私の兄は私の憧れだった。いつも優秀で、いつも人の上に立っているような人間で、そんな彼に憧れて私もこの学校に入学した。
兄はこの学校でもとてつもないくらい優秀なのだろう。同学年の優秀な一之瀬さんでも入れなかった生徒会に所属していて尚且つ生徒会長。そんな兄と私は久しぶりの再会をしたーー
「……いえ、私はAクラスに必ず上がります。そのためにここに来ました。そして必ず兄さんに追いつきます」
「追いつく…か。お前は今も自分の欠点に気づいていない、この学校を選んだのは失敗だったな」
「す、すぐにAクラスに上がってみせます!そしたらーー
「無理だ」
私の声は兄さんに掻き消された。何故そんなにもはっきりと言えるのだ。私だって今まで兄さんに追いつくために努力してきた自負はあるし実際に入試の成績だって上位の方だった。
それなのにDクラスに配属されたのには不満があるしそれを覆すためにもAクラスに上がらなくてはならないのだ。
私は何故かうまく出せない声を絞り出すように言った。
「……それでも上がってみせます」
「聞き分けのない妹だ」
そういうと兄さんは私の腕を掴んだ。
「お前には上を目指す力も資格もない……それを知れ」
直感的に殴られる そう思った時に何者かが兄さんの腕を掴んだ。暗くてよく見えなかったがその顔には見覚えがあった。勉強会の時になんどか顔を合わせたーー
「あ、綾小路くん……?」
彼の無気力な顔からは想像もできないような力で私から兄さんを引き剥がす。
「あんた、今本気で打ち込もうとしてたろ」
そう言って兄さんの手を離した綾小路くんの隙を突くかのように兄さんは拳を振るった。確実に当たる と思ったそれを紙一重で綾小路くんは華麗にかわす。
その後に顔付近に追撃の蹴りが飛んでくるがそれもかわす。
「……あぶねっ」
その表情には若干の苦笑いが見えるがとくに焦っている様子はなかった。それにしても、そんなイメージはなかったが綾小路くんはなにか武道をやっていたのだろうか。それくらいに動きが俊敏だ。
「良い動きだな、何か習っていたのか?」
「……ピアノと書道なら」
なんの冗談なのかわからないがそれを聞いた兄さんはにやりと少し口角が上がった気がする。
「あぁ、そういえば今年の入学試験、全科目50点をとったという新入生がいたな。100点満点中の50、狙って揃えたのか?」
全科目50点? そういえば勉強会の時に綾小路くんは小テストの点数があまり良くなかったから一之瀬さんに連れてこられたと言っていた気がする。それも、50点。
綾小路くんはそれをなんでもない普通のことのように平然と返した。
「偶然って怖いっすね」
「なかなかユニークな男だな……鈴音、お前に友達がいたとは正直驚いた」
「……か、彼は友達なんかじゃありません。ただの顔見知りです」
「相変わらず孤高と孤独の意味を履き違えているようだな」
そう言った兄さんは今度こそ本当に興味を失ったのかこちらを振り返ることもなく去っていった。それを見送った綾小路くんも何事もなかったかのように去ろうとするがそうはいかない。
「ちょっと待って」
「……なんだ?」
「あなた、実力を隠していたの?」
「……たまたま当たらなかっただけだ」
彼はそう言うがそれは苦し紛れの言い訳にしか聞こえない。それに兄さんの言っていた事が本当ならば、本来の彼はあの勉強会にはいるはずのないくらいには点数を取る事ができるーーいや、自分の点数を意図的に操作できると言うのならばそれどころではない。
もしかしたら、彼のようにこの学園にはまだ実力を隠している人間がいるのかもしれない、そう思うと彼の力を見抜けていなかった自分の実力のなさに不甲斐なさを感じた。
兄さんに少しでも近づくためにーーそう思って私は綾小路くんに聞いた。
「私の、兄さんが私がAクラスに上がれないとはっきりと言える理由はなに? 教えて……綾小路くん」
無表情な彼の瞳が少し揺れ動いた気がした。そこから少し考える素振りを見せると彼は言った。
「Aクラスに上がるのなら周りの人間の協力が必要不可欠。俺はそう思うぞ。例えお前が今切り捨てていた人間だとしてもな」
そう言った綾小路くんは今度こそ暗闇の中を去っていった。
◇
今日はテストの返却日である。櫛田に実力を見せると一方的に約束した手前手を抜くわけにもいかないわけで、もちろん星乃宮先生がホワイトボードに貼り付けたそれぞれの教科のテスト順位表の全ての上の方に田中誠と書かれていた。つまるところ、俺は今回のテストは満点というわけである。
自分の得意な教科や一つくらいならいざ知らず、全ての教科満点となるとなかなかそういないのではないだろうか。まぁBクラスには特に必要ないだろうと思いコピーを渡してはいないが櫛田が上級生から強請ってきた過去問を一度見せてもらっているのもあるわけでそんなに難しいことではない。それにこんなところで赤点を取るようなやつはそうそういないだろう。一つ問題があるとすればおそらく櫛田のいるDクラスだ。
トイレに行くついでに少し様子でも見てくるか、そう思って席を立つと教室の前には堀北がいた。
◇
「須藤が赤点を取ったぁ?」
「えぇ」
そう言う彼女にはとても焦りの様子が見れず、強いて言うなら事は既に解決した様子だった。もしかすると退学は免れられないので諦めただけなのかもしれないと思ったが堀北の目つきがそうではないと言っていた。
「貴方あの時図書室で言った、『クラスポイントで買えないものはない』……だったわね。あの助言のおかげで退学にはならずに彼は助かったわ」
つまり……"須藤の足りない点数を買った"。そういう事なのだろうか。
「えぇ、私としてはそのまま退学になってもらっても構わなかったのだけれどーーそれは置いておきましょう。今回の件はあなたには礼を言っておくわ」
勉強会の時はあんなにツンデレどころかツンツンしてた彼女が礼を言ってる姿に感動を覚えそうになる。俺、嬉しいよ成長してくれて。
「ちなみに一点あたりのポイントはいくらだったんだ?」
「10万よ」
高いな、とは思ったものの確かに点数をあまり安くしすぎるとポイントに余裕あるから平気勢がまともに勉強しなくなる可能性も出てくるかもしれないからわりと妥当なのかもしれない。
それにしてもよく助ける気になったな堀北は。あの勉強会での様子だと既に諦めているか切り捨てているかのような目つきをしていた気がしたんだがな。
「えぇ、そのつもりだったのだけれどね」
「この序盤でクラスの人間が一人でも欠けている状態の方が不利かもしれないと思ってね」
それによるペナルティがあったりと付け加える。
なんだ、少し考えればわかるじゃないか。前に少し話した時は結構『私一人の力でAクラスは上がるわ』みたいなそんな感じのツンツンした雰囲気だったっていうのに。この近日に何があった? よく分からないが堀北に関してはなかなか良い線で成長を刻んでいるようだ。いや何様だよって感じだが。
こちらとしては人数が足らない場合や退学によるペナルティなどの確認をしておきたかったために少し残念ではある。
それにしても過去問を配ったにも関わらず赤点を取る須藤の頭脳はなかなかにやばいな。短気で喧嘩っ早いところも含めていつ火がついて爆発してもおかしくない爆弾を抱えてる危険な状況だ。
「それにーー貴方も次からは本気で来るのでしょう?」
堀北はチラリとホワイトボードを見るーーあぁ、今の発言は俺の点数に刺激されたのか。
「いいや、というか今回はたまたま山が当たっただけだ」
「……そう。貴方がそう言うならそうなのでしょうね」
なんだその含みのある言い方は。
「それと、綾小路くんにも礼を言っておいてちょうだい」
「清隆に?」
「えぇ、昨日はありがとうと」
「了解した」
清隆が堀北に何かしたのだろうか。一応二人の仲のこともあまり知らないのでそこまで深掘りはしないでおく。
そして堀北は泰然とした足取りで帰って行った。……こう見るとスタイルいいな。顔もかなり整っている方だしモデルをやっていると言われても普通に信じてしまいそうだ。
そんなことを考えながらぼけーとしていると、ふと隣に気配を感じた。
「お前って堀北さんとも仲良いのな」
「いや、そんなことはないと思うぞ」
まぁ確かに周りへのツンツンした対応を考えたらあながち間違いではないのかもしれない。ただそれは比較的に喋るだけで仲が良いという部類では決してないだろう。というか"とも"ってなんだよ。それじゃまるで他の奴とも仲が良いみたいじゃないか。
「え、違うのか? この前Aクラスの坂柳さんとかがお前の部屋に入って行ったのを見たって情報がーー
「あいつは違う。断じて違う。絶対にだ」
「そ、そうか……」
その後は特に話すことも無くなったのか「じゃ、友達と遊ぶ約束あるから」 と言って彼も行ってしまった。
さて、俺も帰ろうと思い再び歩き出した。
今回のテストでDクラスは過去問のおかげもありクラス単位では大分高得点を獲得しただろう。それに加えて元々単独では優秀だった堀北の成長も見れた、もしかするともしかするかもしれないな。龍園くんや、俺や上のクラスばかりに目を取られていると足元を救われるのかもしれないぞ。
と心の中でひとりでに警告したがもちらん特に誰にも伝わるわけでもなかった。