システマティックな少女と一般サラリーマンな俺   作:伊駒辰葉

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起承転結の転です。
ここからがらっと変わります。


走り出す 1

 昨日までの天気はどうしたんだってくらい、その日は朝から酷い雨になった。一本きりしかない傘をさして睦月と一緒にマンションを出る。

 

 結局、睦月は俺の問いには答えなかった。だが俺はもう一度同じ質問を繰り返す気にはならなかった。前の日と同じように他愛ない話をしながらチェスをしていても、俺の頭からあの睦月の悲しそうな微笑みは消えなかった。

 

 で、朝起きて俺は何事もなかったような態度を通し続けた。んで、朝飯もろくに食う暇がなくて俺は慌ただしくスーツを着た。睦月は昨日のワンピースだ。あ、ちゃんと洗ったんだからな。洗濯しても平気な生地で助かったよ、ほんと。

 

 最寄駅まで歩いただけで俺たちは半身が濡れちまった。さすがに一本の傘に二人はきつかったな。でもまあ、俺は上着を脱げば済むことだしな。睦月は可哀想だったが仕方ないだろう。

 

 俺は開発部長に言われた通りに会社について真っ先に四十二階に向かった。指定された時間は始業時間より大分早い。睦月を人の目に晒さないようにっていう開発部長の配慮なんだろ。おかげで朝飯は食いはぐれたが。

 

 エレベーターの扉が開く。そこで俺は目を見張った。扉の向こうに何故か時雨が立っていたのだ。俺は慌てて持ってた紙袋を探って時雨の分の服を出した。時雨の奴、何で裸のまんまで突っ立ってんだよ! ほら、ちゃんと着ろよと俺が差し出した服を時雨は受け取らない。苛立ちにも似た物を覚えて俺は顔をしかめた。

 

「服は必要ないだろう」

 

 不意に横から声が聞こえてくる。ぎくりと肩を竦めた俺は声のした方を向いた。左に大きく折れた廊下の向こうから開発部長が歩いてくる。驚きに言葉を失ってた俺は慌てて挨拶した。おはよう、と笑顔で答えた開発部長が俺の横に立つ睦月をまじまじと見つめる。

 

 開発部長に促されて俺は睦月と時雨と共に調整室に向かった。俺も一応はカードを譲り受けたけどな。今日は開発部長のカードで俺を通してくれているらしい。俺の少し先を進む開発部長が時折、左右に軽く手を振る。その手に握られているのは名刺ホルダーだ。何度も勝亦にここに連れてきてもらったおかげで、俺もすっかりポイントの位置を覚えちまったな。右、左、左、と俺は無意識に廊下の壁を見た。おお、俺の記憶力もなかなか。俺が視線を動かすのとぴったり同じタイミングで開発部長はカードの入った名刺ホルダーを壁にかざしてる。

 

 調整室に入って真っ先に開発部長は二人を並べて椅子に座らせた。何をするんだろう。俺は緊張しながら二人の様子を見守った。だが睦月も時雨も特に何かをする訳でもない。じっと座ってるだけだ。

 

 ゆらりと時雨が立ち上がったのは二人が腰掛けて五分も経たない頃だった。ケースに戻すのだろう。時雨と一緒に開発部長がドアの向こうへと消える。俺は声をかけられず黙って二人が出て行くのを見送った。

 

 多分、俺は賭けに負けたのだろう。それは結果を聞く前から判っていた。椅子に一人残った睦月を俺はしばし見つめた。人になりたくないのか。もう一度睦月に訊ねてみたかった。

 

「あのさ。今の、何だったんだ?」

 

 だがあの悲しそうな笑みを思い出すとどうしても訊けない。俺の口から出たのは全く違う話だった。睦月が真っ直ぐに俺を見つめて言う。

 

「TypeBにデータをコピーしました」

「え? インターフェイスなしで?」

 

 驚いた俺は目を見張って睦月を見つめ、次いで硝子窓に駆け寄って青い液体の満ちたフロアを見た。開発部長に連れられた時雨がケースに足を踏み入れる。ケース内に満ちた青い液体の中に沈んでいく時雨の様を俺は呆然と見ていた。

 

 2wayタイプのシステマは、互いでデータのやり取りをする際にはインターフェイスを用いる必要はないのだという。それがこのRC1の利点なのだと睦月は淡々と語った。確かにリリースされた方のRC2は二台の間でデータ送信する際にもインターフェイスが必要になる。だがインターフェイス自体を外すことの方が稀なため、客に意識させるようなことはないだろう。

 

 二台で一台の意味が初めて判った気がした。俺は力なく笑って窓の外を見つめた。時雨はもうケースに戻ってしまっている。ケースの蓋を閉じた開発部長が歩き出す。

 

「さて、ではスキャンしてみよう。賭けの勝敗を確かめねばな」

 

 戻ってきた開発部長が呑気に言う。俺は一対のインターフェイスを取り上げた開発部長に軽く頭を下げた。

 

「いえ、俺の負けだって判ってますから。それじゃ、失礼します」

 

 早口でまくし立てて俺は開発部長の顔も見ずに歩き出した。

 

 賭けの内容は酷く単純だった。睦月を人にすること。それだけだ。だが俺はどうしても賭けに勝った気がしなかった。俺がもしも賭けに勝ったら開発部長は睦月をくれると約束していたのだ。睦月だけじゃない。時雨も一緒にだ。だが多分、このおっさんは俺が賭けに負けると最初から判っていたに違いない。そして俺はこの通り、負けた屈辱を味わってるって訳だ。畜生。

 

 苛々しながらカードの入った財布をガードのポイントにかざす。廊下を足早に過ぎた俺は一人でエレベーターに乗ってオフィスに向かった。ばかばかしい話だよな。最初から負けるって判ってりゃ、俺だって賭けなんぞに乗らなかったのに。そこまで考えてから俺は自分の考えに首を捻った。本当にそうかな。そんな疑念がわく。

 

 負けると判ってたら最初から勝負なんてするはずがない。そうに決まってる。心の中を行過ぎた妙な疑問を払って俺は頷いた。そう、きっとどうかしてたんだな、俺は。そう心の中で言いつつ俺はオフィスに入った。机についてため息をついたところで誰かが俺を鋭い声で呼ぶ。

 

「能戸! ちょっと来い!」

 

 俺は剣幕に仰天して慌てて立ち上がった。そろそろ始業時間ということもあってオフィスには続々と人が入ってくる。その中の一人、長根所長が呼んでいるのだ。俺は嫌な気分になりつつも大人しく所長に言われるままにフロアの奥に向かった。所長が乱暴に応接室のドアを開ける。どうやら本格的に俺を絞るつもりらしい。

 

「荒れてるなあ、所長。何をやったんだ?」

 

 通りかかった中條先輩が呆れたように俺を見る。俺はため息をついて首を横に振った。

 

「知らないっすよ」

 

 俺だって訊きたいくらいだ。その意味をこめて機嫌悪く答えてから俺は所長が待ち構えている応接室に入った。一応、秘密保持のためにこの部屋の声は外には漏れない設計にはなってる……んだが、さすがに全力で怒鳴ると聞こえるんじゃないかな。だが俺のそんな心配を余所に所長がいきなり俺を怒鳴りつけた。

 

「この馬鹿め! お前、自分が一体なにをしたか判っているのか!?」

 

 判らんすよ。思わず俺は素でそう答えそうになった。おっと我慢、我慢。ここで言い返したところでろくなことにならないからな。

 

 所長の怒鳴り声を聞いているうちに俺の顔は強張った。どうも所長は俺が睦月を会社から連れ出したことについて怒っているらしい。こいつ、どこからそんなことを聞きやがった。怒りに近いものを覚えた俺の耳にそれ以降の所長の言葉は全く入らなかった。はいはい、すみませんね。要するに全部俺が悪いって結論にしちまうんだろうが。何でもかんでもこっちに押し付けやがってよ。八つ当たりじゃねえって保証、あんのかよ。

 

 そもそも、睦月を賭けの対象にして俺に連れ出させたのは開発部長だろうが。そう俺が思ったところでタイミングよく所長が喚いた。

 

「よりにもよって営業の人間が開発の人間と癒着してどうする!」

「はあ?」

 

 癒着ってなんだよ。俺は思わず相手が上司ということも忘れて荒い声を返した。しまったと口を押さえた俺を所長が呆れたように見る。所長は俺が言い返すとは思ってなかったんだろう。しばらくばかにしたように俺を見てから鼻で笑いやがった。……このやろう。

 

「まさか気付いとらんのか、お前は」

「だから何がっすか」

 

 このおっさんの性格もいいかげんどうにかなんないかな。変なところでもったいぶる癖をどうにかしろよ。むかつく上に苛々するんだよっ。

 

「開発部の部長は人事部長と繋がっとるんだ」

「は?」

 

 俺の口から飛び出した声は今度はえらく間が抜けていた。座れ、と仏頂面で言ってから所長がどかん、とソファに腰掛ける。俺は恐る恐る所長の前に回ってソファに腰を下ろした。喉が痛いと文句を言いながら所長がネクタイを緩める。そんなもん、俺が知ったことかよ。好き放題怒鳴ってたのはあんただろが。

 

 俺を怒ることにも飽きたのか所長はさっきまでとは違い、ごく普通の口調で説明した。どうやら開発部長と人事部長が繋がってるってのは、本社では割と有名な話らしい。知らないのはお前くらいだ、なんて嫌な言葉まで所長の口から飛び出す。くそ、あんたは説明してるのか、厭味を言ってるのかどっちなんだ。

 

 営業たる者、情報収集も仕事のうちと思え。苦い顔で言って所長がため息をつく。つまり何か。知らなかった俺の方がおかしいと言いたいのか。無意識のうちに顔に出てたんだろうな。黙ってた俺を見ながら所長が、この程度のことは知ってて当然なんだと言いやがる。くそ、人の表情を読むのだけは上手いんだよ、このおっさんは。だから俺への説教もいつも長引くわけで。

 

 いや、今はそんなことはいいんだ。開発部長の奴、どうやら俺を最初から嵌める気でいたらしい。所長はそう説明してやれやれとため息をついた。

 

「だから中條に言ったのに」

「中條先輩?」

 

 何でここで中條先輩の名前が出てくるんだよ。俺は表情を作るのをやめて訝りに眉を寄せた。顔をしかめた俺を見ながら所長がまたため息をつく。

 

「能戸。中條がボランティアでお前に忠告しとったと思うのか」

 

 こら待て、おっさん。俺は本気で不快感に顔を歪めた。てめえ、中條先輩は関係ねえだろうが。……って、ちょっと待てよ。忠告?




主人公、走ります! 精神的ではなく物理的に!w
OPとかEDで走るアニメは流行るという掟が(違

主人公、ナチュラルに携帯電話で通話してますが、今時の企業はガラケーもスマホも持ち込めないところが多いと思います。
営業用だとしたらギリギリありでしょうか(汗)

いっそのこと携帯用端末にした方がいいのかなと思いましたが、企業の今時とズレるのでそのままにしました。


でもって中條先輩、変貌!w
書いてる時はそんなことになるとは思ってませんでした。
プロット切らないので。

今時のテンプレをガン無視した話ですが、少しでも楽しんでもらえると嬉しいです。
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