この辺りから予約投稿にしています。
一日一話くらいのペースで更新します。
苛々しながらエレベーターを待って飛び乗る。四十二階で降りた俺は白い廊下を走った。全力疾走なんて何年ぶりだ? 財布を片手に走りながら俺は営業で足を鍛えておいて助かった、なんて阿呆なことを考えてた。
例の部屋にたどり着いた俺を待っていたのは勝亦と睦月と時雨だった。そうか。勝亦の奴、ここから電話してきたのか。
「て、てめー……どういうつもりで」
息を切らしながら俺は勝亦を睨みつけた。だが勝亦は動じる事なく俺の方に睦月と時雨を押す。二人はためらいがちに勝亦を見てから俺に歩み寄った。
「頼む。システマを持って逃げてくれ」
勝亦が妙に真面目な顔で言う。あー、くそ。どうせ俺は逃げるしかねえんだろ。舌打ちをして俺は判ったよ、と返事した。でも言っとくが俺は断じて盗みなんぞしてねえからな。そう念を押すと勝亦は重々しく頷いた。……いやまあ、これから盗むんだけどな。
ケースの中に納まっていたはずの時雨は服を着ているし、睦月は今朝の格好のままだ。これなら連れて行っても人に疑われることはまずない。
行くぞ、と声をかけて俺は二人を連れて部屋を駆け出した。誓って言うが、俺はただの営業の端くれで、日頃体力を使う仕事をしている訳じゃない。デスクワークの勝亦よりちょっと体力がある程度で、その他の運動能力は会社に詰めて働いている人間と似たようなもんで……。
廊下を駆け抜けてエレベーターに飛び乗り、下手な奴と鉢合わせたらやばいってんで途中から階段使って……はっきり言って疲れる。俺は地下に辿り着く頃には肩で息をしていた。運動能力が低下しています、と淡々と時雨に指摘されたり、睦月に心配されてる時点で俺も自分の体力のなさを痛感したけどな。
「私は残ります」
地下鉄の駅の改札前でぜいぜいと息を切らしていた俺に時雨がさらっと言う。ちょ、ちょっと待て! 何でそうなる! そんな俺の文句にこれまたあっさりと時雨が答えてみせる。
「能戸さんの運動能力だと、こちらでかく乱した方が逃げやすいでしょう。それに能戸さんのデータ消去を行う必要があります。現在フリーで社内の全システマにアクセス出来るのはTypeAと私だけです」
きっぱりと言って時雨が踵を返す。待てよ、という俺の声を無視して時雨は来た道を駆けていく。追いすがろうとした俺の腕を唐突に睦月がつかむ。
「行きましょう、能戸さん。TypeBなら大丈夫です」
「いや、でもだな。俺は勝亦にお前らのことを頼むって」
「心配ありません。TypeBはビル内の人間の位置をスキャニング可能ですから」
だから捕まりません。そう言って睦月が俺の腕を引く。俺は睦月に手を引かれるままに歩き出した。
カードは出来るだけ使用しないでください。睦月の忠告に従って俺は地下鉄の乗車券を二人分買った。とりあえず逃げるつもりなら荷物を取って来ないとまずいだろう。俺は真っ先にマンションに向かった。今朝のままの状態になってた部屋に駆け込んで慌ただしく荷造りをする。とは言ってもどうしてもって物しか鞄に詰めなかったが。
五分もかからず荷造り出来たのは俺にしてみりゃ快挙だな。慌ただしく着替えを済ませて逃亡準備完了。睦月の急かす声に返事をしながら俺は部屋を後にした。ほとぼりが冷めたらまた戻ってこれるだろう。
しかしこんな具合に逃げたら余計に俺は疑われるんじゃないのかね。地下鉄の駅まで走りながら俺はそうぼやいた。すると睦月が大丈夫です、とやけに自信たっぷりに言う。今日の睦月はインターフェイスを着けたままだ。すれ違う人が時折、珍しそうに睦月を振り返るが、構ってる暇はねえ。
「何で大丈夫なんて言えるんだよ」
改札を抜けて電車を待つ間、俺は呼吸を整えつつ睦月に訊いた。睦月はほんの少し黙ってから答える。
「開発部、人事部、総務部、営業部、経理部は混乱に陥っています。現在は能戸さんの所属する西江田営業所のみが正常に機能しています」
小声で言ってから睦月が俺をまっすぐに見つめる。その目はいつものように穏やかだ。俺は驚くのが精一杯で返事が出来なかった。もしかして時雨の仕業か。辛うじて俺がそう言えたのは、ホームに電車が滑り込んできた時だった。はい、と睦月が頷く。だがどうやら時雨の仕業だけではないらしい。システマを混乱させているのは確かに時雨だが、人づての情報を乱しているのは他の人間だという。電車に乗り込んで空いた席に腰掛けてから、俺は睦月に話の続きを促した。
本社ビル内に置かれたデータ管理サーバーは先日、うちの新商品のI 3604 Twinsに変更された。だが片方が壊れた場合に機能しなくなる商品ということで、バックアップ用にあと二台、システマが完備されているらしい。合計四台のシステマがデータ管理をしているらしいのだが、時雨はその内の二台の通信システムに割り込み、とあるソフトを強引にインストールさせたのだという。そのソフトを作ったのは勝亦らしい。
「本来はテスト用のソフトですが、該当ソフトをインストールされたシステマの計算速度は急激に落ちるという副作用があります。プログラムの説明をしますか?」
「いや、それはいい」
他の乗客に聞こえないほどの小声で話す睦月に俺は首を振ってみせた。どうせ聞いても判らんだろう。
「管理サーバーの処理速度の遅延が原因で各部署は混乱していますが、復帰作業を開始しましたので本日午後には通常業務が可能になるでしょう。人間同士の情報のやり取りに関しての乱れは主原因が判明していません。恐らく故意に事態を混乱させているものと考えられます」
すらすらと言う睦月を俺は驚きの目で見た。この間と印象が違うのは、たぶん今の睦月がシステマとしての機能を使っているからだ。
「今回の事態は管理サーバーのトラブルが原因であるという結論を首脳会議は出しました」
どうやら俺が睦月を盗み出した件どころの騒ぎじゃなくなってるらしい。やばいじゃないか、それ。俺は思わず呻いた。何もそんな大騒ぎにしちまうつもりはなかったんだ。本社のサーバーがダウンすれば、実質上、顧客の持つシステマのネットワークシステムも使えなくなる。ちまちまと連れ歩いて遊ぶ程度でも情報ネットワークを使用する場面は多いんだ。そうなったらクライアントが黙っていない。俺が苦しい気分で言ったことを睦月があっさり否定する。
「いいえ。クライアント用のサーバーは別サーバーです。データ管理サーバーとは実質繋がっていません。ですからクライアントのシステマの使用には問題ありません」
「そっか。それなら安心だな」
そう答えてから俺はめいっぱい顔をしかめた。安心じゃねえよ! なに言ってるんだ、俺は! 本社が大混乱してるってのには変わらんだろうが! 俺は心の中で自分をそう叱りつけた。今は自分が逃げることだけ考えればいいんだよ。他のことなんざ知ったことか。
そう思おうとしたところで俺は出来なくなってる自分に気がついた。くそ、所長の奴、余計なこと言いやがって。あんな言い方されたら、おべんちゃらだって思ってもどうしても客のことが気になっちまうだろうが。違う、俺は楽して稼ぎたいんだよ。仕事は嫌いなんだ。営業なんてたるくてやってられねえんだよ。
そのはずなのに。
「くそ、絶対所長のせいだ。恨んでやる」
憎まれ口を叩いてから俺はふと気付いた。そういえば睦月の情報はやけに詳しいが、もしかしてネットワークにアクセスしてるのか。思ったままを訊ねると睦月は頷いた。
「ひょっとしていけませんか」
ほんの少し眉を寄せて睦月が問う。俺はいや、と慌てて首を横に振った。例えばいま手持ちの携帯端末を立ち上げた程度では会社の内情を探ることは出来ない。外部から会社の握る管理データを覗くことはほぼ不可能に近いのだ。それが睦月に可能なのは恐らくシステマだからだ。
運動能力が低いと時雨に言われる主人公w
営業は足で稼ぐとは言ってましたが(昔)、実際にはそこまで歩くことはないと思います。
地方だと車で移動、首都圏などでは電車も使うのではなかろうかと。
今はネット周りが充実していますので、メッセージなどでもお客様と話が出来ますね。
昔ながらのやり方のところは電話とか実際に行くとかになるかも?
……いや。
メールとかメッセージのが証拠が残(略
いざという時に有(略
げほんげほんw