工具が散らばった机の真ん中に置かれている、一見するとヘッドホンみたいのがシステマのインターフェイスに使われる機器だ。この店長はインターフェイスの調整とか修理を受け持ってたりもする。俺はさっきまで店長が張り付いてた机を見てから目を戻した。
たった一台のシステマが地球を救ってから十年足らず。当時の騒ぎは今でもはっきり覚えている。小惑星が地球に衝突するって大騒ぎになって、人々はパニックに陥った。各国の偉いやつらが束になって小惑星を撃ち落すだの何だのって計画した。でも余りにも急にこの小惑星ってのが沸いたらしく、計画を建てようにも、あらゆる計算が間に合わなかったらしい。
そこで登場したのが、当時極秘に開発されていたシステマだった。世界中から集められたコンピュータの能力でも足りなかった部分をシステマはものの見事に補った訳だ。
それまでひた隠しにされていたシステマが認知されることになったのはその事件がきっかけだった。で、あれよあれよと言う間にシステマは市民権を得た。この国だと真っ先にシステマを導入したのがフリーのプログラマだってんだから笑える話だ。企業や大学は尻込みして最初は手を出さなかったってわけ。そりゃまあ、びびるよな。何しろ宗教団体だの環境団体だの、わけわかんねえ連中がこぞって反対してたんだもんよ。
最新の技術を用いて開発されたシステマには正式名称ってのがある。小難しい話をすると右に出る者はないってくらいやかましい、うちの開発部の勝亦の言葉を借りればシステマってのは都合よく略された愛称なんだと。横文字のずらっと長い名前がシステマの本来の名称らしいんだが、それについて説明を求めた時の勝亦のやかましいこと。その名前があんまり長くて覚えられなかった俺は、正式名称なんざどうだっていいんだよ。客にはシステマって愛称のが馴染んでんだから。って、勝亦に言い返しちまった。わざわざ営業先で、その正式名称とやらを舌噛みそうな思いしてまで連呼しろってのか。っと、これは俺が勝亦に言い返す時の決まり文句な。大体、考えてもみろ。開発の連中がどれだけ偉いっても、売れなきゃお話にならんだろ。
ああ、判ってる。俺だってたかが一介の営業だ。しかも二年目のペーペーだってのは自覚してる。俺が喋くってるシステマについての意見ってのは、はっきり言えば上司の受け売りだ。確固たる信念なんぞねえ。
営業所に今年入った連中の中にはシステマに拒絶反応示して辞めてった奴もいる。俺と同期で入った奴なんて半分残ってるかどうかってとこじゃないか? そんな中で俺はこうして残ってるんだから、少なくとも辞めた奴らよりは営業については理解してるつもりだ。受け売りだろうが何だろうが、上司の言ってることは正しいと思うんだから仕方ない。それが正しいと思えない奴らが辞めてったってことだ。
汗を拭き拭き、店長が商品の売れ行きについて語る。あー、もううっとうしい。うちの商品が売れてるのは百も承知だ。おべんちゃらの混ざった店長のせりふなんて聞かなくても判ってる。何しろうちの社がこの国では一番最初にシステマに手を出した企業なんだ。知名度もあるし、商品開発だって余所よりはるかに進んでいる。何てなことを思いつつも俺はぐっと堪えて笑顔のままで合鎚を打つ。無駄話を笑顔で聞くのも営業の仕事だ。
店長の無駄話は十分ほど続いた。一区切りついたところでさっきの女の子が冷たい麦茶を運んできてくれる。そこで買ったものですけど、というせりふをおまけにつけて茶と一緒に出されたのは苺の乗ったショートケーキだった。甘いものは駄目なんだけどな。とは思っても俺は笑顔で女の子に礼を言った。まあ、営業先でケーキなんて出されることは滅多にないし、ありがたく貰っとくのが礼儀ってもんだよな。
「あの、実は折り入ってお願いがあるんですが」
添えられた小さなフォークを手にしたところで店長に話し掛けられる。ああ、何か変だと思った。こっちが営業開始する前にくっちゃべってくれてたもんな。いつもは俺の言うことにも、はあ、とか曖昧に返事してるだけの癖に。
「何ですか?」
ちょっとだけ身を乗り出して俺は訊ねた。店長が言いにくそうに視線をあちこちに彷徨わせる。出来ればさっさと用件言ってくんないかな。俺もここの営業片付けたら次の店に行かなきゃならないし。俺はちらっと腕時計見て舌打ちしたい気分になった。
「いえ、IISさんのところで新商品を開発してるって噂をちょっと耳にしたもので」
是非、うちに入荷して欲しいんですけど。熱心に言った店長の顔を俺はつい、まじまじと見てしまった。何だってあんたがそんなこと知ってるんだ。そう思ってから俺は上司の憎たらしい訳知り顔を思い浮かべた。あのやろう……。
「そのことなんですが」
思ってることは一切、顔に出さずに営業スマイルを維持して俺は鞄からカタログを取り出した。覚えてろよ、くそったれ。最初っから情報流してるんじゃねえかよ。上司に心の中でだけ悪態を吐きながら俺は新商品の解説を始めた。