「ふーん、なるほどね」
ひとまずオレは、ポケモンセンター内の一角にある食堂で昼食を摂りながら、ヒカリちゃんがそう思い至った事情を聞いてみることにした。
内容としては、ヒカリちゃんはあの旅立ちの後、クロガネシティとこのハクタイシティ、二つのジムを回ってジム戦をしたらしい。ただ、どちらも手も足も出ず、コテンパンに負けてしまったという。その際、いろいろと厳しいことを言われたようで、出会ったころのような快活さは、今目の前にいる彼女からは感じることが出来ず、すっかり鳴りを潜めてる。
で、これから自分はどうすれば、と考えていた折、このハクタイシティでオレを見かけて、ポケモン研究の権威であるオーキド博士にあそこまで言われる人ならということでオレに特訓を施してほしいんだそうだ。
こんな調子で頼まれたら断ることのほどでもないし、教えること自体は
「別にいいよ、大層なことは出来ないかもしれないけど」
「うわぁ! ありがとうございます!! よろしくお願いします!!」
そう言ってヒカリちゃんは急にガバッと立ち上がって、これまたバトミントンのラケットでも振るかの如く、頭を下げてくる。
その際、大きく椅子の足が床をこする音、そして体育会系もかくやというぐらいの気合いの籠もった挨拶。いきなりそれらを目にしたオレは驚きと同時に呆気にとられてしまった。
「…………と、とりあえず、いくつか大事なことを聞こうかな。まず一つ目、キミはポケモンは好きかな?」
「ハイッ!!」
気を取り直して質問してみたはいいものの、まだ先程の余韻を引きずってか、オレの心臓はバクバクいっている。
「(ユウト)」
(ん?)
そして気がつけば、オレたちがいるこのテーブルに食堂内の視線が大いに注がれてしまっている。
(そうか、さっきのヒカリちゃんので)
ここは静まり返っているというわけではないが、それでも
でも、周りのことも考えてくれると助かるかなぁ。
今のヒカリちゃんの声のおかげで『なんだなんだ?』と
恥ずかしいから指摘したいんだけど、こんなことで話の腰を折るのもアレだしなぁ……。
「(いい加減その恥ずかしがり屋はなんとかしなさいよ。ホント、何年経っても変わらないわね)」
「……次、キミの手持ちのポケモンたちは大好きかな?」
隣に座るラルトスのボヤキを意図的に黙殺しつつ、この質問を投げかけると、先程同じ返しをしてた。だから、周り……。
「でも、ポケモン勝負には勝てないんだよね? それでも好きなの?」
「それでも好きです! だって、こんなあたしのことを慕ってくれているし、一緒に居てくれるから!!」
これなら……なんとかなりそうかな。
「(そうね、ユウトの方針に反発するようならユウトが監督するとかムリだもの)」
ラルトスも頷いてくれる。
ここまでポケモンに真摯に向き合えるならきっといいトレーナーにもなってくれるにちがいない。最後の失礼な質問を陳謝してオレはこの格言を持ち出した。
『強いポケモン、弱いポケモン。そんなの人の勝手。トレーナーなら、自分の好きなポケモンで勝てるよう頑張るべき』
「これはオレの中の格言の一つなんだ。ポケモンというのは本当に奥が深い。トレーナーの育て方一つで星の数ほどの違いを見せてくれる。ただ、その中で絶対に必要なものというのがトレーナーのポケモンに対する愛情なんだ。それがなければたとえどんないい育て方をしたところで、ポケモンは強くなれない。いや、そのポケモンが持つ真価を発揮出来ないと言うべきかな。で――」
「あら、何やら素晴らしく興味深い話をしているようね」
話を続けようとしたオレに、いきなり頭上から降りかかってくるように聞こえた声。
そちらを見ると、黒いドレスのようなコートを身に纏って膝までありそうな長い金糸のような髪を特徴的な髪留めでとめている一人の女性が……って、たしかこの女性は!?
「シロナ……さん!?」
「あら、よく知ってるわね」
吃驚。いきなり現れるんですから。
たしかゲームでの彼女とのファーストコンタクトはここハクタイシティだった。でも、ゲームのような現実で、ゲームのストーリーとはかけ離れていたから、こんなところで出会うとは思いもしなかったさ。
……しっかし、「シロナさま!?」とか言わなくて(言いそうだったけど)良かった……。
「(ユウト、その思考は変態よ?)」
(やかましいわ! つか、勝手に人の頭の中を読むんじゃない!)
「(わたし、“きもち”ポケモンなのよ? その辺は察しなさい)」
なんていうやり取りを脳内で繰り広げつつ、周りを見てみる。
すると、ただでさえヒカリちゃんのおかげで注目の的だったのに、ここにシンオウチャンピオンのシロナさんが来たら……
ざわ……ざわ……
ざわ……ざわ……
ざわ……ざわ……
なんだかいろんな視線がこちらに向けられて大変なことになっている……。
ヒカリちゃんも周りの様子に気がついたようで、唖然+アワアワしている様子(もっと早く気がついてほしかったデス)。
ただ当のシロナさんの方は、
「ねえ、その話、もっと聞かせてもらえる?」
全然気にしてねぇ。
あんた、こんなに周りが騒がしいのに気にしないのか。
前世小日本人なオレはすぐさま逃げ出したい。
ということで、オレの意向により、オレたちは早々にそこを立ち去ることにした。
* * * * * * * *
「すみません、シロナさん、ヒカリちゃん。勝手にこんなところに連れて来ちゃって」
オレたちがやってきたのはハクタイの森の一角。ちなみに薄暗い森の洋館のあるところではなく、ゲームで抜け道のようになっているところだ。
「それはいいですけど」
「そうね。私も構わないけどどうして?」
「いやぁ、人込みが苦手なんですよ。あんな注目の的とかは特に……。てか、シロナさんはよく平気な顔してますよね」
「周りはもう気にならなくなっちゃった。それにそう思うなら」
そう思うなら?
なるほど、なにか参考になりそうなことが――
「周りは人間などという俗的なものではなくて全ておイモか何かだと思えばいいのよ」
……オイ、なんだこのシロナ様は……。
確か部屋の片付けが苦手でお茶目で恥ずかしがり屋で子供っぽいところがあるけど、明るい性格じゃなかったのか? なんでこんな黒いんだよ。
おまけに最後のセリフのときの笑みはまるっきり悪女じゃないか。
これじゃあシロナ様じゃなくてクロナ様じゃないですかヤダー。オレの中のシロナ様のイメージが絶賛崩壊中なんだけど……。
「(ねぇ、ユウト、本当にストーカーとかしてないわよね?)」
……ワザとだよな? うん、口が吊りあがってるからワザとだな。
だいたい、オレはお前とずっと一緒にいるんだから、そんなことはしてないってわかってるはずだし。
ということで、また無視を決めつつ、これ以上シロナさんのイメージを壊されたくないため、話題を他のに変えることにした。
「そういえばどうしていきなりオレたちに?」
「う~ん、一つはキミのあの格言みたいな言葉かな」
――強いポケモン、弱いポケモン。そんなの人の勝手。トレーナーなら、自分の好きなポケモンで勝てるよう努力するべき――
「あれを直に聞いたとき、私の中にストンと落ちて何かカチリと嵌った気がしたの。なるほどって。私もこの言葉を大事にしていきたいわね」
なるほど。この言葉は旅をする中で、常に心掛け、折を見て口にすることにして、少しでもこの世界に生きるトレーナーやコーディネーターたちに広まってくれればとも思っているので、ここでもまた一人、そういった人がいてくれて嬉しく思うな。
「それから、もう一つはキミ自身に興味があったんだよ」
「オレに?」
「そう。ホウエン・ジョウト・ナナシマリーグチャンピオンでカントー準チャンピオンであるユウト君、キミにね」
……なんでそんなこと知ってるんだ?
この世界はその地方外の情報って普通はなかなか入ってこないみたいだし、いくらチャンピオンといえども……。
というかなんでオレの名前を知ってるんだ?
「この前ナナカマド博士とそれからオーキド博士という方にお会いしてね、キミのことを聞いたんだ」
さいですか。
博士ェ。
「それに知ってる? オーキド博士が仰ってたんだけど、キミのあの言葉は今じゃキミの旅した地方では大流行だそうよ。チャンピオンやそれに近い人が言う言葉だし、アナタ自身もそれを実践してるみたいだしね。その言葉を聞いた人にとってはよっぽど衝撃的だったらしいわよ」
「えっ、そうだったんですか!?」
「(自覚なかったのね。ちなみにその言葉ってポケモンたちにとっても、嬉しい言葉よ。その言葉を実践してくれるトレーナーなら、きっとどんなトレーナーでも、ポケモンたちはついていくわ。だから、その言葉が流行ってくれるなら、一ポケモンとしては嬉しい限りね)」
そーだったのか!
いやぁ、だったらこれほど嬉しいことはないのかもしれない。人伝で聞いただけだから、実感わかないんだけど。
とにかく、リーグ優勝したら、とりあえずそそくさとその地方を脱出して旅に出てたりとかしたからそんなことは知らなかった。
や、なんとなく人ごみという点でマズイかなという予感がしたんですよね。事実、チャンピオンのシロナさんは街中で現れるだけでさっきみたいにちょっとした騒ぎになるみたいだし。
ていうか、これってもとはカリンさんの言葉なのに……カリンさんゴメン。
「で、いろいろな地方のリーグを制覇し回っているキミのことだから、きっとこの地方のリーグにも出場するのかなって思って、各地のジムを回ってキミのことをジムリーダーに聞き回って探してたら、ここで見つけたってわけ」
「意外にアグレッシブな方なんですね、シロナさんは。ひょっとして神話研究の考古学者という方々はみんなそんな感じなんですか?」
「あら、よく私が考古学者だって知っているわね」
「風の噂によると、その筋では若いのに一角の研究者だと有名なようですから」
たしかブラックホワイトで、アロエさんがシロナさんのことを尊敬しているといった描写があったと思う。博物館の館長をしているような人がそれほどの念を懐くのだから、優秀なのは間違いないだろう。
そんなことをつらつら思いつつ、ヒカリちゃんが視界に入ったところで、ヒカリちゃんがアングリと開けた口を手で押さえているのが見える。
「ん? どうしたの、ヒカリちゃん?」
「いえ、シロナさんは知っていましたが、まさかユウトさんもそんな凄い人だとは知らなくって」
まあ、極力そういうことは人には言わないようにしているからね。
さて、そんな話はあとにしてとりあえず本題の方に行きますか。
「ヒカリちゃん、手持ちのポケモン全部この場に出してくれる?」
「ハイ! みんな出ておいで!」
空に放りあげられた三つのモンスターボール。
「うん、出てきたのはポッチャマにムックルにヒトカゲと。珍しいわね。このヒトカゲはどうしたの?」
確かに。
ヒトカゲはシンオウ地方にはいないポケモンだ。野生で出会うことはほぼないと思ってもいいだろう。
それにしてもこのヒトカゲ、幾分普通のヒトカゲより小さいし、なんだか様子がおかしいような?
「その子なんですけど、ケガをして置き去りにされていたところを介抱してあげて、ただものすごく元気がない感じだったので、そのままサヨナラするのも気が引けて、とりあえず手持ちにいれているんです」
ポッチャマとムックルもヒトカゲを気にかけている。
というより、なにやら励ましているような?
(ポッチャマたちの話から推測して、どうやらあのヒトカゲはバトルに勝てないからとトレーナーに捨てられたようね)
(そうなのか、かわいそうに。そんなのはトレーナー自身の責任なのにな)
(腕のないトレーナーでそこまで自覚出来る人間は少ないわ。でも、それにしてもあのヒトカゲ、かなりの潜在能力がありそうよ。きっとヒカリのポケモンの中で間違いなくエースになれるわ)
なるほど。
元から、まずやってもらうことは決まっていたけど、益々その重要度が増したかな。
ヒトカゲに近づくとビクッと震えて逃げようとする。
だが、そこは気にせずあえて無視して、ヒトカゲと目線を合わせて肩に手を置き、じっとその目を、瞳孔を覗きこむ。
オレの真剣な様子に周りも、そしてヒトカゲ自身も感じ入るものがあったのか、震えは一向に治まっていなかったが、おとなしくなった。
「ヒトカゲ、前のお前のトレーナーはどうだか知らない。だけど、今のトレーナーのこの子。この子は絶対にお前を捨てたりすることなんかしないから」
なるたけ怖がらせないように、優しい声を心掛ける。
「よく思い出してみ。さっき、お前のトレーナーはなんて言った? 『ポケモンが好き!』、『こんな私と一緒にいてくれるポケモンたちが大好き!』って大声で言ってたよな? だから、心配なんかしなくていいんだぞ。むしろ、困ったときにはお前を頼りにするようになるんじゃないかな」
先程のやり取りは当然聞こえていたと思うのでそのことを指摘すると、なおも怯えは残っているが、震えは止まり、また逃げ出そうとする素振りも見えなくなった。
(きっとこの子も恐怖は懐いていても、人とのぬくもりは求めているのね)
ラルトスの言うとおりだろう。
ポケモンは一度ボールに入り、人とふれあったら、つながりを求めようとするといった話をどこかで聞いたことがある。ついでにこの子はそういった気が少し強い、ちょっとしたさみしがりやなのかもしれない。
「あの、今の話ってどういうことなんですか?」
事態を飲み込めていない様子のヒカリちゃんにオレはラルトスの翻訳した話をきかせた。シロナさんはなんとなく想像がついていたようだった。
「そうだったんだ……。ゴメン、ゴメンね……」
ヒカリちゃんはその話を聞いてすぐさまヒトカゲを抱き寄せていました。
この『ゴメン』にはきっといろいろな意味があるんだろうな。
「さて、オレがヒカリちゃんに出す一つ目の課題。それはこのハクタイの森で、三日間ポケモンをモンスターボールに入れずに、ポケモンたちと協力して過ごすこと」
なぜ、モンスターボールに入れないのかというと、それぞれのポケモンの性格だとかなにが好きだ嫌いだといった個性を知るため。
本来なら期限を区切るということはしたくはないのだが、自分のポケモンたちが大好きなら、だいたいならば把握出来るだろう。
その三日間の過ごし方は、必要ならば町に買い出しに出てもいいし、ヒカリちゃんに全て任せる。
「わかりました! 精一杯やってみせます!」
ハクタイの森に元気な声が響き渡りました。
* * * * * * * *
「シロナさんは自分のポケモンたちの個性とか知ってますか?」
興味本位でハクタイシティへの帰り際、シロナさんに聞いてみた。
「う~ん、そうねぇ。なんとなく、この子はこんな感じなのかなっていうのはわかるんだけど……何か秘密があったりするの?」
流石にチャンピオンだけはあったりするな。
いや、実際この着眼点ってこの世界にはないみたいなんだよな。
アレがしたいとかアレが食べたいなんていうのは、ポケモンたちはトレーナーに言ったりとかはしなかったから、そういう部分に目が行ってないみたいなんだよね。
「ポケモンには技の得意不得意があったりします。実はそれが性格や個性の影響を強く受けたりするんですよ」
その言葉に目を見開いたシロナさん。年上の人を驚かすのってちょっと楽しいですよね。
ちなみにアニメの方はその辺はよくはわからないが、この世界ではいろいろ実験してみた結果、ゲームとアニメが混在していて、ゲーム準拠な部分も多い。
尤もレベル差があるとアニメのように、氷や水四倍の相手にふぶきやハイドロポンプをしても効果が全くないってこともあったりするが。
「(相変わらず、趣味悪いわよ?)」
ラルトスは年上云々のことを言っているようだった。
「いや、じゃあお前はどうなんだよ?」
「(パートナーとのスキンシップは大切よ?)」
「はぁ~、ああ言えばこう言う。昔はこんな性格じゃなかったのに」
「(特に親しい人間以外には昔の性格のままよ? 女は使い分けが大切なのよ)」
「どこで覚えた、そんな言葉……」
「(ユウトのママ)」
種族は違えど女の繋がりはどこに行っても変わらないってことですか……。
「すごいわね、本当にラルトスの言葉がわかるんだ? それに今の性格とかの話ってものすごい発見なんじゃないの?」
「その件はあまり人に話さないでください。それから、今のはあくまでオレの経験と推測のみなので。証明とかも難しいですよ」
「ふ~ん。ね、この後私もキミに付いていっていい?」
え? チャンピオンがわざわざ一トレーナーの旅路に付いてくるの?
(その『一トレーナー』って言葉には激しくツッコミたいわね)
んん゛。
それにチャンピオンとしての仕事とかもあるだろうに放っておいてもいいんですか?
(ねぇ、待ってるの? それって待ってるのよね?)
「だって、ああいった話をするキミが何をしていくのか興味あるじゃない。それにキミがあの子に何を仕込むのかすっごく気になるし」
「彼女はダイヤの原石ですからね。そのまま曇らせておくには勿体ない」
「そうなのかしら。まあ、いいわ。で、この後だけど、三日後にはハクタイの森に戻るとして、それまでの間はどうしてるの?」
「とりあえず、まだジムバッジを一個も取ってないので、一番近いハクタイジムでジム戦ですかね」
「あら、じゃあさっそく拝めるわけね。楽しみだわ。すぐやっちゃう?」
「一応準備はしてあるので、出来ることは出来ますね」
「OK! じゃあ出てきなさい、あなたたち!」
宙に掬い上げるように投げられたモンスターボールから現れたのは、
「トゲキッス、ウォーグルですか?」
二体の飛行タイプを持つポケモン。どちらもゲーム中でシロナさんの手持ちに入っていたポケモンたちだ。
「へぇ、ウォーグルはシンオウ地方にはいないポケモンなのによく知っている、というかなんだかんだでいろんな地方のチャンピオンだったわね。そりゃ知ってるのも当然かな」
「でも、実際に見るのは初めてです。それに一応言っておきますが、それらは全て辞退していますから、今は一トレーナーですよ」
「どうかしら。まあ、それはいいわ。とりあえず乗って。ハクタイジム前まで送ってあげるわ」
なるほど。意外に子供っぽい一面があるというか、楽しみにしているといったワクワク感が伝わってくる。これは期待に応えられるよう精一杯やってみせるしかないか。
ということで、お言葉にあまえて、オレはトゲキッスの上に乗ることにした。
「(ちょっと! わたしを無視しないでよぉ!)」
ついでにラルトスはジムに着くまでシカトを決め込んでみた。