電車を乗り継ぐこと七回。いいかげん、うんざりしかけてた頃に睦月は俺をやっと地上に導いた。出掛けにあれだけ降っていた雨は今は降ってはいない。だが空はまだ暗いからじきにまた降り出すだろう。そんなことを考えつつ、俺は歩きながらちらっと睦月をうかがった。かく乱ったってこんな限られた範囲で動いてたら意味ないんじゃねえの。そんな俺の問いに睦月は酷くあっさり答えた。遠くの人のまばらな場所に行くより、手近な人ごみの方がいいんだと。
ああ、確かに俺は言ったよ。落ち着いて話せる場所に行こうってな。だが、俺が言ったのは、ドアからちょっと入ったところにどでかいベッドが据えてあるような特殊な部屋じゃない! 二人で寝転んでもまだ余りそうな特殊っぽいベッド、特殊アイテム自動販売機、特殊ビデオディスクしかかけられない特殊な形のモニタ、特殊照明、特殊風呂に特殊トイレに……ああああ、違うんだ。俺が言ったのは断じてこんな場所じゃない! 甚だしく日常から離れた空間に佇んで俺は頭をかきむしった。
そりゃ、俺もな。この手の場所に一度も来たことがないとは言わないよ。だけど幾ら何でもこの状況でそれはないだろう。あ? 何で部屋に入るまで気付かなかったのかって? この建物の入り口やカウンターは驚くほど普通なんだよ! チェックインとかもごく当り前のホテルと同じで疑う隙がどこにもなかったんだよ!
ああ、判ってるさ。普通は女の子の方が俺みたいな反応をするんだよ。どこぞのファッション系サイトでも頻繁に特集が組まれてるよ。そういう場所を嫌う子をどうしても連れ込みたい場合、入り口だけはお行儀のいいこういったホテルが警戒されなくていいとかな。ご丁寧なことに、どうすれば女の子がおちるだの、いざ本番の時にこうするべしだの、本当かよって疑いたくなるようなテキストが当り前に晒されてるサイトもあるよ、確かに。ああ、ごめんなさい。よく見てます。そういうサイト。
いや、今はそうでなくてだな!
あの場合でもその場合でもどの場合でもだ! 男の方が騙されて連れ込まれてどうする! しかも相手は若い女の子なんだぞ! やばいだろ、犯罪だろ、捕まるだろそれは!
周囲に誰もいないこともあって、俺は思ったまんまを睦月にぶちまけた。すると睦月が平然と言う。
「私はシステマですから問題はありません。むしろ経営者にとって能戸さんは一人で二人分の部屋代を支払う客なのですから、喜ばれはするでしょうが通報されるようなことはありません。まして告訴もありえませんし」
つらつらと語る声はあくまでも穏やかなのに、俺にとって睦月のせりふはとても凶悪に思えた。
「違うんだ、頼む、落ち着け」
そう言ってから俺は、いや、落ち着くのは俺だと自分に言い聞かせた。睦月は最初っから落ち着き払ってるんだよ。慌ててるのは俺一人でだな。でもさっきの睦月のセリフはちょっと否定したいぞ。俺は睦月をシステマとは……。
でも俺がとりあえずここまで逃げられたのは睦月のシステマとしての機能のおかげなんだよな。そう思うと複雑な気分だ。俺は睦月に人になって欲しいのか、それともシステマとして存在していて欲しいのか。
「私は落ち着いています。むしろ能戸さんの方が落ち着いていないように見受けられますが」
「そ、そうか」
深呼吸しますか、と真顔で問われて俺は首を横に振った。何が悲しくてこんなところで女の子に心配されにゃならんのだ。
落ち着きなく周りを見回していた俺の肩を睦月が唐突に突く。何事かと慌てた声を上げた俺はよろけた拍子にでかいベッドに座る格好になった。焦って睦月を見やる。だが睦月はごく普通の穏やかな表情のままだ。何をするでもなく俺の前に立っている。俺はうろたえて視線をあちこちに向けた。だがどこを見ても落ち着かない。
「まず先ほどのカードの件ですが、あのカードはIIS本社ビル内の開発部試験フロアでのみ有効です。他の場所では使用することは出来ません」
試験フロアってのは本社のビルの四十二階のことだ。淡々と語る睦月の言葉を聞いているうちに俺の気分は少しずつ落ち着き始めた。そうだよな。睦月がまさかそんな艶っぽいこと考えてるわけ、ないよな。落ち着くと同時にちょっとだけ残念な気分になる。
あの白いカードは所持者の脳波を読み、専用の信号に変換して発信する機能を持つ。それだけなら俺たちがいつも携帯してるIDカードと同じだ。が、この発信される信号があのカード独特のものらしい。睦月の説明に俺は黙って頷いた。
脳波信号受信、発信機能を不用意に変質させてはいけない。それはどんなシステマにも組み込まれている制限なのだという。だから睦月はカードの本来の機能である人間の脳波受信、信号変換、発信機能については一切触っていないと言う。へ? それならどうして。そんな俺の間抜けな質問に睦月は滑らかに答えた。
「先ほどのカードには全く別の発信機が付けられていたんです」
なるほど。つまり開発部長が俺にくれたカードには、最初っから全く別の発信機が仕込まれてたってことかよ。ちなみに睦月曰く、こっちの発信機は実にお粗末だったらしい。そうでなければ睦月でも細工は出来なかったという。
この発信機は一定間隔で信号を発信するタイプだったようだ。その間隔は変えずに、付近のシステマ用のインターフェイスを介して別のインターフェイスから信号を発信させるように仕組んだと睦月は説明してくれた。つまり、カードの近くのシステマや中継ポイントが信号を読む。この後、信号を転送する。この際の信号転送についてはランダムに場所が設定される。その後、転送先のシステマや中継ポイント等が偽信号を発信する、と。こういうことらしい。
……ごめん。真剣にこの仕事辞めた方が身のためって俺、思ったわ。最初は睦月の言いたいことの半分も理解出来てなかった。何度か聞いてもこの程度だ。多分、睦月はそれほど難しいことを言ってるんじゃないとは思う。
これまで俺はいつも客から質問されてもてきとうにごまかしてきた。最悪の時は技術営業に出張願うのだが、出来るだけそれも避けてきた。技術営業は俺たちみたいな時間の使い方は出来ない。どうしても忙しくなってしまうのだ。しかもギャラも高い。だが本当に俺がシステマのことを理解してれば技術営業に頼らずに済むのだ。中條先輩みたいにな。
出来るだけ楽にやって行こうとして俺は色んなことを避けてきた。だがそれが逆に遠回りになってしまっていたのだと俺は初めて気がついた。今からシステマはもっと複雑になっていくだろう。そうなった時、俺はどうするつもりだったんだろう。
「これで少しは時間が稼げるはずです。カードそのものが発見されてしまえば終わりですが」
うなだれてため息をついた俺に気を遣ったのか、睦月はそう話をくくった。確かにそうだな。今は落ち込んだりしてる場合じゃなかったな。
「それで? 解決策だが、どうする」
警察沙汰には出来ないだろうと中條先輩は言っていたが、相手はでかい企業だ。そう長い間、ごまかし続けることも出来ないだろう。かと言って逃げ続けることも出来ない。
いかにしてエロを避けるか、当時すごく悩みました。
もちろん直接的な描写は完全に避けているのですが、場所の説明はちょっと困りました。
場所が判らない方は判らないままでOKですw
(判らなくてもストーリー的には問題ありません)
システマはここも入場無料! です!w
無料で持ってって何をするのか知りませんが!w
読者が未成年かも知れないというのを考慮していなかったので、この手の場所が出てきました。
主人公の年齢的にはアリかと。
某大賢者なお話は既にあるし……w