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整然と並んだ机を眺めて俺はため息をついた。やっぱり俺が最後らしい。くそ、と呟いて俺は自分の席に向かった。週末ということもあってみんなは飲みにでも出かけているだろう。何で俺だけが、と口の中で文句を垂れてみる。
上着を脱いで椅子に引っ掛けてから薄型の端末を鞄から引っ張り出す。机の端に置いた物入れには携帯用の電話が山と積まれている。一つずつ着信履歴をチェックしつつ端末の電源を入れたところで俺は椅子に腰掛けた。
俺のいる会社というか、この営業所は本社ビルの三十五階にある。本社のビルの中にあるってのに、わざわざ西江田営業所って名前がついてるのは俺も不思議に思ってるところだ。しかも俺の所属する西江田だけじゃない。このビルの三十四階と三十六階にはまた別の営業所が入ってたりする。でも営業所って名前がついてるんだから営業エリアが被っちゃまずいだろ。普通はそう思うよな。ところが何故かこの三つの営業所の営業エリアは全く違うんだな、これが。じゃあ、でかい一つの営業所にしちまえよ、とも俺は思うんだが、まあ、お偉いさんの考えることは俺らみたいな底辺の人間には判んないってこったな。俺も未だにその理由は知らない。
今日の営業日誌をいつものように苦心しながら書く。これ、よく思うんだが無駄なんじゃないだろうか。営業日誌ってのは今日一日で回った営業先を書いて、客の手応えなり、商品の売れ行きなりを書き込むわけだ。が、そんな真似しなくてもシステマが何台発注されたとか、何台売れたってのは商品管理システムが全部チェックしてる。つまり、わざわざ営業の俺らが日誌なんぞ書かなくても、誰がどこでどれだけ商品を売ったなんてことは事細かにチェックされるってことなんだよ。
唯一違うのは、俺たちが書いたこの営業日誌は社内の誰でも見られるってことか。つまり下手なことを書けば、上司やライバルの営業所の連中に見つかって自分の首を締める羽目になるってことだ。頭の中ではじき出した結論にうん、と頷いて俺は画面に目を戻した。
薄い端末越しに見慣れた光景が目に映る。システマの小売店の奥まった場所では当り前に見かける光景なんだが、俺はつい何となく硝子の壁の向こうをじっと見つめてしまった。硝子の壁で仕切られた小さな部屋に置いてあるのは一台のシステマだ。このシステマがうちの営業所のデータを全部管理しているのだ。
この営業所に配属された新人は、まずこのシステマを見て仰天する。変な話だ。今ではもう、一般家庭でも買えるほどに値段は下がっているというのに、大抵はこのシステマに新人はびびるのだ。そりゃ当然だ。何しろうちのシステマは管理者の趣味でまるで人のように着飾られているのだ。一見するだけなら幼い子供にしか見えないモノがシステマだなんて、俺だってぱっと見には信じられなかったさ。
これがうちに来る新人の一の試練ってわけ。つまり、システマと人は明らかに違うのだと研修で叩き込む傍らで、各自の耐久度を試してるってこと。ちなみにうちのシステマは感情スイッチはもちろん入ってるし、当り前の話だが人と同じように食事もすりゃ排泄もする。昼休憩になれば社員と同じように飯も食いに食堂に行くし、トイレもシャワーも使うってことだ。
まずこの段階でシステマがシステマに見えなくなる奴が出てくる。まあ、所定のカバーに突っ込んでないって時点で営業所長の悪意を感じるけどな。で、商店街の入り口でたむろしてたおばちゃんみたいなことを言い出す奴が出てくる訳だ。そうなった奴はその時点でくび。つまり、ろくに仕事も出来ない奴と判断される。
要は人形と同じなのだと俺に最初に言ったのは先輩の中條って人だった。どうしてもシステマと思えないなら、人と同じ動きを模す人形だと思う方が早い。理屈的にはシステマと観賞用であるところの人形では全く異なるのだが、それでもくびになるよかましだろう。そう言って笑ってた中條先輩はこの営業所では成績は常にトップ。あくのないどこにでもいるようなタイプの容姿してる癖に、営業成績だけはすこぶるいいんだよな、中條先輩は。二位以下にめちゃめちゃな差をつけたぶっち切りの一位だ。ちなみに俺の成績は……言うまい。何か空しくなる。
俺の場合は実にあっさりとこのシステマをシステマと認識してしまった。ほら、よくいるだろ。物に妙な執着を持つ奴。俺ってどうもそういうタイプではないらしい。システマを愛でる趣味もなけりゃ、個人的に収集する趣味もない。ついでに言えば人間と同じカッコをさせて連れ歩くって趣味もない。どう転んだってシステマは道具以外の何物でもない。道具に夢見る趣味はないね、俺は。
システマが世界を危機から救って十年足らず。専門家用に作られたはずのパーソナルコンピュータが、家庭に当り前の顔で入ってきた時と似ているんじゃないかな。最初はシステマも家庭とはかけ離れたところで開発された。システマの基礎理論を構築したのは有名な何とかって博士らしいが、俺の耳はその辺りのややこしい話についてはざるだ。勝亦の奴に何度も聞いたんだが、右から左に耳を素通りしちまう。
ただこれだけは俺にも判る。システマってのは本来は研究機関でプロが使うために開発されたんだと。でもそれがとある国の軍部の人間に知れて、試作機が一台だけ外に出ることになった。その一台ってのが世界を救った例のシステマだ。
硝子の壁の向こうに居るシステマに表情はない。だがシステマには人と同じ五感がある。クライアント次第だが、その気で学習させればシステマも泣いたり笑ったりするらしい。……らしいってのは、俺自身も聞いた話で試したことなんざないってことだ。もし個人でシステマを持ってたとしても俺だったらわざわざそんな面倒な真似はしない。便利な道具としてきっちり活用出来ればそれで十分だ。道具を擬人化しちまう連中ってのの気持ちはやっぱりどう転んでも俺には判らん。
俺がここまでむきになって道具道具と主張する理由は簡単だ。開発の勝亦って奴は学生の頃からの腐れ縁なんだが、こいつがまた根っからのシステマ狂いなんだよ。昔からコンピュータとかが好きな奴だったんだが、システマが世に知れた時、俺の周りではこいつが一番喜んでた気がする。
今からきっと面白い時代になる。あいつの言った通りかどうかは知らないが、現実にシステマは世間に認知され一般社会に出てくることになった。そして明るく派手な生活を望んだ俺と、システマに関わることを望んだ奴は大学まで同じになった。……正直なところ、まさか職場まで同じになるとは思わなかったがな。ここまで来ると腐れ縁としか言いようがないだろ。しかも同じ本社ビルで勤務、その上、何かと仕事上で関わりあるってのは……もう、何て言うんだ? 腐れ縁ってレベルすら超えてるんじゃないかと俺も時々思う。
文章がみっちり詰まってるので、苦手な方はごめんなさい。
分けてます~(2020/11/19現在