広い広い荒野に、風が吹いていました。砂埃が巻き上がり、辺り一面に広がっていきます。荒野には大小様々な岩が転がっており、複雑な模様のようになっています。辺りの空気はスモッグやら砂埃やらで薄く黄土色に染まり、空はほとんど見えず、太陽の辺りがぼんやりと光っていました。
その荒野には、大きな道が一本だけありました。その道の上だけは岩が綺麗に取り除かれ、地面はまるで舗装された道路のように固く引き締まっていました。大きなトラックが二台並んで走っても、まだ余裕があるほどの幅があります。
その道の上を、一台のモトラド(注・二輪車。空を飛ばない物だけを指す)が走っていました。銀色のタンクの下で、V型のツインエンジンを小気味よく響かせています。ヘッドライトを点けて、砂埃とスモッグの中に光の線を生み出していました。後輪の両脇には黒と緑が混ざったような色の箱を、上のキャリアには革鞄と丸めた寝袋を縛り付けていました。
運転しているのは、十代中程の若い人間でした。黒く短い髪に、鍔と耳を覆う垂れの付いた帽子をかぶっています。目には、銀色フレームのゴーグルを装着していました。口から鼻に掛けては大きめの白いバンダナで覆い、砂埃とスモッグから守っていました。白いシャツを着て、黒いベストを纏い、薄い茶色のコートを着て、腰を太いベルトで締めていました。
右腿の位置にパースエイダー(注・銃器のこと)のホルスターを吊っていて、中には四十四口径のリヴォルバー、カノンが収まっています。腰の後ろにはもう一丁、細身の自動式の二十二口径、森の人がありました。
「ねえキノ、次の国はどんな国なの?」
少年のような声が、あたりに響きました。荒野を走る、モトラドの声でした。
「それがね、エルメス。わからないんだ」
人間が、落ち着いた声音で答えます。声変りをしていない少年のような、中性的な声でした。
「わからない?そりゃまたどーして?」
「いまから行く国は、周辺との交流がほとんど無いらしいんだ。噂すらもほとんど無くて、この道の先にあるってこと以外は、本当になにもわからないんだよ」
「へー、噂もほとんど無いなんて、珍しい国だね。でもさあ、キノ」
「なんだい、エルメス」
「それ、逆なんじゃない?周辺の国が前の国に関わりたくなかったってだけで、実はその国は普通に周辺と交流があったりするのかも」
「…それはあるかもしれない。まさか服を一切着ない国があるなんて…」
「こんな環境なのにねえ。皆肌着すら着けてなかったもんね」
「ボクまで服を脱がなきゃならなかったら、さすがにあの国には入らなかったよ」
「あはは、それはそれで面白かったかもよ?」
「…笑えないよ、エルメス」
そんな他愛も無い話をしながら、しばらく道なりに進んでいきます。すると唐突にキノが後輪を滑らせて急停車し、革鞄を取ってエルメスを放って道の近くにあった大きな岩の陰に身を隠しました。支えを失ったエルメスは、ガシャンと音を立てて倒れました。
「ひどーい!」
エルメスが大きな声で抗議しました。キノはそれを無視して、岩の陰から対角に300メートルほどの位置にある大きな岩山を、革鞄からとりだしたスコープで睨みつけます。
「…三人、かな?もしかしたらもっといるかも。砂とスモッグで見辛いな…」
「あれ?誰か居たの?」
「うん、あの大きな岩山の上。少し光ったんだ。何かに反射したんだと思う。気のせいかもとは思ったけど、念のためね」
「へー、よく気づいたね」
「うん、砂埃とスモッグのせいで光が目立つんだ」
「あ、なるほど。じゃあ向こうもこっちのヘッドライトで気づいたんだ」
「多分ね。じゃあちょっと行ってくるよ」
「いってらっしゃい。死なないでね、キノ」
「死なないよ、エルメスに乗れなくなるからね」
キノは岩に隠れてコートの前を閉じて、フードを深くかぶり、匍匐前進でその場から離れていきました。
「それにしても、なんであんな格好なんだろう?」
キノがポツリと呟いた一言は、風の音に溶けていきました。
その頃、件の岩山の上では三人の男達がいました。緑と茶色の迷彩服で統一され、皆一様に、大柄で屈強な体格をしていました。口から鼻にかけては黒いバンダナで覆われ、深くかぶった迷彩柄の帽子で目元も見えにくく、顔はほとんどわかりません。そのうちの一人は岩山に伏せてソ連式の狙撃銃、モシン・ナガンM1891/30を構え、スコープを覗いていました。モシン・ナガンM1891/30は同名の小銃も存在していますが、この狙撃銃型はその小銃型よりもボルトハンドルが垂れ下がった形になっていて、ボルトハンドルとスコープが干渉しないようになっています。あとの二人は、狙撃銃を構えた男の左右で辺りを警戒しながら、これまたソ連式のマシンガン、PPS43短機関銃を構えていました。装弾数は三十五発で、一分間に700発撃つことが出来ます。
「どうだ?」
「ダメだ、岩の陰に隠れた。なんで気づいたんだ?バレットラインは出てないはずだが…視覚的に気づく要素なんてあったか?」
「さあな、しかしまあ…あんなバイク実装されてたか?第一あんなバイクに乗ったプレイヤーなんていたら、もっと有名だよなあ…新しいNPCかな?」
「うーん、どうだろう…でもまあ、やることは変わんないだろ?」
「ま、そうだな」
狙撃銃の男から見て右の男が油断なく周囲を警戒しながら話しかけると、スコープから目を離さずに男は答えました。彼らはこのフルダイブ型VRゲーム、ガンゲイル・オンラインのプレイヤー達でした。バレットラインというのはこのゲームの特徴の一つで、引き金に指をかけることによって発生する弾道を予測する線のことです。ガンゲイル・オンラインはあくまでゲームなので、引き金に指をかけることによってバレットサークルという射撃を補助してくれるシステムが発生し、弾を当てやすくしてくれるのです。しかしこのバレットサークルを発生させると、バレットラインが出て、弾がどこに飛んでくるのかがばれてしまう、というわけです。
ただし、このバレットラインというのは位置が分かっていないと発生しない仕様になっています。しかしこのバレットラインを位置がばれていても発生させない裏技も存在し、狙いを定めてから引き金に指をかけて直ぐに撃つと、バレットラインは発生しません。ただし、この場合はバレットサークルが発生しないので、純粋な銃の技量が必須になってきます。この三人はもちろん、大抵のプレイヤーはそんなことはできません。
彼らは、岩に隠れたプレイヤー、もしくはNPCがしびれを切らして出てくるのを待っていました。時折雑談しながら待っていると、30分ほどの時間が流れていました。
「ううん、中々出てこないな…」
「まあ、狙われてるってわかってればな、そりゃそうだろうよ。狙撃ってのは根競べだぜ?」
「わかってるよ、そっちこそちゃんと警戒しろよ?」
「へいへい」
そんなことを話していた直後でした。
―ズドン!
辺りにもの凄い轟音が鳴り響きました。
「!なんだあ!?」
「銃声!?」
狙撃銃の男とその右に立っていた男が銃声に反応して振り向くと、狙撃銃を構えていた男から見て左に立っていた男の体が傾き、音を立てて倒れました。その側頭部からは、赤い被弾エフェクトが血のように飛び散っていました。銃声のした方を見ると、薄い茶色のコートで周りの景色に紛れて少しずつ近づいていたキノが、大口径のリヴォルバー、カノンの銃口から煙を立たせながら、右の男に狙いを定めて引き金に指をかけているところでした。
「て―!」
―ズドン!
右の男が、マシンガンをぶっ放してキノをハチの巣にしようとした瞬間には、キノがもう既にカノンをぶっ放していました。鼻の頭に見事に命中し、後頭部まで貫いて赤い花を咲かせました。そして最後に狙撃銃の男に狙いを定めました。狙撃銃の男は咄嗟に狙撃銃を向けましたが
―ズドン!
間に合うわけもなく、カノンによって赤い花を咲かせました。
「あ、おかえりキノ。どうだった?」
「疲れたよエルメス。それに砂まみれだ。早くシャワーを浴びたい」
「そっか。次に行く国はシャワーがあるといいね」
「まったくだ…それにしても…」
「どうしたの?」
「なんであの人たちは、こんな場所で緑の迷彩服を着ていたんだろう?すごく目立ってしまっていたんだけれど…」
岩山の上では、男たちの死体が赤いポリゴンになって消えていくところでした。
キノの旅とガンゲイル・オンラインのクロスでした。至らぬところも多いですし、エタッてしまう可能性も高いですが、応援していただけると幸いです。
注・作中に出てくる服を一切着ない国はオリジナルです。もしかしたら出ているかもしれませんが、少なくとも私は知りません。ご留意ください。