あたしには憧れがあった。それはポケモンリーグの舞台に立つこと。何故かを語るにはちょっと昔のことを思い出す必要がある。
あたしが小さい頃、生でリーグチャンピオンのバトルを観たことがあった。今思うとママのコネで特等席からの観戦だったのだけど、そのとき、その人のバトルがすっごい迫力があった。それでいて、その人が勝ったときのスポットライトに照らされたその人の顔が本当に輝いて見えて、それに憧れたから、なーんていう結構チープな理由。
でも、あたしのママはトップコーディネーターだから、そっちの方に行かなきゃいけないのかなぁと思って相談してみたら、ママは、
「ママはママ、ヒカリはヒカリ。親子と言っても所詮人間なんだから、それぞれやりたいこと、目指したいことは違うことも当然にあるはずよ。だから、あなたはあなたの思う通りの道を進みなさい。ママはいつでもあなたの味方。応援しているわ」
なんて言ってくれた。それからはあたしは本当にトレーナーを、そしてポケモンリーグを夢見るようになった。
ふと、旅に出ることになってからのことを今までのことを思い返して見た。
旅に出てからここに来るまで、そう長い期間とはいえないと思うけど、でも、正直言って今まで生きてきた中で最も内容が濃かった時間だと思う。
本当にいろんなことがあった。
旅に出る前はワクワクする気持ちが抑えきれなかった。
初めてポケモンをもらったときは嬉しさで、胸がいっぱいだった。
ポッチャマとの二人旅は何もかもが新鮮だった。
初めてのポケモンゲットは二人で思いっきり喜んだ。
逆に逃げられちゃったときは二人して思いっきり悔しがった。
ケガして傷ついちゃったときは本当に心配だった。
ヒトカゲが苦しそうにしてたのを見つけたときは、何としても助けたかった。
そして、旅に出始めてから初めて味わった、挫折。あれは苦しかった。辛かった。
でも、そこでの出会い。
そしていろんなことを知った。それはポケモンのことだけでなく、人についても。いろいろな考えがあることを知った。ときにぶつかることもあった。
本当に色々あり過ぎた。でも、そんな中で最終的にはジムバッチも八つ手に入れることが出来た。ナギサシティから223番水道→チャンピオンロードを抜けて、ポケモンリーグが開催されるスズラン島に辿り着くという、ポケモンリーグに出場するための『最終予選』にも勝ち残った。つまり、いよいよ、夢にまで見たポケモンリーグに出場できることとなったのだ。
それから、そこでは、あたしの幼馴染のジュンやコウキにも再会した。二人とも最終予選をクリアしたようで、お互いの結果に喜びあいつつ、お互いがお互い本気の勝負で行くことを誓い合った。
夜、宿ではユウトさんの知り合いだという、大誤算、じゃなかった、ダイゴさん、リーフさん、シルバーさん、グリーンさんがユウトさんの部屋にやってきてかなり賑やかだったけど楽しかった。ただ、みんなすごい人たちばかりで、本当にユウトさんはあたしなんかよりすごい人なんだとまた実感した。
次の日、トーナメントの組み合わせが発表されるので、久々にあたしたち幼馴染三人でスタジアムに足を伸ばした(ユウトさんはときどき起こる凄まじいまでの寝坊の日だったので置いていった)。途中、旅の思い出話を三人でしているときは楽しくて面白くて、それこそあっという間にスタジアムに着いた。
そしてトーナメント表を受け取って確認する。
「おい、これって……!」
「ヒカリちゃん……」
そのとき二人の声は右から左に抜けていっていた。
「ユウトさんと同じブロック……」
そのときあたしは何とも言えない感覚に陥った。
*†*†*†*†*†*†*†*†
あたしは二人とは別れて一人、森の中にいた。手頃な岩があったので腰掛ける。ただそこで、しばらくボーっとしていた。
「おや、キミはヒカリちゃん?」
そんな声が耳を打った。昨晩聞いた、聞き覚えのある声だ。それがした方を振り返ると、
「グリーンさん」
カントー地方トキワジムジムリーダーのグリーンさんだった。
「どうして?」
「いや何、これでもジムリーダーだからね。ジムを空けて遠出するなんてことはほとんどないし、シンオウ地方に来たのも初めてだったからちょっとその辺ブラブラしてたんだ」
グリーンさんはあたしの隣りまで、そよ風に乗るようにゆったりと歩いてきた。
「シンオウはいいね。自然が豊かだ」
グリーンさんはそこで大きく伸びをした。確かにすごくリラックスしていて気持ち良さそうだった。
「さっきポケモンと特訓してるトレーナーも見かけたんだ。僕も昔はリーグに挑戦してチャンピオンにもなったことがあるから、なんだかそのときのことを思い出して懐かしくってね」
そういえば、昨晩ユウトさんが言ってたけど、グリーンさんは昔カントーのチャンピオンにもなったことがある人だから、巷だと、“最強のジムリーダー”という異名を持つとか教えてもらったっけ。
……
……ひょっとしたら、グリーンさんなら、何か方策とかあるかな。
「グリーンさん、グリーンさんはユウトさんと戦ったことはあるんですか?」
「うん? そうだね。彼の弟子になった君ほどではないと思うけど、それでもけっこう戦ったりしたかな」
「強かったですか?」
「う~ん、なんていうかね、初めて戦ったときは、ポケモンの強さ自体は正直そこまで強くなかったかな。もう何年も前のことだけど」
「そうだったんですか!?」
意外だ。正直あたしにはそんなに強くないユウトさんなんか想像できない。
「たしかに、今みたいに『あり得ない』っていうぐらい強くはなかったよ。けど、ポケモンへの指示の出し方というか、戦略かな。あれが素晴らしく洗練されていたんだ。正直言って当時の僕に衝撃的だったよ。『あんなバトルがあるのか』ってね」
「そうだったんですか」
「ああ。ちなみに昨日の夜、彼の部屋にいた皆全員、彼と一度でも戦ったことがある奴らばかりなんだ」
「本当ですか!?」
「ああ。そして皆、彼のバトルで意識が変わった奴らばかりだ。君は彼の言う『ポケモン講座』とかを聞いていたんだろ?」
「はい」
「僕もそれなりに聞いたことがあるけど、あれは世界中どこを探しても存在しない。世界中のポケモンスクールや大学を探したって聞くことはできないし、世界中の学会の論文をひっくり返したって出てこないものなんだ。いわば、彼独自の理論だね」
これまた意外だった。正直あまり知られていないとユウトさん自身は言っていたけど、まさかそこまでのものだったなんて。
「でも、君も彼の言う理論が正しいって身に染みてわかっているだろ?」
コクリと頷く。正直、ユウトさんがいなかったら、あたしはきっとギンガ団幹部と渡り合うとか、とんとん拍子でジムリーダーに勝っていくなんてことは出来なかったと思う。
「それにさっきも言ったけど、彼は戦略の立て方が上手い。まあ、本人自身は基本だって言っていたけど、でも、僕たちの常識から考えると思いもつかなかったことに変わりはないんだ。1を2にするのは簡単。だけど0を1にすることはとてつもなく難しい」
「1を2に、マネをすることは簡単だけど、0を1に、それを初めて成すことは難しい」
「そういうこと。昨日監視だなんだかんだ言ってたけど、あれは僕にとっては正直言って建前だ。本音は、彼のバトルを見ること。僕は彼がこういうリーグに出るってときは、なるたけ、彼のバトルを見るようにしてる。彼の戦略はすごい勉強になるんだ」
“最強のジムリーダー”をしてここまで言わせるなんて……。
「それだけの戦略を生み出せる彼は天才さ。おっと、頭に努力という修飾語がつくけどね」
「なんでですか? 聞いている限りだと、やっぱりあの人はポケモンに関して素晴らしく才能があると思うんですけど」
「彼は君ほどの才能はないよ。彼だって今でこそ、様々な地方のチャンピオンに名を連ねているけど、昔はテンでダメだったらしいし」
「えっと、どのくらい……?」
「なんでも、彼はホウエン地方の出身らしいけど、彼はトレーナーになって最初の一年間はバッジが二つしか取れなかったとか」
「ええええええ!? そ、それって何かの間違いじゃないんですか!?」
何ですかそれは!?
あたしよりひどくないですか!? えっ、いや、そんな負けっぱなしなユウトさんとか、ぜんっぜん想像できないんですけど!!
それから、バッジがそろっていないから当然ホウエンリーグには出場できなくて、次にジョウトに行ったらしいけど、それでもバッジが全部そろわずにリーグには出場できなかったとか。
「ただ、聞いた話だけど、奇妙なことに戦うときと戦わないときがあったんだって」
その後今度はナナシマに行って、そこで猛特訓をして初めてリーグに出場したとか。そして初めてのリーグ出場で優勝し、チャンピオンにも輝いたらしい。その後にカントーに渡り、ジムをめぐり、カントーポケモンリーグに出場してベスト8。
「ちなみにそのときだよ、初めて僕が彼と戦ったのはね」
それからはメキメキと実力を伸ばし、ナナシマ、ホウエン、カントー、ジョウトとリーグで優勝し、チャンピオン、あるいは準チャンピオンになっていったらしい。
「なんだか、意外でした。ユウトさんがそんな経歴を持っていたなんて」
「彼だって初めは強くなかったけど、それを何年も時間をかけてあそこまで駆け上がったんだ。だから、ヒカリちゃん、正直君がユウトに勝とうなんていうのはまだ無理だ」
えっ……?
「おそらくどうやって彼に勝とうかなんてず~っと考えてたんでしょ? で、考えつかなかったから、僕に聞いてみたと?」
す、するどい……。その通りでございます。
「僕もヒカリちゃんの立場なら、きっとそうしただろうから、そんなことはないさ。ところで、彼との特訓で一度でも勝ったことは?」
「ない、です……」
「だろうね。トレーナーになってまだ一年にも満たない君が、知識、戦略、経験、それら全てが彼に劣っている今の状況で勝とうなんてそれこそ十年早いよ」
なんだか、ここまで遠慮無用で明け透けに言われたら、かえって清々しい。
「グリーンさんって結構ズケズケ言うタイプなんですね」
「はは、というより、物事を現実的に見てるつもりなだけなんだけどね。それに、一応きちんと人を見て言っているつもりだ。誰彼構わずではないよ。で、僕からはただ、一つ、君に言えることがある」
そのときのグリーンさんは真摯だけど、どこか優しい雰囲気であたしを見つめていた。
「君が彼から学んできたことはなんだい?」
学んできたこと……。
思い返してみる。
理論もそう。知識もそう。戦略もそう。ポケモンたちへの愛情もそう。物事をよく観察することもそう。冷静に物事を判断することも……あっ――
「グリーンさん」
「ん?」
「おかげでスッキリしました!」
「そう。もういいかな?」
「ハイ! いろいろありがとうございました! あたし、これで失礼します!」
「うん、がんばんなよ!」
そうしてあたしは気持ち良くなって、ただなんとなくだが、走り出した。
*†*†*†*†*†*†*†*†
「よ~し、みんな出てきて!」
六つ全部のボールを宙に投げだす。
するとそこから現れる頼りになる仲間たち。
「みんな! あたしたちはリーグであのユウトさんとガチバトルすることになった!」
そう言ってもみんな誰ひとり動揺する仲間はいなかった。
「正直言って今のあたしらじゃあ、多分勝てない。でも、あたしたちは今まで、あの人やあの人のポケモンたちにいろいろなことを教わってきた」
だから――
「あたしたちは勝てなくたっていい! あたしたちが今まで習ってきたこと、そして培ってきたことを全てぶつけて“あたしたちがここまで成長したんだ”ってことをユウトさんたちに見せつけようじゃない!!」
全員が一斉に雄叫びをあげる。
うん、なんだかテンションも上がって気合いも入ってきた!
「そんじゃあ、あたしたちはユウトさんたちに当たるまでは絶対に負けられないわ! だから、特訓よ! みんな、準備は良い!?」
さっきよりもさらに一段と大きい雄叫びが響き渡った。みんなも気合十分だ!
あたしたちはその後、遅くまで技の練習、戦略の研究、バトルの実践などの特訓を繰り返した。
* * * * * * * *
【後日】
グリーンさんに聞いた話をユウトさんに振ってみた。
「ああ、努力値のために負けたこととか戦わないことがあったんだ。そのおかげで、レベルが高くならなくてね」
ああ、そういうことですか。あたしの感動を返してください。
あたしは心底そう思った。
* * * * * * * *
【余談】
特訓を終え、ポケモンセンターにポケモンたちを預けてクタクタになって宿に帰ると、ダイゴさんたちが一堂に会していて、
「…………」
一様に深刻そうな表情をしていた。
「おー、おかえり、ヒカリちゃん」
すると後ろからグリーンさんに声を掛けられた。
「昼間はありがとうございました。ところで、あれ、なにかあったんですか?」
その不穏な様子に思わず指を指しながら聞いてみた。
「あー、あれなぁ」
グリーンは苦笑いしながら、掻い摘んで事情を説明してくれた。してくれたんだけど、あー、うん、そのー、なんていうか。
「その人は短い人生でしたね」
「バカだけど哀れだね。ただ、問題があってね」
わかります、ユウトさんのポケモンたちのことですよね。
「オイどうすんだよ? ジョウトのポケモンセンターの一件なんかよりよっぽどヤバいぜ?」
「その話はボクも聞いたことがある。なんでもほぼポケモンセンターが全壊したとか」
「どうする? もし会場でそんな大惨事が起こったら洒落にならないわよ?」
「よし、ボクがホウエンのチャンピオンだっていう肩書を使って何とか本部にはたらきかけておこう」
「俺はジョウトリーグに応援を頼んでおくわ」
「あたしも。ついでにナツメとかエリカも引っ張ってこようかしら。ナツメはエスパーだし、エリカはお嬢様でマイペースだから、いっしょに置いとけば結構ユートのペースを乱してくれそうだし」
そんな会話が成されていた夜の出来事。ちなみにユウトさんたちはまだ帰ってきていませんでした。