けて三十分ほどもした頃には、運ばれてきた料理をつついていた俺たちの腹も満たされた。程よく酔いも回って一息ついたところで俺は切り出したわけだ。

 

 俺は何も勝亦に会いたくて開発部を訪ねてた訳じゃない。必然的に勝亦には会うがそれが目的じゃないんだ。俺が説明をし始めると、それまでいい気分でばか話を続けていた二人も神妙な面持ちになった。

 

「……別のI 3604 Twins?」

「何ですか? それ」

 

 二人それぞれに言うのを聞いて、俺は説明した。今売れている新商品は実は開発段階の候補作の一つだったこと。そして候補として別のシステマがあったこと。つまり俺は二人にRC1の話をし始めた。RC1って何ですかという江崎の質問には俺の代わりに中條先輩が答えてくれた。あれ? 中條先輩、RCって単語を知ってるんだなあ。俺なんて勝亦に聞いてもよく判らんのに。

 

 そこはさすが営業マン。中條先輩って本当に説明も上手いなあ。しかも聞き取り易いんだよな、中條先輩の話し方って。江崎も中條先輩の説明で一発で理解出来たようだ。この人ってやっぱ、すげえわ。こんな風に説明されれば客たちも納得し易いんだろうなあ。

 

「それで? そのRC1がどうしたんだ?」

 

 なるほど、と納得して江崎が頷くのを余所に中條先輩が言う。おっと、忘れてた。俺が話をしてたんだったな。のんびりとビールを飲んでた俺は慌てて話を続けた。今現在、売りに出されているI 3604 Twinsと、RC1の違いを説明する。案の定、2wayの説明のところで江崎が首を捻った。

 

「え? I 3604 Twinsって2wayなんでしょ? だってお客さんもそう言ってますし、所長だって」

「違うぞ」

 

 俺が否定するより早く、またまた中條先輩が言う。こ、この人って一体何者なんだ? いや、判るよ。知識量が生半可じゃないってことはな。現に俺は中條先輩が教えてくれる情報にこれまでに随分と助けられてきた。江崎だってそんな一人だ。でもだな。あっさり否定するなんてまさか思わねえだろ。何しろ所長だって2wayだっての否定しねえんだぞ。

 

 俺の驚きを余所に中條先輩が2wayの説明を始めちまう。それを聞く内に江崎の顔色は悪くなってった。うわ、こいつ真面目だもんな。客を騙してたって思ってるんじゃないか? 俺はちょっと前までの自分のことを思い出して居たたまれない気分になった。恥ずかしいってのかな。照れくさいっていうか……。あー、まあ要するに江崎の態度にちょっと前の自分を重ねちまったわけだ。

 

 俺が思った通り、中條先輩の説明を聞く江崎の表情が次第に険しくなる。だが江崎は俺と違ってすぐに文句は言わなかった。一応は中條先輩の話を最後まで聞いて、一呼吸。そうなんだよな。こいつって鈍くさいようでいて、実際は間の取り方が絶妙なんだよ。

 

「要するにお客さんは本当のことを知らないんですね?」

「そういうことになるかな。でも、その方が売りやすいからって理由だけで説明しないんじゃないぞ」

 

 客は安心も一緒に買っているのだと中條先輩が言う。やっぱり営業の人だからだろうな。勝亦の説明より中條先輩の説明の方が聞いていて俺も納得しやすい。江崎は複雑な面持ちをして腕組みをした。だがそうしていても江崎は足を崩そうとしない。どうでもいいが、何でこの体格で正座してて足が痺れないんだ? 足に体重がもろに乗るだろうに。俺も中條先輩も適当に足を崩してるのに、江崎だけがきっちり正座って……。かと言ってこいつ、この中で一番の後輩だからそうしてるって風でもないんだよなあ。江崎と同期の奴と飲んでてもこんなことないし。もしかして学生時代に剣道だのやってたのかね。なんて、くだらないことを俺が考えている間にも二人の話は進んでいく。

 

 結局、江崎は中條先輩の言葉に納得したらしい。要するに客は騙されたくて騙されているのだと。でもっていちいち説明したところで理解なんぞしてくれやしないのだと。次いで、システマが万が一壊れた場合のこと。システマってのはその性質から実は深刻なトラブルってのは発生しにくいんだ。客がシステマが壊れたって騒いで店に駆け込んでもだな。大抵は客側の操作ミスだったりするんだな。だもんで、一台こけたら二台ともアウトってやばい状況には、当分陥らないだろうってのが中條先輩の見解らしい。なるほどね。俺も中條先輩の説明に納得して頷いたもんな。その辺りのことは残念ながら勝亦の説明には含まれてなかったんだよ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。