俺をからかうことにも飽きたのか、勝亦はシステマの説明に話を戻した。
「だからな。システマというのは本来はプロ仕様だったんだ。でもそれだと汎用性に欠ける。この国で最初にシステマを導入したのは」
「フリープログラマだったうちの会社の会長が、株で儲けた金つぎ込んで趣味で導入したのが最初だろ?」
ビールをちびちび飲みながら俺は言葉を挟んだ。すると勝亦がそう、と頷く。
「それを機に色んな会社にシステマは導入された。その段階ではまだシステマの仕様は元来のままで、扱えない開発者も多く居たんだそうだ」
こいつが饒舌になる理由は一つきり。システマの話だからだ。へえへえ、と適当に返事をしつつ俺は横目に勝亦を見た。熱っぽい顔してるのは酔ってるからじゃない。こいつはシステマに……言い方は悪いが狂っちまってるんだ。
中学の頃、今からきっと面白い時代になる、とこいつは宣言した。その時にも勝亦は今と同じような顔をしていた。熱っぽい、ここにいるはずなのにどこか別の場所にいるような遠い目。初めてこいつのそんな顔を見た俺は本気で心配したもんだ。こいつ、いかれちまったんじゃないかってね。
考えてみればおかしな話だ。それまでこいつはただの一度だって何かに熱中するってことはなかった。それが、システマが世に出てきた途端に目の色を変えやがった。確かにシステマは凄いのかも知れないが、俺にはこいつが入れ込んでる理由が未だに判らない。
「開発に携わってても、実際に初期のシステマの内容を完全に把握している人間はそう多くない」
そう前置きして勝亦は神妙な顔で語った。つまり今でも当時のシステマの内容を正確に理解してる奴はなかなかいないらしい。そのことは勝亦の説明で俺にも判った。でも何でそんな話がいきなり出てくるんだ。俺は渋い顔作って勝亦を横目に睨んだ。
「つまりは、だな。初期型は扱いにくかったんだよ。エンジニアにも」
「ああ、そういうことか」
だから自分達の使いやすいように企業はシステマの新しいタイプを作ることにした。そして出来た物はやがてもっと広い市場に売りに出せないかという話になる。結果的に今現在、一般家庭に大量に流出しようとしているモノは初期型とは比べ物にならないくらいに中身がお粗末らしい。
同じシステマでも最初のそれと今のそれでは内容が雲泥の差なのだと勝亦はぼそりと言った。さっきまで熱を帯びていた勝亦の目に見慣れない感情が浮いている。そう、これは多分、怒りなのではないだろうか。普段は感情の読みにくい勝亦の顔に怒りを見つけた俺は、話を聞くのも忘れて唖然としてしまった。
「改良に改良を重ねてシステマはどんどん使いやすくなった。ばかげた話だ。折角の可能性を少しずつ踏み潰してるんだからな」
珍しく勝亦が愚痴めいたことを吐く。俺は何も言えずにただ勝亦を凝視していた。開発の連中ってみんなこんなこと考えてるのか? 使えない道具なんてあったって仕方ないし、売れんだろ。そうは思ったが俺は黙っていた。
ひとしきり文句を言ってから勝亦がふと、困ったように笑う。どうやらいつもと違う反応をしていたことに自分で気付いたらしい。
「ああ、ごめん。だから今のシステマは初期のシステマとは全く別物だと思えばいいんだ」
それまでの熱っぽさが嘘のようにさらりと勝亦が言う。ふうん、と曖昧に返事して俺はこっそりとため息をついた。要するに今のシステマは勝亦にとっては薄っぺらなんだろ。俺は自分の中で勝手にそう解釈した。だって判んねえだろう。誰でもがシステマに詳しい訳じゃないってのは判ったが、俺なんざど素人だぞ。説明されたところで理解なんて到底、出来る訳ない。というか、したくない。相当うんざりした顔をしてたんだろうな。俺を見て勝亦がやれやれとため息を吐く。
「判り易く言うと」
そう前置きして勝亦は言った。市場拡大のために使い易くしたはいいが、今度は逆に性能的に足りなくなった。だから二台必要なのだという。そりゃまあな。確かに勝亦が言うように中身が極薄になっているなら、必要と思う奴もいるかも知れないな。だがシステマは道具だ。使い易さがあってこそ市場に多く出回るってもんだろう。
「だから使い易さと性能を同居させるシステムが、今の僕たちがやろうとしてることで」
「あー、もう判ったって」
投げやりに言った途端に勝亦が押し黙る。しばし黙った後、勝亦は低い声で言った。
「……判ってないだろう」
「いや、うん。判るよ。判る」
機嫌悪そうだなあ、とは思ったが俺はいつものようにそう言った。いちいち理解なんざしてられっかよ。第一、俺は勝亦の要望の通りにクライアントに情報提示はしたつもりだ。だから勝亦も素直に奢ることにしたんだろうが。普通、営業担当者がそこまで開発部の奴の言うこときくなんてねえだろ。それで十分じゃないか。そもそも俺は道具に固執なんざしてねえっての。
「所長には厭味たらたら言われるし、俺にしてみりゃ踏んだり蹴ったりだ」
不服をめいっぱい込めて俺は毒づいた。厭味、と呟いて勝亦がしかめ面になる。だから、とうんざりした気分でため息と一緒に吐き捨てる。
「俺は覚悟してったんだよ、これでも。未知の商品の話をしなけりゃってんで、下手したらくびとか思ってたんだって」
営業の人間が開発部の一部の人間と親しいってだけで、俺は周りに目をつけられてたりする。酷い奴になると開発部の回し者なんてことも言いやがる。冗談じゃない。俺だって予定通りに商品が上がってこない時は皆と同じように迷惑被ってんだ。特別に本当のところのスケジュールを教えてもらってたりするんでしょう? 何てなことを言うばかもいたり……うわ、むかつく奴のこと思い出しちまった。
「クライアントに先に情報が行ってたと」
俺の怒り混じりの説明を聞いて、事もあろうに勝亦は笑い出しやがった。このやろう。
「ああ、そうだよ! 店で俺がどんだけ間抜けだったことか!」
「それはたぶんに調査不足だろ。仮にも営業の端くれが何してるんだ。いくら僕でもお前にそんなやばいことさせる訳がないじゃないか」
うわ、すげえむかつく。何でよりによってこいつに所長と同じこと言われなきゃならないんだ。しかも楽しそうに笑いながら言うな。