ヒカリちゃんとハンサムさんの二人と別れてポケモンセンターでポケモンを入れ替えた後、オレはライブキャスターを起動させた。
つなげる相手は、
【はいはーい。どうしたのユウト君?】
シロナさん、いや“シンオウチャンピオンマスターとしての”と付け加えた方がいいか。
「シロナさん、緊急事態です。手を貸してください!」
【――どうかした?】
そこでオレは、今までの経緯+シンオウ地方の伝説のポケモンであるディアルガとパルキアによるシンオウ時空伝説とその再現のためにギンガ団が動き出した、いや、そのための最終段階に既に入ったということを簡潔に伝えた。ちなみにギラティナに関しては神話から削除されているらしく、その形跡が残っていなかったため、あえて伏せている。
「既にヒカリちゃんとハンサムさんにはシンジ湖の方に飛んでもらっています。で、オレはこれからリッシ湖に向かいます」
【そう。私はちょうどカンナギに戻っていたから、エイチ湖に向かうならちょうどいいわ】
「それから、おそらくは結構な大ごとになるかと思われます」
【わかってる。リーグの方でも招集を掛けていつでも介入できるよう手配しておくわ】
「お願いします。それでは、お気をつけて」
【あなたもね。無理をしちゃダメよ】
そうして通信を切って、今度は腰のベルトに新しくセットしたモンスターボールのうちの一つを手に取る。なんだか、懐かしい輝きを持っていた。
「オレをリッシ湖まで連れて行ってくれ! ボーマンダ、キミに決めた!」
* * * * * * * *
ということで、空を飛ぶでリッシ湖に向かっている最中。
正直、オレはアカギが、ゲームでもそうだったが、ここでも世界崩壊を狙って動いていると半ば確信している。ただ、気がかりは見慣れないギンガ団幹部や手持ちポケモンの増加、ハクタイやトバリ以外にもアジトが存在していたり、空中要塞のようなものの所有も確認され、ゲームの展開とは剥離し始めていた。
(なんとしても、止めないと……!)
この剥離した展開で自分たちが介入しただけで、無事解決まで持っていけるのか。不安は募る。掌に作った拳がさらにギュゥッと握り込まれ、爪が掌に食い込む感触が一層強くなった。
「(ねえ、ユウト)」
「――ん? 何だラルトス?」
「(大丈夫。大丈夫よ、きっと)」
オレの心配や不安を見抜いてか、ラルトスがオレの顔を見上げていた。普段は隠れてなかなか見えないその赤い瞳には少しの不安とオレを気遣う心配の色が見て取れた。
「(わたしたちが傍にいるわ、ずっと。あなたの傍に。だから、きっと大丈夫。大丈夫よ)」
「マンダ」
ラルトスにボーマンダ、それから他のモンスターボールのポケモンたちまで。
オレを元気づけようとしてくれているのか……。
……。
…………そうだな。
オレにはずっとこいつらが着いてきてくれていた。だから、今までやってこれた。
そしてこれからもオレはこいつらといっしょだ。いや、いっしょにいる!!
「……ありがとう、みんな! そうだよな。きっと大丈夫! いや、大丈夫にして見せるさ!」
こいつらといっしょならどこまでだって行ける!!
「でも、オレ一人だけじゃムリだ。だから、お前たちも力を貸してくれ!」
「(もちろんよ!)」
「マンダ!」
微かだが、ベルトのモンスターボールも揺れている。
「みんな! ありがとう! 頼りにしてるぜ!」
そんなやり取りをしているうちに目的のリッシ湖が見えてきた。
「あそこだ! ボーマンダ、高度を下げてくれ!」
オレの指示に従い、高度を下げ始めたボーマンダ。リッシ湖の水面は少し波立っていたが、ゲームのように、爆弾の影響で干上がっていたりはしなかった。
いや。気づけば、湖の中央部に渦のようなものが出来始めた。
(……なんだ?)
なんとなくだが、あれがただの水の渦ではないような感覚を覚えた。
「あれは!?」
よく見ると、渦の中心に一体のポケモンが浮かんでいた。あのポケモンは――意思を司るポケモン。
「アグノム!」
ミオ図書館にあった神話の一節によると、『始まりの話』の中で最初のもの(アルセウス)により生み出された三つの命の内の一つで、傷付けると意思を消されて動くことも出来なくなるという。アグノムはまだ微妙に封印状態な感じのせいか、眠っている感じがした。
「とにかく、まだアグノムは無事か」
ひとまずはホッとした。ただ、いつギンガ団がたどり着いてもおかしくはないから、見張りを――
「うああああああ!!」
「(きゃああ!)」
「マンダー!」
いきなり体中を駆け抜けた電撃。痛さと熱さのあまり、意識が朦朧となる。その後、体のそこかしこから黒い煙を上げながら、よろめき、ボーマンダから真っ逆さまに落下してしまった。落ちていく先に、あの湖面に発生していた渦が見える。先程は水の色だったが、今は黒っぽくなり、さらに大きくなっている。
「(ユウト!!)」
「マンダァー!」
ラルトスもボーマンダも電撃は食らったようだが、至って無事なようだった。二人ともオレのことを助けようとしてくれるのだが、
「二人とも、後ろ……!」
「(ぐっ! こんのぉッ!!)」
電撃の塊がオレたちの間を遮ろうと、いくつも飛来してきた。二人は避けようとしているが、どうやら必中技のでんげきはらしく、どこまでも二人をホーミングしていく。
「ぐあああああ!」
そしてそれとはまた別に電撃の塊が一発、オレに直撃。このままオレはあの黒い渦に飲み込まれるだろう。ただ、あの渦は普通のモノではない。そんな所にポケモンたちを巻き込むのはマズイ。
真っ暗に沈んでいく視界の中、オレはバックと腰に付けてあったモンスターボールを切り離すことになんとか成功させた。
そして――
「アグゥー!」
そんな声を遠くの方で聞いた気がした。
*†*†*†*†*†*†*†*†
それは突然のことだった。
いきなりわたしたち三人が電気技を食らったのだ。
わたしやボーマンダなら耐えられるけど、生まれがちょっと変わってるだけの普通の人間であるユウトにしてみれば、たまったものではないはず。案の定、ユウトは苦悶の声を上げながら、ボーマンダから落下してしまった。
「(ボーマンダ!! 追って!!)」
「(わかっている!!)」
ユウトはこのリッシ湖に発生している渦に向かって落下していた。あれは普通の渦じゃない。エスパータイプとして、そして、一ポケモンとしてアレに触れてはいけない。そう感じていた。
このとき、わたしもボーマンダも焦っていた。バトルのときなら絶対に犯さないだろう、周りに気を配るということを忘れていた。
「二人とも、後ろ……!」
ユウトのその声で振り向くと、電気の塊のようなものがわたしたちに迫っていた。
「(ボーマンダ!)」
「(言われずとも!)」
ボーマンダはそこから急旋回して、それをかわそうとした。
ところが、それは追尾機能があるらしく、しつこくわたしたちの後を追ってきた。さらに、その数も増えていた。
「(うざったい! ボーマンダ、かき消すわよ!)」
「(心得た!)」
そしてクルッと反転するわたしたち。
「(サイコキネシス!)」
「(かえんほうしゃ!)」
ホーミング性能付きの電気技(おそらく必中技のでんげきはでしょう)はわたしたちの技に拮抗することなく消し飛んだ。
「ぐあああああ!」
ユウトの悲鳴が耳をつんざいた。
「(しまった!!)」
「(まずい!!)」
そちらを見ると、ユウトが渦に落下する寸前だった。
「(ユウト!!)」
わたしはもういてもたってもいられず、ボーマンダの背から飛び下りた。
だけど、ユウトとの距離はかなり開いていて縮まりそうになかった。
さっきのあれはなんだったのだ。
ずっと、ずっと傍にいるって。
あなたの傍にずっといるって。
それが叶わなくて。
叶えられなくて。
これではわたしたちはまるで単なるピエロじゃない!
バカみたいじゃない!
ユウトはバックとモンスターボールを宙に放り出す。きっと、わたしたちをアレ――異界への扉――に巻き込まないようにするつもりなんだろう。
異界などに引きずり込まれたら此方に帰って来れる保証なんてないから。
巻き込みたくはないというあなたの優しさ、愛おしさはすごくわかる。伝わってくる。
でも!
わたしたちはあなたとはぐれるくらいなら!
どこにだってついて行く!
地の果てだろうが、異なる世界だろうが!
わたしは!
わたしたちは!
あなたと共にありたいから!!
だけど——
ユウトは渦に飲み込まれ——
「(待って! 待ってユウト!!)」
いつの間にか目覚めていたアグノムがユウトにくっ付き——
二人の気配が忽然と消え失せた。
わたしは構わず、突き進む。だけど、
「(待つのだ、ラルトス!)」
その大きな口にくわえられ、落下が止められた。
* * * * * * * *
ユウトのバックとモンスターボールを回収したボーマンダはわたしを背に乗せ、岸に向かい飛んでいた。
「(どうして、どうして止めたのよ、ボーマンダ!!)」
「(それが一番いいと思ったからだ)」
「(一番いいですって? ユウトを見捨てるのが一番良かったとでも言うの!?)」
このとき、わたしは自分の無力感と喪失感で我を失っていた。ボーマンダとてそんなことは思ってもいなかっただろう。私に向かって、強烈なハイドロポンプが飛んできた。
「(ラルトス、口の聞き方に注意しろ。幾ら、お前が主のポケモンの最古参で我らのリーダーであろうと言っていいことと悪いことがある)」
「(でもねぇ!!)」
「(でもも何もあるか! 普段のお前を取り戻せ! いつもの冷静なお前がなぜ気がつかない!)」
「(……どういうこと?)」
「(いいか。このシンオウ地方の神と呼ばれし伝説の二大ポケモン、それは何だ?)」
「(ディアルガとパルキア)」
「(ならば、その二匹はそれぞれ何の神だ?)」
「(たしか、時間と空間……ハッ、そうか!)」
「(そういうことだ。そちらに会う方があのまま突っ込むより建設的じゃないか?)」
「(そうね。じゃあ、まずは――)」
わたしたちに攻撃してきた連中、それは今ユウトたちが追っている奴ら――
「(あそこの岸辺でまだアグノムを探しているクソッタレなギンガ団の小僧どもに聞こうではないか)」
「「((パルキアとアカギの居場所を!))」」
* * * * * * * *
「(さてと、これからどうする?)」
ギンガ団のサターンとかいうやつをはじめ、下っ端全員を拷問にかけたわたしたち(モンスターボールから出したラティアスやゲンガーのサイコキネシスで全身を捻りちぎる一歩手前まで持って行ったり、ギャラドスやヘラクロスで物理的に痛めつけたり。ちなみにでんげきはを放ったのはそこで倒れているスカタンクの仕業だったらしい)。
そうして粗方聞き出したいこともなくなったときに、発せられたボーマンダの言葉がそれだった。
ひとまず、この現状を他の二つの湖に向かっている彼女たちに知らせる役目とこのゴミどもの監視で分けた方がいい気がするわね。
「(そうね。じゃあ三手に分かれましょう。まず、わたしとラティアスでシンジ湖に行ってヒカリたちに事情を説明するわ)」
「(ハイなの、お姉さま)」
「(ボーマンダとゲンガーはエイチ湖に向かって。そのとき、あのギンガ団幹部とユウトのカバンを持って行けば、勘のいいシロナのことだからある程度はわかるはず。詳しいことはライブキャスターを通してヒカリに説明してもらうわ)」
「(うむ)」
「(わかりました)」
「(ギャラドスとヘラクロスはここでコイツラの監視をお願い。わたしたちの話を聞いたハンサムなら、きっとここに人間を回してくれるはずよ。それまでね)」
「(おう!)」
「(了解しやしたぜ、アネキ!)」
「(情報の共有が終わった後、テンガン山のカンナギ側で合流しましょう。じゃあ、散開!)」
そうしてわたしはラティアスの背に乗り、リッシ湖を後にした。
「(……ありがとね)」
わたしはさっきの醜態と彼のことを思い出し、そっとその言葉を口にした。
「(どうかしたの、お姉さま?)」
「(何でもないわ。さ、シンジ湖に急ぎましょう)」
聞こえてなどいないと思ったのだけど、
「(フッ、素直に受け取っておこう)」
「(どうかしたのかしら、ボーマンダ?)」
「(いや、何でもない)」
(お前とは主と同じく一番付き合いは長いんだ。わかるさ)
お互いがお互い、離れた空で相手が思った心を感じ取っていたような気がわたしにはした。