「なるほど。こらえる(倒れそうな攻撃を食らってもHP1で耐える)で凌いで、ふきとばし(相手ポケモンを強制的に交換させる)でメリッサさんの三体をすべて引きずり出したわけか」
今、フィールドにはメリッサさんの三体目のポケモンのゲンガーが宙にふよふよと漂っている。ダウンしたヒカリちゃんのムクバードは既にボールに戻された状態だ。
「まもる(相手の技を防ぐ)を使わなかったのは、万が一押し切られてまもるの壁を突破されるのを防ぐためかしら」
「いえ、おそらくただ単に練習中なだけですね。ヒカリちゃんが言うには、『いじっぱりで負けず嫌いなせいか、こらえて攻撃ってスタイルでずっときていたんじゃないか』ってことでこらえるの方が練度が高いみたいですよ」
「……まあ、これでヒカリは相手のポケモンを知っているっていうアドバンテージを掴んだわけね」
『何だか私、二人の会話に付いていくのがやっとなんだけれど』とママさんが言うこともあり、現在二人で解説をしながらの観戦となっている。尤も、ママさん自体、トップコーディネーターなので、既存のポケモンの知識に関してはかなり造詣が深いため、飲み込みや類推が速い。
「いくわよ、コイル!」
ヒカリちゃんの二体目はじしゃくポケモンのコイルか。たしかあのコイルはタタラ製鉄所で捕まえたんだっけ。
……製鉄所のあるところで捕まえたせいか、一つ大きな特徴を持ったチートコイルなんだよな。オレも捕まえたかったね。
「コイルは鋼タイプを持っているから大抵の攻撃は効果いまひとつよね」
「そうですね。ゲンガーの主力な特殊技の殆どが効きません。効くのは格闘タイプのきあいだまくらいでしょうか」
まさかゲンガーが炎のパンチやドレインパンチなんて持ってるわけないよな。
「ゲンガー、ほのおのパンチヨ!」
……持ってましたね。
「まあ、ユウト君的には攻撃がかなり低いゲンガーに物理技なんてって思うかもしれないけど、今までそんな考え方はなかったわけだから、あっても不思議じゃないわね」
(あなたのその先入観には気をつけなさいよ)
ラルトスにも注意を促されてしまった。まあ、現実では当たり前のことがこっちではそうでないことなんか腐る程あったし。
ま、それはさておき、
「あたしのコイルに炎技を撃っても効果はありませんよ! ましてゲンガーの物理技なら尚更です!」
「ホワーイ!? コイルは炎弱点ですヨネ!?」
ほのおのパンチをモロに食らったが、まるで何事もなかったかのように佇むコイル。
隣りからは、『なんで?』って顔で説明を求めてくる二人がいた。
「あのコイルはタタラ製鉄所の溶鉱炉のそばにいたところを捕まえたんですけど、ずっと溶鉱炉の近くに居ついていたせいか、あの個体だけ他の個体よりも熱に強くなっているっぽいんですよね」
「うわっ、なにその反則!?」
「アヤコさん、これって明らか色違いよりもレアですよね」
「レア中のレアよ。だって弱点一個減るんですもの」
コレがチートコイルの秘密だ。さらにあのコイルはめざめるパワーを覚えているが、そのタイプがなんと地面。タイプと特性じりょく(鋼タイプを逃がさない)もあって鋼キラーでもあるし、ホイホイ出てきた炎タイプにも有効打を与えられるスゴイ子だ(格闘タイプからはほぼ逃げの一手しかないだろうが)。
「コイル、ロックオン!」
その間にコイルはゲンガーにロックオンを当てた。
となるとあとは――
「コイル、でんじほう!」
このコンボしかないよな!
「ゲンガー、避けなさい! 避けてきあいだまです!」
ま、それが普通だよな。ゲンガーの素早さで宙を自在に飛べるなら、命中率が特に悪い(確率五十パーセント)のでんじほうなら特にそうだ。避けるのは容易い、
「What!? 追跡弾!? ナゼ!?」
避けるゲンガーに追いすがるかのように、グネグネと軌道を変えるでんじほう。それは夜闇に明かりを走らせることで見える光の残像を彷彿させた。
「ロックオンは次に放つ技を絶対に当てる技です。だから、でんじほうが何処までも追尾しているわけです」
「それなかなかえげつないわね。じゃあ防ぐにはまもるしかないってこと?」
「……いえ、他にも手はあるかもしれません」
シロナさんの言うとおり、目を向けると、ちょうどメリッサさんがそれを行おうとしているのがわかった。
「ゲンガー、コイルにGoよ! 向かってギリギリのところでかわしてでんじほうをコイルに当てるのです!」
格闘漫画とかでありそうなシチュエーションだ。何処までも追尾するのなら、相手に接近してギリギリのところで避けて相手に当てるというのは。
(わたしなら、同じ威力の技をぶつけて相殺させるわね)
ラルトスのいう方法もある。これも格闘漫画ならよくある手段だよな。
で、果たしてヒカリちゃんはどう対処するのやら?
「コイル、じゅうりょく!」
途端、飛び回っていたゲンガーがガクンとその高度を下げた。いや、飛び回っていたのが急にフィールドに叩きつけられるように落ちたといったところか。
「ンガ?」
突然のことでゲンガーはワケもわからず、また受け身も取れていないようだった。
しかし、でんじほうの方はゲンガーのそんな事情など御構い無しに、追尾し続け、そして、
「ゲンガーッ!」
ついにでんじほうが直撃。
「トドメよ、コイル!チャージビーム!」
チャンスとばかりに、さらにゲンガーを畳み掛けるようなヒカリちゃんの指示がコイルに飛んだ。
「ゲンガー、しっかり! 頑張りマショ! ふいうちね!」
一方、でんじほうを耐え切ったゲンガー。だけど、その身体のあちこちから煙が上がっていて、それがダメージの大きさを物語っている。
「ゲ、ゲンガッ?」
さらにそこに、でんじほうの追加効果(百パーセントの確率で麻痺)、フィールドの重力状態が追い打ちを掛ける。
そんな中でゲンガーの動きはまるで、錆び付いたブリキのおもちゃのようにカクカクとしていた。
「ゲンガーッ!」
そんな動きであるため、ふいうちが不発に終わり、かつ、チャージビームを避けきずに直撃。常ならふよふよと漂っているハズのゲンガーが、固い地面に倒れ込んだ。
「ゲンガー、戦闘不能!」
ジムリーダーのポケモンとはいえ、二撃目は流石に耐え切れなかったようだ。
*†*†*†*†*†*†*†*†
「アナタ、最高に強かったデス。悔しいデスが、アタシ、負けたのわかります」
あたしは最後に残ったムウマージもコイルのでんじほうを主体とした戦法で攻めていった。ただ、相手のムウマージの攻撃が思ったよりも威力があり、結果的に相討ちとなった。しかし、残りのポケモンの数により、メリッサさんに勝つことができた。
「アタシ、ビックリです! アナタも、アナタのポケモンも、とてもつよーい! 何よりもアナタの戦法、最後までオドロキっぱなしデシタ! ところで最後はドウシテお互い、ポケモン、技当たりっぱなしだったでショウ? アタシのムウマージ、普段はあんなに遅くないデス」
最後、ということはムウマージとコイルのバトルか。
「あれはアタシのコイルがやったじゅうりょくという技のせいです」
じゅうりょくはフィールドの重力を一時的に強くすることで、動きづらくして命中率を上げる技だ。さらに、その副次的な効果として、えーと、たしか、
「“『浮いている、あるいは飛んでいる』タイプ・特性・技を無効化する”、つまりは特性『ふゆう』を打ち消したり、飛行タイプが実質消えたりして、地面タイプの技がそれらのポケモンに当たるようになったりする、だったね」
「あはは、ありがとうございます、ユウトさん。というもので、――」
フィールドに降りてきたユウトさんに補足してもらいつつもメリッサさん(+ユウトさんと一緒に降りてきたママ・シロナさんも)に説明する。内容的にはお互いのポケモンの技の命中率が二段階高くなっていたから、技がバシバシ当たっていたというだけだ。それにやっぱりジムリーダーは手強くて、正直、ムウマージへのロックオンは重力状態じゃなかったら決まっていなかったかもしれない。
「Excellent! スバラシイね、ホントに! アタシ、その強さと知識、尊敬するね! そしてなにより、バトル、楽しかったヨ! あんなにワクワクしたの、ひさしぶりネ!」
メリッサさんが、まるで子供のように目を輝かせながら、あたしの手を取って上下に振る。ちなみに今なら握手が英語でhandshakeって言う理由が分かる気がするわね。
それから――
「あたしもすっごく楽しかったです! ありがとうございました!!」
自分の思い描いた通りにバトルが推移される展開、でも、その中で想定外が起きたとき、それの対処を考える時間、ポケモンがあたしのために一生懸命になってくれたことへの感謝、そしてあたしのポケモンたちとの一体感。それらが実に心地よく、爽快で、堪らなく楽しかったのだ!
「とにかくアタシ、アナタを称え、このジムバッジ、渡しマス」
メリッサさんがあたしの手のひらに乗せてくれたジムバッジ、レリックバッジ。それは一つの円を中心として三つの紫の円がそれに絡むような形をしたバッジだった。
「ありがとうございます! レリックバッジ、確かにいただきます!」
手にしたバッジはこれで三つ。いまだにこのバッジを手にした瞬間は心の底から喜びが込み上がってくる。
それに何より今回は、
「ママ、どうだった、あたしのバトルは!?」
一番にあたしのことを見てもらいたい人がそこにいた。
*†*†*†*†*†*†*†*†
「ママ、どうだった、あたしのバトルは!?」
ヒカリちゃんがアヤコさんの許に駆け寄る。
その輝かしく、そして自信を感じさせる表情を見て、私は以前の沈み込んで暗い気持ちに暮れるヒカリちゃんはいなくなったのだと、改めて認識した。
彼女は旅に出て、一度、いえ二度挫折を味わったと聞いた。ただ、彼女は、誰かの力を借りることはあったとしても、それらを自力で乗り越えてきた。
だから、彼女の心は旅を始める前よりも格段に強く、また、精神的にも成熟しているはずである。
それはきっと、アヤコさん自身が一番に感じているはずだ。
なにせ、自分のたった一人の愛娘なのだから。
「ママ、あたし、変わったでしょ!? 成長できたかな!?」
ただ、正直、今の様子は、何か良いことをしたときに「お母さん、すごいでしょ!? 褒めて褒めて!」と子供が母親に頭を撫でてもらうのをせがんでいるようにも見て取れた。
「そうね、ヒカリ」
その様子にアヤコさんは全てを包み込むような優しい表情でヒカリちゃんの目の前に佇む。
「本当にすばらしかったわ。ポケモンの強さだけじゃない。昔よりもうんと強くなったし成長したわ、いろいろと。私も知らないようなこともたくさん知ってるみたいだし。尤も、泣き虫はそうでもなかったみたいだけど?」
「もう、ママ!」
クスクスとからかうアヤコさんのその言葉に、ほんのり顔を赤らめて恥ずかしそうにトントンと叩くヒカリちゃん。
「でも」
アヤコさんはそれを意に介さずにヒカリちゃんを抱きしめた。
「ママはあなたが無事でいてくれたらいいの。元気でいてくれたらいいの。それだけがママの望み」
そうして一呼吸空けたとき、ヒカリちゃんとアヤコさんの目が合う。
「また、何かあって辛くなったらウチに帰ってらっしゃい。でも、あなたが満足するまでは旅を続けること」
――きっとあなたは旅の途中で、いろんな人に助けられ、いろんな人と係わり、いろんな人と交わるわ。
――人が成長するには、それらのつながり、
――だから、あなたはもっと旅を続けなさい。そしてママにあなたの成長した姿をもっと見せて。
「ね、ヒカリ?」
「ママ……。うん……!」
……すごいなぁ。『これぞ母親』っていうものね。
――ママとしては、この青空の下に元気なヒカリがいるんだって思えばなんてことないから。あなたも元気でやりなさい。いいこと?
それは「もう少しヨスガにいる」ということで別れ際、ヒカリちゃんに告げた言葉からも感じ取れた。
「ユウトくん、シロナちゃん。ヒカリのことお願いね」
さらには私たちにも気を配ってくれている。
私もこんな具合にいい大人になれたら、と心に思った。
*†*†*†*†*†*†*†*†
――ちなみに
「ムウマージ戦闘不能! よって挑戦者ユウトの勝ち!」
と響き渡ったフィールドに、
「最近なんか俺のバトル減ってない?」
「(何変なこと言ってんのよ。そんなの気のせいに決まってるでしょ)」
と言いあうコンビがいたとかいないとか。
ふきとばしの仕様をにじファン時代より変更(原作通りに戻したともいう)しました。