で、その腐れ縁な勝亦は事あるごとに俺にシステマの解説をしてくれやがるわけだ。確かに勝亦の所属してる開発部がなけりゃ、うちの商品は出来てない。だがだからと言って何で俺がいちいち奴のうんちくを聞かされにゃならんのだ。そりゃ、友達かって聞かれればそうだとしか答えようがないが、だからって奴の考えてることが全て俺に理解出来る訳じゃない。もっと言えばだ。
「おっ。まだ居た。どうした? 営業先でポカでもしたか?」
唐突にドア開けて入ってきたのは……うわ。考えてることでも見抜きやがったのか? 背の低いひょろっとした男がフロアに入ってくる。黒縁の眼鏡のつるを神経質に指で押し上げながら俺に近付いてきたこいつが
勝亦の頼りなげな見かけに騙されて散っていった奴は多い。中学時代にこいつを苛めようとしてた連中は、物の見事に粉砕された。高校の時は確か退学になった奴もいたっけな。こいつは陰気なんじゃない。俺みたいに強い者にへつらうタイプじゃないだけだ。何かを、誰かを従えて見下げたい連中ってのはどうして人の忠告を悉く無視してくれるかな。なんてなことを俺は当時よく思ってたもんだ。勝亦を陰気で根暗なひ弱いやつ、と勝手に理解した連中が喧嘩を売って散る様を何度俺は見たことか。
友達の割に俺はこいつのことが未だによく判らない。小学生の時からだから……ええと、何年だ? ざっと二十年近くか。うへえ。改めて考えるとけっこう長いこと腐れ縁やってるな、おい。まあ、とにかくだ。こいつの趣味に関しては俺は未だに納得も理解も出来てないわけ。システマが世界を変えるなんざ、夢だろただの。道具が世界を変えてたまるかい。んなもん、ただの幻想だ。道具を使うのはあくまでも人間で、例え世界が変わったとしても道具そのものが変えるわけじゃない。変えるのはあくまでも人間だ。
って、この点でこいつと俺は意見ががっつり衝突しちまうんだな。昔から。だから俺は道具は道具ってやたらと主張する癖がついちまった。
「その逆だ。ミスってぼろ出さないように気を遣ってたらこんな時間になっちまったんだよっ」
怒りに近い苛立ちを込めて俺は勝亦に答えた。するとよしよし、と勝亦が偉そうな顔で頷く。くそ、とぼやいて俺は途中になっていた日誌を書き始めた。勝亦が興味ありそうに後ろから画面を覗き込む。
「へえ。能戸ってけっこう真面目だね。今日だけで殆どクリアしてるじゃないか。持ち客」
感心したという口調で勝亦が言う。あのな。お前は出来の悪い生徒を見守る教師かなにかか? うんざりした気分でそう言いながら俺は勝亦を睨みつけた。悪い悪い、と大して反省してない顔で勝亦が答える。てめえ、邪魔しに来たんじゃねえだろうな。そんなことを思いながら俺は端末に向き直った。
画面の向こう、硝子の壁の向こうにシステマが見える。着飾られたシステマをちらりとだけ見てから俺はのろのろと文字を打った。昔から文章を書くのは大嫌いなんだよな、俺。相変わらず下手くそ、と勝亦に笑われつつも俺は何とか日誌を書き終えた。そんなに日誌が見たけりゃ、自分の机で見れるだろうが。そんなことを思いながら俺は勝亦に目をやった。いつの間にか奴は俺の机を離れてシステマの納まってる部屋の前に立っている。
「あ、悪い。代わりに落としてくれ」
どうせ暇ならそのくらいはしろよ、というニュアンスを込めて俺は勝亦に言った。勝亦がおう、と返事をして硝子のドアの横にあるナンバーキーを押す。それを見計らって俺は硝子のドアに寄ってガードボックスにIDカードをかざした。ロックを解除するナンバーはこの本社ビルに入ったうちの社では統一されている。だが、ただ番号を正確に打ち込むだけでは扉は外からは開かない。各社員に支給されるIDカードがなければこのドアはこちらからは開けないのだ。
「本日の業務終了。処理業務に移れ」
開いたドアから顔を覗かせた俺はシステマにそれだけ言った。後はここを出ればいい。システマは夜間は別の場所で管理されるのだ。
「おいおい。もっと愛想よくしたらどうなんだ」
呆れたような勝亦の声に俺は思い切り顔をしかめた。阿呆。何でただの道具に営業用の愛想をわざわざ振り撒かなきゃならないんだ。システマを硝子張りの部屋から出しながら勝亦が笑う。
「そんなだから能戸は女が出来ないんだよ」
「うるせえ」
訳知り顔で言いやがった勝亦に俺は低い声で言い返した。大きなお世話だこのやろう。大体、女がいないってのはてめえも一緒だろうがよ。とは思ったが俺はそこまでは言わなかった。今さらだしな。
システマを管理室に戻してエレベーターに向かう。一緒に歩いてた勝亦を俺は何となく睨みつけた。こいつもよくよく暇人だな。
「飲みに行くだろ?」
……あのな。毎度毎度俺を誘うなよ。お前、友達いないのか? そうは思ったが俺は黙って勝亦に頷いた。奢ってもらう約束もしてたしな。ま、俺も人のことは言えないくらい暇だし。