犠牲の道   作:百日紅 菫

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2話 黎明

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 それからというもの。

 

 アスナは最前線でレベリングを兼ねてヴィクティムを探し続けた。数日に一度遭遇できるかどうかではあったが、その間も只管にフレンド登録と攻略組への勧誘を続け、どうにか前者の約束を条件付きで取り付けることに成功した。

「それで、条件ってのは?」

 場所は第50層主街区アルゲードの裏通り。ぼったくり店主と囁かれる斧使いエギルが営む商店の2階。彼と仲の良いメンツが集うのによく利用している部屋で、アスナを含めた攻略組の数人が集まっていた。

 血盟騎士団のアスナ。黒の剣士と呼ばれるキリト。情報屋のアルゴに、共通の友人であるリズベットと店主のエギル。

 誰もが攻略組の中でも名を馳せる人物だが、中でもキリトの実力は攻略組でもトップクラスで、高い筋力値と敏捷値から繰り出されるソードスキルは、キリト自身のスキルへの理解も相まってSAOでも一二を争う攻撃力を誇る。

 何故そんなメンバーが集まっているかと言えば、絶影ことヴィクティムについて進展があったからだ。

「今度、ラフィンコフィン討伐作戦があるでしょう?その情報を渡してほしいっていうのよ」

「ラフコフの情報を?」

 ラフィンコフィンと言えばSAO最大の殺人ギルドだ。圏内での睡眠PKを始めとし、様々な殺人方法を編み出してきた。

 ゲーム内での死が現実の死に繋がる、このデスゲームで。

 普通だったら躊躇うプレイヤーへの攻撃も、躊躇することなく実行する。故に、フィールドではモンスターに並ぶ脅威として恐れられていた。

 だが、そんな彼らのアジトが発見されたのを切っ掛けに、討伐作戦が組まれた。犯罪を犯したプレイヤーのカーソルはオレンジ、殺人を犯した者はレッドに変わり、彼らは圏内に入れなくなる。その為、発見されたアジトは圏外のとある洞窟内にある安全エリアだった。

 そこへ攻略組の精鋭で奇襲をかける。

 いくらPK集団と言えど、最前線でレベリングをしている攻略組にステータスで勝てる訳も無く、圧倒的な実力差を以てラフコフのメンバーを全て第1層にある監獄エリアに連行する算段なのだ。

 ヴィクティムは、その情報をフレンド登録の条件に突きつけてきた。

 それが意味するところは分からないが、討伐隊の彼らが疑わしいと思ってしまうのも道理。

「まさか、絶影がラフコフのメンバー、ってことはないよな?」

「それは無いわ。情報って言っても、アジトの場所だけが知りたいって言ってたから」

「襲撃の時間とかを知りたいわけじゃないなら、ラフコフのスパイじゃなさそうね」

 何故ヴィクティムがラフコフのアジトを知りたがっているのかは分からない。けれど、今までの噂話や、実際に会話をしたアスナは思う。ヴィクティムはオレンジプレイヤーではない。ましてラフコフのメンバーなどあり得ない、と。

「それで、アーちゃんはどうするンダ?」

「一応、団長には相談したんだけど、私に一任するって」

「ヒースクリフなら言いそうだな」

「はい。だから、次会った時に伝えようかと思ってるんです。ただその前に、皆にも意見は聞いておこうと思って」

「アスナが決めたなら誰も文句はないだろうぜ。ただ、襲撃の日時はずらした方がいいだろうな」

「アタシはそもそも作戦には参加しないし。アンタたちが無事に帰ってこれるような作戦にしなさいよ」

「俺も部外者になっちまうから、リズと同じ意見だな」

 エギルがリズベットの言葉に同意すると同時に、一階の商店のベルが鳴った。扉の開閉と共に音が鳴るため、客が来たのだろうとエギルは断りを入れて席を立つ。

「そんじゃあ、聖竜連合にはアタシから言っておくヨ。情報料の取り立てもあるしナ」

「あ、あはは。ありがとうございます。それじゃあ私は行きますね」

 アスナとヴィクティムがフレンドになれば、ヴィクティムが最速で手に入れた情報を得ることができるかもしれない。攻略組に参加してくれる可能性も高くなる。

 そんな思惑もあったが、何よりも全員が思ったのは、ヴィクティムを追いかけるアスナの雰囲気が日に日に柔らかくなっていることだった。

 自分よりも小さな子供が危険な最前線にいるからか、まるで姉のように心配しているアスナ。その姿は攻略の鬼とはかけ離れていて、だからこそこうして攻略組の一部のメンバーと親しい関係を築くことができている。

 けれど、アスナと親しいこのメンバーは、ヴィクティムと関わるアスナの雰囲気が変わっていくのと同時に、得体のしれないプレイヤーと関わることが心配だった。SAOがVRMMOである以上、現実世界で友人でもない限り、隣にいるプレイヤーなど得体のしれない人物でしかないが、気心が知れているというだけで安心感はある。

 ただ、ヴィクティムにはそれがない。

 絶影の噂話を知るプレイヤーはごまんといるが、その正体がヴィクティムであることを知っている人数は両手の指で数えられる程。さらに、その顔を見て、その人物がヴィクティムであると判断できるプレイヤーは、現状ではアスナくらいのものだ。

 

 アスナに続いてエギルの商店に降りた一同は、客を相手に交渉しているエギルに声をかける。

「エギル、俺たちはそろそろ行くよ」

「部屋、貸してくれてありがとね」

 だが、商談が盛り上がっているのか、エギルは二人の声に気づいていないようだった。

「お、おい。本当にいいのか?相場の半分以下の価格だぞ?」

「別にいいよ。代わりに回復アイテムをくださいな」

「おお!お得意さんだからな、持てるだけ持ってけ!」

「いや、そんなにはいらない」

 エギルの巨体に隠れて見えないが、どうもレアアイテムか何かを大量に仕入れたらしい。その上、このぼったくり商店のお得意さんとはどんなもの好きだ、と一同の興味を引いた客。強面のエギルにも平然と相対する口調からして相当な度胸の持ち主だろう。

 その正体を見ようとエギルの背から首を伸ばしたアスナは目を丸くした。

「これと、これと……およ?」

「ティム君!?」

 カウンターの上に置かれたポーションや結晶を選んでいたプレイヤーが顔を上げた。

 金糸の髪に、深い青の瞳。浅葱色の羽織と黒いマフラーを纏った絶影の異名を持つ客は、エギルの肩口から覗く彼女の名前を呼ぶ。

「アスナさん、二日ぶりだね」

「ど、どうしてここに?」

「どうしてって言われても、ストレージがいっぱいになったから売りに来たんだけど」

「アスナ、こいつのことを知ってるのか?」

 既知であるかのように話す二人にエギルが疑問を呈す。

 そもそもエギルは常連である目の前のプレイヤーの名前を知らない。ティムと呼ばれたプレイヤーが間違いなくトッププレイヤーであることは、毎度持ち込まれるアイテム群を見て感づいていた。だが、フロアボス攻略戦では見たことがないこと、目立つ姿であるにも関わらず噂すら聞いたことがないことが重なり、その正体までは知らなかったし、知る必要が無いと思っていた。

「知ってるも何も、この子が絶影ですよ!」

「あー、名乗ってなかったっけ。どうも、ヴィクティムです」

「な……!」

 ピースサインを閉じたり開いたりするヴィクティムを見て、彼らは驚きの声を上げる。

 和服の装備を纏う目の前の子供が、フロアボス単騎撃破などという偉業を為した幻のプレイヤーだとは思えない。くすみのないブロンドのポニーテールに、人畜無害そうな童顔。

 そして何よりキリトは、目の前の子供に見覚えがあった。

「アンタ、27層で会った……」

「んん、誰だっけ?」

「27層で6人パーティを助けてくれたの憶えてないか?フィールドで後ろからカマキリに襲われそうになったところを助けてもらったんだけど……」

「27……無限沸きトラップのおかげでレベリングが捗ったことしか覚えてないなー」

 その言葉にキリトたちは戦慄する。

 第27層でキリトがかつて所属していた月夜の黒猫団というギルドは、ヴィクティムの言う無限湧きトラップに嵌った。宝箱を開くことで発動したそれは、出入り口の無い閉鎖空間且つ、転移結晶無効化エリアでのモンスター無限沸きトラップ。トラップ発動の原因となった宝箱を破壊するか、モンスターがリポップする前に全滅させなければ逃げ切れない、まさに死のトラップであった。

 当時、ソロプレイヤーとしてスキルを高めたキリトとは異なり、キリトによるパワーレベリングを敢行していた他のメンバーでは戦い抜くことなどできず、キリトを残して月夜の黒猫団は壊滅した。

 なのに、ヴィクティムにとってはそれすらもレベリングの一環だったという。信じられないし、信じたくもない。

「そ、そうか……」

「そうだよ」

 歯に衣着せぬ物言いに苦笑しか出なかった。

 

 そんなヴィクティムはエギルから受け取ったポーションや結晶をストレージにしまい込むと、今度はアスナに顔を向ける。

「そんなことよりアスナさん。この前言ってたこと、どうする?」

「あ、その件なんだけどね。教えてもいいかな、ってぇえ!」

「ほんと!?」

 まるで瞬間移動だった。エギルの目の前にいたヴィクティムが、いつの間にかその後ろにいたアスナの手を正面から握っていた。

 SAOの中で瞬間移動を可能とするのは、各階層にあるゲートを通じての階層間での移動か、フィールド、圏内問わず使用でき、各階層のゲートに移動できる転移結晶のみ。デスゲームでなければ、死んだ後のリスポーン地点として第一層の黒鉄宮にある蘇生者の間が設定されているが、現在は生命の碑が置かれ、プレイヤーの生死が刻まれている。

 そんな常識を覆すかのように目の前で起きた現象に誰もが驚く中、ヴィクティムに手を包まれたアスナだけが反応しなかった。いや、柔らかく手を包まれて赤面するという反応は見せたのだが、ヴィクティムの『はやさ』には驚かなかった。

「今の、見えたカ?」

「ギリギリ影を追えたぐらいだ。相当な高レベルで、しかも敏捷に極振りしてなければあり得ないぞ、あんなスピードは」

「だろうナ。ちらっと見えたケド、アイツの籠手と指輪、筋力値を上げるレアアイテムだゼ」

「アインクラッド最速、ってわけか」

 レベルアップ時のステータス割り振りを敏捷に極振りし、筋力値はアイテムによるサポートで補っているという二人の見解は正しい。

 伝説と囁かれる速度を目の当たりにして驚愕する二人を余所に、アスナとヴィクティムは会話を続ける。会話というよりは、ヴィクティムの一方的な言葉にアスナが撃たれ続けているようではあるが。

「ほんとにアジトの場所を教えてくれるの?ほんとにほんと!?」

「え、ええ」

「やったー!ありがとう!」

「い、いえ、気にしないで……」

「それでそれで!?どこにあるの、ラフコフのアジトは!」

「そ、その前に!」

 まるで遊園地に来た子供のようにはしゃぐヴィクティムをどうにか諫めつつ、会話の主導権を奪うアスナ。その姿は年の離れた姉弟のようにも見えたが、内容が内容だけに微笑ましくない。むしろ、当事者以外の面々は緊張した面持ちだ。

 そもそも、ヴィクティムがラフィンコフィンのメンバーでなかったとして、何が目的でアジトの場所など知りたがるのか。近寄らない為であるのならそれでいいが、それ以外の理由が思いつかない。

「約束のフレンド登録を先にしてもらっていい?」

「いいよいいよ。そんなのいくらでもするよ!」

 無邪気な笑顔で右手を振り、手早く操作を済ませると、アスナの視界にフレンド登録画面が現れる。あとはOKボタンをタップすればいいだけだが、ヴィクティムの笑顔を見てしまったアスナは、ボタンに触れようとしていた指を停止させた。

 何故か、と聞かれれば、それはアスナにもわからなかった。

 ただ、ヴィクティムの無邪気な笑みに薄ら寒い何かを感じたのは確か。言葉にできないような不安と、理解できないものを知覚した時に似た恐怖。アスナが感じ、頭で理解できたのはそこまでだった。

 そうして口をついたのは、以前からの疑問だった。

「その、これを知ってどうするの?」

「どうって?」

「えっと、ラフコフなんて危険な人たちのアジトを知りたいのはなんでかな、って思って」

 アスナの問いにキョトンとしたヴィクティムは、直ぐに笑みを浮かべた。

 さっきと同じ、いやそれ以上に冷たい何かを含んだ、乾いた笑み。

「アスナさんは気にしなくていいことだよ。とっても個人的なことだから」

 ね。

 そう言ってアスナの右手を引く。ヴィクティムからは見えない筈のフレンド登録ボタンを押され、アスナの視界にヴィクティムがフレンド登録されたというメッセージが表示された。

 そしてつっかえながらも口を開くアスナからラフコフのアジトの場所を聞き出す。

「あそこだったんだ……うん。それじゃあね!」

 ヴィクティムの視界にもアスナがフレンド登録されたメッセージが表示されると、踵を返した。片手をあげてエギルの商店から出ていこうとする。

 そんなヴィクティムを止めたのはキリトだった。

「ちょっと待ってくれないか?」

「……今度はなに」

 アスナへの対応とは異なり、明らかに不機嫌な様子。

「い、いや、もしそこに行こうとするなら止めた方がいい。あいつ等は本物の殺人者だ。いくら君が速くても万が一ってことが……」

「うるさいな」

「え」

「うるさいよ、何様なんだよ」

 雰囲気が、変わった。

「つーか誰だよ。僕が何しようが関係ないでしょ」

「だ、だからって、態々死にに行くようなものなんだぞ。この世界はゲームであっても」

「遊びではないって?そんなの現実だって一緒だろ」

 再びキリトの言葉を遮って紡ぐ。

「アンタが誰かなんてどうでもいいし、ラフコフが現実でも殺人者なのかなんてさらにどうでもいい。僕にとってはここが現実で、この世界であいつらが殺人者であるということが全てだ。僕は好きなように生きる。今ここで、誰にも縛られずに生きている。それを誰かに邪魔なんて、させない」

 小さい体躯。ステータス上、力でキリトが負ける訳が無い。

 それなのに、キリトは気圧された。肩に置かれた手を振り払えず、されるがままに押し退けられて、ヴィクティムの道を開ける。

 ヴィクティムの歩む道を遮るものは何もない。

 商店の扉を開け、ベルが鳴る。

 そのあとを追ったアスナが扉を開いたとき、そこには誰もいなかった。

 

 

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