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「あ〜暑い」
夏の日差しが容赦なく照りつけ肌を焼く。7月になり、高校3年生である俺たちは夏休みへと入ったはずなのだが、何故か俺たち3年は学校へと通わなければならない。それは何故か、そう、補習である。俺の通っている高校は一応進学校であり進学を希望する人がほとんどだ。そんな生徒達のために1・2年生の内容の復習や、マークテストの演習、二次試験の対策などの講義を任意参加で開講している。
これ自体はありがたいのだが問題なのはこの気温。まだ7時台だというのに家の温度計は32℃を示していた。携帯端末を操作し、今日の最高気温を調べてみれば38℃などとぬかしておる。早くエアコンの効いた教室に入りたい......
「あ、おはようございます。楽郎くん」
「おはよう、玲さん。今日暑すぎじゃない?」
「そうですね。汗で日焼け止めが落ちてしまいそうです」
「今日の補習は1限の英語と3限の数学、あとはお昼挟んだあとの歴史だっけ?」
「そう、だったと思います。今日も、残って勉強していきますか?」
「うん、そうしようと思ってる」
夏休みに入り、俺と玲さんはほぼ毎日一緒に勉強している。とは言っても無言で演習問題を解いたり、たまに解らないところがあると玲さんに質問したりしているだけなのだが。
「分かりました。今日は先に向かってくださいませんか?」
「ん?ああそういうことか。分かった、先に行ってる」
同じ文系なので取っている補習は大体同じなのだが、歴史の選択が違うため最後だけ受けるものが違うのだ。確か日本史の教師はよく授業を延長することで有名だったはずだ。日本史って大変だよなぁ。鎌倉室町あたりはよく分からんし漢字が覚えられん。その点世界史は長いカタカナが多いが、ゲームで慣れているせいか割とすんなり覚えられる。
「ふう、ようやく着いた。早く冷房の効いた教室に入りたい」
「ふふふ、そうですね」
◆
最終下校時刻を告げるチャイムを後ろに聞きながら、校門を後にする。しばらくはいつも通り、とりとめもない話をして歩く。
だが今日は、どうしても彼に伝えなければならないことがある、というより本来ならば一昨日には伝えていたはずのことであるのだが、緊張故に未だ口に出すことができないでいる。
しかし、内容を考えるとこれ以上先延ばしにすることはできない。そう自分に言い聞かせ、彼に気付かれぬようそっと呼吸を整えて頭の中で言うべき言葉を反芻する。ついに決意を固め、短く息を吐き、口を開く。
「あ、あのですね、来週の土曜日に市の花火大会があるのです、が......その......もし、もしよろしければ...................ご、ご一緒して頂けませんか!」
「んえっ?...............ああ、うん、いいよ。行こう」
「っ!ありがとうございます!」
「あはは、かわいいな玲さんは」
「カッ、かわっ!」
最近は彼といるのにも多少だが慣れ、日常会話では詰まることもなく話せるようになったのだが、こうした会話は未だ慣れない。というかおそらく一生慣れることはないだろうと内心思う。
「まあそれは置いといて、詳しい日程はまた今度でいい?」
「......はい」
◇
まさか玲さんがデートに誘ってくるとは思わなかった。にしても花火大会か......最後に行ったのいつだ?全然記憶に無いな、ひょっとして俺花火大会行ったことない?いやいや、そんなことないはずだ。リアルで花火を見た記憶もちゃんとある。でも直近の記憶は幕末なんだよなぁ。あんな汚い花火はもう見たくねえ。
◆
やりました。ついにデ、デートの約束を取りつけることができました。はぁ、今日はもう勉強できそうにありません。この後は岩巻さんに報告してアドバイスでも貰いましょうか。
『どうしたの玲ちゃん、こんな時間にに』
「えっと、楽郎くんを花火大会に誘えたので、その報告と、あとは何かアドバイスなど貰えればと思いまして」
『ようやく誘えたの?おめでとう。それはそうとして、せっかくのデートなんだからキスくらいしてきなさいよ?』
「キッ....そ、そんな、出来る訳無いじゃないですか!」
『そんなことはないと思うけれど........まあいいわ。でも手を繋ぐくらいはしなさい?』
「ぜ、善処します....」
『はあ、楽しんできなさいよ』
「はい!」
それでも、と真奈は思う。付き合って、自らの力でデートに誘えるようになったというだけでも十分に成長したと言えるだろう。付き合うとういのはひとつゴールであり、また新たなスタートでもある。そしてゴールするのは後者の方が圧倒的に大変なのだ。私に出来ることは精々知恵と勇気を分け与える事くらいである、彼女等の関係が少しでも長く続くように。まあ本人たちの性格からしてそんな心配は杞憂であることは理解しているのだが。
◇
デートの約束をしてから10日後、即ち今日がそのデートの日だ。17時に最寄りの駅に集合で、そこから電車で数駅、さらに10分くらい歩けば花火大会の行われる緑地公園に到着する。確か屋台自体は16時くらいからポツポツと始まるのだが、花火が打ち上がるのは20時からなので特に問題は無いだろう。ただ例年人の数がハンパないらしく、19時頃に行っていては座って花火を観る事さえ出来ないと聞いた。だから少し早めに行き、レジャーシートを敷くなどして場所を確保しなければならないのだ。
現在の時刻は16時45分、時間よりも少し早く着いたためか、まだ玲さんの姿は見当たらない。玲さんの性格的にはもう居てもおかしくないと思ったんだけどな、まあまだ時間までは余裕があるし、気にすることもないだろう。
あたりには花火大会に行くのであろう浴衣を着た人たちが少なからず見受けられる。というか俺もその1人なのだが。まさか浴衣を買うとこになるとは思ってなかった。初めは普通の服で行こうと思っていたのだが、玲さんに「楽郎くんも着て来てくれると、その....嬉しいです」と、言われてしまったからな。流石にあんな顔で言われたらね、ついポチっちゃうよね。しょうがないしょうがない。それにしても着付けは苦労した。自分で頑張ろうとは思ったんだが遅れるわけにもいかず瑠美に手伝ってもらったんだが、あいつ冷やかしやがって。まあ間に合った訳だし許してやるか。
「楽郎くん!」
「おお⁉︎」
名前を呼ばれ振り返ると、少し急いでこちらに向かって来る玲さんの姿があった。白縹色を基調とした生地に百合の花が配われた浴衣に石竹色の帯、普段肩上まで伸ばしているものを綺麗に編み込んで結われた髪、その全てが彼女に似合い、また彼女自身の美しさを際立たせていた。
「ごめん、なさい。待たせてしまいましたか?」
「いや、集合時間よりはまだ早いし、俺も今来たところだから」
「ならよかったです。あ、ええっと、その、服!」
「ああ、うん。浴衣も髪も、よく似合ってるよ。すごい可愛い」
「ふぎゅっ..................ら、楽郎くんも似合っていると思います」
「そうかな?ありがとう」
実際玲さんの今の見た目はヤバい。何がヤバいってまじヤバい。浴衣も似合ってるし、結われた髪ことによって見える頸がなんともこう..........っていかんいかん、そうじゃないな。
「じゃあ早速だけど行こうか」
そう言って手を差し出す。実際着てみると分かるのだが、この浴衣とかいうものとにかく歩きづらいのだ。だから階段とか登るのに支えがあった方がいいじゃん?...........シタゴコロナンテナイデスヨ?
「え...........あ、はい!行きましょう」
差し出された手を見て、俺の顔に視線を移し、もう一度手を見てそれが何を意味しているのかに気が付いたらしい玲さんは、少し恥ずかしそうにしつつも手を取ってくれる。握られたその手は小さくしなやかで、温かい。こうして俺たちは駅のホームへと、浴衣故に小さい歩幅で、歩き出した。