第1話 出会い①
「私の、師匠になってください!!」
「……は?」
今オレの目の前には、腰を直角に曲げて頼み込む、モンスターボールがプリントされた白いニット帽の隙間から紺色の髪を覗かせてているを被っている少女がいる。
正直、「だれこの子?」と一瞬思ったのだが、赤いコートにピンクのブーツ、白いマフラーが目に付き、「もしやあの……?」、とも思い至った。
そう、オレにとってみれば、相当見慣れている。がしかし、この目にしたのはまだ二回目という、矛盾をはらんだ言葉で表現するのだが妥当だろうか。
その少女の名は――
「えっと、ヒカリちゃん?」
そう、彼女である。
* * * * * * * *
シンオウ地方ハクタイシティ。ジョウト地方エンジュシティのように歴史を重んじる気風が漂う町である。
そしてどこの町にもほぼ必ずあると言っていい施設があり、その一つがポケモンセンターと呼ばれる施設である。この施設は大まかに言ってしまえば、ポケモンの治療や回復・メディカルチェックなどの病院としての機能と、トレーナー同士の交流や旅のトレーナーのための宿泊所としての機能を有している。加えて、ポケモンに関わる者であるならば施設利用料が無料であるということもあり、まさにポケモントレーナーにとってはなくてはならない施設でもある。
さらに、ここ最近では、旅の必需品を揃えるのに必要不可欠なフレンドリィショップ(ただしフレンドリィショップは有料)もセンター内に開かれる場合もあり、ポケモントレーナーに関わらず、ポケモンと親しむ者にとってみれば、総合施設といった色も見せ始めている。
さて、そんなハクタイシティにあるそのポケモンセンターの一角でオレは小休止していた。
ちなみにオレの名前はユウト。このシンオウ地方とはかなり距離のあるホウエン地方(シンオウは比較的寒冷な気候なのに対して、ホウエンはそれとは真逆なかなり温暖な気候なことからその距離は推して知るべし)ハジツゲタウン出身のポケモントレーナー。年は現在十六歳。ただ、フツーの十六歳ではなく、中身を考慮するとだいたい三十代半ば過ぎといったところか。
というのもオレ、憑依というのか、それとも生まれ変わり・転生というのか、よくはわからないけど、まあそういうことだ。
実際気がついたらいつのまにか此方にいて、赤子になっていたという状況だった。
幼少期まではいろいろ混乱していたが、あるときここがポケモンの世界ということを知ってから、オレの心境は変わったと思う。
ポケットモンスター、略してポケモン。これは“前の世界(以前過ごしていたところ)”にはポケモンという生き物は存在しておらず、ゲームやアニメという架空の世界に生きるのみであったから、ここはゲームやアニメの世界で、オレはそこに入り混んでしまったのだと感じた。
ポケモン歴(ゲーム)はといえば、全世代をプレイして、かつ後半の世代ではそれなりにやり込んできたと思っている。
なので、ポケモンの技・特性・性格・種族値とかある程度は知っているつもり。
で、ポケモンと言えば個体値・性格・努力値の廃人ゲーみたいなもので、オレもそういった廃プレイをやっていた一人だった(タマゴ技習得・たくさんタマゴ産ませて、性格や個体値の厳選・選考から外れてしまった残念賞なポケモンの放流等)。
ただ、それはゲームという非現実の中での話だからできることであって、ここは(ゲームの中と言えど)実際の現実に限りなく近い。正直、この世界でそれをやったら、「オレってロケット団やゲーチスなんて目じゃないほどのクズになるんじゃないか?」と思う。あんな、ゲームだから許されるような非人道的なことをしなければならないのか、また、そう思いつつも、そういった行動を取ってしまうのではないか。あの当時のオレはそういった不安を抱えていたと思う。
それから、時が経って五歳の誕生日の日。ホウエン地方での『ポケモン預かりシステム(パソコンを使ったポケモンの転送等を行う)』の管理を一任されているのマユミさんというおb……(ゲフンゲフン)、キレイなお姉さんが近所にいるのですが、その人にポケモンのタマゴをもらった。
ゲームでは、所詮ゲームといったところで最高の個体が産まれたとき以外はあまり感慨も湧かなかったけど、ここでは、タマゴを受け取ったとき、きちんと生き物特有の“あたたかさ”といったものが感じられた。そのときは悶々と葛藤していたことも確か(ただ、今思えばこの段階でそんなことを行うのは無理だという気持ちが
で、いざ孵ると――
「ラルー、ラルトー!」
まるで心臓を鷲掴みにされたような――あまりに衝撃的で言葉もなかった……!
腕の中に小さいが、確かな温かみと重さを感じた。
この子がただ一つの生命であることを感じた。
そして、あんなことを考えてしまっていた自分を思いっきり恥じた。
そんなこと、絶対にしない、ありえない……!
オレはこの子たちと対等に接し、ずっといっしょにいよう……!
そう誓った。
「そういえば――」
たしかジョウト四天王のカリンのセリフだったかで、
『強いポケモン、弱いポケモン、そんなの人の勝手。本当に強いトレーナーなら、好きなポケモンで勝てるよう頑張るべき』
こんな言葉があったハズ。
オレはこれを少し弄って、人生の至言にしようと思った。
で、なんだかんだいいつつ、八年ほどでホウエン・ジョウト・カントー・ナナシマを旅してきた(ナナシマ地方はFRLGでいう1~7の島、アニメでいえばオレンジ諸島にあたる)。
そうして、しばらくぶりにマサラタウンのオーキド博士に会ったら、
「シンオウ地方に一緒に行かんか?」
と言われてそのまま“拉致”をされてきた。
「なんじゃ、人聞きの悪い言い方をしよって」
「お言葉ですが、オーキド博士。返事も聞かずに、いきなりフシギダネのねむりごなを浴びせられて、気がつけばシンオウに向かう船の上って、どうしようもないほどおかしくないですか?」
と、こんな感じで皮肉を言ったら、返ってきた答えがコレ。
「お前のママさんとラルトスには了解を取ってある」
ていうか、ちょっと待って。いろいろとオカシイですよ?
なんでラルトスに聞くの? オレに聞いてくださいよ、そういうのは。
それにラルトスも母さんも勝手にそう言うのは止めてくれない?
まあ、ここまで来たらあれこれ言ってもどうしようもないんですけどね。それにオーキド博士の研究のため、というのもあるが、オレがゲットしたポケモンは自動的に博士の研究所に送られて博士やそこの研究員に面倒を見てもらっているなど、なんだかんだでいろいろとお世話になっているのは確かなことで。
ちなみになんでオーキド博士と知り合いかというと、オレがホウエン図鑑を“幻のポケモン”と呼ばれるポケモン以外のデータを完成させたのを機にオダマキ博士が紹介してくれたからだ。オダマキ博士、そしてオダマキ博士に、オレにホウエン図鑑を渡すよう促してくれたセンリさんには感謝している。
さて、話は元に戻して、とにかくやってきました、シンオウ地方。経緯はどうあれ、まだ訪れたことのない初めての地方なので、やっぱり初めての場所を旅するという、このワクワクするようなこの高揚感は抑え切れない!
さて、そうこうしているうちに船が着いたのはマサゴタウンというシンオウの町の一つ。町の名前とかって正直あんまりよく覚えてなかったのだが、博士の知り合いの研究所がこの町にあると聞いて把握。
ゲームの第一印象ではあのかなりダンディーなオジサマですね。尤も、デパートの地下でフエンセンベイが売ってないとかで涙したり、別荘で家具を買ったら勝手に上がり込んできていたりでだいぶそれも薄れたけど。
そんなことを思い出しながら博士の後を付いていくと、大きな研究所に到着。
そのまま研究所の主であるナナカマド博士を紹介された。
それから、そのときはちょうど新人のトレーナーが最初のポケモンをもらっていたみたいだった。
名前は女の子の方がヒカリちゃん、男の子の方がジュンくんとコウキくん。DPPtのメインキャスト三人です。本編のストーリーとはズレがあるようだけど、プラチナをやったことがある身としてはこの三人より年上ということに何とも言えない感じがする。
尤も、RSE.FR.LG.HG.SSの男女主人公とライバルさんたちがみんな年上なので、そっちについてもアレですけど。
「なんじゃ、そんな遠慮なんかしおって。コイツはなぁ、今まで旅した地方の図鑑はほとんど完成させている上にポケモンリーグでも上位に入賞するとっても素晴らしい腕を持っておるトレーナーなんじゃぞ」
お互いの紹介をしている中でオーキド博士がそんなことを言ってくれました。折角無難に当たり障りのない挨拶をしたのに、できればそういう紹介はしないでください。
「ウソ~!? すっごーい!」
「マジ!? オレ憧れちゃうかも!」
「僕も!」
あー、またこういうキラキラとした目で見られる。今までも多々あったけど、やっぱり慣れない。すっごく恥ずかしいので、お願いだからやめてください!
「(ユウトったらいい加減慣れたら?)」
そう思っていたら、それを察したのか、オレの一番のパートナー、いや、親友が腰のベルトにセットされているモンスターボールから飛び出てきた。
一見すると真っ白い服の裾を引きずっている人間の幼児にも見えるが、緑の頭部に、前頭部と後頭部から生えている二本の赤い突起状の角で人間やポケモンの感情を読み取るといったことは人間にはとても出来ず、これがこの子がポケモンであることを示している。
「こぉら、ラルトス、勝手にまた出てくるんじゃない」
五歳のとき、初めて孵したあのタマゴから産まれたポケモンであるラルトスです。ちなみに性別は♀。
「(だってヒマだったんだもん、ねぇ、いいでしょ?)」
「あ~、ハイハイ。わかったよ」
図鑑に心を読むと載っている上、エスパータイプであることから、今ではテレパシーによるコミュニケーションも取れている。
ただ、このことは今のところ、打ち明けている人はオレの家族以外はいない。なぜなら、この世界は普通にロケット団やポケモンハンターといった密猟や人のポケモンを奪い取る人種もいたりするので、こんな、人と言葉を交えることができるポケモンいると知られたら、そういった輩どもの恰好な対象になることはまず間違いないからだ。
で、ラルトスの鳴き声からなんとなくラルトスの意を汲んで会話をしているような雰囲気を醸し出すオレたちに吃驚仰天な新人三人。逆に博士たちはいたく感心していた。
「まあ、オレたちは親友だし、付き合いも長いからね。パートナーの言いたいことはなんとなくわかる、というかわかるようになるもんだよ」
オレはこうなったときにいつも言う言葉を口にした。キラキラ目線の度合いがさらに深くなったのは言うまでもない。
* * * * * * * *
「さて、それじゃあ博士、オレはこの辺でいいですかね?」
新人たちの旅立ちを見送り、シンオウ地方に連れてこられた目的(シンオウのポケモン図鑑の作成の依頼)も聞いて図鑑をもらったオレとしては、早くこの見知らぬ大地を踏みしめて、新しいポケモンたちや地方ごとに異なった顔を見せるポケモンたちと出会いたい。
了解をもらったオレはすぐさまマサゴタウンを出て北の方角、コトブキシティの方向に向かった。
ところで、オレは新しい地方に来たら、ラルトス以外の手持ちポケモンはすべて預けて、その地方でゲットしたポケモンを一から育てる、というアニメの主人公サトシのようなスタンスを取っている。その方が旅をする中での苦労や楽しさ・面白さ・達成感をより彼らといっしょに共感できるからだ。
ただ、今回は少し違う、というか変えた。なぜなら、イッシュやカロス地方を除き、このシンオウ地方でしか手に入らない(進化しない)ポケモンがいるからだ。シンオウに来たからにはやはり彼らに出会い、旅したい。
「よろしくな、お前たち!」
「ブイ!」
「ブイィ…ブイ~」
「(イーブイたちもよろしくねだって)」
ということでまずは、ついこの前タマゴから孵った彼らを加えている。目的はもちろん、分かる人なら分かると思うが、リーフィアとグレイシアである。もちろん彼らだけではなく、図鑑のためにも出来るだけすべてを網羅したいが、いきなりは厳しいので、まずはこの二体である。リーフィアはハクタイの森、グレイシアは217番道路で進化をするため、まずは一番近いハクタイの森を目指しているのだ。
「ゆくゆくはお前たちとポケモンリーグに出たいもんだぜ」
「ブイ! ブイブイ!」
「ブイ~」
ラルトスを介さなくても、なんとなく彼らが意気込んでくれているのが分かる。
「ブイ~」
しかし、こっちの珍しい♀のイーブイはずいぶんとおっとりしてるな。そういう性格なのか?
「(あら、個性がある子たちでかわいいじゃない。それにこの子たちをいかに育てていくかも、ユウト、あなたのトレーナーとしての資質が問われているのではないかしら?)」
「まあ、それもそうだな。追い追い見極めていこうかね」
ちなみにラルトスも普段はずっと外に出していて、こういった内容から他愛もないものまでの話し相手になっている。そういうのがいない旅ってのはやっぱり寂しいからね。
* * * * * * * *
とまあ前置きが長かったが、こんなふうにジム戦は後回しにして、無事彼らを進化させたオレたちはハクタイシティに戻ってきた。さて、いざジム戦に臨もうかというところで、冒頭の
「私の、師匠になってください!!」
と言ってナナカマド博士の研究所で出会ったヒカリちゃんが腰を九十度まで折るほどにお辞儀して頼み込んでいる、という今の状況に戻るのである。
図鑑の完成とは『出会ったポケモンの数』で計算してます。