システマティックな少女と一般サラリーマンな俺   作:伊駒辰葉

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睦月が俺の部屋にいる 3

 荷物を抱えた俺を時折、睦月が振り返る。……何だ。俺がいちいち言わなくても人に気を遣うっての、理解してるじゃないか。そうだよな。睦月は生身なんだし、人らしくなるなんて簡単なんだよ。そんなことを考えながら俺は上機嫌で次の店に向かった。

 

 休日で賑わう街中を俺たちはのんびりと歩いた。睦月が時折、物珍しそうにショーウインドウに寄っていく。だが明るく笑ったりといったことはしない。静かに対象を見つめているだけだ。どうも感情の出し方が判らないらしいんだな。何度か思ったままを言ってみろと促してみたが、駄目だった。

 

 日が暮れてマンションに戻った俺は睦月に料理が出来るかと訊ねてみた。荷物を解いていた睦月が手を止めて少し考えるように黙る。

 

「どんな料理ですか。現在保有しているレシピデータはフレンチ、イタリアン、和食です」

「いや、そういうのじゃなくて」

 

 どう言えば判るんだ。誰も店で出されるような料理を食いたい訳じゃないんだ。俺は苦労しつつ何とか意志を伝えた。すると睦月がちょっとだけ眉を寄せて黙る。どうやら困っているらしい。

 

「アレンジメントのデータは保有していません。ネットワークで検索しますか?」

 

 ああ、違うんだよ。俺は別に完璧な料理を望んでるんじゃなくて。俺は頭をかいて言葉を濁した。くそ、何て言えば判るんだ。

 

「データとかネットワークとかはいいんだってば。そうじゃなくて」

 

 置いたばかりのテーブルの傍に座り、睦月がじっと俺を見つめている。その視線から逃げるように目を逸らして俺は小声で言った。

 

「……頼むよ。そういうのは止めてくれ」

 

 俺は睦月にシステマであることを望んではいない。そう言って俺はため息をついた。これでも営業部にいるんだ。システマが欲しければ格安で手に入れることくらい出来る。

 

 しばし黙った後で睦月が言った。

 

「でも私はシステマです」

 

 いつもなら穏やかな綺麗な声だと思ったのだろう。だがこの時の俺には睦月の声が酷く冷たいものに思えた。慌てて目を戻した俺はそこに睦月のいつもの表情を見止めて言葉をなくした。

 

 違う。だってお前はこんなに人にそっくりじゃないか。そう言いかけて止める。そうだよな。すぐに理解してくれなんて無茶な話だよ。何しろ睦月はずっとケースの中にいたんだ。人の大勢いる街に出たのも今日が初めてだろうし、電車に乗ったり喫茶店に入ったりも初めてだっただろう。そんな睦月にいきなり人になれなんて、そりゃあ無理ってもんだ。

 

 俺は自分の考えに納得して頷いた。そもそも開発の連中が睦月を人扱いするはずがない。あいつらは根っからのシステマ好きだからな。そんな奴らにこれまでずっと囲まれてたんだ。もし、開発の奴らが人として睦月に接していたら違っていただろう。考えを巡らせていた俺は顔をしかめた。もしかして開発部長はだから賭けなんて言い出したんじゃないか? 絶対、無理だって思ってたからこそ、あんなに簡単に睦月を連れ出させてくれたんじゃないのか。そう考えると開発部長の行動も納得がいく。

 

 そうはいくか。俺は脳裏に浮かんだ開発部長の顔を追い払った。睦月は誰が何て言おうと生身の普通の……。

 

「能戸さん。大丈夫ですか? 具合が悪いなら休みますか?」

 

 黙りこんで俯いた俺を気遣ったのだろう。睦月がそっと話し掛ける。ほらみろ。こうして気を遣ったりすることが出来るんだぞ。下手な人間と比べりゃ、よほどちゃんとしてるじゃねえか。

 

「大丈夫だ。ちょっと考え事をしてただけだから」

 

 笑顔で睦月にそう答えてから俺はふと気付いた。こんな風にごく自然に笑ったのっていつぶりだろう。そういえば近頃は営業に出て愛想笑い、飲みに行ってばか笑いくらいしかしたことがない気がする。睦月や時雨と一緒にいる時だけ、俺はこんな風に笑ってるんじゃないだろうか。

 

 ゲームを一緒にして、本を読んで、時々は冗談を言う。些細なことなのに何で俺はあんなに楽しいと思っていたのだろう。睦月も時雨も表情には乏しいが、それなりに楽しんでいたような気がする。

 

 睦月は普通の女の子だよ。その辺にいる女の子とどこが違うってんだ。

 

「飯、作るか」

「え、でも」

 

 睦月が戸惑いの声を返す。俺は大丈夫だと笑ってキッチンに向かった。後ろからついてくる睦月に言う。

 

「俺が作るから手伝ってくれ」

 

 さあて。何年ぶりかな。まずは材料を揃えるところからか。近頃は外食で済ませてたから、冷蔵庫はビールを冷やすだけの倉庫みたいになっちまってるが大丈夫だろ。全部洗わなきゃならんだろうが、包丁もあるし食器も一応はある。簡単な飯くらいなら作れるだろう。算段しながら俺は睦月の手を引いて再び外に出た。

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