1話 邂逅
3
青い影が弾丸のような速度で駆け抜ける。目の前にポップした三体のモンスターをすれ違いざまに9回切りつけ、死亡エフェクトのポリゴン片を巻き上げて駆けだした。
神業ともいえる瞬殺に驚きながらも、その影を追う人物が二人。
一人は情報屋、鼠のアルゴ。黄色のマントに三本髭が特徴的な彼女は、アインクラッド内で最も優秀な情報屋であると同時に、あらゆるプレイヤーの情報をも扱う最悪の出歯亀ともいえる。その最大の武器はアジリティ特化のステータスであり、自分で豪語するだけあって速度だけならば攻略組に匹敵するレベルだ。
そんなアルゴに雇われたのが並走する攻略の鬼、アスナだ。攻略組トップギルド、血盟騎士団の副団長を務め、閃光の異名を持つ彼女は攻略組でも最速に位置する人物だった。
「くっ、速すぎる……!」
「オイラじゃもう追い付けないヨ!アーちゃん、後は頼ンダ!」
「はい!任せてください!」
迷宮区で青い影を見つけたのが5分前。そこから二人で声をかけようとした瞬間から始まった鬼ごっこは、徐々に突き放されてきている。
アルゴのスピードが攻略組に匹敵するとはいえ、その攻略組で最速のアスナがアルゴに合わせていては意味が無い。へばったアルゴを置いてギアを上げたアスナは、栗色の長髪を靡かせて青い影を追う。それでも距離は縮まらないが、何とか見失わずに済んでいる。
始まりはアルゴがアインクラッド60層攻略の一部を見届けたことからだ。
情報屋としてフロアボスの攻略情報を集めるため、高レベルの隠蔽スキルと自慢の逃げ足を武器に最前線の迷宮区へ単独で潜ることにした。徘徊し、ポップするモンスターを避けに避け、小一時間で辿り着いたのは、既に扉の開いているボス部屋。
ボス攻略のための情報収集中に、既にボス攻略が始まっているとなれば覗くのは当然のこと。そうでなくても、ボスの姿を見ておいても損はない。
だが、ボス部屋の中で行われていたのは攻略などではなかった。
フロアボスと思われる巨大なモンスターが、何かに襲われている。アルゴの眼では追えない速度でボスモンスターに傷をつけている何か。分かるのは、ボスの体にただただダメージエフェクトが増え続けている状況だけ。
一方的な虐殺。
ボスの振るう巨大な刀は何かに当たることも無く、傍から見ればチャンバラでもしているかのようだった。
アルゴの目に映ったボスの素振り。2時間続いたそれは、唐突に終わりを迎えた。
ボスの部屋に充満するポリゴン片。部屋の中央には『Congratulations!』の文字が浮かんでいる。
それが示すところは、このフロアを守護するフロアボスが消え去ったということ。見えない何かに、強大なボスが倒されたということだ。
理解が追い付かない。
SAOのボスは、通常モンスターとは比較にならない強さと耐久値を持つ。少なくともHPバーは3本以上あり、攻撃が掠れば致命傷になり兼ねないのがその証拠。だからこそ、大盾を持つタンクが攻撃を弾き、アタッカーがその隙を突く。攻撃を受ければ回復の為のローテーションを回し、大人数で最も安全な策を取り続ける。それがボス攻略のテンプレートになっていた。
だが、目の前で行われていたのは、攻略とも呼べぬものだった。
「誰、なンダ……?」
ボス部屋の敷居を跨ぐように、一歩。
それ以上は入れなかった。
何故か。
「……ッ!?」
ボス部屋の中心にいたのは一つの影。ポンチョのような、マントのような、足先に向かって広がる衣服系の装備をしていること以外、何もわからない影。
その影が僅かに振り向き、暗闇の中で見えた瞳は、暗闇以上に暗かった。見つめていると吸い込まれそうで、全てを敵視しているかのように濁った瞳。
その瞳に竦み、硬直して、怯えている時間をアルゴは覚えていない。
ただ、見ていたはずの影が唐突に消えたことを覚えている。
煙のように、ではなく。イリュージョンみたいに、でもなく。
初めから誰もいなかったように、消えていたのだ。
そこからのアルゴの動きは早かった。
驚きに浸っているのも束の間。影が消えた理由を隠蔽スキルとアジリティ特化のビルド故だと判断したアルゴは、ボス攻略者に直接話を聞くために探索を開始する。
その過程で、知り合いの中どころかアインクラッド最速のプレイヤーであるアスナに声をかけることにした。
攻略の鬼であれば、たった一人でボス攻略ができるプレイヤーの存在を知れば格安で協力してくれるだろうとの打算もあった。
結果は御覧の通り。
幻の絶影を必死になって追う閃光を見届ける。
彼女にも絶影を追う理由があるようだが、アルゴはそれを知らない。
だからこそ、彼女たちは絶影を追っている。絶影と呼ばれるプレイヤーを知るために。
岩陰に座り込んだアルゴは、右手を振るった。
速い。
青い影を追うアスナの率直な感想だった。視界の端に捉え続けるのがやっとで、駆け抜ける道先にポップするモンスターを影が倒してくれることに、正直助かっていた。
アスナにとって、絶影はただの噂ではなかった。
血盟騎士団は今でこそ巨大トップギルドとして名を馳せているが、設立当初は十人にも満たない小規模ギルドだった。当時から団長のヒースクリフは頼れる存在だったが、完璧な人間は存在しない。
4人パーティで迷宮区のマッピングをしていた時。ヒースクリフとアスナを含めたそのパーティは、パーティメンバーの判断ミスでブービートラップにかかってしまった。
只管にリポップし続けるモンスターを相手に、四人は背中を合わせて奮闘した。幸いにも一体一体の強さは問題視するほどではない。問題なのは、その量とリポップするスピードだった。開けた場所であるにもかかわらず、突破口すら見えないモンスターの大群。
誰か一人でも崩れたならば総崩れもあり得るその状況に、絶影は現れた。
現れた、という表現は正しくないかもしれない。
モンスター群の外側から、影すら残さない速度で狩り尽くし、言葉を交わすことも無く通り過ぎていった台風のような存在。
数体のモンスターを残して過ぎ去った影は、噂通りの青い影だったことを覚えている。
その時の感謝を伝えねばなるまいと、アスナはアルゴの提案に乗った。当然、アルゴが睨んだ通り、絶影の攻略組への勧誘も目的の一つではある。
近頃は攻略のスピードも落ち、攻略組全体に弛緩した雰囲気が漂いつつあった。血盟騎士団を始め、聖龍連合、風林火山等々、トップギルドの中でも攻略を急く者が少なくなっていた。特にアスナの気を立てているのが、ソロで活動するトッププレイヤーである黒の剣士。プレイヤースキルはヒースクリフにも匹敵しうる、攻略組のキーマン。だが、どこか飄々としていて、まるで散歩でもするかのように最前線に潜り、圏内とはいえ野原で昼寝をする姿がどうにも癪に障る。必死さが無いというか、強さに対して言動の緩さが目立つ。
だからこそ、絶影と呼ばれる幻のプレイヤーを欲している。
たった一人でのボス攻略。SAO最速のプレイヤー。影さえ捉えることのできない存在を攻略組に迎え入れることができたなら、きっと起爆剤になってくれるだろうと。
所詮、攻略組に属するほとんどのプレイヤーはゲーマーだ。自分より強い存在が現れれば、多少は必死さを取り戻してくれるだろうと考えた。
息をする必要も無いが、アスナは短く息を漏らす。ゲームの中でなければ、全力疾走を十分も続けることなど不可能だ。
それを目の前の影は続けている。ならば、自分が負ける訳にはいかないと、全力のペースを引き上げる。
絶影と閃光。
二人の鬼ごっこは、迷宮区から出た森林エリアのとある場所で終わりを迎えた。
圏外での安全エリアを示す半透明のドームを抜けた先にある一軒のログハウス。明らかにNPCのクエストフラグが建つタイプの建物だ。丸太を並べて作られた扉が、ギィと音を立てて開く。
「あ……」
中から出てきたのは、浅葱色の羽織を纏った和装のプレイヤー。腰には短剣サイズの武器が鞘に納められている。
あの時、自分たちを助けてくれた幻影。さっきまで追いかけていた絶影の姿かたち、カラーリングと一致していた。
「あの!」
持ち前の速さで逃げられる前にアスナはそのプレイヤーに声をかける。息も絶え絶えになりながら近づいてみれば、男か女か見分けがつかない顔立ちをしていることに気づく。黒の剣士ことキリトも女顔だったが、その比ではなかった。穏やかそうな垂れ目に、暗く濁った瞳。そしてポニーテールにした金糸の髪。女性と見るには少しばかり違和感のある袴の着方をしていなければ、間違いなく女性として声をかけていただろう。
ともかく、アスナは絶影の噂が出現してから、当の本人に接触した初の人物となった。
「……僕に何か用?」
「その、あなたが絶影、でいいのよね?」
「ぜつえい?なにそれ」
あ、と小さく漏らす。
絶影とはあくまで噂話の中での通称。正式なプレイヤーネームではない。
「えっと、60層のボスを単独撃破したのはあなたで間違いない?」
「ん、それなら僕だよ」
「そう。私はアスナ。血盟騎士団で副団長を務めています。今日はあなたにお願いがあって伺いました」
ログハウスに入るための階段を降りてくる絶影に、ようやく息を整えたアスナは本題を伝える。
感謝よりも勧誘が先になってしまったのは、攻略組の陣頭指揮をとっている責任感からだろう。
「お願い、ね」
「ええ。あなたの力を攻略組に貸していただけませんか?たった一人でフロアボスを倒せるあなたの力があれば、攻略のペースももっと早くなる」
「……」
目の前までやってきた絶影はアスナより小さく、顔つきも幼いことに気づく。キリトと同じか、それよりも年下に見えた。
こんなにも小さな子供が現在最強のプレイヤーで、そんな子供に頼らなければならないとは。自身の力不足もそうだが、攻略組の大多数を占める大人たちの不甲斐なさに憤ってしまう。この絶影と呼ばれる子供がたった一人で凶悪なフロアボスと戦っている間、のうのうと圏内に居たなんて。許されざることだろう。
だが、それでも絶影の力は絶大で。たった一人でボスモンスターを倒せる人間が、比較的安全且つシステマチックにボスを倒す攻略組に加入すれば、互いにとっていい結果になるだろうとアスナは考えていた。
「二つ、聞いてもいい?」
「え?ええ」
「なんで僕に声をかけたの?知り合いでもない、名前も知らないプレイヤーを探すより、中層にいるプレイヤーの育成をした方が早いと思うけど」
その問いに、アスナはすぐに答えた。
考えるまでもない。
「あなたの力があれば、今の攻略組の士気は上がる。士気が上がれば攻略ペースも早くなるし、中層プレイヤー達が攻略組に参加することを目標にするかもしれない。結果的にゲーム終了までの期間が短くなることだって考えられる。あなたには、それだけの力があるのよ」
絶影の名は、それだけの価値があるのだ。
「……そう。じゃあもう一つ」
「はい」
「貴女は何のために攻略組にいるの?」
アスナは一瞬だけ声を詰まらせた。
その問いに対する回答は、一つ目よりも簡単だ。何故なら、このゲームがデスゲームと化したその時に、ゲームマスターたる茅場明彦からその命題に対する回答を与えられているのだから。
誰もが現実世界に帰りたいと願い、その想いを背負って最前線で戦う者達。それが攻略組。
「それは、帰るため、です。あなただってそうでしょう?このゲームをクリアする以外に、現実世界に帰ることはできない。だから強くなって、ボスを倒し、この城を上り詰める」
その回答は、誰が聴いても満点だった。この世界を創造した茅場の回答そのものと言ってもいい。
模範解答を聞いた絶影はうんうんと頷き、真正面からアスナに言う。
「そっか。それを聞いて安心したよ」
「そう?なら……」
「僕と貴女たちの目的は違うみたいだから、協力はやめとく。邪魔はしないから」
拒絶。
想定していたものと真逆の回答に、アスナは困惑する。
誰だって命は惜しい。回復ポーションに回復結晶、あらゆる戦闘スキルに、より硬い防具、より強い武器。死なないために装備を整え、命を守り守られるためにパーティを組み、ギルドを作る。圏外が危険であるというのは言うまでもないことだが、その中でもより死が濃密で身近な場所が、フロアボスが守護する部屋だ。
今でこそシステマチックにボス攻略が行われているが、第25層、50層では少なくない犠牲を出し、それ以外のボス戦でも度々犠牲者を出してきた。SAOが始まって以来、自殺者を除けば最も高い死因でもある。フィールドのモンスターやブービートラップ、レッドプレイヤーによるPKよりも遥かにプレイヤーを殺してきた。
ただ、どれだけ恐れようとも、このデスゲームを攻略する上で避けては通れない死の部屋でもある。
だからこそ、互いの命を守るための提案でもあったのだが、断られるとは。しかも、目的が違うという言葉の意味も分からない。
全SAOプレイヤーの目的は、生きて現実世界に戻ること。
そう疑わないし、真実、それ以外にあり得ない。数少ない例外と言えばレッドプレイヤーのギルド、ラフィンコフィンくらいだが、彼らはカウントしなくていいだろう。
ともかく。
アスナは困惑し、焦るように聞き返す。
「も、目的が違うってどういうこと?現実の世界に帰りたくないの?」
アスナの隣を通り過ぎようとする絶影の肩を掴んで引き留めた。
「そうだね。SAOがデスゲームになっていなければ、帰らざるを得なかっただろうけど」
ピタリと足を止めた絶影は、振り向くこともなく答える。
ネットゲームの暗黙の了解として、リアルの情報を聞かない、というものがある。理由は言わずもがなであるし、ゲーマーではないアスナも理解はしている。
絶影の答えの真意はリアルにこそあると判断したアスナは、深く聞くことを諦め、手を放す。
「もういい?」
だが、今は個人の事情を鑑みる場合ではない。
たった一人ここに残りたいと言っても、それ以外の多数は現実世界に戻るために戦っているのだ。
力を持つ者は、それを弱者の為に振るう義務があるとアスナは考えている。ましてや、この状況。一人の我儘より優先すべきことがあると思うし、実際、このゲームを終わらせたくないと思いつつも攻略に参加している大人もいるはずだ。
ならば、自分がすべきことはただ一つ。
「あなたの事情は理解しました。ですが、こちらも命を賭けて、全プレイヤーの為に戦っています。トッププレイヤーたるあなたにも、その義務はあります」
「……」
「だから、私とデュエルをしなさい。あなたが勝てば諦めます。ですが、私が勝てば攻略組に参加してもらいます」
あまりにも一方的な宣言。互いの同意によって成り立つデュエルをするには不釣り合いな言葉。絶影がポップアップされたウィンドウの拒否ボタンを押してしまえば、アスナの宣言するデュエルは始まることも無く終わる。
自身の事情を優先するなら、絶影はこのデュエルを受けるべきではない。
だが。
「……わかったよ」
絶影の指は、赤い丸のボタンをタップしていた。デュエルの成立とともに60秒のカウントダウンが始まる。
絶影から距離を取ったアスナは腰に差した細剣を抜き放つ。水晶のような色合いのレイピアは木漏れ日を反射して輝く。白い団服に美しい細剣。聖騎士をリーダーとする騎士団に相応しい出で立ちだった。
対して絶影は、浅葱色の羽織の中。腰にぶら下げている鞘から短剣を引き抜く。柄から切っ先まで真白な片刃の短剣は、明らかにレアドロップ品だろう。
レイピアを引いて構えるアスナと、短剣を逆手に持って棒立ちする絶影。
普段なら、デュエルの相手が棒立ちでいればやる気がないと見なして激昂するだろうが、相手は絶影。油断などできるはずもなかった。
緊張を理性で押さえつけ、鼓動と合わせて減っていくカウントを見つめる。残りが5秒になったところで、もう一度絶影の姿を見る。突っ立ったまま短剣を持っているだけ。構えもなく、ソードスキルの発動はおろか、動き出しも遅れてしまうだろう。
デュエル開始と共に近づいて、最速のソードスキルでスピードをブースト。絶影が動き出す前に決着をつける。
脳内で組みあがった最善策を信じて、地面に触れる足裏に力を籠めた。ジャリ、と音を立てた瞬間、電子音が鳴り響き、決着がついた。
「動いたら首が飛ぶけど」
一瞬たりとも目を離したりはしなかった。瞬きだってしていない。
それだと言うのに、絶影は一瞬だけ姿を消し、その存在に気づくよりも前に、アスナの首元に短剣の刃をあてがっていた。
目前で半身になり、伸ばした腕の先では順手で持った短剣の切先がアスナの喉に触れている。最早、『はやさ』がどうのという次元の話ではなくなっていた。
動き出しも、移動しているところも、武器を持ち替えた瞬間も。何もかもが見えなかった、感じなかった、理解できなかった。攻略組の中でも自他ともに認める程の速さを持つアスナのプライドが傷つくよりも早く、絶影はアスナに敗北を与えていた。
「僕の勝ち、でいいよね?」
手首のスナップだけで逆手に持ち替えて納刀する。デュエルのシステム上、敗北宣言を行うか、デュエルのモードに則った決着をつけない限りデュエルは続く。つまり、目の前で無防備な絶影に一撃を与えれば、アスナの勝利となるのだ。
だが、そんなことができるはずもなかった。
完全な敗北。圧倒的な実力差を前に、動くことすらできなかった自分に目を瞑って、まだ負けていないと吼えることなどできない。自分に嘘を吐けないアスナには、敗北を認めるしか選択肢が無くなっていた。
「り、リザイン……」
「ん。じゃあ僕は行くよ。攻略、頑張ってね」
二人の間に現れた勝敗を告げるウィンドウを見ることも無く背を向けて去っていく絶影。
ようやく会えた幻のプレイヤーに感謝を伝えることも忘れて、何もできず、何もわからず、ただ居るということと、そのはやさを知っただけ。得られたことは何もない。
また会おうにも、今回の接触は偶然の産物だ。アルゴの追跡能力とアスナのスピード、絶影自身がクエストをこなしていたことが重なり、ようやく起こった奇跡。
せめて。せめて、絶影に関する何かを得なければ。次のチャンスに繋げるために。
「ちょっと待って!」
安全エリアから出ようとする絶影の足が止まる。
「まだ何か?」
「あなたの名前を教えてくれない?できれば、フレンド登録も」
フレンド登録ができれば、互いの位置を追跡できる。偶然ではなく、確信をもって出くわせるというわけだ。
「……ヴィクティム。僕の名前。フレンド登録は嫌だけど、名前くらいはね」
「ヴィクティム……ありがとう。また、会えるかしら?」
「さぁ。最前線にいるつもりだけど、会えるかどうかは貴女の速さ次第じゃない?」
「そう。それなら、また会いましょう」
僅かに微笑んだ絶影改め、ヴィクティムを見送る。先ほどから変わらない速さで駆けだしたヴィクティムは、金と浅葱の尾を引いて安全エリアから出ていった。
絶影。SAO最速のプレイヤー。その正体は、ヴィクティムと名乗る性別不明の子供。操る武器は片刃の短剣と、伝説のように囁かれる目にも止まらない『はやさ』。
スズメの涙ほどの情報だが、現時点においてヴィクティムに誰より詳しいプレイヤーはアスナだ。
だからこそ気付いたのかもしれない。
ヴィクティム。
『Victim』と記されるその意味は、犠牲。被害者や、人身御供といった意味の英単語。
何故それを名乗ったのかは知らないが、兎にも角にもアスナの次の行き先は決まった。
「アルゴさんのところに戻らなきゃ」
自身のトップスピードで駆け抜けてきた道を、今度はゆっくりと歩いていく。