それにもしも深刻なトラブルが発生したとしても、その頃には客は別の機種に乗り換えるだろう。中條先輩は淡々とそう言った。それを聞いたところで俺はさすがに驚いた。え、じゃあいま売り出されてるあれって……。
「何だ? そんなに驚くことか? システマは使い捨てが基本だぞ?」
だからこれだけ市場が盛り上がってるんじゃないか。あっけらかんと中條先輩が言う。俺は慌てて江崎と顔を見合わせた。江崎も相当、驚いてるらしい。目を丸くしている。
「江崎が驚くのは判るけど、何で能戸まで驚くんだ?」
営業してれば判るだろう、と中條先輩が呆れたように付け足す。そりゃあこれだけ新商品がばんばん出てるんだし、俺もそうかも知れない程度には思ったことはある。
「そりゃ判りますけど、中條先輩が言うと重みが違うなって」
俺は力なく笑ってそう言ってみた。すると中條先輩が困ったような顔をする。もしかして呆れられちまったかな。そんな俺の不安を読んだように中條先輩がもっと自信を持てよ、なんて励ましてくれる。
確かになあ。中條先輩の契約件数を考えると当り前の話なんだよな。いくら新しい客を開拓するのが営業目的っつってもだ。誰もが気軽に持てるってほどにはシステマは普及していない。俺らがいい例だろ? 売り側である俺たち営業だって全員が個人でシステマを持ってるって訳じゃねえ。所長が時々、オフィスに持って来てはいるが、使いこなせてるのかどうかはさっぱり判らん。所長の場合は俺たちに見せびらかしてるって感じだしな。
多分、中條先輩は他社の契約からうちの商品に客を乗り換えさせてるんだ。しかも俺なんか目じゃない件数を、だ。そうでないと中條先輩の成績は説明つかないんだよ。改めて考えた俺は思わずため息をついた。無理無理。中條先輩を見習えって所長は言ってたが、絶対無理だって。
「話が逸れたな」
中條先輩がそう言ったところで俺は頷いて話の続きをした。要するにRC1の説明な。俺はずらっと勝亦にしてもらった説明を並べてから言った。
「試作機のRC1はどっちみち廃棄処分だろうって。だからそれまでなら好きに遊んでいいって言われて」
それが今回のお前の働きに対する報酬だ。勝亦はふざけてそう言った。要するに捨てるまでの間、RC1を好きに使っていいってことだ。最初それを聞いた俺は冗談じゃないと断ろうとした。だが考えたら俺って大した趣味がある訳じゃないし、仕事が終わって家にストレートに戻ったところでせいぜいがビール飲むくらいだ。それなら勧めに従ってちょっと遊んでみるか。そう考えて、俺は勝亦の案に乗ることにした。
最初の日は触り方からだった。実は俺、システマの扱い方って基礎的なことはクリアしちゃいるが、実際にインターフェイスを通して使ったことがなかったんだな。で、呆れる勝亦にご教示賜って覚えるとこから始めたって訳だ。
勝亦にしてみりゃ、ど素人がどういう風にシステマを使うかを知りたいってのがあったらしい。システマには俺の指示や動きのログが逐一、残る。後で勝亦はそれを分析するってわけ。要するに俺は実験台になってるってことだ。その話をした時の江崎の顔はちょっとした見物だった。最初は俺に同情したんだろな。勝亦が俺を実験台にしてるって、俺自身が言う前に話の流れから見当がついたんだろ。明らかに同情してますって顔してやがった。可哀想っていうか、気の毒にって感じの顔。でもその後で俺がきっちり判ってるんだって言った時の江崎の顔が。
うわあ、勘違いして恥ずかしい。……とでも思ったんだろうな。一気に真っ赤になりやんの。酒飲んでもあんまり変化のない江崎の顔が赤くなる様は見ていて面白かった。おまけに俺から目を逸らしやがるし。
「何だ。要するに女に会いに行ってた訳じゃなくて、遊びに行ってたのか」
やれやれと苦笑して中條先輩が頭をかく。だから最初っから俺は女はいねえっつったじゃねえか。なんて、そのまんま中條先輩に言えるはずもなく、俺はそうっすよとだけ答えた。江崎は江崎で納得したらしい。良かった、と嬉しそうに言ってビールを飲み干す。
「でも能戸先輩の気持ちも判るなあ。ぼくもこの間、お客さんにちょっと遊んでみろって言われて」
システマって面白いですよね、と江崎は客とのやり取りの話をひとしきりしてからそう言った。俺は素直に江崎の話に頷いた。そうなんだよな、システマって触ってみるとなかなか楽しかったりするんだな、これが。と気軽に合鎚打って話をしつつビール飲んでるうちに、俺のささくれた気分も大分落ち着いた。
でも何故か江崎と俺の会話に中條先輩は割って入らなかった。妙に気難しい顔をして考え込んでいる。それに気付いた俺は不思議に思いながら中條先輩に声をかけた。
「どうしたんすか? 先輩。何か気になることでもあるとか?」
特に考えて質問した訳じゃない。俺は軽い気持ちで中條先輩にそう訊ねた。すると中條先輩がしばらく俺を見てからため息をつく。
「やっぱり能戸は当分、開発部に行かない方がいいんじゃないかな」
「は?」
唐突に言われた意味が理解出来ず、俺は我ながら間の抜けた声を返しちまった。江崎と顔を見合わせて何でですか、と訊いてみる。中條先輩は冗談を言っている風じゃない。かと言って、言われた俺も何でそんなことを言われるのかさっぱり判らねえ。俺の質問に中條先輩は少し考えるような素振りをしてから答えた。
「いや……勘違いかも知れないが」
言いにくそうに中條先輩が口を濁す。何だ、一体。俺は自分の顔が強張っているのを感じて慌てて表情を普通に戻した。幾らなんでも先輩を睨むのはまずいだろ。
「能戸はシステマをどう思う?」
「は? なんすか、急に」
いきなりの質問に俺はそう言い返した。いかん。ちょっと気が立ってるかも知れん。自分で出しといてなんだが、今の俺の声ってかなり険がある気がする。
「便利な道具でしょ? それ以外の何なんすか」
営業所に入る時にも同じことを試験官に訊ねられた。俺はその時と同じ答えを自然と口にした。するとそうだよな、と中條先輩が頷く。何なんだよ、ほんとに。半ば呆れた俺に中條先輩がごめんごめん、と笑って詫びる。
「ちょっと引っかかったから訊いただけだ。それならいいんだ。気にするな」
そう言って中條先輩は全く別の話を振った。話している間に俺の機嫌もすっかり直り、いつの間にか不快感を覚えたことも忘れちまった。
不快感を覚えたってのがどういう意味か、俺自身、気付くことも出来ないまま。