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「絶影?」
「ああ。53層の件、憶えてるか?」
アインクラッド50層、アルゲードの主街区の裏路地にある雑貨屋に、黒ずくめの剣士の姿があった。目の前にはスキンヘッドの強面の巨漢が、カップに紅茶を注いでいる。ポットを置いて、ソーサーに乗せたティーカップを剣士の前に置いた。
「ああ、いつの間にか攻略が終わっていた層だろ。攻略組が血眼になって攻略者を探してたけど、結局見つからなかったんじゃなかったか?」
デスゲーム、ソードアートオンラインの攻略は現在、攻略組と呼ばれるトッププレイヤーが集めた情報を基に作戦を立て、レイドと呼ばれる大部隊でフロアボスを倒している。その陣頭指揮はトップギルド血盟騎士団の団長か副団長が行っており、攻略した人物が不明であることは基本的にない。
ただ、最前線が60層である現在、唯一の例外が53層。
フロアボス攻略ではラストアタックボーナスが出現し、そのドロップ品はゲーム内でも一品物であるユニークアイテムであることが多い。ゲーマーというのは特性上、妬み嫉みの中でも特別を持つと自慢したがる傾向にある。
だからこそ、フロアボス攻略という偉業を成し遂げたにもかかわらず、攻略者が名乗り出なかった53層の攻略は謎に包まれていたのだ。
「まさか、攻略した奴が見つかったのか?」
「見つかった訳じゃないんだがな」
「さっき言ってた絶影、ってやつか」
「噂だけは前から流れてたんだが、今回の騒動で確かに存在するプレイヤーだってのがわかったんだ」
「だけどそんな奴、攻略会議でも見たことないぞ……って、今回の騒動?」
「あ?知らないのか?」
そうして雑貨屋の店主、エギルがアイテムストレージから出現させたのは一枚の羊皮紙。情報屋が発行する情報誌だ。それには二種類あり、定期的に発行するものと、フロアボス攻略などの大きな事態があった時に発行するものがある。今回は後者のようだ。
「60層攻略!?1時間前に61層のアクティベートまで…!」
「鼠が持ってきたから正確な情報の筈だ。ただ、見てほしいのはその写真だ」
「写真?」
エギルが指で示したのは一枚の写真、に映る小さな人影。
「なんだこれ?プレイヤーか?」
「ボスモンスター撃破直後の写真だそうだ」
「直後、って一人しか映ってないぞ」
「それが絶影、らしい。アルゴが見た限りでは、ボス攻略も一人でやったらしいぞ」
「フロアボスを、たった一人で……!?」
迷宮区は洞窟のようになっていて、フロアボスの守護する部屋は大体薄暗い。
そのせいで写真も見づらくなっているが、ボス部屋には羽織を纏った一人分の影がある。アルゴの弁によれば、彼女がボス部屋に着いたときには既に戦闘は始まっていて、そこから2時間近く経った写真がこれだそうだ。
「武器は不明、装備も不明。ボス戦中はスキルエフェクトも無かったそうだ」
「な、なんだそれ。たった一人で、ソードスキル無しにボス攻略したってのか?」
それが本当ならば、絶影と呼ばれるこの影はSAO中最強のプレイヤーということになる。
この世界で唯一のユニークスキル、神聖剣を持つ血盟騎士団団長のヒースクリフでさえフロアボス攻略にはレイドを組んで挑んでいる。HPゲージがイエローになったところを団員ですら見たことが無いという不敗神話も大概だが、フロアボスソロ攻略などそれ以上の伝説だ。
黒ずくめの剣士、キリトは絶影と呼ばれる影が自分と同じβテスト出身者ではないかと考え、即座にその可能性を切り捨てる。
テスト期間中に誰よりも攻略を進めたのは、他ならぬキリトだ。そんな自身でさえ為しえることのできない偉業を為せる程の実力を持つプレイヤーはいなかった筈。まったりプレイをしていたとしても、それはテスター以外のプレイヤーと同じという意味でしかない。
いや、問題はそこではない。
これほどの実力を持つプレイヤーが何故、今までボス攻略に参加しなかったのか。何故、たった一人でボス攻略などという無謀ともいえる偉業を為したのか。
「……こいつが何処にいるか、わかるか?」
「わかってりゃアスナが勧誘してるだろ」
「それもそうか……」
二人の脳裏に攻略の鬼の可憐な姿が浮かぶ。
「いい話も聞けたし、俺はそろそろ行くよ」
「おう。また宜しくな」
飲み干したティーカップをソーサーに置いて立ち上がる。
ビーターとして強く在れと自身に課したキリト。
この世界唯一とされるユニークスキルを持つ生ける伝説ヒースクリフ。
攻略を強引にでも推し進める攻略の鬼たるアスナ。
現在の攻略組におけるトッププレイヤーをも打倒しうる程の実力を持つ、絶影と呼ばれるプレイヤーに、生粋のゲーマーであるキリトが興味を抱かない筈もなかった。