システマティックな少女と一般サラリーマンな俺   作:伊駒辰葉

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逃避行 2

 いや。時雨の言ったことを信じるなら、システマだからってことじゃないのかも知れない。時雨は社内の全システマに自由にアクセス出来るのは自分と睦月しかいないと言った。あれは俺を安心させるための気休めなどではなく、多分、事実だ。学習させれば話は別だが、システマは基本的には嘘は吐かない。初期状態ではそういう概念が存在しないのだ。

 

 勝亦はRC1が自信作だと胸を張っていた。奴が俺にはったりをかます理由はどこにもない。勝亦がそう言ったのなら、事実そうなのだろう。だが実際にはRC1はリリース直前になってRC2にその立場を取って代わられた。俺は勝亦から聞いた話や開発部長が漏らした話を記憶から引っ張り出した。開発グループのリーダーは会社を辞め、工場はてんてこ舞いになった。リリースされたI 3604 Twins RC2は異様な勢いで売れ、うちの営業所は嬉しい悲鳴を上げた。だが開発部長は言ったのだ。

 

 RC1は初期型システマに近づけるというコンセプトで作られた。もし、睦月と時雨が初期型のあのシステマに外見だけではなく、中身も近かったとしたら。そんなものがいきなり市場に現れたら。そもそも、何故、RC1は土壇場でRC2に取って代わられたんだ?

 

 睦月と時雨がリリースされて困るのは誰だ。少なくとも客でないことは間違いない。客は多少は値が張ると言っても本当に2wayを理解すればその良さも判るだろう。代わりに発売されたRC2はぱっと見凄そうに見えるんだが、いざという時に驚くほど脆いのだ。考えてもみろ。一台倒れたら二台とも使えないなんて、じゃあ二台で買う意味なんてないじゃないか。処理速度と安全性。そのどちらを取るか客に直に聞けばいい。今日日の客が速度重視で安全性を完全に無視なんてする筈がない。そこまで客はばかじゃねえんだよ。そんなこたあ、客に直に接してた俺たち営業が一番よく知ってんだ。

 

 俺は電車の床を睨むように見ながら考え続けた。頭脳労働はお前の担当だろうがよ! なんて、ここにはいない勝亦に心の中で文句を言ってみる。だが脳裏に浮かんだ勝亦は残念ながら俺を助けてくれそうにない。くそ、自分で考えろってか。

 

 もしも睦月と時雨がリリースされていたら。俺は持ち得る客の情報をありったけ頭の中に引っ張り出して考えてみた。くそ、何か恥ずかしいけど所長の言葉を信じてやるよ。んな訳で、最後に……俺の意見を加えてみる。

 

 市場が荒れる。

 

 俺の中でその解答が出たのは、降りる駅に着いた時だった。出足は悪いかも知れないが、確実にRC1は市場を荒らしてしまうだろう。俺は睦月に促されて慌てて電車を降りても考えを巡らせていた。俺の手を引いて睦月は無言で歩いている。

 

 これが例えば弱小企業ならいいんだよ。小さな会社が限定数だけ作った代物なら、市場が荒れるまでにはならない。コレクター等の顧客が買ったらおしまいだ。だがうちは大手だ。勝亦が言った通り、製造コストもぎりぎりだが予算内で納まっていたのだろう。それなら数を作らない理由がない。売れるものなら確実に大量生産に踏み切る。

 

 改札を抜けたところで不意に睦月が強く俺の手を引く。慌てて目を上げた俺は急に足を止めた睦月にぶつかってしまった。そこで初めて気付く。……ここ、どこだ?

 

「とりあえずお茶を飲みませんか?」

 

 焦って周囲を見回してた俺に睦月が小声で言う。普段ならすぐに誘いに乗ったんだろうな。でも今、俺たちは逃げてる最中な訳だ。

 

「何で」

「こっちへ」

 

 意外に強い力で睦月が俺の手を引く。半ば強引に駅構内の喫茶店に入らされて俺は何気なく振り返った。閉じたドアの硝子窓の部分の向こうをスーツ着た男が数人、慌ただしく駆けていくのが見えた。あぶねっ。もしかしなくても見覚えあるぞ、あいつら。うちのオフィスにたまに顔を覗かせてた企画部の連中だ。

 

「……ぶねー……」

「早く座りましょう」

 

 睦月に背中を強く押され、俺は何度か頷いて店の奥に向かった。俺たちのついたテーブルに来たウェイトレスに睦月がアイスコーヒーを二つ注文する。あの……俺、まだメニュー見てたんですけど……。

 

「能戸さん。もしかして居場所が特定出来る物を持っていませんか。追っ手が来るのが早すぎます」

「は?」

 

 テーブル越しに身を乗り出した睦月に言われて俺は目を丸くした。ちょっと待て。さっきの連中が俺を追ってるらしいのは判るが、それが俺のせいって言いたいのか。顔をしかめて睦月に訊くと、おもっきり頷かれちまった。だが不満なんて言ってる場合じゃねえな。俺は隣の椅子に荷物の入った鞄を据えて中を探ってみた。俺の部屋から持ち出したものにそれらしいものは含まれてない。となると。

 

「これか」

 

 俺は思い当たって慌てて財布を出した。運ばれてきたアイスコーヒーを端に退け、財布の中身をテーブルの上にざらっと出す。その中から睦月は一枚のカードを取り上げた。やっぱりか。俺が小声で訊くと睦月が黙って頷く。

 

 テーブルから取り上げた白いカードを睦月がさりげなくソファの間に挟む。おいおい。呆れて見ていた俺を睦月がまっすぐに見つめ返し、何ですかと問う。その目に邪気は全くない。……のだが、それってやばいんじゃないのか? だが俺が呆れて見守る中、睦月は指先でカードをソファの隙間の奥に突っ込んじまった。

 

「さあ、行きましょう」

 

 行きましょうっておい。俺は睦月とテーブルの端に置かれたアイスコーヒーを見比べた。

 

「いや、まだ一口も飲んでないんだが」

 

 睦月はだがその返事が聞こえていなかったのか、さっさと立ち上がって俺の腕を取った。くそ、折角のアイスコーヒーだ。俺は立ち上がりながらグラスをつかみ、一気に中身を飲み干した。空になったグラスをテーブルに戻して鞄を引っつかむ。睦月に引きずられるようにして俺はテーブルを後にした。こんな飲み方じゃ、味なんかさっぱり判りゃしねえ。

 

 支払いを済ませた俺の視界の隅を何かが行過ぎる。俺は反射的にドアの向こうに目をやった。あれ? あいつらってさっきの……。

 

「今のうちに早く」

 

 ドアを開けた睦月がさっさと歩き出す。俺は行き過ぎた連中に見つからないよう注意しながら睦月の後を追った。

 

 睦月は歩きながら素早くインターフェイスを外した。ワンピースのポケットに畳んでそれを突っ込み、その手で俺の腕を取る。何事かと身構えた俺の腕に睦月はスムーズに腕を絡めてきた。思わず焦って立ち止まろうとした俺を引っ張るようにして睦月が歩き続ける。

 

 傍から見てる分には年の離れたカップルとでも思えるのだろうか。俺と睦月は特に誰かに注視されることもなく駅を出た。いや……あの、別に俺はいいんだけどな。その、胸が。睦月の胸がもろに俺の腕に当たってるんだよっ。無邪気なのも大概にしろよ。などと俺が睦月を注意する余裕はなかった。情けないが睦月に引っ張られて歩くのが精一杯だったんだよっ。

 

 早く、と促されて俺は慌ててさっきとは別の地下鉄の駅に続く階段を降りた。今度は全く別の方向に行く電車に乗り換える。言われるままに乗車券を買って電車に乗ってから俺は睦月に訊ねた。

 

「一体、どこに行くんだ」

 

 追っかけてる連中から逃げてるのは判るよ。だが睦月の向かってる場所がどこなのか判らない。さっきの駅にしたってわざわざ地上に出なくても乗り換えられた筈なのに。小声で文句を言うと睦月はちらりと俺を見た。それから小さく息をついてポケットから取り出したインターフェイスを着ける。

 

「先ほどのカードに少々、細工をしました。これでしばらくはもちます。ですが、その間に解決策を講じないと」

「あの、な? ちょっと待て」

 

 睦月と時雨が特別だということはよく判った。だがそんなことが……カードに細工なんて出来るもんなのか?

 

 そんなことが可能なら、今はそれほど発生率のないカード犯罪だって、これからは簡単に出来るようになるかも知れないってことかよ。

 

 俺は出来るだけ小さな声でそれらの疑問を睦月にぶつけてみた。いや、だってこんな話を大声でするのはまずいだろ。だが俺の殆ど声にならない声を睦月は正確に聞き取ったようだ。いいえ、とあっさり否定する。

 

「先ほどのカードは社内部専用の特殊なものでしたから」

「余計まずいだろ」

 

 俺は慌ててそう言い返した。すると睦月がしれっとした顔で俺を見る。

 

「いけませんか」

 

 邪気のない視線って時に暴力だと思うぞ。どう説明しろってんだよ、こんなの。俺は力なく周囲を見回してからため息をついた。駄目だ。こんなところでするような話じゃない。乗客はそこそこいるんだ。今のところはこっちに注目はしている奴はいないが、どこで誰が聞いているか判ったもんじゃない。

 

 とにかくだ。さっきの話の続きをするにしろ、解決策とやらを練るにしろ、こんなとこじゃしたくねえ。そんな俺の言い分に睦月は意外とあっさりと頷いた。それもそうですね、なんて言ってたから俺の言った意味を理解はしているんだろう。少なくともこの時の俺はそう思ってたんだ。

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