犠牲の道   作:百日紅 菫

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6話 光明

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 『絶影』は噂話や幻から、実在するプレイヤーの二つ名になった。

 プレイヤーの名はヴィクティム。53層、60層、71層のフロアボスを単独撃破し、殺人ギルドラフィンコフィンをたった一人で半壊、攻略組と共に討伐した。浅葱色の羽織と、60層フロアボスのラストアタックボーナスであるアインクラッドに一振りしか存在しない刀、菊一文字則宗を愛用している。その容姿は金髪に翡翠の瞳と日本人離れしていて、何より小柄な少女のようだった。

 ただ、狂ったように最前線に潜り続ける彼に、多くのプレイヤーが希望を抱いた。

 最速で駆け抜ける彼に追いつこうと、攻略組は躍起になって攻略を推し進め、今までにない速度で各フロアが開放されていった。そういう意味では、攻略組に参加こそしていないものの、アスナの思惑は成功したと言っていい。

 だが、そんな攻略組に比例するように、ヴィクティムの異常な攻略は度を増していった。

 以前までは定期的にエギルの商店で仕入れていた回復アイテムも、今では各フロアが開放されてから一回程度の頻度でしか来なくなっていた。

 ただ只管に攻略を続け、誰よりも前線で現実世界までの道を開き続ける少年。

 彼が一刻も早く現実に戻りたいのだと、誰もが信じて疑わない。

 

 そんな噂の渦中にいるヴィクティムは、大理石でできた長い廊下をペタペタと裸足で歩いていた。普段の彼なら圏内に帰ることも無く、一人でダンジョンに籠っているのだが、今は珍しいことにとあるプレイヤーと歩いている。

 ふと、目の前を歩くプレイヤーを見上げる。

 深紅のローブに灰色の長髪をまとめた壮年の男性。全身の装備を解除することもないヴィクティムと違い、武器も装備も解除した彼は、アインクラッド最強ギルドのギルドマスター。この世界で唯一のスキル『神聖剣』を持つことを許された最強の一角。

 血盟騎士団団長、ヒースクリフ。

 最前線である74層の迷宮区で遭遇し、数回の会話の後、言われるがままに付いてきた。

「さぁ、入りたまえ」

 そうして通されたのは、血盟騎士団本部の会議室。恐らく幹部が座るのだろう長机に、やけに背もたれの高い椅子が硬質感のある部屋に溶け込んでいる。

 その中心の席に、ヒースクリフが着いた。

 ふぅん、と納得したように部屋を見回したヴィクティムが、机に肘をついたヒースクリフと向き合う。

「で、取引って?」

「話が早くて助かるよ。君のことになるとアスナ君が黙っては無いからね」

「……早くしてくれないかな。僕にもメリットがあるっていうから来たんだけど?」

「落ち着き給え。君の目的はアスナ君から聞いている。間違いなく君の為になる取引だ、ヴィクティム君」

 大人と子供の会話にしては、余りに可愛げのない話だ。互いに冗談を叩くタイプでは無いし、どこか互いを警戒している節がある。

 そんな中での取引ともなれば、ヴィクティムの口調がいつにもまして悪くなるのは仕方のないことだった。

「随分、アスナさんから聞き出してるんだ?」

「我がギルドの副団長と団長である私が話すことが不思議かね?」

「別に」

「ふむ。では具体的な話に入ろう、と言っても私からの要求はアスナ君と同じだがね」

 つまりは攻略組への勧誘。ヴィクティムの速さに加え、その腰に差した新雪のような刀があれば、攻略組の戦力増強になる。それも、ヒースクリフやキリト、アスナと同等以上の戦力強化。ギルド一つ分の戦力は見込めるだろう。

「ポジションは遊撃。防御も攻撃も自由にするといい。ただ、こちらの作戦の邪魔にならないような配慮だけはしてもらいたいが」

「僕のメリットっていうのは?経験値とかアイテムならいらないけど」

「攻略に関して言えば、君のメリットはほとんど無い。フロアボス戦にこれまで以上に参加できる程度だろうな」

 それだけでも破格の待遇ではある。

 フロアボス戦は死の危険があると同時に、同等以上の恩恵がある。莫大な経験値とコル、レアドロップに、運が良ければラストアタックボーナスによるユニークアイテムすら入手可能だ。そして何より、ゲーマーにとっては最大の名誉である攻略組のメンバーであるということ。

 目に見えるモノも、見えないモノも、手にすればそれだけでアインクラッド内で敬われるようになるモノばかりだ。

 

「私が君に条件として提示するのは、君の死だ」

 

「っ!」

 

 だからこそヒースクリフは、そんなものには興味のないヴィクティムが最も欲するものを差し出すことにした。

「90層以降のフロアボスを見て、君を抜いたメンバーでも攻略可能だと判断した時。若しくは、99層攻略後に、私の手で君を殺すことを約束しよう」

「な、んで、アンタがそんなことをしてくれる。僕の目的はアンタに関係ないでしょ」

「これは私の覚悟と受け取ってもらっていい。君の『はやさ』は間違いなく最強に位置するものだ。それを攻略に使わない手は無い」

 ヴィクティムの強さと速さがあれば、システム化された攻略をさらに高速化することができる。ひいてはこの世界からの脱出が早くなると言い換えられるのだ。

「攻略の高速化及び戦力強化、その為に君の強さを利用する。君はボス戦での事故死を期待しつつ、最終的にはこの世界で死ぬことができる。この世界から一刻も早く脱する為に、一人の命を切り捨てる覚悟を以て私は君に提案するが、如何かな?」

 魅力的な提案だ。断る理由もない。事故死を期待していいのであれば、今までのようにソロでのフロアボス戦も禁止されるわけではない。

 唯一の懸念を言うのであれば、ヴィクティムは戦闘時の死を望んでいることだ。

「……一つ聞きたいんだけど」

「聞こう」

「アンタに、僕を殺せるだけの力はあるの?」

 殺人のプロフェッショナルだったPohでさえ、興味が無かったとはいえヴィクティムを殺せなかった。

 生ける伝説であり、この世界で唯一のユニークスキルを持つヒースクリフは、フロアボス戦でもHPゲージをイエローにしたことが無い。攻防自在のスキルと、それを操る技量で、この世界で最強の一角とされている。

 堅牢さにおいては他を寄せ付けないヒースクリフだが、『はやさ』を武器にするヴィクティムとの対人戦において有効かと言われれば否と答えざるを得ない。ヴィクティムの速さはヒースクリフの盾を掻い潜るのに最適解である為、二人のレベルが同等であるのなら軍配はヴィクティムに上がるだろう。

 その相性差をユニークスキルがひっくり返せるかどうか。

「無論、あるとも」

 ヒースクリフは気負うことなく答えるが、ヴィクティムはまだ半信半疑だ。

 しかし、それもまたヒースクリフの予想内の反応。

「現在の最前線である74層を突破すれば、次は3度目のクォーターポイントだ。前回、前々回と攻略組の士気を折ってきた故に一つ、催しをする予定でね」

「なんの話?」

「攻略組のエース、キリト君と興行を兼ねたデュエルをしようと考えている。まだ先方には伝えていないが、間違いなく成立するだろう。そこで私の実力を判断すればいい」

「……なるほど、わかった。もしアンタに僕を殺せるだけの実力があるとわかったら、さっきの条件を呑むよ」

「交渉成立とはいかないまでも、この席についてくれたことに感謝しよう、ヴィクティム君。あわよくば、我がギルドに加入してくれても良いのだが……」

「寝言は寝て言いなよ。それじゃ、僕は行くから。アスナさんと鉢合わせても面白くないしね」

「安心したまえ。アスナ君は非番だ。今日はここには来ない」

「……だといいけど」

 羽織を翻して部屋を出る。

 ヒースクリフの提示する条件は魅力的だ。行動が制限されるわけでもなく、自由は確約されたまま今まで以上に戦える。

 そして何より、自分の死が約束されている。

 ヒースクリフの実力次第ではあるが、今まで不透明だった死という未来が現実味を帯びてきたことに、ヴィクティムは頬が緩むのを自覚していた。

 この世界に閉じ込められて二年近く。二つの世界を経て見出した唯一の希望が、目前に迫っている。彼以外からすれば死刑宣告であり余命宣告のそれは、ヴィクティムだけが喜びを見出せる夢のカウントダウン。

 この世界を楽しみたい気持ちと、帰らずに死にたい気持ちで舞い上がったヴィクティムは、血盟騎士団本部を後にすると、その足で迷宮区へと向かう。

 取引の判断材料を確認するため、71層に続いて早々にこのフロアを攻略してしまおう。

 この世界がデスゲームと知って以来、ヴィクティムの足取りは軽かった。

 

 

「団長!」

「おや、アスナ君。今日は非番ではなかったかな」

「ティム君、ヴィクティム君がここに来てましたよね!?」

「ああ、そのことか。迷宮区で偶然会ったものでね。幼いながらに最強と謳われる彼に、少しばかり話を聞いてもらっていたよ」

「話?一体なんの……」

 騎士団本部に駆け込んできたアスナは、カツカツとヒースクリフに詰め寄った。

 ラフコフ討伐戦以来、フレンド追跡をしても追いつけず、ヴィクティムに会えないことで不安や焦燥が積もるばかりだった最中に、自らが所属するギルドの団長と探し人が密会している。キリトと友人で鍛冶屋のリズベットの元に赴いていたのだが、話も半ばに切り上げ、貴重な転移結晶を砕いてまで急いで来たのだ。だが、当の本人は既に去った後。ならば、残っているもう片方、ヒースクリフに話を聞くしかない。

「なに、大した話ではないよ。アスナ君が気にしている彼の目的についても、私が触れるには余りにデリケートだからね」

「そう、ですか……」

「うむ。それにしても、彼は運が良いな。いや、彼の場合は実力で勝ち取ったというべきか」

「運が良い?」

「ああ。彼の持っている刀、60層のラストアタックボーナスなのだが、間違いなく魔剣クラスの性能を持っている」

 ヴィクティムとの話は早々に切り上げられ、話題は彼の持つ武器へと変わっていった。実際、ヒースクリフとヴィクティムの取引を聞けば、アスナは間違いなく怒るだろう。最悪、ギルドを脱退することも考えられる。

 そういった意味も込めての話題変更だったが、成功したようだ。

「菊一文字則宗。その性能は、攻撃力を所有者の速度に依存させるというものだ」

「攻撃力を速度に依存、ですか?」

 SAOの武器は筋力要求値が高いほど、一撃の攻撃力が高くなる。軽い武器は一撃の攻撃力が低いため、ソードスキルも突進系の速度を活かしたものか、連撃のものばかりだ。短剣、細剣、曲刀や刀は、軽いものが多い。一方で、両手剣や斧はその逆で、その中間で軽いものも重いものもあるのが片手剣や槍。

 だが、ヴィクティムの持つ菊一文字は、武器そのものの性能を所有者のステータスに依存させるのだ。

 その対象が、速度。

 筋力要求値が低く、刀スキルを取得している者ならば誰でも装備が可能だが、敏捷値が低ければ、ただの丈夫な刀でしかない。

 しかし、敏捷値が高ければ高いほど、一撃の攻撃力は速度に比例して上昇する。

「普通のプレイヤーが持てば、ただのレアドロップでしかないだろうが、ヴィクティム君が持つとなると話は大きく変わる」

 例えば、攻略組のエースであるキリトが持つ漆黒の片手剣。50層のラストアタックボーナスで得たそれは要求値が非常に高く、装備可能になるまで多大な時間と労力が必要だった。その分、耐久値、攻撃力共に非常に高く、74層が最前線である今でも一線級の武器であることは間違いない。

 菊一文字は、ヴィクティムが持つことでキリトの持つ片手剣、エリュシデータと同等以上の性能になる。

「ヴィクティム君は疑うまでも無くアインクラッドで最速だ。迷宮区で見たが、通常であればあり得ない敏捷値を誇っている。その敏捷値に比例した攻撃力ともなれば、ソードスキルを使わずとも同等以上の攻撃力を生み出せるだろう」

 ユニークスキル、と言われても納得できる。

 神聖剣とヒースクリフ。その組み合わせに匹敵するレベルの凶悪さだ。

 だが、アスナが感じたのは凶悪さや武器と所持者の組み合わせに関する如何ではなく、ただただ安堵だった。強力な武器を持てば、それだけで生存率は跳ねあがる。ヴィクティムが死ぬ確率が少しでも減っていることは、アスナにとって自分の命と同じくらい大事なことだ。

「そんな武器が、ヴィクティムの手に……」

「本来なら攻略組内で取り合いになってもおかしくなかったが、彼の場合は単独でのボス撃破の末に手に入れている。得るべくして得たと言うべきだろう」

「そうですか、よかった。それじゃあ私は行きます」

「ああ。では、また明日」

 入ってきたばかりの部屋を出ていく。リズベット武具店に戻るのか、いつものようにヴィクティムを探しに行くのか。どちらを選ぶのかは知らないが、ヒースクリフにとってはどちらでもいい。先の取引が決まるまでにアスナが死ななければ、それでよいのだ。

 血盟騎士団の団長はヒースクリフだが、直接の指揮を執り、彼と同等に信頼の厚いアスナが、唯一弱みを見せる相手。ヴィクティムの攻略組への加入と、それに付随するヴィクティムと会う機会の増加は、アスナ自身の士気を上げる。

 そうなれば、アスナは精神的にヒースクリフの代わりを務められる。

 いずれ来る攻略組の変化に、アスナは必要不可欠だ。

 その為にも、ヴィクティムには生きていて貰わなければならない。いつか必ず殺すとわかっていても。

 

 

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