システマティックな少女と一般サラリーマンな俺   作:伊駒辰葉

7 / 53
分割しました。


西江田営業所 4

 あの時の騒動は俺には壮絶に思えた。それまで冷静だった大人たちが一斉にパニックに陥る様は俺の目には脅威にしか映らなかった。宇宙に逃げようって話も出てたらしい。だがそんなリアリティのない話はこの現実では通用しない。宇宙開発ったってまだ人間が外の星で暮らせるほど進んでないわけで、数少ない宇宙ステーションにだって行ける人間は限られてる。しかも地球側が崩壊しちまったらそれこそ宇宙ステーションで働いてる奴らだってただじゃ済まない。結局、解決策がないって状態で俺たちゃ放って置かれたんだよな。少なくとも傍目には。

 

 後から考えてみると、俺たちにその話が伝えられた時にはもう、解決策は練られてたんじゃないかな。だから俺たちが騒いでた時間ってのは実は凄く短い。正味五時間もなかったな。で、システマのおかげで小惑星衝突って悲劇は免れた訳だが。

 

 そんなシステマがだぞ? 二台も必要なことってあり得るか?

 

「頭かたいなあ、能戸って。だから言ったじゃないか。僕らが考えてるよりずっとシステマの汎用性は重要になって来てるんだよ」

 

 そう言いながら勝亦が顔をしかめる。あ、そうか。確かにこんなとこで話すことじゃないかも知れないな。どこに商売敵が潜んでるか判らない。場所変えるか、と訊くと勝亦は素直に頷いた。

 

 きっちり勝亦に奢ってもらってから俺は自宅に向かった。何で俺の家かって? 理由は簡単。俺の家の方が飲み屋から近いからだ。まあ、とは言ってもたかだか十分程度の差だけどな。

 

 マンションのエレベーターで四階に上がって一番奥の部屋が俺の住処だ。この辺りじゃけっこう家賃は安い方かな? だがその分、少々作りは古い。六畳二間、キッチンとユニットバス付き。まあ、典型的な一人暮らし用の部屋だな。

 

「おじゃましまーす……って、うわ。散らかり方は僕の部屋といい勝負だな」

「てめえの機械倉庫と比べんな」

 

 しかめ面で言い返して散乱してたディスクの山を足で退ける。二人が何とか座れる場所を作ってから俺はさっさと着替えた。ちなみに勝亦は開発部だから元々、堅苦しいスーツなんて着てはいない。前はそれが羨ましいと思ったものだが今はすっかり慣れちまったな。

 

 そもそも今の一般向けに開発されたシステマは、元来の物とは全くタイプが違う。胡座をかいてビールを飲み始めたところで勝亦は待ってました、とばかりに説明を始めた。ああ、思い出した。俺が件の2wayタイプのシステマをクライアントに宣伝する役に任命されたのも、そういえばこいつが原因だったような……。

 

 俺に与えられた仕事は新しいタイプのシステマの宣伝だった。が、匂わせる程度でいい。実際の商品に興味を持ってもらえるだけの情報しか呈示してはいけない。それが今日の俺の仕事だった訳だ。何故、詳しい説明をしてはいけないかと言うとだな。まだ問題の商品が完成していないからだ。どうやら開発の進行状況が思わしくないらしい。そのことは俺も事前に勝亦から嫌ってほど聞かされてた。

 

 そんなことを思い出していた俺はどんどんしかめ面になっていった。疲れるとこまで眉を寄せてから嫌そうな顔をしてたってことに気付く。説明してた勝亦もどうやら俺の表情が険しいことにちょっと前から気付いてたらしい。困ったような顔をしながら頭をかく。

 

「そんなに難しいか?」

「違う。お前のせいでかなり疲れたってのを思い出してただけだ」

 

 勝亦の不安そうな質問にぴしゃりと言い返して俺はため息をついた。何しろシステマの商品販売では最大手のIISだ。こんな商品が出来るかも、なんて下手に口にすれば客は情報を欲しがるに決まってる。目の色輝かせて詳しい内容を聞きたがる相手にセーブしながら情報をちらつかせるなんてな。七面倒以外の何でもないんだよっ。

 

 ぼやく俺を勝亦が不思議そうに見る。こいつ、判っててこの顔しやがるからな。一見、邪気がないように見える表情だが油断ならない。

 

「僕のせい?」

 

 思った通り勝亦がそんなことを吐く。阿呆か。

 

「全然気付きませんでしたって面、いいかげん止めろ。お前のせいじゃなかったら誰のせいだってんだ」

 

 俺は本当ならそんな七面倒な真似をせずに済んだんだ。たかが平の営業に過ぎない俺にそんな話が回ってきたのもひとえにこいつが原因だ。他の営業だったら耳にしないような話を俺に吹き込むからこんなことになるんだ。

 

 ああ、そりゃ確かに俺も聞きたがったさ。もし話に乗るんなら給料上げてやるって所長に甘いこと言われて、単純に喜んだよ。でもまさかこんなに大変だとは思ってなかったんだ。

 

「僕はただ部長に提案しただけだ。話に乗ることに決めたのは能戸自身だろう」

 

 やっぱりいつものようにあっさりと勝亦が言う。悪気はないのは判ってるが、ここまでさばさば言われると腹が立つ。むかついて黙ってた俺をどう思ったのか、勝亦が言う。

 

「それに僕は能戸はもっとルーズだと思っていたな。今日一日でまさか受け持ちのクライアントを全部回ってしまうとは思わなかった」

 

 色んな奴が学生の頃にこいつのことを陰気だと言っていた。その当時のことを思い起こしながら俺は顔をしかめた。違う、そうじゃない。こいつは平然とした顔して痛いくらいに人の傷口を踏んづけるタイプなだけだ。そして敵と定めた相手の傷口を抉って塩を塗りこめるくらいのことは平気でするんだ。それは陰気って表現で間に合うレベルじゃない。勝亦ってのは要するにもの凄く陰険なんだよ!

 

「面倒なことはさっさと済ませたい性分なんだよ、俺は」

 

 怒りたいのをぐっと堪えて俺はそう言い返した。ここで下手なことを言ったら嫌味を言われるだけじゃない。古傷まで探り出されて踏みつけられるに決まってるんだ。

 

「へえ? そうだっけ?」

 

 笑いながら勝亦が言う。どうやら奴は思い出し笑いをしているらしい。そのことには俺も気付いたが、無視することにした。誰にでも触られたくない傷ってのはあるもんだと思うが、俺の場合は勝亦に色んな傷を知られてるからな。下手に煽るとそれだけ痛い目に合うのは経験からよく知っている。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。