再会した女の子が放っておいてくれない話   作:黒樹

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あーるじゅうご?


接近注意報

 

 

 

「……ん。しまった、今何時だ……?」

 

曇天の薄暗さなんて目じゃないほど、室内は真っ暗闇に包まれていた。

19:45。

蛍光を放つ時計は夜を指し示している。

柔らかなベッドの上で身動いだ僕は、起き上がろうとして……。

 

「あいつらは帰ったか……な?」

 

「…ぁっ…んんっ……」

 

何か柔っこいものを掴んだ。丸みを帯びていて、指が動くと沈み込むように反応する、触っていて気持ちのいいもの。人肌ほどの温もりがあって、ニットっぽい布の手触りがした。

 

「なんだこれ?」

 

「…ん…やっ…ぁ…」

 

僕の部屋にこんな質のいい枕を置いた覚えはない。妹の持ち物だろうか、そんな風に考えながら感触を楽しんでいると艶かしい女性の声が耳朶を打つ。

 

「…………」

 

もしかして……いや、もしかしなくてもだが。

眠っていた脳が一気に覚めるような感覚を僕は味わっていた。

僕が揉みしだいているのは、母性の象徴。

女性の胸であり、おっぱいと呼ばれるもの。

経験はないが、多分触ったらこんな感じ……いや想像以上だ。

 

「おーい兄貴ー、いつまで寝てんのーご飯できたよー」

 

そこにタイミング悪く扉を開けて、妹の舞が入ってくる。

『スイッチを押させるな!』と、脳が警鐘を鳴らす。

警告も虚しく、扉の横にある部屋の明かりのスイッチが押されてしまった。

 

「雨の日は眠くなるからって、いつまで……いつまで……」

 

点灯。して、兄の部屋の惨状を見た舞の言葉が途切れる。

果たして、そこにはどんな光景があったか。

今、ベッドの上には二人分の重量がある。女性の胸を揉みしだいている僕と、横になって胸を揉みしだかれ赤い顔をしている湊月がただひたすら堪えるように顔を背けて、つい先程部屋に入って来た舞を見ていた。

眠っていたのか、少し髪は乱れ服は不自然に折り目がついている。今起きたばかりのようだ。

 

「……ママには上手く言っとくから」

 

ようやく現状を把握した僕と湊月を見て、何を思ったのか舞はそっと扉を閉めた。その間際、「避妊はしなよ」といらん気遣いまでしてくる始末、どう考えても誤解を招いている。

 

「いや、誤解だ。待て妹よ!」

 

「……圭、誤解、なのか?」

 

潤んだ瞳を向けてくる湊月に胸を打たれ、舞を追いかけて誤解を解くタイミングは完全に見失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

朝食を摂り、部屋を漁り、昼食を摂り、やることもなくなって勉強を開始する。雨の音を聞いていると次第に眠くなって、どうやら寝てしまった結果があれだ。何故、同じベッドで湊月が寝ていたのかがわからないが、妹が去った後で僕と湊月は教材を広げていた机の上に一通の手紙が置いてあることに気づいた。

もちろん、僕に文通相手がいるはずもない。だとすれば、緋奈の置き手紙だろう。そう結論づけて、開いた手紙には彼女らしい丸文字でこう書かれていた。

 

『なんか二人とも寝ちゃって暇だから帰る。湊月は私の家に泊まるって上手く言っとくから、もし湊月を放り出したりなんてしたら月曜日覚えてなさいよ。着替えは明日の朝、私が届けるから』

 

–––意味不明である。

 

まるで夜まで寝過ごす事を見越していたかのような文面に、湊月は赤面してわなわなと震えていた。要らぬ気遣いに打ち震えている様子で、手紙がくしゃりと潰され皺を作る。

 

「え、あ、私は帰る……!」

 

「まぁ女泊めるなんて言ったら、僕もなんて言われるか……」

 

想像したくない。そもそも赤飯とか用意するって言ってたから、そんな事を考えても後の祭りかもしれないが。

 

「え、外、台風で暴風警報出てるよ?」

 

なんてバッドタイミング。神様の悪戯か。

妹様のリアルタイム情報は正確無比に退路を塞いだ。

 

「諦めなよ、もう湊月さんの分もご飯できてるし。泊まるって言っちゃったし」

 

こともあろうにそっちの方までフォローがなされている。いったい誰が仕組んだのかとか、考えても無駄なことなので早々に考える事を放棄した。

 

「さ、さすがにそこまでされて無碍にするのも悪い、か……?」

 

湊月まで諦めモードだ。

ただ少し、その顔は嬉しそうに頰が緩んでいる。

 

 

 

神様の悪戯、と云う名の地獄はそこから始まった。

いつもの食卓は少し賑やかに、少し下世話な母親の介入があった。

「二人は付き合ってるの?」「キスした?」「どこまでいったの?」「お泊まりするくらい深い仲なのよね?」「部屋は圭ちゃんと同じでいい?」「馴れ初めは?」

矢継ぎ早に繰り出される質問攻めに対して、湊月は顔を真っ赤にして狼狽えるばかりで答えることなど出来るはずもなく。終始玩具にされていたように思う。これが明日からも続くと思うと憂鬱にもなろう。一人暮らし始めるいいきっかけだ。親の脛かじってる今の間は無理な話だが。

 

一番堪えたのがこれだ。

 

「はい、ゴム」

 

食事を終えて、妹と風呂に入りに行った湊月を見送った後で、母が取り出したのは長方形の箱であった。

 

「ゴム?」

 

思わず訊き返した。

 

「なにこれ、風船?」

 

「……嘘よね?舞ですらこれ見た時、顔真っ赤にしたのよ?それを風船?逆に笑っちゃうんだけど。ほら、エロゲーとか持ってるんだからわかるでしょ?」

 

僕の反応が信じられないといった様子で驚愕に身を打ち震える母の言動に、それが何であるか察した僕は一瞬頭が真っ白になる錯覚を覚えたが、錯覚は錯覚だ。すぐに思考が戻る。

 

「はぁ!?なんてもん渡してんだよッ!?」

 

「お母さん孫の顔は早く見たいけど、学生ではちょっとねぇ……」

 

他にも色々と言われていたがもう殆ど耳には残らない。押し付けられた箱を隠すため、湊月が風呂に入っている間に部屋に隠しに急いだ。

 

 

 

「はぁ、疲れた……」

 

余計に疲れた元凶に僕は呪詛を吐きながら湯船に浸かった。もちろんそんなことで精神的な疲労がどうにかなるはずもなく、風呂の暑さに削られていく体力を考え早めに風呂を出る。

なんだか余計に疲れた気分になりながらラフなシャツと寝巻きのズボンを履いて、階段を上がって部屋に帰ると妹と湊月が楽しそうに話していた。もういっそ二人とも妹の部屋に帰ってくれないかと願う。

 

「あ、兄貴お帰り。じゃあ、ごゆっくり」

 

そんな願いを蹴り飛ばすように、舞は早々に退散して行った。

 

「……あまり見ないでくれ。恥ずかしい」

 

残された湊月は着替える服がなく、僕のシャツに身体を通しただけの姿だった。もちろん下着などあるはずもなく、裾を伸ばして見えないように労力を割いている姿は何処か艶めかしい。

 

「じゃあ、電気消すぞ」

 

「……あ、あぁ。頼む」

 

風呂に入る前の事前の取り決めにより、湊月は同衾することが決定している。うちには客用の布団がないのが一つとして挙げられるが、もう一つの理由が二度目であるからだ。

ついうたた寝をしてしまった身ではあるが、昼間のこともあって二人の中でそれほど気にすることでもないのではという認識が広がり、どうにか二人で寝ることが確定してしまっている。

一階のソファーで僕が寝ることも提案したが、それすら却下された後だ。残された策はこれしかなかった。というか、頑なに母と妹が同衾させたがったせいだ。

 

背中合わせにシングルベッドに押し込まれて暗闇の中にいると、湊月の息遣いや心臓の音がより鮮明に伝わる。生温かい体温と風呂上がりの匂いがして、妙に照れ臭くなった。

 

「……なぁ、今更なんだけど、これ湊月の両親にバレたらやばくね?」

 

主に僕の命が危ない。緋奈が裏切る可能性はないとは思うが、何処から露見するか判らない。ちょっとした恐怖に身震いする。死ぬまで墓に持っていく秘密が増えた。

 

「多分、圭なら大丈夫だ」

 

しかし、湊月はそれを否定する。

 

「いやいや、大事な娘さんをこんな格好で同衾させるとか頭いかれてるか変態しかないだろう。そうじゃなくても、男の家に何の断りもなく泊まらせてる時点で……」

 

「圭は見ず知らずの人じゃないし、きっと許してくれる」

 

「ねぇどっからその評価来たの?」

 

確かに湊月の親とは面識がある。だが、それは子供の頃の話だ。今は忘れているかもしれない。そうであっても年頃の男女が泊まり合うってワードが既にアウトなわけだが。

 

「圭は……昔、虐められていた私を助けてくれただろう?」

 

湊月の声が嫌に静かで、何処か悲しげだった。

 

「それとこれとは別だろう」

 

どんな事情があるにせよ、何処ぞの馬の骨が娘を誑かしたか親は気にするところだろう。まず了承なしにこんなことになっている時点で打たれそうなんだけど。

 

「だけど、私の両親はきっと私の応援をしてくれる」

 

「僕にそんなつもりはなかったとか言ったら、余計に裁かれそうなんだが」

 

湊月は僕を好いている。そう仮定したとして、僕にその気がなく同衾したなんて話になったら「おまえうちの娘なんだと思ってんの?」とか言って殴られる。そんなビジョンが見えた。

 

「……あのな湊月、僕も男だ。さすがにこんな状況で冷静ではいられないんだが」

 

背中越しには艶姿の女の子がいて、勘違いしてしまうような言葉を吐く。

それはもう告白ではないだろうか。

 

「……圭になら、何をされてもいい」

 

–––告白ではないだろうか。

 

背中合わせにされた、湊月の感触が消えた。

身動ぎをして、僕の背中に抱き着く。

体勢を変えたらしく、豊満な胸が押し付けられた。

耳朶をそよぐ風のように、甘い声が囁く。

 

「……多分、こんな日じゃなきゃ言えないから言っておく。私は圭が好きだ」




一方その頃、隣の部屋では。
舞「これは何かあると思ったのに、何も聞こえない……」

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