ゲンドウと冬月先生が揃ってネルフを留守にする場面でやってくる使徒が居る。新劇で映像の進化を見せつける場面となったEVA3機による全力疾走と、サハクィエルのべらぼうさ。
EVAの何倍もの大きさに新劇に至っては受け止めるだけで解決しない新たな要素は当時手に汗握る展開だったのを覚えている。
そのサハクィエルが静止衛星軌道に姿を表した。
監視衛星に捕捉されたサハクィエルに対して新型のN2爆雷による攻撃が実行されるが、ATフィールドによってまるで効果なしだった。
「大した破壊力ね。さっすがATフィールド」
モニターのクレーターを映す映像にそう溢すのはミサトだった。
「落下のエネルギーと質量を利用しています。使徒そのものが爆弾みたいなものですね」
その映像の解説をするのはマヤだ。
「とりあえず初弾は太平洋に大ハズレ。で、2時間後の第2射がそこ。あとは確実に誤差を修正しています」
モニターには3回の使徒による自らの一部を切り離して行った落下攻撃の結果が映されていた。
「学習してるってことか…」
「以後使徒による電波撹乱のため消息は不明」
「…来るわね、多分」
「次はここに、本体ごとね」
行方を眩ました使徒に対して、ミサトとリツコは互いの見識が同じ答えを導いたのを確認する。
電波撹乱で地上からの狙撃は不可能。
EVAを空中へ移送するにしても使徒が何処に居るかわからなければならない。
そもそも宇宙から落下してくる使徒を空中でどうにかする作戦すら考えつかない。
作戦とも呼べない、原始的な方法でどうにかするしかないとミサトは眉間にシワを寄せながら指揮官として子供たちに作戦を通達した。
「はァ!? 手で受け止める!?」
「そうよ」
現状運用可能なすべてのEVAを投入する作戦は、落下してくる使徒をEVAで受け止めるというものだった。
そんな作戦とも呼べない作戦にアスカが声を上げる。
「良かったの? マリまで勘定に入ってるけど」
「大丈夫。ちゃーんと委員会経由で出撃要請も降りてるにゃん」
現状運用可能なEVAの頭数にはマリの5号機も入っていた。
「シンジ君。例の機体は出せるのよね?」
ミサトの言う例の機体とはもちろん13号機の事だ。
「可能ですが、出すのならもう1人パイロットが必要です」
シングルエントリーも可能だが、ダブルエントリーの方が性能を引き出せるのが13号機だ。
現状運用しているEVAとパイロットの組み合わせが最も性能を発揮する組み合わせで、13号機を運用するのならその組み合わせを崩さなければならない。
最も相性の良い2人乗りのレンとシンジの組み合わせをすると、初号機と零号機の性能が下がる。
もともとシングルエントリーの初号機と零号機はパイロットが1人でも動くが、パイロットのコンディション、特に初号機に関しては留意する必要があった。
人類の存亡を前になにを言っているのかと言われそうだが、子供がヘソを曲げる程厄介なことはないのだ。
「なら現状のままが良いか」
零号機、初号機、弐号機、5号機の計4機のEVAでの作戦が最善というのなら仕方無いとミサトは決断する。
或いは碇シンジに一時的にEVAに乗って貰うことも考えたが、素人をEVAに乗せる余裕があるのかどうかを天秤に掛けて、ノーだと傾いた。そんな余裕は今の自分達には残ってはいないと。
「こんな作戦で申し訳ないけれど、万が一の時は全力で自分を守って。エヴァのATフィールドなら万が一でもあなたたちの身は守れると思うから」
「無理を言いますね。落下したらセントラルドグマどころか、ターミナルドグマまで剥き出しになるんですから。必ず止めないとみんな死にますよコレ」
だから不退転の決意で挑まなければならないとミサトさんへと言い返した。
「バカフォースの言う通りよ。まさか最初から諦めてこんな作戦立てたワケじゃないんでしょ?」
「少しの可能性でも、やります。わたしがわたしである今を守る為に」
「と言うことです。奇跡は起きます。起こしてみせますよ。ミサトさん」
「ありがとう。…終わったら何か美味しいものでも食べに行きましょ」
敗けは許されない。だから勝つことだけを考えて、各々ミサトへと声を掛け、互いに1度見つめ合うと頷きあった。
「良いにゃ~。青春ってカンジ」
新参故にマリはちょっとした疎外感を感じていたが、自分はそれでも構わないとパイロット達を見守った。
◇◇◇◇◇
EVA全機の配置が整った。第3新東京市を四角形で囲う形でEVAは配置された。4機のEVAでやるなら一番無難な配置だろう。
「目標を最大望遠で確認! 距離およそ2万5千!!」
「おいでなすったわね。エヴァ全機スタート! 肉眼で捉えるまでとりあえず走って! あとはあなたたちに任せるわ」
「MAGIによる落下予想地点、エリアB-2!」
「外部電源、パージ! 発進っ」
ミサトさんの号令とともにEVA4機は駆け始める。
初号機を駆って、ソニックブームで街がメチャクチャになろうが構わずに突っ走る。どうせ特別宣言のD-17で半径120Kmは無人になってるのだから気にしないで動き回れる。間に合わなければ全てがパーになるのだから。
MAGIの落下予想地点に一番近いのは、初号機だった。
「来ます! あと2千!!」
「来たっ。フィールド全開ッ!!」
雲を割って姿を見せたサハクィエルの真下に初号機を滑り込ませてATフィールドを全開にする。
「止まれええええっ」
出し惜しみはせずに擬似シン化形態に移行させてまでサハクィエルを絶対に止めるのだと意思を込めれば、初号機だけでもどうにか支える事を可能とした。
だがそれで使徒は止まらない。ならばと、ATフィールドをアフターバーナーの様に噴出させてさらに荷重を掛けて来た。
「ぐおっ、ああっ」
「きゃあああっ」
その衝撃と荷重に初号機の身体が軋む。落下を支える両腕が耐えられずに割ける。
「うっぐ、うおおおおお!!!!」
雄叫びと共に初号機の背にATフィールドが展開する。
「グオオオオオオオ!!!!」
初号機が吠えると一瞬で両腕の損傷が回復した。そしてそのまま使徒の重量を単独で支えきった。
「到着したよマイハニー!」
「弐号機、フィールド全開!」
「やってるわよ!!」
他のEVAが間に合えばあとは簡単だった。零号機がフィールドの一部をプログナイフで切り開き、使徒のコアを弐号機が同じくプログナイフで突き刺して終了だ。
使徒の爆発に巻き込まれたけれども、マリの5号機がその爆発を防いでくれて大した損傷もなくサハクィエル戦は幕を閉じた。
◇◇◇◇◇
「如何なる生命の存在も許さない、死の世界…南極か。いや、地獄というべきかな」
「だが我々人類はここに立っている。生物として、生きたままだ」
「科学の力で守られているからな」
「科学は人の力だよ」
「だが碇…、その傲慢さが15年前の悲劇、セカンドインパクトを引き起こしたのだ。そして結果この有り様だ。与えられた罰にしては大きすぎる」
「原罪の穢れなき浄化された世界。それを認めるわけにもいかなくなった」
「気をつけろ碇。何処に耳があるかわからんぞ」
「問題ない。いずれはそうなるのだからな」
愛する妻を取り戻したゲンドウは、その恩がある綾波シンジの目的に同調する。それは即ちゼーレとの決別を意味していた。無論すぐさま反旗を翻すのではない。現状、使徒襲来にはゼーレの資金力が不可欠だ。さらには日本政府の協力も必要となるだろう。
使徒を倒し終えた後の敵は、おそらくは人間だろうという予想に反しなければ。
その為の暗闘は此方の仕事だ。
「付き合って頂きますよ? 冬月先生」
「やれやれ。私の周りにはクセのある生徒ばかりが集まって来て困るよ」
そうは言いながらも、既に希望を託している冬月はゼーレと戦うという意思を固めていたので是非もなしであった。
「それでな碇。彼はどうやら真希波君と契った様だぞ?」
「彼女とか……。振り回されなければ良いが」
「彼女の破天荒振りが却って彼の息抜きになるだろうさ。親子揃って生き急いでいるのは似通っているな」
「親子、か…」
ゲンドウの脳裏に浮かんだのはまだ幼い我が子の姿。泣いている子を置いて去り行く自分だ。
その情景しか思い浮かばない自分が果たして息子の父親だと今さら名乗れるのだろうかと。
そしてもう1人の息子に言われた事を思い出した。
シンジが生まれた時の事を思い出して欲しい。その時の心があれば大丈夫だと。
思い起こすのは暖かな、か弱くも力強い生命の息吹き。小さな手で自分の指を掴むシンジ。愛おしい妻との愛の結晶。
「シンジ…」
思わず呟いたゲンドウの言葉はとても柔らかなものだった。
◇◇◇◇◇
パイロットだけでもレイ、レン、アスカ、シオン、自分に、マリ、補欠扱いのシンジ君入れて7人の大所帯を屋台ラーメンに収容するのは難しいので無難にファミレスで済ませる事になった。
「まだ腕痛むの?」
「いえ。ちょっと引き攣るだけですよ」
ミサトさんに大丈夫だと返す。EVAのフィードバックで腕を痛めたのは事実だが、その後に自己修復したのと同時に痛みも引いた。ただ高いシンクロ率から後を引く痛みが残るのは仕方がなかった。
「言ってくれればあーん位するよ?」
「スプーンくらいは持てるよ」
横に座るマリがそう言ってくるけれど、公衆の面前であーんは恥ずかしいから勘弁させて貰った。
「自分が場違いだって思ってる?」
「……うん。僕は何もしてないのに、ここに居るべきじゃないと思うんだ」
「そう? 家族なんだから気にしなくたって良いのに」
確かにシンジ君はEVAに乗ってないから今の場違いを気にするのも仕方がない事だろう。だがみんなして外で食べるのにシンジ君だけ仲間外れなのも違うだろう。だから辞退する彼を無理やり連れてきたのだが、真面目なシンジ君は真面目に居心地の悪さを感じていた。
だから気にするなと言ったのだけれどもあまり効果はないらしい。
「そんなに気にするのなら君もエヴァに乗れば良いじゃないか」
「…そう、だよね」
「マリ」
軽い感じで乗れば良いと言うマリ。シンジ君は歯切れが悪い。それも仕方がない。本来乗る筈の初号機を使ってしまっているからEVAに空きがないだけに、補欠だったのだから。無理に乗せなくても良いという宙ぶらりんの環境に押しやったのは自分が原因でもある。
「綾波クンはワンコくんに甘過ぎ。時にはお尻を叩いてあげなくちゃダメだよ」
「わかってるよ。でも乗るのならちゃんと意味を持って欲しいんだ。仲間外れが嫌だから乗るだなんて理由じゃ戦えないよ」
「戦う理由、か…」
シンジ君を甘やかしてる自覚はある。だからちゃんとした理由を持って戦って欲しいというのも我が儘だった。
「弱虫にそんなの出来るわけないじゃん」
「コラ。そんなこと言う子はデザートなしだからね」
シンジ君に当たりの強いシオンを咎める。シオンは知らないけれども、シンジ君も立派な男の子だ、やる時はちゃんと出来る子なのだ。
それを知っているから、せめてその為の理由を持てるまでは今のままでも居られるように頑張るのが自分の役目だった。
つづく