ユウトさんの特訓を受けてから初めて、挑んだハクタイジム戦。
「今よ、ヒトカゲ! ほのおのパンチ!」
「カゲ! カーゲッ!」
ハヤシガメのじしんによってヒトカゲの身代わりは壊されたけど、はらだいこ(HPを半分消費して攻撃を最大まで上げる)+特性『もうか』(HP三分の一以下時、炎タイプの技の威力が一.五倍)による一撃は強力で、
「ハヤシガメ、戦闘不能!」
「ウソッ!? 一撃!? たった一撃で!?」
「これにてジムリーダーナタネがすべてのポケモンを失いました! よってこのバトル、挑戦者ヒカリの勝ちとします!」
そこであたしは以前はコテンパンにやられたナタネさんに快勝することが出来た。
「清々しいほどの完敗だったわね。あ、そうそう、これがここのジムバッジよ。受け取ってね」
フィールドの真ん中で握手をしてお互いの健闘を讃えあった後に手渡されたバッジ――葉っぱが中に描かれた正方形がくの字型に三個連なるようなデザインになっているフォレストバッジ。
初めて手にしたそれは大きさは全然大したことない。でも、掌に感じる重さと放たれる存在感、そして拳を握り込んで掌と指に食い込んだその硬い感触には格別なものを感じた。
「本当に見事だったわ。実力もそうだけど、あのヒトカゲの様子も全然違ってるし。以前はごめんなさいね、厳しいことを言ってしまって」
「いえ、そんなことはぜんぜん!」
あたしとしては、トレーナーとしてもっとたくさんのことを勉強しなければならないと感じていたので、そのことは全然気にしていない。
それに勝つか負けるかについては、勝てたことには勿論驚きと喜びで半分はあった。
けれども、あたしのポケモンたちなら、あたしが信頼しているあたしのポケモンたちなら、絶対に勝てるという半ば確信がもう半分といったところだった。
「ありがとう。それにしても、たった一週間でここまで違うなんてね。いったいどんな特訓したのかしら?」
「まあ、いろいろですね」
「ふーん」
ナタネさんの視線は観客席で観戦していたユウトさんたちに向いていたから、あの人が関わっているというのは想像はついていたみたい。
……ちょっと珍しいことでも言ってみようかな?
例えば――
「ポケモンがポケモンを指揮してバトル!? ワァ、なんか面白そう!」
とか。
やっぱり、普通ではありえないようなバトル。
ナタネさんもそんなバトルを体験してみたいと、ユウトさんとユウトさんのラルトスに頼み込んでいた。
ちなみにユウトさんが答える前にラルトスが、勝手に彼のベルトに付けているモンスターボールを全部奪っていったのには思わず、クスリとしてしまった。
で、結果はというと、
「……私、ちょっとジム休んで修行の旅に出てきます」
ああ、うん。
その気持ちよく分かります。あたしも最初はそれを感じてました。
トレーナーとして、いや、下手をすると、人間としての何かが粉砕されますよね。
尤もそれは最初の内だけで、何回かやってるとドーデもよくなってきます。
ええ、まだラルトスに勝てたことありませんが何か?
ていうか、トレーナーならポケモンにどんな指示出したのかわかるから対処のしようがあるけど、ラルトスの場合、それが全然わからんないだもん。
でも、ラルトスはこちらの指示がわかる。
なんという卑怯なムリゲー。
まあ、ラルトスもそこのところを察してるみたいで指示出すときに合図みたいなことをしてくれるから、それを参考に技を読んでます。
そこの部分をナタネさんに話したら、
「っしゃぁぁぁ!! んなろぉぉぉぉ!!」
三日目にして勝つことが出来た。さすがはジムリーダーといったところですね。
ただ、その間ジムに挑戦に来た人やジムトレーナー全員を追い返すのはジムリーダーとしてはいろいろ考えなきゃいけないと思う。
それから、その雄叫びは女の子が出す声じゃないので気をつけてください。
ということで、ハクタイジムクリア後もそこで三日ほど足止めを食らいましたが、ようやくクロガネシティへ
「の前に、ちょっと寄り道をしていくよ」
行くのだと思ってたら、そうではなく。
で、連れてこられた場所が
「谷間の発電所、ですか?」
「イエス」
谷間の発電所。そこはソノオタウンとハクタイの森の間の205番道路、その横道に入ったところにある。
発電方法のメインはすぐそばに聳え立つテンガン山から年中吹き下ろす風を利用しての風力発電であるため、今のあたしたちの周りを含め、辺り一帯にはその風力発電を行っている風車が何機も建てられていた。
「ところで、ユウトさんはここに何の用で来たんですか?」
「ああ、それはね」
ということで、なんでここに来たかの経緯を説明してくれたユウトさん。
なんでも、このシンオウ地方にはギンガ団っていう組織があり、ユウトさんはハンサムさんという国際警察の人の要請でそれの壊滅?に協力をしているのだとか。
「尤も、ハンサムさんはまだそこまでするべきとはいえる段階ではなかったっぽいけど、いずれはそうしないといけない方向に行くだろうからね」
なんだかいまいちよくわからないけど、そんなことも言っていた。
で、発電所前でそう言った話をつらつらしていたせいか、
「オイオイ、なんだてめーら?」
なんだか宇宙人のような格好の人たちに絡まれました。
アレ? よく見ると、ソノオタウンで撃退した人たちと同じ……?
「あのさぁ、その『ステキファッション』はなんとかならないのか、ギンガ団?」
ああ、この人たちがギンガ団なんだ。
ていうかユウトさん、あんなのが素敵って……。
「なに!? お前もこの衣装の良さが分かるのか!」
「よし、お前のギンガ団入団を歓迎しよう! とりあえず、お前俺の部下な! まずは二人分のジュース買ってこい! サイコソーダでイイぞ! ただ、テメェの奢りだけどな!!」
「いや、意味わかんねーって! 皮肉だから! 今の思いっきり皮肉だからな!? それに部下じゃねーし、パシリもしねーから! つか、いい年して炭酸かよ!? しかも、オレの金ってイヤな奴だな、オイ!」
で、ですよねー。
そりゃそうでしょうよ!(ていうか、そんなんだったら、ユウトさんマジひくわー)
あ、それとユウトさん、律儀にあんなのに突っ込む必要はないと思います。
「って、そんなことはどうでもよくて。頼むぞラルトス!」
「ラル!」
そうして、ラルトスが元気よく返事をすると同時に、ラルトスがユウトさんの肩から飛び下りる。
さらに、ラルトスの身体が淡く発光し出した。
すると、ユウトさんのカバンの口がひとりでに開き、そこからロープがひとりでに飛び出した。
ロープはそのままギンガ団の二人に絡みつきだす。
「なっ!?」
「ちょっ!? おまっ!? 何をするダァー!」
ギンガ団も突然のことで動転したのか、めちゃめちゃに振りほどこうとしたけど、余計に絡みついていっていた。
「よし。ラルトス、お疲れさま」
「ラル!」
二人はそのまま雁字搦めにされて、発電所入り口わきの大木に巻きつけられていた。
「くっそー、なんたるヤツ! おまえなんか発電所で指揮しているマーズ様にやられてしまえばいいんだ!」
「だいたい、発電所に入るにはカードキーがないとダメなんだけどな! ついでに俺たちは持ってねぇ!」
……いや、ちょっと待って。
「あなたたち、所謂入口の見張りでしょ? なんでそういう大事なもの持ってないのよ?」
「う、うるさいなぁ! なんでもいいだろ!」
ハァー、なんだかなぁ。
うん?
カードキー?
それって、
「コイツのことだよな?」
「なっ!? てめっ、なんで持っていやがる!?」
そこにはカードキーらしきものを右手人差し指と中指の間に挟むように持ったユウトさんの姿が。
え?
というより、それあたしがソノオタウンで手に入れたカードキーですよね!?
いつのまに!?
「くっそー! だが、入るなよ? いいか、絶対に発電所に入るなよ? ギンガ団の仲間以外は『誰も入れるな』って命令されてんだからよ! もう一度言うぞ、いいか、絶対に入るんじゃないぞ!?」
「そ、そうだそうだ!」
あたしたちは既にあのギンガ団の二人は相手にしておらず、発電所入り口のカードキーを通す場所を探し始めている。
そんな中、あたしたちの背中に届くあの二人の声。
……なんだろう、なんていうか、
「ユウトさん、あの人たちものすごくバカなんじゃないですかね」
「違う、違うぞ、ヒカリ君。バカではない、頭のかわいそうな人たちというべきだ。もしくは身体を張ってバカをやる芸人だな。んー、ダチョウはアウトだから、ドードリオ倶楽部なんて名前で売り出せばいい中堅芸人になれるんじゃないか? あ、三人じゃないからドードリオじゃなくてドードー倶楽部か」
「よくわかりませんが、あの二人がカードキーなんて大事な物を持たせられないのはわかる気がします」
「そこは正直マーズとやらに同情するわ。お、これだな」
赤いランプのついたカードリーダーにユウトさんがカードを通すと、ピッという音とともに赤いランプが消えて緑のランプが光る。
すると、入口のドアが自動ドアのごとく横にスライドしていく。
中に入って目に付くのは部屋へとつながる通路で、少し薄暗いが見えないということはなかった。
ただ、中にある部屋は明るいらしく、天井近くにある窓からは明かりが漏れている。また、右手に進むと行き止まりらしく、より暗くなっているが、左手側からは部屋の明かりがより多く漏れていて明るくなっている。
「さて、いくよ。ヒカリちゃん、ここからは十分注意して。よろしく、ラルトス」
「はい! じゃあ、ポッチャマもお願い」
「ラル!」
「ポチャポーチャ!」
あたしたちはやや雑然としている通路を順路に沿って進んだ。
「あ、ああっ!」
「だから入るなってえのッ! お願い、入らないでッ! アーッ!」
ちなみに、あたしたちの背中にかかる涙声は、途中、発電所のドアが閉まる音と同時に耳に届くことはなくなった。
* * * * * * * *
発電所はそこまで大きな施設ではなかった上に、見張りもそんなには多くなかったので、発電所の奥まではそんなに時間は掛からなかった。
「あらあら、ようこそ。招待状も送ってないのに、無礼な客人が上がり込んだことは部下から聞いていますわ。でも、何はともあれ、客人は客人。お持て成しはキチンといたしますわ」
そこには普通のギンガ団員と共に、彼らとは服も放つ気配も全く異なった女の人がいた(尤も、服のセンスはやっぱり奇抜であることに変わりはない)。
「えっ? なにそのロングスカート? えっ、えっ?」
……なんでユウトさんってそんなところ見てるんだろ?
まあ確かに、結構丈の長いスカートで走りにくそうな雰囲気はあるけど。
「わたくしはギンガ団三人の幹部……ではなく四人いる幹部の一人、マーズ」
そう言ってスカートを摘まんで優雅に挨拶をする様はどこぞの令嬢のように思えた。
「今よりも素敵な世界をつくるために日夜いろいろ頑張ってるのですが、なかなか理解されないのですよね」
「まあ、やってることがやってることだからな」
そういえば、ユウトさんからは犯罪組織って聞いてたけど、何をしているのか聞いてなかったかも。
尤も、この疑問はユウトさんの
「こういったインフラ施設を勝手に襲撃して占拠したり、人のポケモンを奪い取ったり、人の研究成果を盗もうとしたりな。ただ、他にも判明してないだけで――」
この言葉ですぐに解消した。
というより、人のポケモンを奪うなんて!
「ポチャ?」
目線を足元に向けると、ちょうどポッチャマがあたしを見上げていたらしく、ポッチャマと目が合った。
この子と無理矢理離される。
そんなこと考えたこともなかった。
いざそうなったときを想像してみるも思い浮かばない。
きっとそれほどあたしとこの子たちが傍にいるのが当たり前すぎるのだろう。
「絶対に……負けない……!」
あたしは知らず、その言葉が口を吐いて出ていた。
*†*†*†*†*†*†*†*†
「ただ、他にも判明してないだけで何かはやってそうだけど、これからも何かしでかしそうだし?」
うーん、オレが介入してるから少しは乖離するとは思ってたけど、まさかマーズがこんなお嬢様キャラになっているとは(笑)
たしかマーズって誇り高い性格で、強気で負けず嫌いって設定のハズだったけど、これはこれでありな気もする。
「絶対に……負けない……!」
さて、ヒカリちゃんも何やらスイッチが入った様子。小声だったから、マーズたちの方には聞こえてはいないだろうな。
「一応断っておきますが、それらもきちんとした、かつ、崇高な目的がありますのよ。まあ、悲しいことですが、あなた方もわかってはくれないのでしょう? ですから――」
そう言ってマーズが取り出したのは、モンスターボール。それを彼女は腕を突き出すように掲げた。
「ポケモン勝負でどうするかを決めましょう!」
「上等!」
「望むところよ!」
オレたちもすでにボールに手を掛けているし、ラルトスやポッチャマも身構えている。
「決まりですわね。なら、フォボス」
「ハッ!」
そのフォボスと呼ばれた金髪のオールバックのギンガ団下っ端の男が、マーズの一歩前へ足を進めた。
「あなたはわたくしとともにこの客人方のお相手をするのよ」
「了解しました!」
そうして、命を受けたその男はマーズの一歩後ろまで歩みを進めた。
(そういえばあのギンガ団ってちょっと違うのね)
ラルトスの言葉で、確かにやや奇妙なものを感じた。見慣れない上に、初めて耳にしたその名前の男を注視する。
(……そういえば、ギンガ団の下っ端って青髮のおかっぱ頭が基本だと思ったが、あいつは違うな)
(つまり下っ端じゃなくてもっと上の方に位置する人間?)
(かもしれない)
こういった組織の幹部が下っ端の人間の名前を把握しているとは思えない。
だけど、それが下っ端ではなく準幹部的な位置にいるのであれば別におかしな話でも何でもない。
あるいはマーズの副官といったところか。
「見たところ、あなた方は二人。ですので、こちらも二人。マルチバトルで勝負しましょう。それで、わたくしたちが勝ったら、あなた方は大人しくここを出て行く、あなた方が勝ったら、わたくしたちギンガ団がここを立ち去る。こんな形でいかがかしら?」
「もう少し付け加えたいんだが」
なかなか悪くはない条件を突きつけてくるけど、できればここで、ギンガ団の目的も曝け出させてしまいたい。
「あんたたちギンガ団の首領の名前と目的も聞きたい」
「まあ! ただでさえ破格の条件ですのに! しかし、子供の言うことですからね。大人は子供の我儘に付き合うのも仕事ですし、ええ、構いませんわ」
何だか盛大に侮ってくれて助かるな。強気な性格と自分に絶対の自信を持っているところは変わってなさそうだ。
「では、ここはわたくしたちでやるから、あなたたちのうちの半数はプルートのところに行って指示を仰ぎなさい。残りの半数はダイモスのところに行き、万万が一のための撤退の準備を行うよう伝達しなさい。いいですわね?」
「ハッ! 了解しました! では、マーズ様、フォボス様、ご武運を!」
そうして、ギンガ団の連中が駆け足で立ち去る。
それにしても、フォボスにダイモスねぇ。原作で出てきた覚えはないんだけど、確かどっちも火星の衛星の名前だったのは覚えている。
なるほど、この二人がマーズの副官だとするなら、これほど適切なのもないだろうな。
副官なら、原作では描かれなかっただけで、組織の幹部としてなら何ら存在していてもおかしくはない。
まあ、それは今は置いておこう。
マーズの提示した、マルチバトル――一人一体ずつ出し合ってのダブルバトル。
ヒカリちゃんは当然初めての経験だ。ついでに言えばダブルバトル自体も初めてだ。
「ヒカリちゃん、いけそう?」
「頑張ります! 絶対に負けたくないですから!」
ふむ、気合い十分だし、様子を見つつ、オレはヒカリちゃんのサポートの方に回るか?
「お行きなさい、ゴルバット!」
「蹴散らせ、ルクシオ!」
むっ! ゴルバットにルクシオ、どちらも進化形か。
進化形は進化前よりも能力値が格段にアップしていることがほとんどだ。
ジムリーダーのようなこちらの実力を測る場合なら、いざ知らず、さらに、悪の組織といった容赦のな真剣勝負に加えて、何もかも初めてということならば、今回はオレが出張った方が良さそうだ。
「ヒカリちゃん、ちょっといいかな」
オレはヒカリちゃんを呼び寄せてある戦法を伝えた。
*†*†*†*†*†*†*†*†
部屋の中は、広いとはいえ、室内にも拘わらず、霰が舞っている。
さらに、部屋の中にあるものは所々が氷漬けになっていた。
その中には部屋の調度品以外にも、なんとポケモンも含まれている。
「これは……ッ! これはいったいどういうことなんだい!?」
「バカなッ! いったいなぜ!?」
あたしたちのではなく、あのギンガ団たちの方だ。あたしのポッチャマにユウトさんのグレイシアはピンピンしている。
ここまで言えばわかると思うけど、先のマルチバトル、あたしたちの方が勝った。それも、完全勝利という言葉しか当てはまらない程にだ。
バトルの流れは、ほぼ完全にユウトさんの作戦通りに動いた。具体的には、グレイシアがふぶきで牽制している間に、ユウトさんの指示でポッチャマがあられとアクアリングを決めて、その後はグレイシアとポッチャマ揃ってふぶき連発といった感じだ。
ふぶきという技は命中率はそんなには高くないらしいんだけど、霰下では必ず命中するという特徴を持っているらしく、霰を降らせて以降はどこにいようとも相手に当たり、相手はふぶきに阻まれ、何もできずにただ凍りついていくという鬼畜仕様と化していた。
「ハッハ~! おちろ、蚊トンボ!」
ユウトさん、そんな悪役顔でそんなセリフを言われたら、仮にあたしが向こう側だったらきっとトラウマになってますよ……。
「ポッチャマ、お疲れ様!」
「ポチャ!」
労いの言葉を掛けると、かわいいことに、あたしの胸に飛び込んで来た。
「ポチャポチャ」
男の子なのに随分甘えん坊だと思うのは、あたしの気のせいなのかな。まあ、かわいいから全然許せるんだけどね。
あ、ちなみにポッチャマのあられ、アクアリング、ふぶきは先のユウトさんとの特訓の中で習得した。なんでも、「水タイプに氷タイプの技は必須なんだ」ということらしい。アクアリングはあられ時のダメージ(霰が降っているとき、氷タイプ以外はダメージを受ける)を回復する手段としてだ。
まだ習得したてで、まだまだ練習を積み重ねていく必要がありそうだけどね。
「くっ! まさかこのアタシが負けるなんて!」
「申し訳ありません! マーズ様、力及ばず!」
「はん! 別にアンタだけの責任じゃないさ! にしてもナマイキなガキどもめ!」
……なんだかあのマーズっていう女、さっきと全然違くない? ユウトさんも「うわー……」って感じでかなり引いているみたいだし。
ていうか、自分の呼称すら変わってるって、もしかして二重人格か何かですか?
「あっ!」
そしてマーズは何か気づいたのか、口許に掌を当てた。その後、両手を胸に当て、目をスッと閉じる。
ただずっと佇んでるだけかと思ったけど、よくよく見ると、ゆっくりと肩と胸が上下している。
「――……少し取り乱してしまいましたわね」
少しした後、そう独り言ちた。
……うん、キャラ作りなのかしらね。落差が激しすぎてドン引きだけど。
「さて、フォボス、全軍に撤退を通達なさい。プルートが何か言うかもしれませんが、わたくしの権限ですべて押し通しなさい」
「畏まりました! では、失礼いたします!」
*†*†*†*†*†*†*†*†
「案外素直なんだな」
フォボスとやらが立ち去るのを見送りながら、オレは先のマーズの言葉を思い出していた。
オレたちが勝ったら、退くだけでなく、首領の名前と目的も教えること。
はっきり言えば、オレはその言葉が反故されることも十分にあり得ると思っていた。別に契約でもない上に、単なる口約束、さらに組織として動くのであれば、ここでの情報の漏洩は良くはないハズ。
「わたくしはジュピターとは違って、正々堂々と、そして約束は守る主義なんですの」
なるほど。敵とはいえ、信用はできそうだ。そしてジュピターの方はなかなかの食わせ者ということか。
マーズの言葉から、ジュピターについてを気に留めておきつつも、彼女の言葉に当初の言葉通り、ギンガ団の話に耳を傾ける。
やはり、ギンガ団のトップはアカギのようである。
「いまアカギ様はこのシンオウ地方の神話を調べておいでです。そして行く行くは、それを元にしてこのシンオウ地方の伝説のポケモンを支配し、その力で以って、この地方も支配する。それがアカギ様の望みです」
アレ?
たしかアカギは伝説のポケモンたちの力を使ってこの世界を消滅させた後、新世界を創ってそこで神として君臨するとかじゃ――「何を言ってるのよ!?」――え?
「そんなッ、そんな恐ろしいことが許されるとでも思っているの!?」
「ポチャポチャ!」
「あなたが許すか許さないか、さらに世間が許すか許さないかは、わたくしたちには関係ありません。わたくしたちはアカギ様の野望のため、日々邁進している次第です」
「ああそう! いいわ! あたしはあなたたちにそんなこと、絶対にさせない!」
「ポチャ! ポチャポーチャ!」
隣りのヒカリちゃんとポッチャマの怒りが凄まじい。
「(わたしもあの考えを受け容れるのはできそうにないけどね)」
「シア! シア!」
まあ、オレもそんなのは全力で阻止する方向に回るが。
オレたちの様子にマーズが口許に手をやり、クスッと笑みを零した。
「ま、いいでしょう。わたくしたちに楯突くというのなら、やってごらんなさい。しかし、既にわたくしたちはこの発電所で十分なエネルギーを確保しました。さらに、ハクタイシティではジュピターが伝説のポケモンについての調査を終えた頃。わたくしたちは着実に目標に向かっている。加えて、見たところ、その少年の力は脅威ですが、あなたの力は大したことはない様子。それらも鑑みて、いま出遅れているあなた方が果たして、何歩も先をリードしているわたくしたちに追いつけますか?」
「ッ! それでも! それでもあたしはあなたたちを止めてみせる!」
確かに出遅れている感は否めないが、一つ一つの支部を潰していくことで時間を稼げばなんとかなると思う。
オレも協力を惜しむつもりはないし。
さて、そんなことを思っているうちに、ギンガ団の下っ端の誰かが来た。
「期待しないで待ちましょう。さて、わたくしたちはこれにて失礼いたします。ああ、一つ言い忘れていました。あなた方とのポケモンバトル、なかなか楽しかったですわ。でも、次は負けませんことよ? では、また会う日まで。ごきげんよう」
*†*†*†*†*†*†*†*†
ギンガ団が退却した後、内部を調べてみると、あたしたちはギンガ団によって強制的に労働を強いられていた所員の人たち、そしてをその人たちを心配して駆けつけたものの、ギンガ団によって監禁されていた家族や知人たちを見つけた。
現在、彼ら総出で発電所内部の復旧・確認作業と食料の炊き出しに追われているので、私たちは発電所の外に出ていた。
「――ええ。こちらは無事終わらせました。そちらは? ――なるほど、そうですか。ええ、シロナさんもお疲れ様です。ああ、それからハンサムさん、大まかな概要だけですけど、ギンガ団の目的について聞き出せましたよ。――、はい、えーと、――」
ユウトさんは、それらも含めて、起こったことをライブキャスターでそのことをハンサムさんに報告をしている。聞いていると、ここをあたしたちが攻略するのと並行して、ハクタイにあるという支部の方で動いていたとか。
『ありがとう、おねえちゃん! パパを助けてくれて!』
あたしは、そこの話には参加はしないで、いつまで経っても帰ってこない父親を心配してこの発電所に来たという子供の言葉を思い出していた。
もちろん、彼女だけでなく、たくさんの人たちがあたしたちに一様に感謝の気持ちを述べていた。
でも、あたしにはそれが素直には喜べなかった。
「――あたしは……」
あたし自身、今回はほぼ何もしていない。
すべて、ユウトさんがやってくれた。
仮に、あたしがやったものがあるとしても、それはすべてユウトさんのサポートがあった上でのことだと思う。
だから――
「――ちからが……ちからほしい。勝つためのちからがほしい!」
そう願った。
そしてユウトさんのことだ。きっとあたしの願いを叶えてくれる。
そう思って今のあたしの想いを告げた。
すると――
「ふぅ、やれやれだ。ラルトス、テレポート。ヒカリちゃんを彼女の実家、フタバタウンまで送れ」
「ラル」
――えっ?
――それって……どういうこと?
「わるいが、今のヒカリちゃんに教えることは何もない。じっくり頭を冷やして考えてみてくれないか」
テレポートの光に包まれる直前、あたしの耳に聞こえてきたのはその言葉だけだった。