夕暮れ時だった。
「誰だ」
その少年兵は、敵を警戒しつつも、動じることのない
静かな口調で岩に銃口を向けて一言つぶやいた。
丁度一人が隠れられそうな岩から出てきた男を見た少年兵は、
普段よほど驚くという表情をとる機会が乏しいのか、はたまた
岩陰に立っている男の尋常ならざる光輝く目にさえ左程驚かなかったのか、
ほんの少し眉を上げると普段どおりの顔でもう一度訪ねた。
「誰だ、あんた」
男は答えた
「この近くで道を迷ってしまった。帰り道を探している。」
少年兵はこの男に対し、不思議な感覚を覚えた。
少年兵には学というものはなかったが、明らかに表現が
普通でなかったことは理解していた。
ー道を迷った・・・?-
少年兵銃を下ろしながらも、安全装置は解除した状態のまま
答えた。
「あんたはどこから来たんだ、ここには道なんてない。
もうすぐここは戦争になる、早めに逃げた方がいい。」
男は少年に敵意がないと解ったのか、その目を少年から
彼の後ろに膝をつく大きな人型の兵器へ向けた。
男にもこのような兵器に見覚えはあった。
そして男は少年にこう語りかけた。
「この機体はお前のものか」
少年は警戒心を強めながらもこう答えた。
「そうだ」
「なぜ戦っている」
男から出た次の質問に、少年は少し狼狽えた様だった。
ーここは戦場だ、自分が戦うのは当たり前だ。
何を言っている、この男はー
そう思いながらも男にも敵意がないと察した少年兵は
人型の兵器に体を向けながら一言。
「仲間のためだ」
答えた少年兵に、男は特に驚いた様子もないようだった。
「そうか」
男は一言だけ発すると。どこからともなく花を取り出した。
花など荒れ果てた戦場においておそらくもっとも縁遠い物で、
おそらく両名のいる場所より周辺には一輪すら咲いている
こともないであろう代物であった。
黄色い花を手に男は少年に近づいた。
「持っていけ」
その時、少年は初めてその男の全貌を見ることとなった。
その男の服は宇宙服のようにも見え、斜陽の光を浴びて
鈍く輝いているようだった。
が、少年兵を内心驚かせたのはその上にある彼の顔であった。
彼の顔は髪の毛もろとも色を失ったように白かった。
少年兵の親しい友にも似たような髪色の男はいたが、
男の髪はそれより白く、なぜかこちらも陽光を反射しているように
見えていた。
少年兵は男に戸惑いを覚えていたが、彼の無線から
ー・・・カ・聞いてんのか、ミ・・・・・・ルホルンだ、出・・・・
という今にも切れそうな無線を聞くや
「いらない」と一言述べ、機体へ向かった。
男から表情を読み取ることは難しかったが、少し落胆していたようだった。
が、少年兵はすぐ振り返ると男に近寄り、
「やっぱりもらう。」と男から花を受け取った。
男は無言で彼に花を渡すと、少年がモビルスーツで去るのを見送った。
「少年兵か・・・。」
男は自信が初めてモビルスーツに乗っていた時の記憶に思いを馳せていた。
消して多くはないが、仲間が戦場で散った。
-お前は変われ、変われなかった、俺の代わりにー
男は一言、不意につぶやいた
「お前も変われ・・・」
男は来た道を戻ると、隠してあった彼のモビルスーツに乗った。
「帰ろう、俺たちの世界へ―」
誰もいないはずのコックピットで声を上げた彼は、迷っていたとは
とても思えない速度で、大気圏を離脱し、誰に追われるでもなく消えた。
その日、宇宙に展開していた艦隊によると、「この世」のものとは思えない
速度で、一機のモビルスーツが戦場を離脱、追撃隊の緊急発進時には
はるかかなた、機体反応すらなくなっていたという。