一人称で説明すると冗長になると今さら気付きました。
朝、本社ビルに出向いて一時間ほど時間を潰したところで営業回りに出る。仕事の合間に適当に昼飯を食って夕方五時まで。本社ビルに戻って業務報告、日誌書き、でもって気の合う奴と飲みに行ったり行かなかったり。これが俺の普段の一日のスケジュールだ。
これで義理は果たした、とばかりに俺は新しいシステマについては客にそれ以上は喋らなかった。どのみち商品が上がってこないんじゃ、俺に出来ることはない。詳しい話が聞きたければ買ってくださいね。と、こういうことだ。まあ、話を聞かせてくれって言われても俺も困るんだけどな。判ってねえし。
「おい、能戸。ちょっと来い」
何事もなく数日が過ぎたある日の朝、俺はオフィスに入るなり呼びつけられた。うへ。俺、何かしたっけ。そりゃ、俺はよく所長に叱られてるが、ここ最近は名指しで所長に呼ばれるような真似はした覚えはないんだけどな。
オフィスの一番奥、一人だけ離れたところに机を据えてるこの偉そうな中年男が所長の長根だ。背丈はそこそこ、体格はちょっと太目、でもって顔立ちが……何て言うのかな。猛禽類? 一見、近寄り難いイメージのあるおっさんだ。この顔のせいで極端に怖がってる部下もいる。んでもその実、上司に諂うタイプときてるから、俺に言わせれば猛禽類ってのはないだろうって感じだが。
鞄をぶら下げたまま所長の机に寄る。なんすか、と訊ねた俺に所長はいつもながらの仏頂面で何か差し出した。何だこれ。透明なケースに入った無地のディスクを受け取った俺は首を捻った。裏返してみるがやっぱり何も書いてない。
「午後からの企画会議にお前も出席するんだ」
聞き取りにくいぼそぼそとした声で所長が言う。それを聞いた俺の頭の中は真っ白になった。
「は?」
十数秒ほどの間の後、俺は自分でも情けないくらい間の抜けた声を返した。いや待て。何だそりゃ。どうもこっちの話の端っこを聞きつけた周りも俺と同じ事考えたのか、周りがいつもと違うざわめきに包まれている。
「ちょっと待ってくださいよ。午後からクライアントとの約束が入ってるんですけど」
確かに俺はこのオフィスでは成績は良くない方だよ。でも、仕事を全くしていない訳じゃなくてだな。っていうか、所長も気付けよ! 急に妙なこと言うから周りの目がこっちに向いてるじゃねえか!
俺が心の底で叫んでいる間に所長が淡々と話を進める。
「江崎がいるだろう。代わりに行かせればいいじゃないか」
「いやまあそうなんすけど」
ちなみに江崎ってのは今年入社してきたばかりの新人だ。少しずつ減ってる新人の中ではかなりタフなんじゃないかな。最初はここにあるシステマにびびってたらしいけど、一週間もしないうちに慣れたらしい。順応力だけはあるんです、といつだったか笑ってた気がする。江崎は新人ということもあって、時々は俺と一緒に営業回りに出る。江崎はでかい図体の割に気の利く奴でクライアントに気に入られ易いし仲間受けもする。ちょっと気の弱いところもあるから、多少の無茶でも頼めば引き受けてはくれるだろう。
待て。江崎はともかくだ。何で俺がそんな会議なんぞに出席せにゃならんのだ! しかも企画会議だと!? 冗談じゃないぞ! 所長の言うことに納得しかけてた俺は慌てて頭を振った。
「待ってください! 何で俺が企画会議なんて」
企画会議と言えば開発と営業の、言わばパイプ役の位置にある企画部が主催する会議だ。通常、開発部の連中と営業とは綿密な打ち合わせはしない。この企画部に両者の意志伝達の全てがかかっているのだ。企画会議にはこちらからは各技術営業と所長が出席する。中條先輩辺りは開発の連中に顔を出すように言われるらしいが、それだってごく稀だ。
「開発にお前を引っ張って来るように言われたんだよ。いいからその中身に目を通しておけ」
俺が持ってたディスクを指差して所長が素っ気なく言う。あのな。嫌なのは俺なんだよ。そんな、どえらくまずいものを食ったような顔しなくてもいいだろが。蝿でも追い払うように手を振られて俺は諦めて席に戻った。隣に座ってた江崎が目を輝かせて凄いですね、と褒め称えてくれる。そりゃどうも。うんざりした気分で俺は腰掛けた。鞄を机に乗せたところでいきなり後ろから背中をどつかれる。いってーな。
「良かったなあ、能戸。お呼びがかかって」
ああ、うぜえ。机に突っ伏しかけてた俺はとてつもなく嫌な気分で振り返った。が、きっちり普通の表情を保つことも忘れない。下手に抵抗してもつまらないしな。
「おはようございます」
何のために俺が壁際の目立たない席を選んでるかって、こいつらのせいなんだけどな。ああ、よりにもよって今日はフルメンバーかよ。俺はごく当り前の顔で三人の男に挨拶して頭を軽く下げた。こいつらは俺よか先に入社してるんだけどな。何かにつけて俺にいちゃもんつけてくれる嫌な奴らだ。
あー、もうどうでもいい。俺はそう思いつつも話を聞いている振りだけはした。ひとしきり厭味を言ったところで気が済んだのだろう。奴らが散る。俺は心の底からうんざりしてこっそりため息を吐いた。隣の席から身を乗り出した江崎が心配顔をする。
「大丈夫ですか?」
潜めた声で訊かれて俺は黙って頷いた。くそ、いつもいつも目の敵にしやがって。俺が一体、何したってんだよ。つるんで嫌がらせって、お前ら子供か? いや、今時子供でもそんな真似しないだろ。
やれやれと肩を落として俺は鞄を退けた。端末を立ち上げて所長に渡されたディスクを放り込む。画面に目をやった俺は、視界の隅に映ったシステマを見つめた。今日もシステマはどこを見ているのか判らない顔をして硝子張りの部屋の中に座っている。頭につけているのはインターフェイスだ。そしてシステマの周囲には何枚ものディスプレイが並んでいる。特に珍しい光景じゃない。俺は目を戻して画面に表示されたテキストデータを読むことに専念した。
絶対、奴の仕業だ。俺はディスクの内容を読みながらそう確信した。俺は技術営業の連中みたいに開発かぶれじゃないし、特に成績がいいわけでもない。勝亦以外の誰が俺を七面倒な会議に引っ張ろうと思うってんだ。あのやろう、とぼやきながら俺は苛立ち紛れにエンターキーを乱暴に叩いた。
「おいおい、壊すなよ」
不意に後ろから声をかけられて俺は慌てて振り返った。いつの間にか出る時間になってたらしい。中條先輩が笑って俺の手元を指差す。隣で慌てたように江崎が立ち上がる。
「このくらいじゃ壊れませんよ」
そう言いながら俺は自分の使っていたキーボードを指差した。ちっとも自慢にはならないが、開発の連中はともかく、この営業所内でこんなもん使ってるのは俺くらいだ。営業日誌を書いたりだの情報収集だのに使うなら、標準インターフェイスの方が断然速いからだ。ちなみに中條先輩も江崎もこのインターフェイスを当然使ってる。ヘッドホン型のインターフェイスは使用者の脳波を元に思考を読んでくれる優れもの……らしい。ああ、らしいってのはだな。要するに俺はそんなもん使う気にならないし、実際に使ったことがないからだ。試験以外ではな。
自分の昔の文章は読めません!w
この辺りで何となく使い方を把握しました。