ちなみに呼ぶのに面倒なんで俺はこいつらに仮の名前をつけた。正式名称はI 3604 Twins RC1 TypeAとかなんだぞ。呼びにくいったらねえだろ。だから男性型の方が時雨、女性型の方が睦月。季節外れかも知れないが、他にいい名前を思いつけなかったんだよ。で、ずっと前に読んだ本のこと思い出して、その登場人物の名前を借りたって訳だ。……あー? オリジナリティがない? ほっとけ。
時雨は受け取った端末を早速操作してる。液晶画面に文書が表示されるタイプの読み取り専用の端末だ。一時期とても流行ったらしいが、今はもうこのタイプの端末は殆ど見かけない。今はずっと軽くて薄くなってるんじゃねえかな。
通常、システマは外部からソフトをインストールする際、ネットシステムを使用する。ディスク等を使うよりその方が断然速いからだ。が、どうも時雨の奴は視覚で情報を取り込むことが好きらしい。感情スイッチも入れっぱなしだからな。まあ、好みがあるならそれに従ってればいいんじゃねえの? 時雨はちょっと俯いてテキストデータを読み始めた。
「で、だ。睦月はこっちな」
「はい」
初めてこいつらの声を聞いた時はすげえ妙な気分になったっけな。時雨も睦月も人みたいな声を出すもんだからさ。いや、俺だって別のシステマと話くらいはしたことあるけどな。んでも、こいつらみたいに人っぽくなかったんだよ。独特の……そうだな。イントネーションを極力殺した感じって言えばいいか。でもこいつらの場合、聞いてても喋り方に少しも違和感ねえのな。
「これは、何ですか」
じっとテーブルの上を見つめて睦月が問う。やっぱりいつ聞いても睦月の声って綺麗だなあ。時雨も相当なもんだと思うが男だからかな。時雨の声は睦月よりちょっと低いんだよ。
「チェスだよ。知らない?」
俺はそう言いながらテーブルに乗せてあった玩具みたいなチェス盤を開いた。中に納まってた小さな箱を取り出してから盤をテーブルに置きなおす。二つの箱には白と黒の駒が分かれて入ってる。
「いえ。それは判ります」
生真面目な顔で睦月が頷く。俺はそれを見て思わず吹き出した。声を殺して笑う俺を見ていた睦月が首を傾げる。
「ゲームしたりしてたから、俺の頭の程度は判るだろ? それに合わせて相手してくれりゃいい」
俺だってまさかシステマにチェス勝負で勝てるなんて思っちゃいない。単に遊びだ、遊び。俺のレベルに合わせて相手してくれるだけでいい。俺はそう睦月に説明した。すると睦月が少し考えるように黙してから判りました、と頷く。
インターフェイスを外してこいつらと話を直にするようになって数日。ゲームにも飽きていた俺は、直接こいつらと話をする方が断然面白いことに気付いた。勝亦は最初はいい顔はしなかったけどな。今じゃもう、文句は言わなくなった。
俺が白、睦月が黒の駒を並べて勝負は始まった。まあ、勝負っつっても実際は睦月が俺に合わせてるんだけどな。しっかし絶妙な手加減だなあ。指してるうちに俺もちょっと本気になったりして。
こいつらの学習能力は驚くほど高い。最初は喋るって言っても大した会話なんぞ出来なかったもんだ。はいとかいいえとかの返事以外はしなかったな。んでも、喋ってるうちに段々と覚えて……うお。ちょい待った!
「ま、待ったなし?」
チェス盤を食い入るように見てから俺は睦月に訊ねた。すると睦月が静かに頷く。うう、容赦のない奴。俺は仕方なく負けを宣言して盤の上の駒を回収した。駒を新たに並べながら俺はもう一回と睦月を促した。睦月も頷いて白い駒を盤上に乗せ始める。
細い白い指が一つずつ駒を乗せていく様にいつの間にか俺は見とれてしまっていた。ぶかぶかのシャツの胸元に覗く素肌も白い。男物のシャツってのが間違いなんだろうな。ずれてくるんだろう。時々、睦月がバスタオルごとシャツの肩辺りをつかんで引っ張り上げる。何でバスタオルかって? そりゃ、睦月の髪が腰まであるもんでな。まだ濡れてるんだよ。
睫毛長いよなあ。そんなことを呑気に考えていた俺は、ふと睦月と目が合ったところで我に返った。
「能戸さん?」
「あ、ああ。ごめん」
睦月に声をかけられて、俺は我ながらみっともないくらい焦っちまった。慌てて笑顔を作って手の中に握ってた駒を並べていく。そうしつつ俺はちらっと時雨の様子を伺った。よし、本に夢中で気付いてないな。
……って、こいつらは二台で一台なんだってば。睦月が気付いてりゃ、当然時雨だって気付いてるに決まってる。自分の考えをそう心の底で否定してから目を上げる。うあ。睦月の奴、じっとこっち見てやんの。何か俺、変だったかな。
頭をかいて黙り込んだ俺を睦月はしばらく静かに見つめていた。その視線に耐えられなくなった俺はわざとらしいくらいに不自然に目を逸らしちまった。……なにやってるんだ、俺は。後悔するやら恥ずかしいやら、居たたまれない気分でいた俺に睦月がふと手を伸ばす。何事かと焦った俺の手の中から睦月は一つずつ黒いチェスの駒を取り上げた。俺の代わりに盤の上に駒を並べ始める。
ああ、他愛ないと思うよ、自分でも。人間にしたら十五歳くらいってところだもんな。睦月の見た目って。下手すりゃ犯罪ですかってな年頃だ。そんなことは百も承知だし、第一、こいつらはシステマだぞ。ばかげた話だってことは十分に判ってるつもりだ。
俺は自然と盤上に駒を乗せた両手を差し出した。テーブルに身を乗り出しかけていた睦月が椅子に腰掛け直し、俺の手から一つずつ駒を取り上げる。
うあ、駄目だ。
「あ、ごめん。ちょっとトイレ行ってくる」
そう言って俺は手の中に残ってた駒を盤の上に落とした。乾いた音を立てて落ちた駒を睦月が一つずつ拾い上げていく。それを尻目に俺は平然を装って部屋の端にあるトイレのドアを開いた。開発部の奴らがこもることがあるからなのか、部屋はシャワールームやトイレ、空調完備だ。いや、それはいいんだ、それは。