あと、綺麗なおじじを書いてみたくて。
――――早鐘が、バカみたいにうるさい。
また一匹、クソったれな悪魔を倒したというのに、ちっとも気分が晴れない。
ぜいぜいと荒く呼吸する所為で、ひどく喉が痛んだ。
「――――兄さん」
悪魔が、手を伸ばす。
鋭い爪が生え、鱗にまみれた手が。
そっと、頬を撫でてくれる。
「ありがとう」
心臓に剣が突き刺さっていると思えない。
とても、とても、穏やかな顔で。
安心しきったようにそう告げると。
時は流れてアメリカ、某ダウンタウン。
大通り少し入り込んだ場所、喧騒が遠のくそこに。
派手なネオンを掲げた事務所『Devil May Cry』があった。
住居と一体になっているその場所で、一人の少女が鼻歌交じりにコーヒーを入れている。
豆を挽き、湯を注ぎ、仕上げにミルクとシロップをたっぷり。
よい具合に出来たそれを、上機嫌で飲んでいると。
つい最近修理したばかりのドアが、心地よい軋んだ音を立てて開いた。
横目で確認すれば、肩掛けスタイルでスーツを着こなした老人が。
顔立ちからして、日本人だろうか?
「お客か?」
「それ以外の何物でもないつもりだ」
欧米人と比べて彫りの浅い面立ちは、しかして『ロマンスグレー』という言葉がよく似合う。
一方で、衣服の下からでもよくわかる鍛え上げられた体。
近所にたむろするチンピラがうっかり油断して吹っ飛ばされる様が、ありありと想像できた。
当然だが、知らない顔だ。
「悪いが、現在は店主不在に点き、合言葉以外の仕事は断らせてもらっててね。そうだってんなら他を――――」
「――――」
『ここの主人』がいなくなって以来、すっかり板についてしまった断り文句が。
老人が口にした『合言葉』で断ち切られる。
不意打ち気味に虚を突かれて、うっかり口を噤んでしまった。
「モリソン、という仲介屋から、紹介状も受け取っている」
知り合いの文字でつづられたものまで見せられてしまっては、無下に返すわけにもいかなくなってしまった。
「儂の名前は『風鳴訃堂』、我が恩人『スパーダ』の血を引く娘よ。是非頼みを聞き入れてもらいたい」
ダメ押しに、会ったこともない祖父の名前まで持ち出されて。
彼女――――『クリス』は、胸中で両手を上げた。
「・・・・いいだろう、話を聞こう。コーヒーと紅茶、どっちがいい?悪いがグリーンティは無ぇぞ、ジャパニーズマスラオ」
「では、コーヒーを」
「そうさな。まずは、我が日ノ本が他国に比べて、悪魔の出現が極端に低い理由から話そう」
「その始まりは、太平洋戦争終結直後に遡る」
「当時の日ノ本は、まだ他国と同等に悪魔が出現しておった。対応は我が風鳴が指揮する部隊により成されておったが・・・・敗戦し、疲弊しきり、そして戦勝国に虎視眈々と狙われている状態では、それも叶わなんだ」
「更に、行く末を案ずる民の悪感情に引き寄せられ、悪魔の出現も増える始末」
「このままでは国が亡ぶと、確信を持ってしまっていた」
「愛した野も、山も、誇りある文化も、何もかも。外道畜生の悪魔と、敗戦国と見下す連合国に、蹂躙されつくしてしまうと」
「そんな折に現れたのが、スパーダ殿だ」
「始めこそ悪魔であることに驚いたが、人を防人り、慈しむ御姿を、我らは信用に値すると判断した」
「その上で、頼み込んだ。どうか日ノ本を守るため、亡びを回避せんがため、お力を添え給えと」
「彼もまた、我らの願いを聞き入れお応えくださった。そうして出来たのが、八島全土に起点を配置した、大規模結界である」
「仕上げとして、儂はスパーダ殿の血を受け取って眷属となり、この身そのものを結界の要とした」
「悪魔なれども、人を守護する御方の加護。それにより不老長寿を手にした儂は、日ノ本を戦勝国に侵させんと、何とか凌ぎ切り、その
「――――異変の始まりは、30年前だった」
「大して何も思わないもんだな、仮にも故郷だってのに」
ネオンや24時間営業の光に照らされた夜を、少女『クリス・レッドグレイブ』は見下ろしていた。
春先の冷たい風が、戦意に熱る体をちょうどよく冷ましてくれる。
「まあ、いいや。引き受けた以上はこなすだけだ」
現れる気配。
気だるげに首を傾け、コートをひるがえす。
腰に携えるのは、銃刀法違反で警察すっ飛び待ったなしの銃火器。
全長6インチのマガジン式ハンドガンに、大ぶりの刃がにょっきり生えている。
『殺る気満々』と言うべき代物。
知り合いの『芸術家』が『カストール・ポルデュークス』と名付けた二丁を、軽々取り廻して。
媒介の砂を垂らしながら迫ってきた悪魔の鼻っ柱を、手始めにぶち抜いた。
崩壊する砂を、コートの回転でまき散らしながら頭上へ。
群れの頭上を陣取り、弾丸の雨を浴びせてやる。
着地と同時に、腕を大きく振って斬撃。
リズムよく三匹屠り、振り向きざまに背後を射撃。
虫けらが調子に乗っていることに、悪魔達が怒りの雄叫びを上げれば。
クリスは獰猛に笑って見せた。
攻撃はもっと苛烈に、動きはもっと洗練されていく。
合間を縫ってすり抜けた、斬撃と共に発砲した。
踏み込みと共に突き込んだ、打ち上げた後で切り伏せた。
時には踏みつけた一匹をスケボーに、縦横無尽に駆け巡った。
一匹が防御で刃を止める。
すかさず銃弾をくらって、後ろにいた一匹もろとも絶命する。
弾丸と並走して突っ込み、体ごと刃を振り回す。
ここまでくれば、もはや油断も何もあったものじゃない。
何とか起き上がろうとした一匹を、無情にヘッドショットすれば。
当たりは仮初の静寂に包まれたのだった。
「うん、さすがニコ姉」
手にしっかり馴染む武器の感触に、満足感。
上機嫌で腰に収めると、次の気配の場所へ向かう。
「しっかし、弱ってるってのは本当らしい」
途中で何度かグループを掃除しながら、ふと考えたのは。
訃堂に依頼された内容だった。
彼が若かりし頃の百年近く前、スパーダによって施された大規模な悪魔除けの結界。
それが数十年前に契約が切れて以降、段々と弱まってきているということだった。
幸い修復方法は伝わっているが、如何せん当時の他国の口出しで、人員が絶妙に足りないままの状態。
そこでクリスに頼まれたのが、日本に滞在しての悪魔退治だった。
彼女が一部を引き受け負担を軽減し、その隙に弱まった結界を今一度張り直し、強固なものとする。
それが、訃堂の考えた作戦だった。
短くとも半年はかかる、大規模な依頼だ。
「まあ、こっちの親戚にも顔出し出来るし、悪かねぇか」
再び現れた群れに、何度目か分からない抜刀をして。
「
クリスは不敵に微笑んだ。
クリス・レッドグレイブ
おじいちゃんが伝説の魔剣士だったクリスちゃん。
身長は響以上翼以下。
バルベルデの惨劇直後に、母方の親戚に引き取られた。
父方の親戚ともそこそこ良好な関係であり、誕生日や正月にはプレゼントを贈ったり送られたりする。
武器は、大ぶりの刃がついた二丁拳銃『カストール・ポルデュークス』。
元々拳銃とナイフは別々に所持していたが、切り替えのもたつきを気にした知り合いの『芸術家』が、一体になった武器を作ってくれた。
剣術よりも射撃が得意。