システマティックな少女と一般サラリーマンな俺   作:伊駒辰葉

49 / 53
まさかこんなところに入るとは 2

 そうだ。俺は考えてる途中だったんだよ。市場が荒れるのを防いで得するのが誰か。でもそんなこと本当は考えるまでもない。仕掛けたのは開発部長だろ。きっとあいつが別企業の誰かと繋がってるんだ。もしかしたら睦月と時雨を引き渡そうとしてる相手ってのもそいつかも知れない。

 

 だが真っ当な繋がり方じゃないのも確かだ。もし、誰に知れても問題ない関係なら、真っ先に警察に頼るだろう。だからって俺が警察に駆け込むことも出来ない。何しろ開発部長は法に触れてはいないのだ。正当な取引として睦月と時雨を他企業に差し出すんだろうからな。

 

 ひょっとしたら土壇場でRC2が製品化決定したのにも何か理由があるんじゃないか? 土壇場だからこそ内部はかなり騒然となったし、実際に勝亦の上司らしいチームリーダーは辞職したって言ってた。事情はよく判らんが、開発部長はそのチームリーダーが邪魔でもあったんじゃないのか。

 

 あー、くそ。考えてりゃきりがねえんだよ、こんな話。しかも巻き込まれてから考えたってどうにもならんだろ。俺は呻いて頭をかきむしった。俯けていた顔を上げてからようやく気付く。

 

「どこかに座れよ。立ちっぱなしだと疲れるだろ?」

 

 俺って間抜けだな。慌てたり落ち込んだりで睦月がずっと立ったまんまだってこと忘れてた。睦月はぐるりと部屋を見回してから俺の方を見た。ああ、そうだな。椅子はあるがインテリアらしいからな。座ってくつろげる形はしてないよな。そうなるとベッドに腰掛けるのが無難だよな。それは判る。判るんだが……。ええい、くそ。睦月にそんな気はないんだから気にしなきゃいいだろ、俺も!

 

 躊躇してから俺は睦月に頷いた。すると睦月が首を傾げて言う。

 

「不快でしたらここに座ります」

 

 そう言って睦月がぺたん、と床に座る。ああ、誤解させちまった。

 

「別に並んで座るのが嫌とかじゃなくてだな」

 

 やれやれ。俺ってやっぱり下手くそだな。そう思いながら俺は腰を上げて睦月の手を引いた。引き起こされた格好になった睦月が大人しく俺の横に腰掛ける。

 

 隣に座る睦月を俺は横目に見た。俺がシステマのことをもっと知っていれば、睦月のこともシステマにしか見えなかったんだろうか。そんな考えも浮かんでくる。柔らかそうな髪も細い肩も整った横顔も、もっと見ていたいと思わずに済んだのかも知れない。

 

 睦月は少し考えるように黙ってからこっちを見た。まともに視線が合ってしまってから俺は慌てて目を逸らした。熱くなった顔を睦月に見せないように背けてみる。インターフェイスを装着していてもだな。やっぱり睦月って俺には人間の女の子にしか見えないんだよ。

 

 システマとして生きるより、人として生きる方がずっといいに決まっている。その俺の考えは変わらない。だが俺は昨日のように思ったままを睦月に伝えようとは思わなかった。あの時に見た悲しそうな微笑みが俺の脳裏に焼きついてどうしても消えてくれないのだ。

 

 睦月はあの時、何かを言おうとしていたような気がする。だがどれだけ考えてみても俺には睦月の考えていることが判らない。もし、人になれば睦月の思っていることが判るようになるだろうか。そう考えて俺は思わず苦笑しちまった。答えは否だろうからだ。

 

 ふと俺のシャツを何かが引く。つい考えに没頭していた俺は慌ててそっちを見た。睦月がシャツの袖を引っ張っているのだ。上目遣いに見つめられて俺は思わずじっと睦月を見つめてしまった。い、いかん。

 

「一つ訊きたい事があるのですが」

 

 俺のやましい気持ちとは対照的に睦月の眼差しや声はとても透き通っている。俺は出来るだけ平然を装って睦月に何事かと問い返した。でもやっぱり駄目だ。どうしたって声が焦りに裏返っちまう。

 

「あ、あんまり難しいことは判らないぞ、俺は」

 

 ごまかすつもりでそう言った俺に睦月が首を振る。つまり難しいことじゃないって意味か。睦月がえらく真面目な顔してるもんで、俺の気分は急速に冷えていった。

 

「能戸さんは私は人になった方がいいと思いますか」

 

 シャツだけじゃない。俺の腕を強くつかんで睦月が真剣に問い掛ける。俺は言葉をなくして目を見張った。緊張して自然と息が詰まる。

 

「な、んでそんなこと、急に」

 

 言えるかよ、そんなこと。俺にだって判んねえんだよ。睦月は焦る俺を真剣に見つめ、着けていたインターフェイスを外した。ヘッドホン型のインターフェイスが外れると、睦月がシステマだという気配すら感じられなくなってしまう。

 

「急ではないと思います。能戸さんはまだ、私が人になった方がいいと思いますか」

 

 ひと言ずつゆっくりと睦月が問う。俺は口の中に溜まった唾を無理やり飲み込んで睦月から目を逸らした。何て答えればいいのか判らない。本音を言えばな。俺は睦月に人として生きて欲しいと思う。

 

 何でかって? そんなこと、最初っから本当は判ってた。

 

 俺は睦月を好きなんだよ。理由なんか知るか。あの時、一面の青い液体に浮かぶケースに収まった睦月を見た時から、多分俺は惹かれてたんだと思う。

 

「そう、ですか……」

 

 黙りこんだ俺に睦月が弱々しい声で言う。それから睦月は俺の手をそっと離した。判りました、と告げた睦月を俺はのろのろと頭を動かして見た。睦月は俯いてしまっている。

 

 何でこういう時に限ってでまかせが言えないんだ。簡単だろう。営業で幾らでもそれらしい嘘は吐き慣れてる。クライアントを納得させるなんて得意技のはずなのに、何で睦月を安心させてやれないんだろう。俺は自分のばかさ加減を呪った。

 

 今なら判る。睦月は多分、人になりたくないんだ。そのことに気付かなかった俺は睦月を知らないうちに傷つけていたんだろう。あの時の悲しそうな微笑みには諦めがこめられていたんだ。

 

「私の役目は、能戸さんを無事に逃がすことです」

 

 小声で言いながら睦月が外していたインターフェイスを装着する。だが睦月は顔を上げようとはしなかった。俯いたままで続ける。

 

「私に考えがあります。解決策については任せて頂けますか?」

 

 俺は情けない気分で睦月に頷いた。伏せていた顔を上げた時、睦月の様子はいつもと変わりなく、そこには穏やかな表情しかなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。