システマティックな少女と一般サラリーマンな俺   作:伊駒辰葉

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睦月が俺の部屋にいる 2

 ダンボール箱にガムテープで封をしてから一息つく。その頃にはまるで別の部屋のように俺の部屋は綺麗さっぱり片付いていた。拭き掃除に励んでいた睦月も今は手を休めている。

 

 こうして見ると俺の部屋って何もないのな。テーブル一つありはしない。あるのはモニタとゲーム用の端末、積み重なったゲームソフト、それにやばいもの詰め込んだダンボール。それっきりだ。スーツなんかは備え付けのクローゼットの中に入れてあるし、下着やシャツなんかも全部その中だ。睦月に言われて窓硝子も拭いたために俺の部屋は妙に明るくなっちまってる。ここに住むようになってそんなに経ってない気がしたが、意外と無駄な物って増えるもんだな。玄関の脇にはごみのでかい袋が三つほど置かれてる。

 

 いやあ、俺の部屋ってちゃんと床があるんじゃん。なんて無邪気に喜んでいる俺とは対照的に睦月はいつもながらの穏やかな表情だ。感情がない訳じゃないが、俺みたいにストレートに顔に出ないらしい。

 

「手伝ってくれてありがとな」

 

 何となく他に言いようがなくて俺は素直に礼を言った。すると睦月が少しだけ首を傾げる。どうやら言われた意味が理解出来ないらしい。そうか。確かに俺はこれまで睦月に礼を言ったことはなかったかも知れない。

 

「掃除だよ。掃除。睦月が手伝ってくれたから楽に済んだだろ」

「命令として受理しました」

 

 当り前の顔で睦月が答えるのを聞いて俺はがっくりと肩を落とした。違う、俺は睦月に命令した訳じゃない。頼んだだけだ。そう言いかけたところで俺はぐっと堪えて言葉を飲み込んだ。いかん。ここで感情をぶつけたところで睦月には理解出来ないだろう。睦月にしてみれば命令を受理して実行するのは当り前なんだから。

 

「どっちでもいいんだって。とにかく助かったよ。ありがとう」

 

 俺は睦月の目の前に座って視線を合わせてから、もう一度礼を言った。するとしばらく考えるように黙ってから睦月が頷く。どうやら納得してくれたらしい。ほっと息をついて俺は睦月に頷き返した。

 

 その日の夕方近くになってから俺は睦月を連れて買い物に出かけた。さすがに街中をインターフェイス着けて歩くのはまずいだろう。それに俺はシステマとしての睦月と歩くつもりなんざさらさらない。そんな訳で睦月はインターフェイスなし、俺もごく普通の格好で出かけることになった。

 

 地下鉄に乗るだけで案の定、睦月の奴は周囲の視線を浴びまくる。まあ、ついつい見ちまうくらいに見目が整ってるのは俺も認めるよ。だがどうも夕方ってのがまずかったらしい。少し混んだ電車の中で唐突に睦月がぐるん、と振り返る。……あーあ。幾ら睦月が可愛いからって痴漢はないだろう、痴漢は。特に恥ずかしがるでもなく、何ですかとじっと相手を見つめた睦月の視線に苛まれたのか、犯人であるらしい中年おやじはこそこそと別の車両に移動した。睦月、天晴れ。きっとあのおやじも今ごろ大反省してるだろ。比喩でなく、本当の意味で邪気のない睦月の視線ってある意味ではすげえ力があるのな。

 

 洗濯しても復活しそうにないカーテンを新調しようと、俺はまず最初にカーテンやらリネンやらが置いてある店に向かった。日用雑貨を豊富に取り扱っているテナントビルに入ると同時に睦月が唐突に足を止める。驚いた俺が声をかけてもじっとして反応しない。

 

「睦月?」

 

 通行人の邪魔かな、と不安になりながら俺は睦月に声をかけた。しばしの後、睦月が俺を見上げる。

 

「保有データのサーチが完了しました。以降、商品価格の比較対照が可能です。照合可能データ保有店舗数は百三十八です。データ保存エリアは」

 

 どうやら店の内容をぱっと見て調べ上げたらしい。俺は淡々と言う睦月の口を慌てて手で覆った。傍を通りかかった若いカップルが怪訝な目で睦月を見て過ぎる。あはは、と俺はその二人に愛想笑いしてから睦月にこっそり言った。

 

「そういうのはしなくていいから」

 

 小声で言った俺のせりふが効いたのか、睦月は少し眉根を寄せつつも口を閉じた。どうやら判ってくれたらしい。ほっと息をついて俺は睦月を連れてゆっくりとフロアに向かった。

 

 睦月に言わせるとインターフェイスがあれば入店と同時に瞬時にネットワークにアクセスすることが可能だという。大抵の店の入り口にはシステマ用の中継ポイントが設えてあるらしい。へえ、と感心した俺に睦月は小声で付け足した。

 

「市場が賑わえばそれだけポイントは増えます。この地域は特にIIS本社に近いこともあって、あらゆる箇所に設置されています」

 

 つまり俺たち営業がシステマを売れば売るほど中継ポイントは増える、と。まあ、そんなとこかな。睦月に言われるまでうっかり忘れてた俺も悪いが、生憎と今日は仕事をしに来た訳じゃない。俺はしかめ面で睦月にもういい、と言った。すると大人しく睦月が口を閉ざす。

 

「今日はそういう話は抜きにしたいんだよ。判るか? 仕事の話はしたくねえの」

 

 だからシステマもなし。そう俺が付け足したところで睦月が何事かを言いかける。だが俺はそれを制していいんだってば、と強く言った。俺の口調に驚いたのか、睦月が目を軽く見張る。

 

「普通に買い物しよう。普通に。な?」

「普通、ですか」

 

 えらく平坦に睦月が言う。だが俺はさして気にせずに頷いた。睦月にしてみりゃ初めてだもんな。戸惑っても不思議はないか。心配するなって、と励ますつもりで睦月の肩を叩き、俺は歩き出した。

 

 カーテンを選んでテーブル売り場に向かう。うん。テーブルくらいあってもばちは当たらんだろ。試しにどれがいいと訊ねると、しばし考えた後、睦月は丸く白いテーブルを指差した。へえ。シンプルなのが好きなんだな、と笑みかける俺に睦月は少しだけ首を傾げてみせた。

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